第48話 サリーの日記四度

<サリー=ミリアム>


「あっ、ちょっとサリーさんどこ行くの!?」


 アリエの制止を無視して私は部屋へ走った。

 やばい、やばいこれは緊急事態だ。急いでお気に入りの万年筆を手に取って、日記帳を開いた。今回は座って書いている時間は無い。すぐに出発して走りながら筆を走らせる。


 ――とにかく、日記書かなきゃ。


『今日は耳よりな情報が入ってきた。昔、オータムさんに求婚したアナン公国騎士団長ゴードンが結婚するというのだ。もちろん、相手はオータムさんではなく別の人だった。

 オータムさんは多くは語らなかったが、私の情報網だと友達で終わっちゃったパターンだった。

 ――さーて、ジーク先生からかいに行かなきゃ。情報は迅速さが命。すぐさま、ジーク先生の診察室へ向かった。

 最近、あの人は元気が足らない。それもこれもオータムさんがいなくなってからだ。仕事は普段より力が入っているが、時折空を見ながら深くため息ついている。

 そういう人には、たまには刺激が必要だろう。


「ジーク先生、ジーク先生大ニュースですよ!」


「……どーせ、ろくでもないニュースなんだろ?」


 ほらっ、ツッコミも元気がない。


「いえ、本当に大ニュースなんですって! 何とあのゴードンさんが結婚するんですって!」


 そう言った途端、ジーク先生の手がピタッと止まった。


「ちょ、先生! そこで止めちゃ……お腹ぱっかり空いちゃってますけど!」


 いくらなんでも手術中に持ってくる話じゃなかったか。


「それは……オータムと……か?」


「そーですよ、オータムさんとしか考えられないじゃないですか」


 フフフ……まあ、こういう嘘も時々は混ぜないと、ジーク先生も自分の気持ちに――ってジーク先生! メスを置かないでください!


「俺……行かなきゃ」


「えっ、いやジーク先生! それはわかりましたから今は治療に専念して」


 後で『なーんちゃって』って言いますから。今はその開いたままのお腹を何とかしてください! さすがに死んじゃいますよ!?


「結婚なんて……俺、止めてくる! 場所は!?」


「いや、それがですね……」


 言わなきゃ。なんて洒落の通じない男なんだ。なーんちゃってって言わなきゃ。


「場所は!」


「ひっ、アナン公国の大聖堂ですけど……いや、それがですね、なーんちゃ――」


 ちょ、ジーク先生! どこ行くんですか、ジーク先生! この患者のお腹は!?


「ふっ、最近の若者はいいのー」


 見習いおじいちゃん医療魔術師のジャシャーンが微笑ましげにつぶやいた。


「ちょ、ちょうどよかった。この患者のお腹を早く塞いで――」


「若いもんに力を貸すのが老兵の役割というもの、どれ、儂の力を貸してやるとするかな」


 そう言いながら、よぼよぼ部屋を出ていく。

 駄目だ、このジジイは、完全にぼけている。


「ねえ、早くロス先生かザックス先生呼んできて!」


 見習い助手に素早く指示して、自分は出血を抑える方に回る。さすがに死んでしまったら私とジーク先生のせいになってしまう。


 数分後、ロス先生がやって来た。


「どうしたんだ! 兄さんは?」


「……多分トイレに」


 言えない……他人の結婚式をぶち壊しに行きましたとは、言えない。


 しばらくして、ロス先生は瀕死の患者を圧倒的な魔力で蘇生させた。相変わらずとんでもない魔力だ。


「それにしても、兄さんも兄さんだ! こんな時にトイレなんて悠長な。オータムがいないから、少しおかしくなってるのかな……」


「……はは」


 ひきつった笑いを返すことしかできなかった。


「あ、あー私、そういえばおじいちゃんの葬式あるんだった! 失礼しますね、あとはアリエがうまいことやってくれると思うんで」


 そう言って急いで手術室から逃げるようにして飛び出した。

 とんでもないことになってしまった。とにかく、一刻も早く事情を説明しなくては。急いで身支度をして、外に出るとアリエが息を切らしながらやって来た。


「はぁ……はぁ……サリーさん、おじいちゃんの葬式ってそんな予定調和な――」


「あっ、ごめん後はよろしく」


 そう猛烈ダッシュで逃げて、今、日記を書きながらアナン公国へ向かっている。

 言わなきゃ……早く、「なーんちゃってウッソぴょーん!」って言わなきゃ』


 よし、日記終わり。




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