第44話 心配だ……心配だ

<ジーク=フリード>


 オータムが旅立って1週間が経過したが、診療所はいつもの通り営業していた。あいつの抜けた穴は想像以上に大きく、俺やロスはもちろん、ザッスクやアリエ、サリーなどの主力の医療魔術師や助手のシフトがえらい激務シフトに変わった。それでも、何とかオータムがいなくても診療所での仕事を何とかこなしていた。


「ジーク先生……何ボーっとしてるんですか?」


「お、おお……」


 慌てて患者に呪文を唱えると、アリエがそれを見て慌てて制止する。


「ち、違いますよ! その箇所はもう治しましたよね!?」


「す、すまん」


 俺としたことが。


「ジーク先生……どこか調子悪いんですか? 今まで一回でもそんなことやらなかったでしょ?」


「うっ、鋭い」


 さすがは長年勤めてきた仲間だ。そして、アリエは特に人の機微に敏感だ。


「あっ、オータムさんが心配なんだ。ヒューヒュー」


「実は……そうなんだ」


「げっ、そんなにも簡単に認めちゃうんですか? つまんない」


「オータムってな、あいつ何でだか知らないけど自分の事優しいって思ってんだよな。でも、あいつ、基本バーサーカーだからな。周囲に迷惑かけてないか心配で」


 そして、その周囲の迷惑はだいたい俺に及ぶ。


「バ、バーサーカーってちょっと酷すぎませんか? 確かに仕事は凄く真面目で厳しい人ですけど、プライベートは優しいで」


「そりゃ、お前たちは長年の付き合いで距離感わかってるからだよ。前なんか、横柄な兵隊を半殺しにして、馬で町中引き回して、俺に治療させて半殺しにして、馬で町中引き回して……10回は半殺しにしたかな」


「ま、またまたぁ! 私、サリーさんの次に古株ですけどそんな噂、聞いたこともないですけど」


「そりゃそうだよ……9年前の事だから」


「そ、それオータムさん10歳の時じゃないですか! 怖すぎますよ、それ」


 いや、だからあいつ怖すぎるんだって。


「もしかして、サリーとアリエは俺が本気で医療魔術師辞めて逃げ出そうと思ったら、逃げ出せると思ってただろ? でも、俺、本気で逃げれなかったんだ……オータムが怖すぎて」


「いーやー、聞きたくなーい」


 アリエは必死に耳を塞いだ。


「ここら辺はオータムのこと知ってる人たちだからいいんだけど、バークレイズってアナン公国周辺の町だろ? 町にどんな被害があるか――」


 その時、サリーが息をきらして入ってきた。

 嫌な予感がした、壮絶に。


「オータムさんによる被害報告します。酒場1軒、半壊。ゴブリン3匹半殺し、アナン公国騎士団小隊壊滅――」


 やっぱり聞くんじゃなかったー。


「急いで魔術弁護人のシエッタ先生に連絡して! すぐに示談にするように掛け合って。金はいくらでも払うから! 懲役だけは何とか逃れさせて!」


 あの先生なら、何とかしてくれるはずだ。うん、そうだ。困った時はお金だ。


              ・・・


「ジークてめー貴様バカ野郎! 何とかできるわけないじゃないか―!」


 水晶玉越しにシエッタ先生の怒号が響く。


「そこを何とか! 実弾(お金)ならあるんで! いい子なんす」


「いい子は騎士団小隊壊滅しないんだよ!」


「お願いします! 物理的にあいつがいなきゃシフト成り立たないんです! 先生は俺に10年間休みなしでやれって言うんですか!?」


「知るか―! 9年前、示談にできたことだって奇跡中の奇跡だったんだ! 未だかつてない厳しい裁判だった……とにかく、すぐに連れ戻してこい! これ以上暴れさせたら俺が貴様を訴えるー」


 そう言い残して水晶玉の映像はこと切れた。


「……どうします?」


 アリエが聞いてきた。


「やっ……まあ、あの先生だったらなんだかんだ何とかするでしょう。巧みな魔術と話術で法廷では無敵を誇ってる先生だ」


「連れ戻しには行かないんですか?」


「いや、今忙しいし――」


 そう言いかけた時、いかついゴブリンが入ってきた。

 ――げっ、グリスだ。何でここに。


 ゼノ族の族長の長男であるゴブリン、グリス。シエッタ先生に雇われて東西南北走り回って雑務をこなしている。恐らく大陸には1人しかいない人間とのクウォーターで、言語と知能は人間以上。迷惑なことにオータムの拳法の師匠でもある。


「ジーク……シエッタ先生曰く『貴様の行動はお見通しだ』そうだ、行くぞ」


 グリスは無表情に答えた。


「そんな勝手な!」


「……お前にだけは死んでも言われたくない」


 岩石のような拳骨が飛んできた。ったたたた……


「じゃあ、すいませんがジークを借りていきますので」


 グリスは怯えるアリエとサリーに頭を下げた。

 その礼儀を忘れないところとか本当に面倒臭い。


「アリエ、サリー何とか言ってやってくれ! 俺無しでシフト大丈夫か? 大丈夫な訳ないだろう? 患者の事考えたら――」


「いってらっしゃーい」


 こんな時だけ、声揃えてんじゃねえよお前ら。


・・・


 ロープで全身をまかれて、グリスと繋がれた。


「グリス……な、なんだこのロープは。さすがに罪人みたいな感じはやめてくれよ。普通に旅しようぜ。逃げれないことなんてわかってるんだから」


 せっかくだから、ぶらり2人旅ってことで。買い食いしたり、観光したり。まあ、いかついゴブリンとなんて本当はやだけど。


「旅? 誰が旅すると言った。今、奇異なことにマギ先生はゼノ族の集落にいる。オータムが暴れだす前につかなきゃならない。全力で走るから……まあ、死ぬなよ」


 ――えええええええええっ!

 グリスは突然猛烈ダッシュを始め。俺を引きずって歩き始めた。いとも簡単に体が動く。もしや、このロープって……お前の全力疾走についてこいって意味!?


                 ・・・


 診療所を出て、いきなり草むらを歩き出すグリス。ここまでは全然予想できた。やがて橋が見えて来たけど、なぜかその横の方に向かっている。

 こ、このゴブリンまさか!?


「グ、グリス……いや、グリスさん! 川はやめましょうよ。今は真冬で……ぎゃああああああ冷たい冷たいぃぃぃぃ」


 この寒空の中でバシャバシャバシャバシャ突き進む。急な川の流れにも耐えながら何とか川を上がったかと思ったら今度はスピードを更にあげた。


「ぜ、ぜ、全力疾走で走らなくてもいいじゃなねーか。痛い痛っ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛--」


 疾走中、枝とか草とかがバシバシ当たった。当然、グリスの体力について行けるはずがないので疲れたらそのまま袖を掴んだまま引きずられた。

 こりゃあ楽だと思って、そのままずっと引きずられてたら途中でっかい石につまずいて流血。途中からやはり走ってついて行こうと心に決めた。

 それからしばらく走った後、やっと森を抜けた。

 眼前には遠い景色しか見えない――ん? ちょっと、そっちには道が無い。道が無いですよお兄さん。


「おい崖から飛ぶ必要なんてあるのか! ゴブリンてそんな秘境に住んでるんか!? だとしたらもっと人間と友好を深めてもっと町の方に……とーばーなーいーでー」


 いきなりのダイブ。離してと言うより掴ませてくださいって感じだった。


            ・・・


 よく生きて来れたなって思う。俺、よくやったなって思う。



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