第3話 く、クビですか
「まあ、瞬間的な赤字ならいいんです。でも、毎月の赤字は駄目ですね。しかも、ベネズエで一軒家が買えるだけの額が毎月。近いうちに潰れますよこの診療所」
言い辛い事をグサグサと吐くサリー。
「診療費あげようか」
金持ちの診療費を一〇倍にして、貧乏人は二倍。
「駄目ですよそんなの。うちは他の診療所より破格に高いんですよ。これ以上高くすると、医療魔術協会の規約に引っかかります」
げっ……そうだった。
「じゃあ、どうすれば……」
「やっぱり……リストラじゃないですか」
サリーがボソッと呟く。
再び沈黙が辺りを包んだ。
確かに人件費が一番の費用であることは間違いない。
でも……
「駄目だ。新しい医療魔術師の育成は絶対に譲れん」
これだけは絶対に譲れない。未来の何千、何万の医療魔術師を育てるために……何より俺の休暇のために。
「って言っても……そろそろ駄目な子たちもチラホラ出て来ていませんか? ほらっ、思い浮かびませんか?」
思い浮かぶのは……約三人。
「……三人だな」
ロスがつぶやく。
「……三人ですね」
アリエがつぶやく。
「……同じく」
サリーも頷く。
どうやら、みんな同じことを思い浮かんだらしい。
そう。サシャ、ジャシャーン、チャの三人だ。一向に、成長しない……まさに駄目医療魔術師見習い三人。
「じゃあ、満場一致と言うことで」
オータムを始め、俺を除いたみんながそう言って席を立とうとした。
「ちょ、ちょっと! なんでみんなで席立つの? まだ、その三人をどうするか決まってないだろう」
「何でって……後は、引導渡すだけじゃないですか。頼みますよ、所長」
オータムが満面の笑みで俺の肩を叩く。
えっ、えええええ!?
「俺が言うの? ねえ、俺が言うの!?」
「……ほ、他に誰がいるって言うんですか? ねえ」
オータムの問いかけに、みんなが頷く。
「いや、別に俺じゃなくたって! オータムやってくれよ」
「い、嫌ですよ私は。か弱い乙女に、そんな無情な宣告みたいな真似できないよ。ねーっ」
オータムの発言にサリーとアリエが深く頷く。
……貴様らがいつ何時何分か弱い乙女だったんだ言ってみろ。
「じゃあ、ロスでいいじゃん。お前が適任だよ」
「ええっ、嫌だよ」
素直に口にするロス。
……なんなんだよ畜生。俺だって嫌だって言ってるのに。これだから次男は嫌なんだよ。
こうして、リストラ宣告を俺がしなければいけない事態になった。
翌日、いつものように診療室に入るとリストラ候補のチャがいた……お母さんであるマーサさんと共に。
一言でいえば彼はマザコンである。大抵はチャが治療する前に母のマーサさんが全て治してしまうので、入所した当時と技術は全く変わっていない。
「あらっ、ジーク先生。おはようございます。どうしました、今日は顔色悪いですね」
ほとんどあなたのせいです、マーサさん。あなたが毎日毎日チャの側にいて働くから。おかげでほとんど何もしてませんらねこいつ。
「あの……今日はチャに……いえ、あなた方に言いたいことがありまして」
そうだ。しょうがないんだ。だいたい、俺が悪いんじゃない。腕の悪い医療魔術師が悪いんだから。俺が心痛める必要なんてない。
「なんですか?」
満面の笑みで微笑むマーサさん。
その無邪気な笑顔に心がズキリと痛む。
いや、しょうがないんだ。余裕がある時ならまだしも、余裕がない時まで育たたない医療魔術師を置いておく理由は無いのだから。
「実は――」
「あっ、私からも言いたいことがあったんです」
そう言ってマーサさんが大きい箱を持って来た。
「あの……これは?」
「ケーキです。いつもチャちゃんがお世話になってるから……ジーク先生には本当に感謝しているんです。これまで、いくつもの診療所に面接させて頂いて。でも、全然ダメで。たまに、見習いで雇われることがあってもなぜかすぐにクビになって」
それ……マーサさんのせいだと思います。
「藁をもすがる気持ちで、この診療所を受けたんです。ジーク先生みたいな超天才的な医療魔術師になんか雇って貰える訳ない。そう半ばあきらめかけてたんです」
いや、まあそれほどでも……あるけど。
「チャちゃんもずっと憧れてました。『百万の命を救う医療魔術師』、『戦地に舞い降りた奇跡の医療魔術師』、『医療魔術師協会の超異端児』。月間雑誌ジャーナルの記事の切り抜きを集めてファイルに持ってるんですよ。ほんとーに、この子ジーク先生の事を尊敬してて。本当にありがとうございます。ジーク先生には……本当に感謝しても……ううっ」
泣かないでー! 泣きたい―! 今、俺、猛烈に泣きたいー!
「……ごめんなさい。ついつい涙腺が緩んで。駄目ですね、歳を取ると。フフフ……で、話って何ですか?」
言えるか―!
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