第5話 サシャじゃないのサーシャなの 


 そして、夜勤明け……


「以上引継ぎ終わりお疲れっ!」


 さあ、疲れた疲れた。今日も一日働いたなぁ。


「待ちなさいよ、ジーク先生」


 オ、オータム……やはり……立ちはだかるか。


「ジャシャーンさんにちゃんと言ったんですか?」


「言ったよ」


 これ本当。間違ってない。


「で、なんて言ったんですか?」


「……『ふぁ?』って」


 ドッゴーンッ!

 壁に風穴があいた。

 ……ふぁああああっ!


「ジーク先生……おちょくってますか?」


 怖い……あまりに怖すぎるその笑顔。


「本当だって。あのじいさん耄碌してて耳遠いんだから」


「で、ジーク先生は何て言ったんですか!? ちゃんと言い聞かせたんでしょうね」


「……『いていいよ』って」


「なんでそうなるんですか!?」


 そう怒るオータムに対し、必死に説明した。下手な説明するとそれこそボコボコにされるかもしれないから命懸けで説明した。


「……なるほど。理由はわかりました」


 オータムはある程度理解を示してくれたようだった。


「そうなんだよ、だから俺はあのじいさんをこの診療所に――」


「でも、それとこれとは話が違うんじゃないですか? そりゃあ気持ちはわかりますけど……うちはあくまで診療所で避難所じゃないんですから。ちゃんとリストラ宣告してくれないと、元の診療所が潰れちゃうんですから」


 淡々と正論を吐いたオータムの去って行く後姿は『鉄の女』そのものだった。

 ま、まあジャシャーンは後回しにしよう。


 次の日、診療室に入ったら、サシャがすでに診療室で頬杖ついていた。

 そうだ……こいつだ。何よりもまず、この女をクビにしなければ、何も始まらない。


「ごきげんよう、ジーク先生」


 なんだその良家の令嬢のような挨拶は。

 知ってるぞ……お前んちど平民だろうが。


「……そんな目で見ないで下さい。サーシャ、その熱い瞳で溶けちゃうかも、なーんちゃって。フフフ……フフフフ……」


 大丈夫だろうか……この子に俺の話は通じるだろうか。

 そして、なぜサシャは自分の事をサーシャと言うのだろうか……方言だろうか。


「あの……クビっ!」


 おお、何故かサラッと言えた。


「……はぁ、ジーク先生。いくらなんでも露骨すぎるんじゃありません?」


「何が?」


「今、サーシャの頭の中に二つだけ思い浮かんでいます」


「……言ってみろ」


「一つ……サーシャの事が気になって気になって気になーって。だから、サーシャの事を離したくなった……あまりにも好きすぎるから」


「……もう一つは?」


「二つ目……それは、嫉妬。私とザックス先生との間を嫉妬。そして、その二人の絆を断ち切ろうしたくなった……あまりにも好きすぎるから」


「……」


「ウフフ……図星かしら……何も言えないなんて」


「……もう少し時間をくれ」


 息を整えさせる時間をくれ。怒りを抑えるために息を整える時間を。


「っふー……サシャ、俺が君をクビにしたい理由は……一六七個ある。一六七個あるが、その内の大きな理由を三つだけ言う」

「ノンノンノン、私はサーシャ」


「……ふぅ……ふぅ……ごめんもうちょっと時間頂戴」


 それから、更に一〇分ほど息を整えた。


「じゃあ、言うな。一つ。話しを聞かない」


 これは医療魔術師業界のみならず、どんな世界にでも言えることだが人の話を聞かない奴はまず伸びない。ある程度実力がついてきた後に自分なりのオリジナルを見つける者はいい。しかし、その一歩手前……いや百歩手前の状態ではそんな事は言えない。


「聞こえなーい……うふふふ」


 でしょうね! 人の話聞きませんもんね!


「……二つ。実力がない」


 腕の無い医療魔術師はそれだけで必要ない。

 そして、サシャはそもそも医療魔術師としての腕が無い。そして、そもそも自分の腕が無い事を嘆くことはしない。努力もしない。したがって実力が無い。


「ジーク先生。ジークせんせい。ジークせんせーい」


 な、何この子超怖いっ!


「三つ目。情熱がない」


 そもそもこの子は人を治す気があるのだろうか。


「情熱……赤……ルージュ……うふふふふ」


 絶対にクビにしたい。この子、絶対にクビにしたい。


「と言う訳で、明日から来ないでいいから」


 と言うよりよくぞ、今まで雇い続けていたと思う。


「ジーク先生……」


「な、何? 退職金の事なら一応給料の三ヶ月分は――」


「えいっ」


 そう言って笑いながら去って行くサシャ。

……なんでこんな子を雇ったのだろうか……昔の俺を往復ビンタしたい。

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