第22話 やっぱ、クビ
診療所に戻って来た。やっぱり、みんなから責め立てられるのかと思ったらそれほどでもなかった。それどころか、俺の合否を賭け事のネタにしていたらしく『期待どおりでしたよ』とか、『儲けさせてもらったよ』とかそんな声も多かった……貴様ら。
まあ、それはそれとして至急打開策を検討すべく、今後の俺をどうするのかについての会議が開かれた。申し訳ない気持ちと同時に、やはり俺の力が必要なのだと少しだけ誇らしげな――
「この際、クビにしましょうか。いったん、この診療所との関係を断ち切ってもらいましょう。そうすれば、万が一訴訟に負けても個人の責任でことがおさまるし。期間限定の契約医療魔術師ってことにすれば、医療魔術師免許がなくても個人の責任で処理できるかもしれないし」
ええええええっ! オータム?
「ちょ……おまっ……なんて恐ろしい提案を。俺の力を必要とするどころか、冷徹にクビを切ろうとしやがるとはどういう了見だ!」
「自業自得でしょうが! だいたい解雇して訴えてきた三人を雇ったのもジーク先生。合格率ほぼ一〇〇%の医療魔術師の昇級試験に落ちたのもジーク先生。情状酌量の余地なんてどこで転がってるんですか!」
「こ、この! そもそも、俺だって昇級試験の勉強時間もらえたら、受かってたさ。そんな事情の考慮もなく一方的に解雇だなんて貴様の血は温度通ってないのかこの冷血人間!」
「冷血……どうせ時間あっても勉強なんてしなかったでしょうが! そもそも一時間以上机に向かったことなんて見たことないわよこのドアホ! アホー!」
「冷血人間冷血人間冷血人間ー!」
「うるさーい、アホー、アホアホアホアホー!」
こんな不毛なやり取りの応酬の最中、ロスが間に割って入る。
「ま、まあまあ。それは最後の手段ということで。もう少し穏便な手を考えよう。サリー、なんかいい提案ない?」
「ふっふっふっ……よくぞ私に聞いてくれました。私がなんて呼ばれてるのか知ってます? 情報屋ですよ、情報屋」
主に嫌な情報しか持ってこないけどな!
「ええっと、協会の判定を覆すためには現在在籍している『レジッタ』の三名のうち一名以上の署名が必要です。現在の『レジッタ』は医療魔術協会会長ジマスカ=セツアル、聖都パレスの医療魔術研究所元所長、アスカ=ラドウェル、医療魔術師兼魔草師であるマギ=ワイズバーグの三人ですね」
一旦結論がくだった裁定を覆すにはトップからと言うことか。
この中で一番有名な医療魔術師と言えばアスカ=ラドウェル先生だろう。世に出した医療魔術論文は数えきれないし、大陸でも治療困難な症例をいくつも治療して来た人だ。大陸有数の医療研究機関である医療魔術研究所を立ち上げたのも功績の一つで、何人もの優れた医療魔術師を排出している。
「ロス……アスカ先生ってお前の元恩師だろう。何とかできないのか?」
『私が所長を譲ってもいいと思った唯一の人材』と言わしめたのが何を隠そう我が弟である。いくつもの医療魔術師雑誌でロスを溺愛する発言を残している。可愛い弟子の頼みならば、断りきれないんじゃないか。
しかし、ロスは途端に顔色が曇り泣きそうな顔で下を向いた。
「……無理だね。随分可愛がってもらってたんだけど、医療魔術研究所を辞める時に随分反対されてね。しかも、優秀なザックスまで引き抜いちゃって。正直もう顔向けできない状態ではある」
そ……それは悪いことをした。
「んー、そうか。わかった。じゃあ、弱みは?」
「……はい?」
ん? 聞こえなかったのかな。
「弱み。よ・わ・み。お金に弱いとか。権力に弱いとか。女に弱いとか。人間なんだから、何かあるだろう? 医療魔術師雑誌の肖像画見てたら、エロそうだったぞ」
「……ええええええええっ! 兄さん、俺の恩師に何かする気? 恩師だよ!」
完璧な我が弟はちと固いのが欠点である。
「大丈夫だ、兄さんに任せておけ。こういうの慣れてるから。俺を信じて教えてくれ」
そう言ってロスの肩に手を添えると、信じれない速度で払われた。
「何言ってんだよ、やだよ! 言ったよね、顔向けできないって。数えきれないほどの意恩があるにも関わらず、裏切ったんだよ俺は。そんな恩師を陥れる計画を見過ごすなんてできる訳ないじゃないかところを犯罪まがいのことに加担することなんてできるわけないじゃないか!」
本気で怒るロス。
「お、落ち着けよ。いいか? 俺がお前の恩師に危害を加える訳ないじゃないか」
「そ、そうだよね。ごめん、いつもの冗談だよね」
「当たり前だ。賄賂贈るだけだよ」
「……はい?」
ん? 聞こえなかったのかな。
「賄賂だよ。わ・い・ろ。安心しろ、脅しはするが、危害は加えない。例え望む結果にならなくても、キッパリあきらめる。ただ、弱みを握って脅すだけだ。それならいいだろう? 老い先短い老人を買収したり誘惑したりするだけ。あっちも楽しいしこっちも助かる。まさしくウィンウィンの関係さ」
そう言ってロスに向かって親指を立てる。
「……オータム、やっぱ、兄さんクビにしよっか」
ちょっ、ロス―!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます