第45話 喧嘩


 うーん……眠い……痛い……痛っ痛痛痛痛痛だぁ!

 目を開けたら、グリスが俺をビンタしてた。


「はぁ……はぁ……着いたぞ。ここがゼノ族の集落だ」


 以前にもゴブリンの集落に行ったことのあるが、そことは少し雰囲気が違う。さすがは大陸最強のゴブリン族。全てのゴブリンが何となく強そうだ。しばらく北を歩くと、大きな家らしき建物に着いた。屋根と大きな柱があるだけで全てが吹き抜けになっている。冬とかは寒くはないのかと思わず疑問が浮いてくる。屋根の下には老人のゴブリンがいた。


「グリス。キャクジンキテル」


 そう言ってでかい柱の影を指差すと、マギがひょっこり顔を出した。


「マギ殿! お久しぶりです」


 グリスさんが駆け寄って深々とお辞儀をした。


「お久しぶりです。ちょうどこの近くを探索していたもので。まさか、グリス殿がここに来られるとは何たる偶然。げっ、ジークもおるんか」


 先生ー、どういう意味ですか!?


「相変わらず秘境だの古代の魔草だのを追いかけてるんですか? その膨大な知識と経験を医療魔術界に少しでも活かせないないですかね」


 マギ=ワイズバーグは根っからの研究者だ。その実力は尊敬するものはあっても、生き方は俺とは方向性が合わない。


「ふん、儂は好きなように生きとる。お前も好きにせい、それでいいじゃろ」


 そう、確かにこんな気に食わない奴だった。


「ところで、グリス殿に頼みがある。そこのザオリス族長に『穴倉』を見せてくれるよう頼んでくれないか?」


「ふう……まあ、マギ殿の頼みならば断われませんな。案内しますよ。なあ、ヴォラゴス。別にいいよな」


 ヴォラゴスと呼ばれた老人のゴブリンはゆっくり頷いた。


 グリスが先導し建物を出て北へ向かい、大きな屋根がある建物に到着した。

 どうやらここがザオリスって族長の家のようだ。族長なんだから豪邸を想像していたが、どうやら予想は的外れのようだった。さっきの建物と同じく藁で敷き詰められた屋根に今にも崩れ落ちそうな柱で支えている。そして、部屋の仕切りなど遮る物が無いので、そこに座っているゴブリンが恐らくザオリス族長なんだろう。

 早速、グリスは座っているゴブリンの方へ向かって行きお辞儀をして座った。


「族長、今戻りました。こちらは友人のマギ殿とジーク殿です」


 初めて『殿』ってつけられた。いつにも増して礼儀正しい。


「……そうか。客人よ、ゆっくりされるがよかろう」


 ザオリス族長はグリスさんに背を向けながら話した。


「それで……あの、一つお願いが。マギ殿は魔草師でゴブリンの知識に非常に興味を持っておられる。そこで『穴倉』へ案内し、我々の『知』を見せたいんです」


 そう言うとザオリス族長がこちらを振り向いた


「……そうか、ちょうど人間の客人2人そこにいる」


「ええっ!? 父上が手放しでゴブリンの『知』である穴倉へ案内したんですか」


 グリスが大げさに驚いた。


「仕方なかろう、カップルとティンバーの恩人だ。それに、我らは強き者を好む。あいつらを正拳一撃で倒せるほどの者を拒む必要はない」


 オータムだ。絶対にオータムだ。あいつどんだけ強いんだよ。と言うか、あいつ、何してたんだよ。


              ・・・


「では、私は早速『穴倉』まで行って調べさせてもらいますね。ああ、とうとうゴブリンの『知』を……念願の……うふふふふふ」


 マギ先生が不気味に笑った。

 

 ザオリス族長の家を後にし、更に北へ歩いた。

 道中、マギ先生がしきりに言っていたゴブリンの『知』についてのご高説を謳いあげる。どうやらさっきから話題に挙がってる『穴倉』にそれが結集しているらしい。ゴブリンが死んだら書物は必ずそこに保管される。だからこそ、物に執着心の無いゴブリンが代々厳重に守っている。いわば生きた証なんだ。そうマギ先生は道中力説していた。


 ここが『穴倉』。マギ先生があれだけ言うからもっと凄い建物を想像していたが、単なる洞窟じゃないか。グリスが構わず下に降りていくのでマギと共に後に続いた。

 しかし、中に入って驚いた。そこには長く長く続く道に乱雑に置かれている本の山。早速、マギ先生が最初の本を信じられないほどの速さで読み始めた。

 その奥に本を読みふけっているオータムと本を枕に眠っているサシャがいた。


「オータム!」


 そう言って声を掛けると、こっちに気付いたオータムが信じられないほど可愛い顔をした。元々、毎日会っているから気づきにくいが、オータムは凄く綺麗な顔をしていることに改めてドギマギさせられる。


「ジーク先生……来てくれたんですか?」


 その、いつもとは違う喜びように戸惑った。


「おう、元気だったか?」


「え、ええまあ。ジーク先生はどうしてここに?」


「ええっと……ほらっ、お前がどうしてるのかなって」


 なぜだか会話がギクシャクしている。そういえば、こんなにオータムと顔を合わさなかったのは久しぶりだ。


「……もしかして、心配して来てくれたんですか?」


 オータムの声が嬉しく響く。実際には違う。違うんだけど、そう言ってやりたい衝動に駆られた。お前に会いたくて……俺はここに来たんだと。帰ってきて欲しい、帰ってきて俺の横にいて欲しいんだと。


「ほらっ、アレだ……これ以上お前に暴れられたら困るんだよ。それに仕事にも支障が出るし。だから、その……帰るぞ」


 しかし、俺の口から吐かれたのは強がりだった。

 途端にオータムの表情が急に悲しそうな顔になった。ヘタすれば、泣いてしまうんじゃないかってくらい悲しい表情に。


「……1人で帰って下さい。私、行かない」


 オータムはそう言って、そっぽ向いた。


「何、言ってんだ? お前がどれだけ迷惑かけてるか知ってるか? 患者だって仲間にだって迷惑かけてる。お前が必要なんだよ」


 そんな風に言うつもりじゃなかった。でも、出てきた言葉はそんな言葉だった。


「……行かない。私、ここに、いたい」


 オータムはこっちを見ずに答える。


「魔草師の勉強なんて他でできるだろう? なんだったらマギ先生を呼び出したっていい。この先生金に汚いんだ。なあ、それでいいだろう?」


「……なんで?」


「何がだよ」


「他に1つくらい言えないの?」


 オータムにそう言われて心がチクリと痛んだ。

 俺は、お前にいくつ優しい言葉を掛けたことがあっただろうか。


「そういうの、苦手なんだ」


 思わず言い訳していた。


「……なら、いい」


「はぁ?」


 言ってる意味がよく、分からない。


「……何の言葉もないなんて、あんまりだから、いい」


「しょうがないじゃない事じゃないか。俺たちには仕事がある。それは事実だろ」


 そんな言葉しか、俺は言えないのか。そう心の中で思いながらも吐かずにはいられなかった。


「……もういい!」


 オータムの頬に涙が流れる。


「じゃあどうすればいい! 何かしてやれる事があるか? 言えよ!」


 苛立っているのは、何もできない自分に。この気持ちを、何も言ってやることのできない自分だ。


「して欲しい事は……何もないけど、何か、せめて……あんまりだから、いい!」


「……わかった、もういい。お前はクビだ」


 あまりにも腹が立っていた。今までにないくらい。だから、そう吐き捨てて出ていった。外へ出ると、三日月が綺麗に照らされていた。


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