第30話 サリーの日記再び

<サリー=ミリアム>


「オータムさん、お休み」


「うん、お休みサリー」


 そう言いながらオータムさんが眠そうに部屋に入って行った。私も自分の部屋に入って椅子に座った。お気に入りの万年筆を片手に、日記帳を開く。


 ――さぁて、日記書かなきゃ。


『ジーク先生がラーマさんにフラれた話はすぐに診療所中の噂になった。というより主に私が情報収集を担当し、流した。


 効果確認。

 医療魔術師候補生たちの授業の空き時間、書類の整理をしながら彼らの会話に聞き耳をたてた。空き時間は絶好の情報収集時間だ。


「ジーク先生フラれたらしいよ」


「えーっ! そうなの? ジーク先生可哀想……」


 口々に噂する医療魔術師候補生たちに思わず舌打ちした。全然私が流した情報を活用してない。なんだってもっと面白可笑しく噂話しないのか。

 そもそも可哀想とか言うんだったら噂話なんてしなければいい。何か他の反応。他の反応は無いのか。そうイライラしながら更に聞き耳をたてていると、


「自業自得よ! あの人には、性格上の問題があるんじゃないかしら」


 サシャが口を挟んできた。新鮮な意見だ。


「そう? いい先生だと思うけどな……」


「あの先生、やたらと教え子をひいきするじゃない? それにさ……」


 話の途中でジーク先生が部屋に入ってきた。医療魔術師候補生たちも引き際を心得ているらしく、お互い計ったように静まり返った。ジーク先生はいつもと同じような様子だった。


「じゃあ、授業を始める。と言っても、いつもの如く実践授業だ。患者を連れてきているから治療を始めなさい」


 サシャが手を挙げて言った。


「先生! 私たちはもう先生の指導がなくても1人前に治療できます」


 なんで全然できないお前が言う――と、心の中で呟いた。

 ジーク先生もあからさまにそんな表情だったが、口には出さない。この人は意外に大人だ。昨日フラれたくせに何の表情も出さなかった。代わりに弟子たちみんなに諭すように説明した。昨日フラれたくせに。


「君たちの中にはもう自分が1人前にできると思っている人もいるだろう。たった1度の間違いが患者の命を奪う場合、力が足りないで患者が死んでしまう場合が来ることもある。そういった可能性を少しでも減らすために私がついていることを忘れてはいけない」


「……フラれたくせに」


 ボソッと口にしたサシャの言葉が部屋中に響き、周囲はシンと静まり返った。

 ――それは言っちゃさすがに駄目でしょ。

 ジーク先生はその言葉を無視して、患者たちを連れてきた。


「……とにかく治療を始めなさい。ちょっと俺は外に出てくるから」


 そう言い残し、ジーク先生は外へ出ていった。

 やっぱり事件の匂いがした。何やら面白いことが起きそうな予感が。後をつけると、やっぱりジーク先生は外れの部屋に入っていった。


 恐る恐る部屋の壁に聞き耳をたてて見た。


「殺す殺す殺す! 俺がフラれてテメェに迷惑掛けたかよ!? フラれた事とお前注意したことの因果関係は! 因果関係は!? 因果関係は-―――――!  〇×▽●◎×……」


 哀れ過ぎてそれ以上はとても聞いてられず離れたが、20分ほど異様な叫び声が木霊したと言う。


 それからジーク先生が戻って来てしばらく医療魔術師候補生たちが治療を行っていると、突然悲鳴が聞こえた。


「い、痛い痛い痛い! ちょ、ちょっと……いだだだだ!」


 サシャの患者が突然すごい痛みを訴えだした。サシャはその出来事に混乱して立ち尽くしていた。しかし、ジークはすぐに来て、患者を治した。


「サシャ……かけた呪文が全然違うよ。これでは痛みを訴えて当然だ」


「……」


「これが、重症患者の治療だったらどうする? 少しの呪文の間違えで重大なことになることをよく理解しておきなさい」


 ザマ―ミロ反省せい、そう心の中で呟くと、サシャが突然叫びだし怒り狂った。


「なによ……なによなによ! 私ばっかり非難して! 私が全部悪いってわけ?」


「は?」


 ジーク先生は訳のわからないサシャのキレ方に呆然としていた。さらに、依然おさまらないサシャはジーク先生に向かってとびきり強い黒魔術をかけだした。

 ――この女絶対に頭おかしいと思った。

 ジーク先生はその呪文にかかったが、全然効かなかった。


「嘘……」


 サシャは自分の黒魔術が効かないことにショックを受けた。

 ジーク先生は大きくため息をついた。


「この程度の魔法、俺には効かないよ……気がすんだらまた治療を始めなさい」


 サシャは悔しそうに患者の治療を再開した。


 この一連の出来事の後、ジーク先生に思わず尋ねた。


「ジーク先生……聞きましたよ。よくサシャをクビにしませんでしたよね」


 暗に『あの女危ないからクビにしてください』とお願いだったのだが、意外にもジーク先生は笑ったのだ。


「わからないもんさ……誰が最後まで残ってくれるかなんてな。サリー、お前だって相当変な奴だ」


「私はあんなにエキセントリックではなかったです!」


「噂話、厄介話がもっぱら好きな女の子だもんな。真っ先に厄介ごと見つけて俺たちに知らせるんだ。怪我人はここです。助けて下さいって。それでもっていつも弱音を吐かず、元気で明るく頼れる助手だ」


 思いも寄らないぐらいジーク先生の言葉。それ以上は感動して万年筆が進まない。どうにも感動話は苦手だ。


 ――よしっ、今日の日記終わり。

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