第31話 オータムさんに告白
<オータム=アーセルダム>
「オータムさん……僕と付き合って下さい」
余りの突然の出来事に一瞬思考が飛んだ。目の前にいるこの男は何を言っているのだろう。
いつもと見慣れぬ恰好をした男の人が来ていきなりの告白。どこぞの貴族か大商人の息子か、しかしこんなどこぞの金持ちに告白される覚えはない。
「困ります。今診療中なので」
そう言いながら極力平静を装って答えたが、カルテを持つ手は震えていた。
「じゃあ、仕事が終わるまで待ってますので!」
そう言い残し男性は去った。声を掛けようとしたがもうその場から消えていた。
「恰好よさ気な人でしたね」
サリーがグイグイ来た。相変わらず噂好きな子だ。
「そ、そう? そんなに恰好良かったかな」
と言いつつ、必死にさっきの光景を思い浮かべた。
――そんなに恰好いい人だったかな、というかどこかで見たような……
「クゥフフフ。この後、私には興味深い展開、オータムさんには厄介な展開になりますね」
「何よそれ?」
どうでもいいけどその不気味な笑い方、やめてよ。
サリーの不気味な予想は的中した。この後、奇妙な告白ラッシュが続いた。
まず、患者で老人の男がオータムに向かって叫んだ。
「オータムさんや……わしらを置いて行かんでくれ!」
「な、何を言ってるんですか?」
置いて行くのは順番からしてあんたでしょ。そこにババアが待ってるでしょ。
「あの男のまっすぐな情熱を見て、ワシの気持ちに火がついてしまったようじゃバアさんもきっと、オータムさんなら許してくれるじゃろう」
思わずため息が出た――男ってホントバカ。
「……わかりました」
「えっ、ワシにも第2の青春が? 婆さん許して」
「一生火が灯らぬよう死ぬほど痛い注射打ったげますからこっちいらっしゃい?」
老人は若い頃を彷彿させるような足取りで走って逃げていった。
午後、患者の若い男性も迫って来た。
「こ、今度俺と食事でも……」
純粋そうないい人だ。
――よしっ、カルテと患者の照合作業……宿無し文無し甲斐性無し。
「……嫌です」
「い、嫌ってそんなストレートな」
「なんなら嫌な理由言いましょうか? あなた借金してますよね。詳細の金額ここに書いてあるんですけど何なら今ここで読み上げてもいいんですよ?」
「そ、そんなの愛があれば?」
――どこにあるそんなもん。
返事の代わりに回し蹴りをお見舞いしてやった。
終いには患者の子供もごねた。
「僕がオータムのお婿さんになるんだい!」
ませた子どもだ。親の顔がみたい。
ちなみに年収と身分も見ておきたい。一応ね――農民……うん、却下。
「ありがとう! でもね私、あなたが大人になるまで待てないわ。そんなに若くないもの……ごめんなさい」
子どもよ、本当の現実を知るのはもう少し先になるけど頑張るんだよ。
――戦時中にはモテるから、今のうちに許嫁でもみつけてらっしゃい。
その後も6人の男性に告白された。何なんだ一体。
仕事を終え、帰ろうとすると先ほどの豪華な服を着た男性がまた診療所に入ってきた。顔をマジマジと見たが……うん、悪くない。と言うより、いい。
少なくとも告白してきた患者(クズ)共よりは、いい。
「オータムさん! 僕と……僕と付き合って下さい」
豪華な花束を突きつけられた。
「あなたのおかげで大変だったんですから!」
そんな苦情も何のその。男は全く揺るがない。
「あなたと出会って……天使が舞い降りたかと思いました」
――なんて恥ずかしい男なんだ。
公衆の面前とは言わないまでも、入院患者や助手や他の医療魔術師たちがいる前でよくそんなキザなセリフが言えたものだ。その男が発言したのに、なぜか私の方が真っ赤になりながらその男を見つめた。よく見ると見覚えがある顔だ。
「……あなた、ゴードンさんですか?」
「思い出して貰えましたか?」
「思い出しました! 元気でしたか?」
ゴードンさんはアナン公国の騎士団長だ。以前、ジーク先生の戦場での医療活動が評価され、アナン公国に訪問した時にお世話になった人だ。
――結婚したら未来の騎士団長夫人か。
頭の中で少しよぎったが慌てて首を振って雑念を取り去った。
「はい、おかげ様で!」
あー、確かこんな人だったな。苦労一つ知らなさそうな邪気のない笑顔。要するにボンボンのお坊ちゃま君だ。
「ってなんで私なんかに……」
告白なんかされる筋合いなど、これっぽっちも思い浮かばない。
「……あなたのことが好きなんです。人を好きになるのに理由は必要ですか?」
駄目だ、住む世界が違う。頭の中にはお花畑でも咲いているのだろう。
「今好きじゃなくてもいいんです。ただ、もっと僕のことを知ってもらいたいのです。最初は友たちとしてでもいいんです!」
しつこく食い下がってくるゴードンさん。
どうしよう、断る理由が見つからない。顔もいいし、家柄も凄くいい。性格もまあ、頭にお花畑咲いてるが、誰かさんみたいにひねくれた所もないし、いい。
「でも……」
思わずそう口にしていて驚いた、私から出て来る言葉が『でも』だったからだ。
――結局、私はどうしたいのだろう。
「お願いします!」
そんなこと考えている間も、ゴードンさんは深々と頭を下げ続けた。
「……分かりました! 分かりましたから……頭あげてください」
結局、ゴードンさんと友たちとして付き合うことになった。
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