第40話 オータム、魔草師になる③


 酒場の主人が必死に取ってきた情報によれば、マギ=ワイズバーグは最寄りのゴブリンの集落で魔草の収集を行っているらしい。


 それからバークレイズの町を出て、店主から貰った地図が示す通り半日ぐらい東へ進んだ。途中、サシャがブツブツ文句を言っていたが少し注意をするとすぐに口を塞いだ。なぜかはわからないが、怖がられているようだ。私、こんなに聖母なのに。


 平坦な道かと思ったが、人が絶対歩かないような山道をガンガン進んだ末にゴブリンの集落に着いた。

 おお、ゴブリンがいっぱいいる。


「でも、ゴブリンって男か女かの区別がわかんないですね」


「ゴブリンは男女の区別がわかりにくい種族だしね」


 人となり……じゃなくてゴブリンとなりもよくわかんないなぁ。いったい、誰が親切なゴブリンで誰が不親切なゴブリンなんだろうか。わっかんないなぁ。

 まあ、それはゴブリンから見た私たちも同じことなんだろうけど。

 ――じゃあ、思いきって声を掛けるしかないか。だ・れ・に・し・よ・う・か・な……よしっ! あの人……じゃなくてあのゴブリンに決めた。


「あの、ちょっといいですか?」


「オイ、ニンゲン。イマ、オレニハナシカケテルカ?」


 そう言われて周りを見渡した。いや、他に誰もいないじゃないか。


「そうですけど」


「オマエ、ユウカン。ニンゲン、オレタチサケル」


「そうその通り。私は勇敢。で、一個教えて欲しいことがあるんですけど」


「ダメダ」


「……なんで? 私、勇敢だよ」


「オレヨリツヨクナキャダメダ」


 ええっ、何なのその基準。なんで強くなきゃ駄目なんだろう……でも、逆に考えれば強ければいいのかな。


「じゃあ、お前を倒せばいいの?」


「ソウダ」


 ええっ、そうなの。まあ、いいや。とにかく、戦うか。


「よし、じゃあいくわよ」


「ちょ、ちょっとオータムさん! ゴブリンって戦闘民族でしょ!? 相手のが強かったらどうするんですか!?」


 その時はその時。どうせ強くったって弱くったって戦わなきゃ教えてくれないんだ。さて、どういう出方をしてくるかな。相手は私より遥かに大きい。とにかく相手の間合いより3歩下がった。相手がそれに応じて近づいてきた。

 でも、動きは遅いな。相手は片手の棍棒だ。斬撃を躱した後、目いっぱいの正拳を喰らわすか――いや、違うな。それでは駄目だ。振り下ろしを躱し懐に潜り込んだ瞬間、もう片方の手で動きを抑えられてしまう。


――よしっ。


 できるだけ自然体でゴブリンに近づいた。

 予想通りの振り下ろしが放たれた……これは余裕で躱せる。懐に潜り込んで……やっぱりもう片方の手で抑え込もうとしてきた。その手を払って全力で正拳突き。

 ――どうだ。死んでもらっちゃ困る。軽めににしておいてやったぞ。


「うっぐぐぐぐ……オレノマケダ。ナニガキキタイ?」


 腹を抑えながら苦痛をこらえながら聞いてきた。


「魔草師マギ=ワイズバーグってのを探してるんだけど知らない?」


「……シラナイ」


 なによ! 勝ったら教えてくれると言ったじゃない。なんでも知ってるみたいな言い方したくせに。こっちは急いでるのに。


「嘘つき!」


 そう言ってもう1発正拳突きをくらわす。今度はみぞおちに。


「うぐぐぐっ……オレヨクワカラナイ」


「ええっ、教えてくれるって言ったじゃない!」


 もう1発正拳突きをくらわす。またしてもみぞおちに。


「ググググ……ヴォエーっ、ヴォエエエエエエッ……ガンベンンッジデ……デ、デオジラナイ」


 泣きながらすがりついてくるゴブリン。


「オー、オータムさん、そのぐらいで」


 そう? じゃあサシャに免じて許してあげることにした。


「じゃあ、知ってそうな人教えてよ」


「ワ、ワカッタ。アンナイスル」


 そうして、そのゴブリンはテクテク歩いて行く。歩幅自体が大きいので速度が速いので小走りでついて行く。正拳突きの影響か、途中道端でゲロ吐いていた。なんて軟弱なゴブリンなんだ。


 しばらくすると、1軒の建物の前でそのゴブリンは止まった。うーん……酒場かなここは。どうなんだろう。外では陽気に踊っているゴブリン、吐いているゴブリン、喧嘩してるゴブリン、倒れているゴブリンなど、様々だ。酔っ払いは人間とそう変わらんないなと少しおかしくなった。


 酒場らしき場所の中に入った。机と酒はあったが、乱雑に置かれてる。多分整理整頓と言う言葉は知らないのだろう。そのゴブリンは必死に聞き込みをしてくれていた。


「あのゴブリン、いいゴブリンですね」


 サシャがその働きぶりに感心して呟いた。


「そうね、まあ、ゴブリンは元来真っ直ぐな種族だしね。その容姿のため、人間にはその粗暴さしか伝わっていないけど……さっき嘘つき呼ばわりして悪かったかな。後で謝っとこう」


「そっちより、正拳突きでどつきまわしたのを謝った方が……」


「なんか言った、サシャ?」


「いえ、いえいえいえいえ! なんでもありません!」


 そんな風にサシャと雑談していると嬉しそうにゴブリンが戻ってきた。


「ワカッタ。マギの場所ワカッタ」


「本当? どこ!」


「カップル、ティンバー。コイツラトイル」


 そいつら誰……ああ、そうか場所聞かなきゃいけないのか。


「そいつらはどこにいるの?」


「ヤツラノアジトガチカクニアル。コレチズ」


 そのゴブリンはそう言って1枚の紙をくれた。うーん、どこなんだろうこれは。ここが……現在地……かなぁ。まあ、でもこれで手がかりは得た。行こう。


「ありがとね。じゃあ、私行くから」


「キヲツケロ。アイツラハオレヨリツヨイ」


「大丈夫。あなた、弱いから。じゃあねぇ」


「あの……どうでもいいですが言い方ってものがあるんじゃ――」


「えっ、なにが? そんなことより急ぎましょう」


 さっきから、サシャが怯えているように感じるのは気のせいだろうか。

 私、こんなにも聖母なのに。


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