第12話 運命のサイコロ
『ビジター』の試験会場に入ると、受験者の大半は書物を必死に暗記したり、呪文をブツブツ呟いていたりしていた。
当然、ジーク先生は突然ここに連れられてきたので予習や試験勉強などしているはずもない。
少しだけその能天気さに苛立ちを感じてしまうのは、かつて自分が大半の受験者と同じく受かるために必死に勉強した側だったからだろう。
「ジーク先生、そろそろ始まるんでそこの席座って下さい」
一応、こちらも仕事として来ているのだ。ここからはあまり馴れ馴れしくはできない。
「なあ、ザックス。今まで一緒に過ごしてきて、俺の医療魔術の実力はわかってるだろう?」
ジーク先生が神妙な面持ちで尋ねてきた。
「えっ、ええまあ」
不幸なことにあなたの人間性もだんだん見えてきてしまっていますが。
「という事で、ここはひとつ免除してくれないか!」
大声で頼みだすジーク先生。一斉に視線を向ける受験者たち。
落としたい……無性に落としてやりたいですジーク先生。
「みんなー、席につけ。あと一分以内に席に着かなかったら例外なく不合格にするからなー。例外なく」
特に一人の受験者を睨みつけながら叫んだ。
当たり前だろ、免除なんかできるわけねーだろバカ野郎。
「さあ、みんな。試験を始めるが、不正をしたら即失格だ。それは、医療魔術師たる者、ある程度の品格は持ち合わせて然るべきだからだ。いや、これは医療魔術師のみならず人間として必要な資質だと言える」
特に一人の受験者の方向を見つめながら諭す。
絶対に不正すんじゃねーぞ、テメー。
そもそも、ジーク先生の実力ならばこんなビジターの試験など造作もないのだ。
唯一不安要素があるとすれば、彼の人格……それにつきる。
一時間目、歴史学。医療魔術の成り立ち、また先人がどのように医療魔術を発展させてきたか。まあ、この辺は医療魔術師とかでは無く、一般教養の分野なので難関の医療魔術師試験を突破したものにとっては簡単すぎる――
……なぜだ。なぜあの男はサイコロを振っているんだ。
簡単だろうこの上なく。と言うか、この辺がジーク先生の点の稼ぎどころと言ってもいい。なんせ、昇級試験の勉強なんてしてないんだからこういう一般教養の面で点を取らなければ明らかに厳しいだろう。
そんな俺の想いも虚しく、さっさとサイコロを振り終わったジーク先生は両腕を机の上に投げ出して睡眠を始めた。
不安だ……この人の事が非常に不安だ。
二時間目、天文学。これも、直接医療魔術とは関わりがないが、元々天文学は医療魔術の由来と言われているので、その関係性は深い。
なので、これも一般教養として幼少から叩き込まれる知識の一つだ。難関と言われる医療魔術師の試験で必ずと言っていいほど出題される問題であり、これがわからない医療魔術師など――なぜサイコロを振るんですかあんたは!
シンジラレナイ……むしろこの人はどうやって医療魔術師試験を突破したのだろうか。
合格ラインは総合平均五〇点。九割以上は余裕で受かるこの試験。先ほど必死になって勉強していた者たちも、成績上位を狙う目的でやっていた者がほとんどだ。
いや……いやいやいや。そんなはずはない。ジーク先生の性格だ。きっと余裕過ぎるから、思わずそんな戯れをしているだけだ。そうだ……うん。ビジターの者達に気兼ねして敢えて成績上位にならないようにしようとしてるだけだ。
きっとそうだ……そうに違いない……そうだといいな。
三時間目、魔草学――サイコロだよちくしょう……
「ザックス先生! すいません、ザックス先生」
その時、外から違う組を受け持っている試験教官に呼ばれた。
「どうした? 今は試験中だぞ」
「すいません。でも、ザックス先生には助手の昇進試験も受け持って頂きたくて」
「助手? なんで助手の試験に。そこにも試験官はいただろう?」
「逃げたんです。一人の受験生のおかげで」
……その受験者に心当たりがあるのは、間違いではないだろう。
「わかった。じゃあ、この場は任せた。特にあのジーク=フリードの様子を見張って報告してくれ」
そう言い残して、急いでその問題の受験者がいるとわれる組の教室へ入った。
……やっぱあんたか、オータムさん。
「あらっ、ザックス先生。どうしたんですか?」
彼女はキョトンとした様子でこちらを見る。
自覚なしっ……と。
「いや、急遽この組の試験官も頼まれてましてね。当然だが、贔屓はしませんよ」
「そんなの当たり前じゃないですか。フフフ」
天使のような微笑みで答えるオータムさん。
確かに彼女ほど優秀な助手は見たことがないし、そもそも生真面目な性格だ。
やはりなにかの間違いじゃ――「はい!」
「なんですか? オータムさん」
「まず、誤字の確認をさせて下さい。一ページ六行目。『シルジャ草』でなく、『シルヂャ草』ですよね?」
オータムさんの指摘で試験用紙に目を移すと、確かに間違いがあった。
「そうです……ね。確かに誤字ですね。指摘ありがとうございます」
「いえ!」
そう言ってまたしても天使のような微笑みを浮かべるオータムさん。
なんなんだ……超優等生じゃないか。いったいどこが問題で――
「で、次に八行目。『患者に治療すさい』とありますが、『る』が抜けています。そして、二ページ三行目『シスラール地方』とありますが、正確には『シスラーレル地方』だと思います。バカラ帝国シスラーレル地方はクリュウ医療魔術学院があり、バカラ帝国史上有数の医療魔術師であるシスラーレル=センシスターに敬意を表してつけられたんです。だから。こうして誤字で間違えるなどは医療魔術師協会の問題としては非常に遺憾です」
「ま……まあ、誤字脱字でそこまで厳しくしなくても――」
そう言いかけた時、オータムさんが机をドンと叩いた。
「医療魔術では一つのミスが命取りです! そうじゃないんですか? いえ、そーなんです。それを教えるべき医療魔術師の試験官がそのような発言……恥を知りなさい!」
めちゃめちゃ説教されたー。
「す、すいませんでした。医療魔術師試験官として不適切な発言でした」
慌てて頭を下げると、再び彼女は天使の微笑みを向けた。
「いえ! ザックス先生だったらわかってくれると思ってました」
ホッと胸を撫で下ろして席に座ろうとすると、
「じゃあ、次は内容に関しての質問ですが――」
再びオータムさんが立ち上がる。
「あの……とりあえず問題を進めてみては?」
「もう終わりました」
でしょうね!
「三ページ目の二問目の『マギルゥ草と最も相性が良いとされる配合物を選べ』と記載されている箇所ですが、選択肢に『竜血』と『リオネル魔薬』があります。これは、私たちに対する嫌がらせですか?」
い、嫌がらせ!
「いえ、そんなことは!」
「そうとしか思えないんです! 『マギルゥ草』と『竜血』、『リオネル魔薬』はその病状によって相性は変わります。例えば、デサルト熱症でしたら『竜血』がいいですし、サモルト病でしたら『リオネル魔薬』ですよね? これは、私の経験則だけでなく医療魔術協会のレジッタであるマギ=ワイズバーグ先生が一ヶ月前に発表した論文です。そして、この答案用紙が作成されたのは二週間前。これは、先ほどの試験官が教えてくれた情報ですが、どうなんですか? 先ほども言いましたが、医療魔術師協会が準備した問題に、医療魔術師協会のトップが発表した最新の論文が反映されていないって。あり得ます? あり得ませんよね。先ほどの試験管の方にも質問させてもらいましたが、体調不良とのことで途中退席されましたので、代わりにザックス先生答えて頂けますか?」
すいませーん! なんか、超絶すいませーん!
「それは……失礼いたしました。この問題は無効とします」
まったく反論できる気がしない……
「いえ! 別にザックス先生が悪い訳じゃありませんから」
またしても天使のような微笑みを返すオータムさん。
「じゃあ、みんな。試験を続けてく――」
「で、次の問題なんですけど――」
……地獄。
その後も、オータムさんの怒涛の質問、指摘に耐えながらもなんとか四時間目、五時間目をこなすことができた。
かつてないほどの疲労を抱えながら自分の受け持つ組に戻ると、すでにジーク先生は爆睡していた。彼の組を受け持った試験管に様子を尋ねると『四時間目も五時間目もサイコロを回し続けていた』らしい……シネバイイノニ。
休憩時間になり、不本意だがジーク先生を廊下に呼び出した。
「どういうつもりですか? なんでサイコロばっかり回してるんですか!」
思わず胸ぐらを掴んで問い詰める。
「な、なんでってわからないからに決まってるだろう」
「わからないって……あんたどうやって医療魔術師試験突破したんですか!」
医療魔術師になるための試験はハッキリ言ってこの二〇倍は難しい。
毎年、その試験の倍率は一〇〇分の一なのだ。
「いや、それがさぁ。免除してもらったんだよね、優秀過ぎて」
ちょっと誇らしげに話すジーク先生に対し、心から腹が立った。
「だからって……サイコロばっかり回してないでちょっとは努力してくださいよ!」
もう試験も半分以上が終わった。
残るは物理魔学、実技、魔力測定の三科目だけだ。選択肢は五択なので、先ほどの三科目の平均は二五点前後だとしても、かなりの高得点を取らないと突破は難しい。
「ふふふ……まあ、心配するなザックス。言わずもがな俺は実技が得意だ。俺はこの科目で二〇〇点取ってみせる」
……いや、一〇〇点満点なんですけどー!
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