第61話 最高のプレゼント③ 


 オータムへのプレゼントが思いつかないで、すでに3カ月が過ぎていた。


「うーん……」


「あの、ジーク先生。まだ悩んでるんですか?」


 サリーが呆れ顔でこちらを見る。


「喜ぶプレゼントって言われるとハードル上がっちゃって何をプレゼントすればいいのかよくわかんないんだよ。歌でもいいかと思ったけど、才能無いって言われたし」


「……ジーク先生、そういう時は自分の大切なものを思い浮かべるんですよ。自分がずーっと大切にしてるものを思い浮かべて、これなら相手も大切にしてもらえるって思うものを渡す。まあ、私のおばあちゃんの受入ですけどね」


 そう言ってサリーは笑った。

 自分の……大切にしてるものかぁ。


                 ・・・


 2日後、診療所で働いているオータムに声を掛けた。


「なあ、オータム。次の休日っていつだっけ?」


「休日ですか? ええっと……あっ、明日だ」


「明日か……わかった。明日俺と出かけないか?」


「ええっ!? 何ですか突然」


 オータムはなぜだか凄く慌てている。


「……ダメか?」


 突然すぎたかもしれない、何か用事があったかな。


「い、いえ! いいです。いいですよ別に。ところで、どこに行くんですか?」


「……そんなに遠くない所さ。外だから、温かい恰好して来いよ」


 そう言って、急ぎ目にその場を離れた。やはり未だにこういうのは苦手だ。そして今でも、これでいいのかって迷ってる。

 ――でも、思いついたらこれしかないとも思った。


 翌日、オータムは少し綺麗な格好で来た。珍しく化粧もしてきて可愛い感じだ。


「温かい恰好して来いって言ったのに」


 そう言いながら俺のマフラーをオータムに巻いてあげた。


「あ、ありがとうございます」


 珍しく素直なオータムに、少し戸惑いつつも歩みを続けた。


 しばらく歩くと、小さな川が見えてきた。


「ここは変わんないなー」


 思わず、そう呟いていた。


「アレ、ジーク先生ってここ来たことあるんですか?」


「ああ。言ってなかったっけ? 5歳の頃にここ住んでたって」


「ええっ! そうなんですか、全然知りませんでしたよ」


「そっか……まあ、楽しい記憶でもないからな」


 無意識にそう呟いて、しまったと思った。

 案の定、オータムが空気を読んで下を向いている。


「お、おい。悲しい記憶って訳でもないんだ。まあ、その時は悲しかったけどな」


「……聞いてもいいんですか?」


「俺とロスの魔力はさ、母さんの血だったんだ。父さんは魔力が弱くてね。母さんは、まあ医療魔術師で言ったら中の下って感じだった。でも、みんなから好かれてて、自慢の母さんだった」


「……」


「でもさ、やっぱり医療魔術師って仕事は忙しくてさ、小さい診療所でも子育てなんかする暇も無くてさ、当時はよくぶーたれてたもんだった」


「ジーク先生にも子ども時代があったんですね」


 励まそうとしてくれたのか、オータムはそう言って笑った。


「あのな……で、俺は子どもでどうにも寂しくってな、家出したんだ。母さんは本当の俺の母さんじゃない。本当の母さんだったら俺を迎えに来てくれるはずだってな。母さんの宝物のイヤリングを持って。いざとなれば、それを生活費にしてやるって考えて。子供ってバカだよなー。それがこの川。この川でずっと座って待ってたんだ」


「それで……お母様は?」


「来たよ、体が弱いのに患者を抱きかかえながら治療して走ってきた。女性が子ども抱きかかえてだよ! あの時は驚いたなぁ」


 ふと、後ろをみると昔見た母さんの姿が見える気がした。

 俺の母さんは、俺にとってはヒーローだった。


「……凄いお母様ですね」


「ああ、俺なんか足元にも及ばないな。でも、母さんは完全無欠のヒーローじゃなかった。結局、その無理が祟ったのか、母さんは間もなく息を引き取った……それがこのお墓だ」


 立ち止まって、草が生えている墓の前に止まった。


「長い間、来れてなかったね。ごめんよ、母さん」


 そう言って石を撫でる。

 もちろん、そこに母さんがいるなんて思ってない。


「……言ってくれれば何とか休日明けたのに」


 そうオータムは何やらブツブツ言っていた。


「母さんはここにはいないよ。俺の心の中に居るんだ。ロスの心の中にも、父さんの心の中にもね」


 母さんはここにはいない。でも、ここに来れば母さんを思い出す。そうすれば、俺はいつでも母さんに会えるんだ。


「……そうですね」


「でな、後から父さんに聞いたんだけど、俺が家出した時に母さんは俺にそのイヤリングをくれたんだ。母さんは珍しく、甲斐性の無い父さんから贈られたモノって結構大事にしててさ。俺はその時はただ嬉しかっただけだったんだ。でも……」


「でも?」


「母さんは、俺がそのイヤリングを持って行ったのは、母さんの大切なものを持って行って迎えに来てもらうためだって思ったんだって。当時、俺は5歳だぜ。そんな事思わないっての」


 そう言ってオータムに笑いかけた。

 オータムの表情は夕日でよく、見えなかった。


「だから、母さんは敢えて俺にそのイヤリングをくれたんだ。『あなたより大事なものなんて何もない』、そう言ってくれたような気がしたよ……まあ、それを知ったのは死んだ後だったんだけどね」


「ジーク先生……ダメです」


 オータムの頬には光るものが、つたっていた。


「それからこの片方のイヤリングは、俺の一番の宝物になった」


 もう片方は、天国で母さんがつけてるはずだ。


「ダメです、私、受け取れません」


 そう言って両手で顔を抑えるオータム。


「プレゼントを贈るって決めて随分悩んだよ。大事なものを贈るって難しいな」


 そう言いながら、オータムの耳にイヤリングをつけた。


「俺の一番大切だった人から貰ったものを、俺が一番大切な人へ贈りたいんだ……駄目かい?」


 そう尋ねると、オータムは小さく首を振った。


「ありがとうございます……ジーク先生……大切にします」


 そうオータムは言ってくれた。



               *


 ホッと肩の荷が下りて、急に照れくさくなった。

 思わずオータムに背を向けると、ロス、アリエ、サリーの首だけが飛び出てた。


「何やってんだお前ら―!」


 そう怒鳴ると、わちゃわちゃしだしたのか崩れ落ちる3人。


「おーまーえーらー、どこまで見てた! どこまで見てたんだ!」


「ええっとですねぇ……ジーク先生の家族秘話から始まり……キザっぽくイヤリングをオータムさんの耳に掛けるところまで――」


 サリー、テメー全部じゃねえか―。


「まあまあ、いいじゃないか兄さん。オータムとも仲良くなったようだし。ねえ、オータム……オータム?」


「……ロス」


「えっ、何?」


「ロス、コロス、ロス、コロスコロスコロス!」


「う、うわああああああああああっ!」


 オータムのバーサーカーモードが発動した。3人とも必死に逃げて行った・いい気味だ、少しは日々の俺の苦しみを味わって――

 って……おいこっち来るな――うわああああああああああっ!


 当分、このドタバタは終わりそうにない。





                                 END







あとがき


続編開始しました!

『医療魔術師と呼ばないで! もう続編です』

是非こちらにも目を運んでくださればと思います♪





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