第9話 レッツ医療魔術師昇級試験
って一週間経ったけど全然進展ねーよチクショウ。
みんなもみんなで最初は妙にテンション高くて、あーだこーだあーでもなこーでもないと話してたが今では何事も無かったかのように治療に勤しんでいる……死ねばいいのに。
そんな俺もどうしたらよいかわからず、窓の外からマーサさんの抗議運動を見ながら患者の治療に当たっていると言う正に蛇の生殺し状態だ。
監獄に送られて、もう、二度とシャバに出られないかもしれないのに、なぜ俺は患者の治療などしているのだろうかという葛藤によく駆られながらも治療を続けること更に三日間、とうとう事態が動いた。
診療室の外から鳴り響くものものしい足音。聞き覚えのある、この重厚感のある音。やがて、扉を開く轟音と共に、グリスが姿を現した。
「おい、ジーク。書類だ」
端的に用件のみを発するグリス。
机に置いた書類の山は恐らく裁判に使用する書類だろう。
「ふざけんな、『書類だ』じゃねぇよ! あれから一〇日経過してんだよ。シエッタ先生は? 勝算は?」
「来ない。あっちも忙しいからな。まあ、顔合わせは法廷だろうな」
流暢に、そして事もなげに説明をするグリス。
ゴブリン最強のゼノ族族長の息子であり、人間の血が四分の一混じっているこのゴブリンは非常に流暢に人間の言葉をしゃべる。
今は、シエッタ先生と共に、人間とゴブリンの諍いを治める活動を行っており、大陸を東奔西走している。
「なんだよ、じゃあ何しに来たんだよ。今はお前の相手をしてる場合じゃ――」
「シエッタ先生の伝言だ。『監獄送りにされたくなきゃ聖都パレスに行け』だと」
「……助かるのか、俺?」
グリスの一言で、今までの絶望的な気分に一筋の光明が差した気がした。
「知らん。ただ、一つだけ貴様は明確な法律違反をしている」
グリスが帰り支度をしながらつぶやく。
「そんな馬鹿なことあるかよ」
恐喝、暴行なら、むしろ日常的に受けてる方だし……横領なんてする物欲ないし……医療魔術師免許は持ってるし、侮辱罪、詐欺なんかも無縁だ。猥せつ……はしてないはず。
「お前……医療魔術師の昇級試験行ってないだろう? 『ビジター』の癖に」
医療魔術師界でも、階級がある。これは、大陸にある全ての国に共通する階級で医療魔術協会指定の試験を受け突破しなければ上がることはない。
俺が属しているのが『ビジター』。医療魔術師見習いは全てここに当たる。
ロスは八階級上の『ライト』、ザックスは六階級上の『シラク』だ。
全部で二〇階級あり、半年に一回昇級試験がある。
最上級が『レジェッダ』、これは医療魔術師兼魔草師であるマギ=ワイズバーグや医療魔術協会会長ジマスカ=セツアル、また聖都パレスの医療魔術研究所元所長であるアスカ=ラドウェルの三人が就任している。
「確かに俺は『ビジター』だけど、それと医療魔術師免許と何の関係があんの?」
「ビジターの場合、七年以内に昇級試験行かないと医療魔術師免許の資格が剥奪される」
なにいいいいいいいいいっ!
「医療魔術師免許って……永久資格じゃないの!?」
「知っとけよ! だいたい二年から三年目くらいで受けるのが普通なんだよ。お前の師匠であるマギ先生も説明しなかったか?」
「……全然」
あの先生からはロクな事しか教わった覚えがない。稀少な魔草を取りに行くために、雪山に一〇日間サバイバル生活を敢行したり、ミイラになる一歩手前まで砂漠を歩かされたり。
朝から晩まで魔草魔草魔草魔草……思い出すだけでも頭が痛くなってくる。
「まあ、テメェの才能にあぐらかいてるからこんなことになるんだ。で、相変わらずお前の尻拭いだ。じゃあな」
そう言ってグリスは去って行く。
聖都パレス……旅行!
「だってさぁ、みんな。しょうがないよね、俺行ってくるから」
聖都パレスまでは、馬車で二日ほど走らなければいけない。
そう、すなわち、旅行なのである。
歴史的建造物の観光……屋台の買い食い……そして……温泉!
「……ホント――――に、グリスさんがそう言ったんでしょうね?」
オータムがジト目で俺を見つめる。
と言うか、どんだけ俺のこと信用してないんだお前って奴は。
「しつこいなぁ。ここにも書いてあるだろう? ほらっ」
オータムは差し出した書類を食い入るように見つめて、やがてなにかを決したように頷いた。
「……わかりました。私も行きます。そう言えば、私も助手の昇進試験受けてなかったし」
ふぁ!
「な、なんだってお前が! いいよ、俺だけで行くよ」
確かに医療魔術師助手にも昇進試験はある。ただ、特に医療魔術師のように資格をはく奪されるようなペナルティは課せられないので必ずしも受ける必要はない。
それに、こんな堅物がついてきたら、せっかくの俺の旅行プランが……
「いえ! ちょうど私も受けようかなと思ってましたし。あなた一人に行かせたら、どうせ歴史的建造物の観光とか、屋台の買い食いとか、温泉とか、寄り道しまくるに決まってますから」
こ、この女……全部読んでやがる。
ああ……俺の旅行プランが崩れていく。
「いいよ、今回の件で兄さんも大分疲れてるだろうし、道中観光でもしてくればいいよ。その分、僕が頑張るからさ」
ロス……お前はなんだってそんなにいい弟なんだ。
「あんたって奴はそうやってジーク先生を甘やかして――」
オータムがそんな冷酷無比な発言を言いかけた時、サリーがニヤニヤしながら首を突っ込んできた。
「まあまあ、いいじゃないですか。オータムさんもずっと忙しかったんだから。この機会にデートなんかしちゃったりして」
デ、デート!
「な、なななななにを言ってるんだよ。なあ、オータム。わはっわははっ」
「そそそそそうよ! なんだって私とジーク先生が。フフっ、フフフ」
お互いギクシャクしながら笑いあった。
「よーし、けってーい! じゃあ、みんなそう言うことで!」
サリーの号令でみんなが一目散に散って行く。
「えっ……ちょ……まっ……」
残された俺とオータムは互いに気まずい感じでなんとなく距離を置いて一日を過ごす羽目になった。
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