第42話 オータム、魔草師になる⑤


 アジトの中に入り、階段を全速力で駆けあがった。隊長室らしきの部屋がある廊下まで来ると、そこには、まさしく見た顔があった。


「ゴ、ゴードンさん!? 何でここに」


 アナン公国騎士団長であるゴードンさん。ってことはまさにここは正規のアナン公国騎士団のアジトで決定だ……嫌な予感がした。壮絶に嫌な予感が。


「オ、オータムさん!? あなたこそどうして……いや、そんな事より今はゴブリンの襲撃を受けている。早くあなたは安全な場所に避難して!」


 ゴードンさんの優しい言葉に思わず、笑顔がひきつる。実は私もその一味なんです-、なんて口が裂けても言えない。


「でも、どうしてカップ――あの2匹のゴブリンが襲撃に来たんでしょうか?」


「それが、最近なんだがテーゼ女王の姪であり、お転婆娘のシオン様が主城であるノアシュタイン城から抜け出したんだ。それで、散々探し回ってやっと見つけたんだが、あの2匹のゴブリンと一緒にいるところを発見して――」


「……で、あの2匹に攻撃を仕掛けたと」


 『ゴブリン強者を好めど争わず』こんな格言があるほど、温和な種族だ。その容姿故に誤解されやすいが、子どもを襲ったりなどは絶対にしない。恐らく、カップルとティンバーはそのシオンと言う女の子を保護していたのだ」


「血気盛んな部下がいてな。交渉する間もなく後ろから斬りつけて、それでゴブリン共が激怒して……」


「恥ずべき所業ね」


 冷たく言い放った、たとえゴブリンと言えど、後ろから突然斬りつけるなんて……騎士の行いとは到底言い難いものがある。


「……まったく、オータムさんの言うとおり」


「でも、なんでグリスさんが人質って話になるの?」


「その……俺はもともと、グリスと言うゴブリンがゼノ族族長の息子で人間とも交流があることを知ってたからね。人質を交換するという名目でシオン様の身の安全を保障させることを優先した。こちらは何とかグリスを捜して、あの2体のゴブリンに事情を説明させようと思ったんだ」


 さすがは若くしてアナン公国騎士団長になっただけの事はある。その判断は、シオンと言う少女にとって一番安全性を確保できる方法だろう。


「でも、まさかここに攻めてくるとは――」


 やばっ……それ、私のせいだ。


「そんな事よりオータムさん、安全な部屋に案内するから。おい、お前たちはあの2匹のゴブリンの討伐にあたれ」


 そうゴードンは指示して、


「オータムさん、それにしても久しぶりだね。もう半年ぶりぐらいかな」


「……うん」


 ゴードンさんはかなりマメに私に会いに来てくれたと思う。凄くいい人で、会ってて楽しかったけど……結局、私から交際を断った。何でかと聞かれると、非常に迷う。こんなに条件のいい人は滅多にいないし、実際に好きになってもいいかなとも思っていた。

 先導するゴードンさんの背中を見ながらそんな事を考えていると、


「オータムさん、僕は今度結婚するんですよ」


 そう照れたように答えるゴードンさん。


「ええっ、そうなんですか。おめでとうございます。きっとゴードンさんの選んだ人だから素晴らしい人なんでしょうね」


 心の底からそう言うと、ゴードンは振り向いて苦笑いを浮かべた。


「こんな時、少しは複雑な表情をして欲しいんですがね。フラれた側としては」


 そんな事を言われると、なんだか申し訳なくなる。


「あの……ごめんなさい」


「謝らないでください。あなたにとって、僕が一番でなかっただけなんですから。でも、僕にとってもあなたは一番ではないんですからお互い様です」


 そう言ってゴードンさんは笑う。


「ねえ、オータムさん……あなたにとって一番は誰ですか?」


「……」


 その問いに答える前に、部屋に到着した。


「おっと……無粋な質問に答える前に、到着してしまったようですね。では、僕はこれで。強力なゴブリンだとは思いますが、アナン公国騎士団もそこまで弱くは無い。ましてや、僕なら造作もなく倒せるでしょう。では……」


 そう言って、私に背中を向けた――ドッゴーン!


「ぐわっ!」


 壁にぶち当たって気絶するゴードンさん。ごめんなさい、マギ先生に会うためにあの2匹には捕まって貰っちゃ困るんです。

 気絶しているゴードンさんの手足を縛って、安全だと言われた部屋に放り込んで、急いでアジトの外を出た。


外では、ボロボロになっているカップルとティンバーがいた。アナン公国騎士団はほぼ全滅していたが、唯一残っている騎士が圧倒的な魔力を放っていた。不気味な笑みを浮かべこちらを見る騎士。ゾッと悪寒が体中に広がった。

 こいつ……かなり危ない。そして、強い。すでにカップルは傍で気絶しており、ティンバーはその騎士に首元を掴まれ持ち上げられている。


「ティンバーを離しなさい!」


「おや、やはりこの役立たずのお仲間でしたか。所望ならお渡ししましょう。ほおら」


 そう言ってその騎士は信じられないほどの速さでティンバーを投げてきた。

 危なっ……ガシャガシャガシャーン!! ティンバーは地面に激しく激突した。


「ティンバー! だ、大丈夫?」


「……投げておいてなんですが普通受け止めないですか?」


 う、うるさい。ティンバー……激突した衝撃で傷だらけだ。他にも火傷とか凍傷とか、生きてるのも不思議なくらいだ。こ、この野郎……よくもやってくれたな

 長年培った経験で瞬時に2匹のゴブリンの状態を確認する。ティンバーはさすがにもう動けないが、カップルは気絶していてまだ余力があるな……よしっ。


 プスッっとな。


「グオオオオオオオオッ!」


「な、何事!?」


 不気味な騎士がうろたえる程のカップルの豹変ぶり。カップルは騎士の方に全力で突進を始めた。


 ガッキン


 鈍い音が響く……固っ! 魔法壁でカップルの突進が途中で止まる。


「フフフ……おーっほっほっほっほ! そんな雑魚の突進などで私の魔法壁が破られるわけないでしょう? おーっほっほっほっほ、おーっほっほっ――」


 不気味な騎士の高笑いが途中で消えた。なぜなら、カップルは魔法壁を両手で強引にこじ開けたからだ。


「ば、バカな!? 魔法壁を強引にこじ開けるなんて! くっ、メギドフレイム」


 そう急いで、最高峰の灼熱呪文をカップルに浴びせた。やはり、この騎士は唯ものではない。でも――


「き、効かないだと! そんな訳――ぎゃあああああっ!」


 灼熱呪文を喰らい続けながら突き進んできたカップルの豪快な拳を浴びせられ、その不気味な騎士は沈んだ。

 とどめを刺そうとするカップルに、すぐさま正気を戻させる注射を打った。


「ア、アレ……ココハ?」


「そんなんどうでもいいから! 早く逃げるのよ一刻も早く! ほらっ、ティンバー背負って」


 そうカップルに指示をして全力で逃走した。



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