第2話 経営難打開策!



 遡ること一〇日前、診療所の会議室には俺、オータム、ロス、サリー、アリエが集まっていた。


 沈黙の音がやけにうるさく、辺りは気まずい空間が流れたままだ。


「ノッピョッピョーン!」


 ……オータム、ロス、サリー、アリエの殺意が一斉にこちらを向く。


「あの……今のはジュウ族ゴブリンのまねで――」


「そんな事やってる場合ですか!」


 オータムが拳を机に叩きつけ、恐ろしいほどの破壊音が鳴り響いた。


 恐らく、あと三回でこの机も駄目になるのだろう。


「いや、だから俺はみんなを和ませようと思って……」


「兄さん……今は真面目に会議してるんだからそう言うのはちょっと――」


 ロスが申し訳なさそうに進言する。


「……はい」


 渋々頷いて座った。

 パリポ族……の方がよかったかな。


「じゃあ、状況をいったん整理しますね」


 サリーがそう言ってホワイトボードに色々とかき込む。


 二カ月前から、魔草、包帯に関する税金が掛かるようになった。

 具体的に言うと、一人あたりの治療費は平均二〇〇ルピ。一ヶ月あたりの患者数は平均一万人。計二〇〇万ルピ。これが収入。

 支出としては包帯が一〇万ルピ、魔草が四〇万ルピ、人件費五〇万ルピ。これが支出。

 まあ、理論上にいけばだいたい一〇〇万ルピの黒字だった。ちなみにこれだけあれば、ノーザルの都市ベネズエで二軒家が買えるだけの額だ。

 そう、理論上は毎月それだけの額が毎月入って来るはずなのだ。

 しかし、そこに税金が五〇万ルピ掛かる。

 そうすると、五〇万ルピの黒字だ。

 まあ、それでも全然構わない。営利目的じゃないし、もうお金は腐るほどあるのだ。


「じゃあ、なんで五〇万ルピの赤字なんですか!」


 オータムが拳を机に叩きつけ、恐ろしいほどの破壊音が鳴り響いた。

 あと……二回。


「いや、俺に聞かれても……」


「あなた所長でしょ」


 仰る通り。でも、俺も治療で忙しいし……


「みんな忙しいんです! あなただけじゃありません」


 オータムが拳を机に叩きつけ、恐ろしいほどの破壊音が鳴り響いた。

 あと……一回。


「今はそんな事を話してる場合じゃないだろう! この危機をどうするか。五〇万ルピの赤字をどうするかだろう?」


 管理不足の方はとりあえず棚上げにして。


「そうですよ、許してあげましょうよオータムさん。ジーク先生のだらしなさはよく知ってますし。頼るなんて方が間違ってますよ」


 サリー……フォローになってないよ。

 彼女は『情報屋』と呼ばれていて、診療所の内情を一番知っている者だ。数日前に診療所の経営状態の調査を依頼していた。

 サリーはノートをパラパラとめくって説明を始める。


「では、なぜ五〇万ルピの赤字になってるか原因を発表します。収入が思うように入ってませんね。特に収入の少ない患者さんが滞納しまくってますね」


「いや、金持ちからは三倍以上で取ってんだから別にいいだろ」


 貧乏人からも容赦なく金をとり、金持ちからはもっと容赦なく金をとる。これが、我が診療所の第一方針だ。


「それが駄目なんですよ。金持ちの患者なんて、ここに来る患者の一割にも満たないんですから。収入源である患者さんたちが滞納しまくってるのは深刻ですよ」


 そ……そうなのか。


「でも、あくまで滞納なんだろう? 時機に返してくれるだろう」


「いえそれが全然。まあ、返してくれてる患者さんもいますけど、ほとんど滞ってますね」


 あの……恩知らず共がぁ!


「まあ、仕方ないっちゃ仕方ないんですけどね。命救っても生活駄目になっちゃ意味ないし。返せるタイミングでって言ったら、どうしても後回しになっちゃいますよね」


「仕方なくなんて無い! 普通返すだろ! 命の恩人だよ。俺たちいなかったら死んでたんだよ? 『ありがとうございます』って毎月、涙流しながら返すでしょうが普通!」


 そう言った途端、オータムが拳を机に叩きつけ、その机は粉々に砕け散った


「……あんたが『このクソ忙しい時にちまちま返しに来てんじゃねぇよ!一括ですぐに金置いて去れ』と怒鳴り散らしてたからでしょうが!」


 もしかしたら……この赤字はこいつの破壊したものの補修費用じゃないだろうか。


「ま、まあ……あの時は忙し過ぎて死ぬかと思ってたから。あは、あははは」


 乾いた笑いが室中を木霊した。


「他にも財政難の原因はありますよ……まあ、一時的なんですけどね。先日のジーク先生依頼によるシエッタ先生の弁護費二〇〇万ルピ、アナン公国大聖堂破壊弁償費用三〇〇万ルピーー」


 サリーが淡々と読み上げている時、オータムの目がギラリと光った。


「やっぱりあんたじゃないのよ! どれだけ診療所に迷惑掛ければ気がすむのよあんたは!」


 く、苦じー、頸動脈! 頸動脈いってるってオータムっ!


「――先日のオータムさんの弁護費二〇〇万ルピ、酒場、要塞破壊費用五〇万ルピ、アナン公国騎士団小隊の治療費二五〇万ルピ。計一〇〇〇万ルピですね」


「げ、げほっ! げほっ! ほらっ、オータムだって色々やらかしてるんじゃ――」


「い、今はそんな事を話してる場合じゃないでしょう! この危機をどうするか。五〇万ルピの赤字をどうするかでしょう!?」


 都合の悪い時だけごまかしてるんじゃねぇよ、テメー!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る