第11話 試験会場
【ザックス=リバー】
聖都パレスの医療魔術研究所。
相変わらず、変わらないなここは。ここを離れて二年しか経っていないのにそんな風に感じるのは、ここが生まれ故郷であると同時に、青春の全てをこの医療魔術研究所に費やした場所だからだろうか。
青を基調にしたローブを身にまとい、医療魔術の書物を読みながら歩く生徒を見ると、自然とかつての自分をが頭に浮かんできて少し気恥ずかしい気分になる。
「ザックス先生! 帰って来てたんですか?」
偶然通りかかった元教え子が驚きながら声を掛けてきた。名前はわからないが、元生徒なのだろう。授業で二、三度見かけたことがある。
「ああ。ジマスカ先生から昇進試験の試験管を要請されて断りきれなくてな。里帰りもかねて来ることにしたんだ」
「そうなんですか! ああ、よかった。僕も今回『ビジター』の試験受けるんですよ。お手柔らかに頼みますね」
「ははは、あくまで試験は公平にやるからよく勉強しておけよ」
そんな風に生徒を冗談半分で嗜める。
その懐かしいやり取りに思わず涙腺が緩みそうになる。
「負け犬と話すな!」
突然、大声が響き振り向くとかつての同僚が立っていた。
一瞬にして生徒は怯えた顔になり慌てて会釈して走り去って行った。
「……久しぶりだな」
タイラー=ヌサカーン。現在の医療魔術師研究所の副所長だ。
「よう、負け犬。元気だったか?」
そう言って皮肉めいた笑みを浮かべるタイラー。
負け犬と言われればそうかもしれない。かつて大陸一の医療機関の副所長だったのは紛れもなく自分で、今は片田舎の診療所で一介の医療魔術師として働いているのだから。
まあ、それも仕方ない。惚れた男に賭けるというのはこういう事なのだ。
「……その余裕めいた笑み、いつも高みから見下ろしているようなその態度、相変わらず気に入らねえな」
タイラーが不快そうに睨んできた。
同い年で、似たような境遇だったからか、この男は何かにつけて対抗心を燃やしてきた。結果的に副所長を辞めて、その後釜にタイラーがついたことでその対抗心が憎悪に変っても不思議はない。
「まあ、好きに思えばいいさ。じゃあな」
そう言って、タイラーに背を向け歩く。
長年の付き合いでこの男とは一生分かり合えないことは理解していた。そんな相手にいちいち張り合うのは時間の無駄だ。
「記事読んだぞ。お前の働いている診療所訴えられてるんだってな。そんなろくでなしな所長の下で働いてるお前に心底同情するよ」
その言葉で思わず足が止まった。
「……お前にあの人の何がわかる? 実際に会ってもいないお前に」
自分の事がバカにされるのは我慢できる。だが、自分の尊敬する者の……ロス先生とジーク先生の悪口だけは聞き捨てならない。
それが、たとえタイラーの術中だとわかっていても。
「部下に訴えられるなんて所長は器量が知れてる。まあ、貴様も同レベルだからお似合いと言うところか」
タイラーは心底愉快そうに笑う。
「ふざけるな。あの人は――」
そう言いかけた時、ものものしい音が鳴った。
すぐにその方向に振り返ると、そこにはオータムさんとロープに引きずられて気絶しているジーク先生がいた。
こちらに気づいてオータムさんは嬉しそうにこちらに近づいてくる。
「あっ、ザックス先生。ちょうどよかった。『ビジター』の試験会場はどこかわかりますか?」
なんて……満面の笑み。
正直、無性に会いたくないタイミングで会ってしまった。
特に後ろで気絶している男がジーク先生本人だとタイラーには知られたくない。
と言うか、なんでジーク先生とオータムさんがこんな所に。
「ええっと、あの曲がり角をまっすぐ向かったところに受付があります」
そのまま行け。すぐにこの場から何事も無かったかのように立ち去ってくれ。
「そうですか。助かります。変態、起きて! 『ビジター』の試験会場に着きましたよ。おーい、返事して、この変態ジーク!」
オータムさんはそう言いながらジーク先生を揺さぶり起こす。
「ジーク? こ、この男がジーク=フリードか? この気絶して服装ボロボロで泡吹いて変態呼ばわりされているこの男が!」
タイラーは心底嬉しそうに俺に叫んでくる。
「……まあ、そうかな」
はっ、恥ずかしい。今、猛烈に恥ずかしい。
「ぶっははははははは! これは愉快。しかも、ビジターだって? 見習いと同階級の者がお前の上司か。まったくもってお似合いじゃないか」
はぁ、今日は厄日だったか。
やがてジーク先生が意識を取り戻した。
「……ここ、どこ?」
「試験会場です。私は助手の昇級試験に向かいますから、あとはザックス先生に案内してもらってくださいね」
そう言ってジーク先生をくくりつけていたロープを切って豪快に去っていくオータムさん。
「……ザックス? ってなんでザックスがここに?」
「今回の昇級試験の試験管なんです」
と言うか休みとる時、言いましたよね。
「なんだそうかぁ。じゃあ、もらったなこの試験。ザックス、そこんとこよろしく」
そう言ってジーク先生は嬉しそうに俺の肩を叩く。
なんて……空気の読めない人なんだろうか……もう帰りたい。
「ぶっははははははは! 公然といかさまの相談か。まったくもってお似合いじゃないか」
もはやため息しか出ない……もう好きに言ってくれ。
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