第7話 最悪でございます
チェ(マーサさん)、サシャ、ジャシャーンさんをクビにした後に治療を始めたが気分としては最悪だった。
心なしかどこかよそよそしい医療魔術師見習いたち。いつもなら、もっとワイワイやっているのに、みんな緊張した面持ちで治療を行っていた。
下手な事をすると自分たちもクビになるとでも思っているのだろうか。
普通ぐらいのレベルでいいんだよ。普通にキチンと真面目に治療してくれれば。
「でも、案外簡単に引き下がってくれましたよね」
診療中にオータムが意外そうにつぶやいた。
確かにもっとごねられたり、嫌がられたりするかと思っていた。
まあ、簡単に済むに越したことは無い。いつまでもこんなことに時間を掛けている場合じゃない。治療治療……
「ジーク先生ジーク先生っ! 大変です。外でエライことが起こってます」
サリーが息をきらしながら嬉しそうに走ってきた。
なんでエライことなのに嬉しそうなんだお前は。
「どうしたんだいったい?」
「百聞は一見に如かずですよ。早く早くー」
おい、なんで今にもスキップしそうなんだお前は。
診療所の外に出ると、そこには立ち去ったはずのマーサさんとサシャがビラ配りをしていた。
「不当解雇反対でーす。一緒に労働者の権利を守りましょう。あっ、ありがとうございまーす」
「な、何をやってるんですかマーサさん」
嫌な予感がした……壮絶に嫌な予感が。
「あら、ジーク先生。ごきげんよう。私はあなたの宣告には素直に従う気はありません。世論を動かして、私たちを再び働かせてくれるように働きかけるつもりです」
恐ろしいほど爽やかな笑顔を浮かべるマーサさん。
「阿呆ですかあんたは! そんなくだらない事に精を出すより実力上げて他の所に雇って貰ったらどうなんですか!」
別に診療所なら腐るほどある。そこで頑張ればいいじゃないか。
「そんな……なんて血も涙も無い言葉を吐くんですか? 息子がどれだけあなたの事を尊敬して……ううっ……私たちはここでしか働く気はありません。なんせ、息子が世界一尊敬する先生ですからっ!」
な……なんて迷惑な尊敬の仕方。普通、尊敬する人が嫌がる事やらないだろうが。確実に歪んでいる子育てと愛情をお持ちのマーサさんに鳥肌が止まらない。
「魔術弁護士呼びますよ! こっちは凄腕の魔術弁護士知ってるんですからね」
その名もシエッタ先生。どんなに不利な状況でも逆転して判決を覆す事のできる敏腕魔術弁護士だ。二〇年間無敗を誇り過去にいくつもの訴訟を担当してくれたが、なんだかんだでいつも勝訴に導いてくれる。
「……上等です。燃えてきました。勝負ですね、ジーク先生。私たち罪なき労働者が勝つか……あなた方悪徳経営陣が勝つか」
滅茶苦茶悪者にされてるー!
「元はと言えばあんたらが悪いんでしょうが!」
「どちらが悪いかなんて主観が変われば真逆になるものです。今の私にとって、チャちゃんにとっての悪は悪なんです」
マーサさんは決意を秘めた表情でキッパリと言い切った。
な、なんなんだろうその妙な説得力。
「まあ、やったらいいんじゃないですか? こっちとしては負ける要素なんて何一つ無いですし」
どうせ、こちらが勝つ争いだ。寧ろ、奴らが敵側に周ったことで情が湧かなくて済む。裁判で決まればさすがのこいつらも黙って引き下がるだろうし。
「ふふふ、ジーク先生。私たちが何の用意もせずにこんな事をやってると思いますか? ミロさん! ミロさーん!」
そうマーサさんが大声で叫ぶ。
ミロ……その名前を聞いて、嫌な悪寒が全身を駆け巡った。
マーサさんの呼ぶ先には並んでいる患者に執拗にまとわりついている女。掛け声に気づくと、嬉しそうにこちらを振り向き猛ダッシュで走って来た。
……って近い近い近い近いっ!
「お久しぶりです、ジーク先生! ついにこんな事になりましたね。私の警鐘にも関わらず、ついにやりましたね」
嬉しそうにグイグイ身体を押し付けて来るのはミロ=ミリアム。サリーより二つ年上の姉であり、魔術広報社『ラジエッタ』で働いている敏腕記者だ。ただでさえ忙しくて年中はたらている最中、無許可で『奇跡の診療所』特集と銘打って大々的に宣伝を開始。一時診療所が患者で埋め尽くされて発狂しかけたのは記憶に新しい。
「何もやってないよ。勝手にあっちが騒いでいるだけだから」
極力この子とは関わりたく無い。逃げるように、診療所に帰ろうとすると、
「特集組みますからー」
と死ぬほど不吉な言葉が聞こえてきた。
その後の日々は最悪だった。魔術雑誌『ジャスティ』で次々と明かされる診療所のブラックな職場環境。こちらの内情をペラペラとしゃべるS氏とM氏があることないことぶちまけていた。
おかげ様で、一週間も経たずして診療所(主に俺)はノーザルの嫌われ者と化した。久しぶりに休暇で町を歩けば石を投げられ、口々に罵声を浴びせられた。
泣いた……こんなに頑張ってるのに……こんな仕打ちに辛すぎて泣いた。
翌日、石を投げてきた町民が骨折で運ばれてきた。
「エヘ……エへへへこの前はごめんなさい」
そんな風に照れ笑いを浮かべてきた。
「唾でも舐めとけ!」
そう吐いて即刻、追い出した。安心しろ、命に別状はない。全治一日が半年になった程度だ。
そんなことを繰り返して益々下がって行く診療所と俺の評判。そして、それでも減らないのは患者。命に関わる時、人は本能的に選択する。どこへ訪れれば助かるのかと。
身勝手なもんだと内心思いながら(時々患者に愚痴りながら)、それでも治療は続けていた。
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