第37話 帰れー!



 父さんが診療所に来てかれこれ1週間が経とうとしていた。

 ――いつ、帰るんだろうか。


 最近の悩みの種だ。辛うじて治療の邪魔にはなっていない。なってはいないが、父親には早々に帰って欲しいのが子供心と言うモノだろう。情報収集役のサリーから聞いた話によると、待合室で患者さんと雑談したりしているそうだ。

 今日、そんなサリーが急遽休みを取りたいと言いだした。


「以前より人はいるから全然いいんだけど、ちなみに何で?」


「いやぁ、今しか情報収集できないことがありまして」


 父さんのことだ。絶対に父さんのことだ。


「俺も……ついて行っていい?」


「もちろんです! いいですよー、出歯亀は」


 人聞き悪い、あくまで親の行動を心配する子供心だ。

 捜索して2秒で父さんを発見した。ロスの診療の様子を見に来たり、待合室で患者と雑談したりしていた。

 そもそも、なんでこの診療所に来たのだろうか。

 理由がいまいちハッキリしないので、かなり不気味で恐ろしい。母さんの命日もまだ先だし、グズリーさんに頼まれたお見合いの依頼も先日果たした。これ以上、何がやりたいと言うのだろうか。


 父さんが、行動に移ったのは、それからすぐのことだった。

 コソコソと、オータムの部屋へ行き、ノックを2回した。ドアが開くとオータムが不機嫌そうな顔でいた。


「オータムさん……あなたに話があります」


「はい、何でしょうか?」


 仮眠中だったのか、恐ろしく事務的な受け答えだ。


「将来、あなたはどちらかの息子と結婚する気はありますかな?」


「ありません!」


 恐ろしく、キッパリ言い切った。


「……そうですか、では失礼しま――」


 父さんが最後の言葉を言う前にドアは恐ろしく無機質な音でしまった。横を見ると、必死に笑いを噛み殺しているサリーが転げまわっていた。

 ――ふざけんな、なんで俺が勝手に傷つかなきゃいけないんだ。


 間髪入れず、次の部屋に動く父さん。

 次はアリエの部屋にノックを2回。彼女もまた、仮眠中だったが、先ほどのオータムよりは愛想よく迎えていた。


「アリエさん……あなたに話があります」


 さっきと全く同じ言い回しだ。

 嫌な予感がする……限りなく。


「は、はい」


 父さんの真剣な表情に思わず緊張するアリエ。


「将来、あなたはどちらかの息子と結婚する気はありますかな?」


 ――やっぱしかい! やっぱしそれかい!


「いえ、全然考えてないんですが」


 またしても即座に答えるアリー。横で腹を抱えて笑うサリー。

 なんなんだ、この辱めは。


「……そうですか。では失礼します」


 アリーの部屋を後にした。


 すぐに、隣の部屋に移る父さん。

 ば、ばかっ親父その部屋はやめてお――


「……どうしたんですか?」


 遅かった。出てきたのはサシャだった。


「あなたは、息子たちのどちらかと結婚する気はありますかな?」


「……そうですか。2人とも、どうも私を見る目がいやらしいと思っていました。でも、私はあんな男たちに捕まるほど軽い女じゃありませんよ!」


 んだとこの野郎テメエなんか頼まれたってお断りだ――心の中で何度も叫ぶ。


「……そ、そうですか……」


 逃げるようにサシャの部屋を後にした父さん。どうやら、あの黒医療魔術師見習いの危険度を本能で察知したらしい。


「父さん! 一体何考えてんだよ?」


 とうとう、我慢できずに飛び出し聞いた。


「ジーク……父さんなぁ」


 急に真剣な面持ちになった。

 何かあったのだろうか。


「な、なんだよ……」


 しばらく沈黙が流れたのち、やっと口を開いた。


「父さん……孫が欲しい……」


            ・・・


「……それだけ?」


「うん……友たちに自慢されて……悔しくてな……」


 帰れ―!


「『悔しくてな……』じゃないよ! 何考えてんだよ! まったく……」


 親心って最悪だ。


「でも、なかなか難しいことがわかったよ……誰もお前たちと結婚したいとは思ってないみたいだったよ」


 帰れ―――――!

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