第29話 ロスの恩返し③
「待った?」
3日後、ノーザルの町。高級レストラン『秋晴れ』。店のドアを開けて、オータムと一緒に席に座った。
「なんで私がこんなデバ亀みたいな真似しなくちゃいけないの?」
「まあまあ、今日はザックスも雇ったし数時間なら大丈夫だって。それに、ほら。オータムだって気になるでしょう?」
だからブツブツ言いながらもついて来たんだろ。気になるから。興味本位の僕どころじゃない。助手の仕事も手につかなくなるくらい。普段は滅多に痛みの無い上手な注射。昨日は打った患者が何人も悲鳴をあげた。さすがに患者が可愛そうになったので強引に連れてきた。
「あっ、来た来た」
兄さんがいつもの飄々とした様子でも無く、殺気立つ様子も無く、ただいつに無く緊張した様子で歩いていた。バレるかどうか少し心配だったが、そんなこと気にするぐらいの余裕は無いようだ。あの人がラーマさんか。綺麗な人だ。
少し離れた所から見守ろうと思ったが、予想外に予約のあった席が近く、慌ててメニューボードで顔を隠した。
「ジーク先生、何食べます?」
「えーっと、カーロラブレウレのコッパギサラダ。八方モウマギーの白包み。シャベルシャルガンの石畳み焼き。ロッサリーノマリアードローストミート。デザートには――」
そう畳み掛けるように読み上げるジーク。部屋で何度も聞いたセリフはこれだったのかと思わず笑いが込み上げてきた。
「こんな高級そうなお店なんて緊張しちゃうな。ジーク先生は慣れてらっしゃって。凄いですね」
「そ、そう? いやそれ程でも無いんだけどね。ほんの1週間に3回ぐらいで。わは、わはは、わはははっ……」
そうワザとらしく笑う兄さんに「ウソつけ」と出されたワインを飲み干すオータム。
料理が出てきて、2人は食べ始めた。
「おいしいですね」とラーマさんが言った。「そうだね」ジークが答えた。
・・・
30分たったが、全然会話が盛り上がってない。
「いつもこんな感じなのかな? ジーク先生嘘ばっかり」
オータムが怪訝そうな顔をした。
女性に男の無意味な強がりを理解しろと言うのは難しいかもしれないな、思わず苦笑いしてしまう。兄さんも流れが悪いのを感じて、告白しようかどうか迷っているようだった。
するな……するな……告白するな。心の中で何回も何回も祈った。
――今は、今の流れはまずい。
「ラーマ……」
――だからするなって!
「はい?」
「俺と……俺と付き合ってくれないか?」
――したぁ!
「ごめんなさい」
――断られたぁ! しかも即答ー!
「……そっか。うん……わかった」
「……ごめんなさい。」
「いや、いやいやいや全然気にしないでいいんだよ!」
・・・
嫌な沈黙がしばし。
「あっ……そろそろご飯も食べたし……でようか?」
「はい……」
兄さんとラーマさんが出て行った。
なんてこったい。全然聞いていた話と違う。ほぼ間違いなく、成功するはずじゃ。オータムも口を開けたままだった。
翌日、兄さんの目は真っ赤に腫れていた。しかし、それを隠すかのように兄さんはいつもより仕事に励んだ。
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