第8話 やっぱり凄い女だった


 そして、一〇日後の今、俺は訴えられている。

 「サリー……今、なんて?」


 頭の中が真っ白だ。


「恐喝、暴行、横領、無資格医療魔術、侮辱罪、詐欺、猥せ――」


「繰り返し聞きたいんじゃないんだよ! なんでこんなことになってるんだ?」


そう尋ねると、サリーはその手に持っていた水晶玉を掲げた。


「詳しくは魔術弁護士シエッタ先生に」


 そう言って彼女は目をつぶって念じ始めた。

 すると、そこにシエッタ先生の姿が映し出された。


「どーなってるんですか! シエッタ先生」


急いで水晶玉を揺さぶって叫ぶ。


「……うーっ、二日酔いなんだ。騒ぐな」


水晶玉の中のシエッタ先生は明らかに声のトーンが重かった。


「訴えられるにしても不当解雇だけですよね? なんだってそんな極悪な感じで訴えられてるんですか!」


 悪いが一つたりとも思い浮かばない。

 と言うか、俺、逮捕されるのか?


「今は容疑の段階だからすぐに連行されるってのはないけど、時間の問題だな。相手があのマーサ=ハマラ―ンだろ?」


……あの?


「シエッタ先生知り合いなんですか?」


「知らないのか? 『大陸一有能な女』と言われた敏腕商人だ。その絶対的な直感と分析力で大陸有数の魔鉱山であるフェーセズ山の採掘に成功、そして、採掘した魔石の販路をアナン公国まで拡大し、一気に大陸有数の大富豪にまでのし上がった」


 な……なんであいつらは無駄に凄い奴らが多いんだろうか。


「その後も、その辣腕ぶりを発揮して数々の大事業を成功させてその功績は大陸史に確実に名を遺すほどだ。しかし、大陸一の大富豪にあと一歩でなろうと言う時突如として一人の男と駆け落ち。その莫大な財は全て慈善団体に寄付して姿を消し、一四年が経過した。まさか、こんな所にいたなんてな」


「で、でも彼女が凄いのと今回の裁判とは何の関係もーー」


「甘い甘い。マーサは魔術弁護士資格も持っててなぁ。それも凄まじく敏腕で幾度となく敗北しそうになったよ。まあ、敗訴ギリギリのところで示談にできたのは俺の実力だな」


「それって……もはや負けてるんじゃ――」


「とにかく! マーサ=ハマラ―ンは敵に回すと最も怖い女の一人だ。彼女にとってはお前を監獄に入れることなんぞ朝飯前だろうな」


 いつもの様子とは違い、冷静そうな表情に語るシエッタ先生に妙な違和感を覚えた。いつもなら「こんなのやってられるかー」って怒鳴り散らすのに。


「シエッタ先生……勝てますよね?」


 嫌な予感がした。すでに……勝負を投げている予感が……


「……全力は尽くす」


 プツッ……


「シエッタ先生! シエッタ先生、シエッタ先生えええ!」


 何度も何度も呼びかけるが、水晶玉が再び応答することは無かった。

 シンジラレナイ……あのおっさんが勝負を投げるとは。それほどの危険人物か。

 肩を落として水晶玉を置いて振り向くと、みんないつも通り治療を行っていた。


「ジーク先生、何やってんですか! 患者さん待ってるんだから。シエッタ先生との話は終わったんでしょ? 早く治療に入って下さいよ」


 オータムが忙しそうに作業しながら言い放つ。

 嘘……だろっ!


「……ああああああ! 仕事なんてやってられるか!」


「な、なんですか急に」


 わかんないのか? 普通わかるだろ!


「訴えられてんだよ! 監獄送りにされようとしてんだよ! 人生終わろうとしてんのに、人の人生救ってる余裕なんてあるか!」


「……医療魔術師がそんな事言うなー!」


 な、なぜ――――――――!

 オータムから放たれた強烈な拳が俺に飛んできた。

 途端に身体が宙を舞い、天井が見えたと思ったら、すぐに地面に叩きつけられた。瞬間、激痛が全身を駆け巡り、口からは血がポタポタ流れ出る。


「な、殴ったな! こんなにも情緒不安定なこの俺を」


 しかもスィングアッパーで殴ったなぁ!


「いいですか! 患者さんにはあなたの事情なんてどうでもいいんです。本物の医療魔術師だったら例え自分の身が朽ち果てるその瞬間まで患者の治療に全力を注ぎなさい」


 容赦なくそう言い放つオータム。

 お、恐ろしい……お前の言う本物の医療魔術師像っておかしいよ。


「そんな事よりもうやめよう! 三人の解雇を取り消して、他の方法を考えよう」


 もともと財政難の問題だったんだ。三人を解雇したって何が変わるわけでもない。


「いえ……こんなことは絶対に許せません。断固戦いましょう!」


 ふぁ!


「ちょ……まっ……」


「ジーク先生はこんな暴挙許せるんですか!? このままじゃ泣き寝入りであいつらどんどん調子になりますよ。ねえ、みんな」


 オータムが、ロス、アリエ、サリーにそう問いかけた。


「そうですよ! 楽しくなってきましたね! ジーク先生、断固戦いますよ私たちは。フフフ、ウフフフフフ」


 サリーは世界で一番幸せそうな表情を浮かべた。

 お前って奴は……人の人生で断固戦おうとするんじゃない。


「まあ、オータムがそう言うんなら……ねえアリエ」


「え、ええ」


 ロスとアリエも完全に我関せずだ。

 お前ら……事なかれ主義もいい加減にしろよ。

 こうして、俺の人生を懸けた法廷闘争が幕を開けた。


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