第4話 じ、じじい……

 昼食時、オータムが隣に座った。


「ジーク先生……ちゃんとチャに言いました?」


「……言ったよ」


 嘘だけど……正真正銘嘘だけど言いきった。


「……じゃあ、なんでスプーン持つ手が震えてるんですか?」


「ははっ……腱鞘炎かな」


「……じゃあ、なんでチャとマーサさんがそこで昼食食べてるんですか?」


「最後の晩餐……じゃないか」


「……な・ん・で・嘘つくのよ!?」


 い、痛い痛い痛いっ。入ってるっ! みぞおち入ってるって!


「言える状況じゃなかったんだってっ! あんな状況では言えない。俺は人間としてあの状況では言えなかった」


「そんな事言ってたら、診療所潰れちゃうんですよ!? 可哀想だし、厳しいかもしれないけど、私たちだって遊びでやってる訳じゃないんですから。とにかく、ちゃんと言って下さいよ」


 そう言い残してオータムは去って行った。

 はぁ……とにかく、憂鬱な作業だ。チャは後回しにして、ジャシャーンさんにするか。


 いない……あいつどこへ行きやがった。どこを探しても見当たらない。


「ねえ、ジャシャーンさん知ってる?」


 通りすがりのサリーに尋ねた。


「見当たりませんか? 暇な時は患者さんの入院ベッドに寝てますけどね」


 そんなバカな。いくらなんでも医療魔術師の分際で、患者さんのベッドで寝てる何てこと……いるじゃねぇか畜生。


「おいっ! ジャシャーンさん! なにを寝てるんですか起きてくださいっ」


 熟睡してるジャシャーンを何度も何度も揺り動かす。


「ふぁ? 朝かの!?」


 じ……じじい。


「あの……前は俺のために戦ってくださって本当にありがとうございました」


 このじいさんは、かつての最強魔術師で俺とグリスと共にアナン公国への殴り込みに加わって貰った経緯がある。そして、その事に関しては感謝している。しかし、医療魔術師としてはハッキリ言って才能が無い。完全に攻撃特化型の魔術師だ。


「ジャシャーンさん……非常に言いにくいんですが……今日を持ってやめて頂く事は可能でしょうか?」


「……ふぁ?」


「いや、認めたくない気持ちもわかります。でも、あなたは完全に攻撃特化型の魔術師で、医療魔術師には向いてないと思うんです」


 本人の才能と求める力が異なる場合は多くある。第二の人生に医療魔術としての道をこの老人は選んだのだろうが、その魔法力が医療魔術師として活かされないのは本当に残念だ。


「……朝かの?」


「朝じゃねーっての! 昼! で、そうじゃ無くてクビなんですよ。クービ!」

「おおっ……クビじゃ無くてな……ホレッ」


 そう言ってジャシャーンはうつ伏せになった。


「……なんですか?」


「クビよりは腰じゃねぇ。こっとるのよ。ちょうどよかったわぁ」


 じ、じじい!


「あのっ! そうじゃ無くてクビなんで――」


「貴様ー! 老人をいたわる気持ちはないのかぁ!?」


「い、いやそうじゃ無くて……」


「なら揉まんかぁ! 老人をいたわる気持ちが少しでもあるのなら揉まんかい!」


 なんか知らんけど怒鳴られたー!


 とにかく、揉んだ。よくわからないが、なんか怒っているからジャシャーンさんの腰を揉んだ。


「……あの、聞いて貰えますかジャシャーンさん。医療魔術師としてじゃ無くて、あなたの魔法力が発揮されるのはもっと他の場所があると思うんです」


 これは……本心で言った。


 黒竜ダークルーラを容易に召喚できる程の魔法力、知識どちらもかつての最強魔術師を冠するにふさわしい逸材だ。医療魔術師以外の場所だったら、各国喉から手が出るほど欲しい人材だろう。


「もう……戦いはこりごりじゃ……」


 ボソッとジャシャーンさんが呟いた。

 この……老人は一体いくつもの死線を潜り抜けていたのだろうか……容易に想像がついた。

 これだけの才能があれば、間違いなく駆り出されたのは星数多の戦場だろう。探せば、いくつも出て来るだろう武勇伝を……この老人はどのような風に振り返るのだろうか。

 求めるのが欲望であれ、希望であれ、その才能が人を殺傷する才能だ。そして、それは英雄と称賛される。きっと称賛され続けた人生だったのだろう……

 だから……いやだからこそこの老人が選んだのは……


「ジャシャーンさん……すいません。俺が間違ってました。いて下さい。ここに……ずっといてもいいんです」


 もしかしたらこの老人はボケたフリして、ここに逃げ込んでいるんじゃないだろうか。かつての英雄が逃げ込んだ先、それは己の生きてきた人生とは無縁の医療魔術師という仕事。

 いいじゃないか、そんな偉大で役立たずの医療魔術師がいても。


「……ふぁ?」


 ……じ、じじいぃ。


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