第20話 オータムさんの憂鬱④
「そんなことよりこれ! これだよ」
そう言ってジーク先生は何やら落書きを見せて来た。時間があったのでみんなで見てみたが――うーん……下手過ぎて何なのかまったくわからん。
「これ……何かわかる?」
アリエに聞いたが、しばらく考えた末に何かを閃いた。
「蟻の巣じゃないですか? ほらっ、これが蟻」
これ……蟻? うーん、ただの棒にしか見えないが。
その時、ロスが子憎たらしい顔でジーク先生を睨んだ。
「違う……さすがは兄さん、これはロールシャハットテスト。性格によって絵の見え方が違う。まさか、おとといバーネストロで発表された内容で僕を試すとは……」
――うそぉ! ジーク先生がそんなに勉強熱心なはずはないんだけどなぁ。そう思いながら、ジーク先生の方を見た。
めちゃくちゃ汗かいてる! 絶対に違う。違うよロス。
「ま、まあそうなんだけど……ほらっ、診療所にも見えるだろこの建物。俺たちの病院を設立しないか?」
病院……この絵って病院だったのか。絵心無いにも程があるだろ。
「……病院」
ロスが思慮深そうに呟いた。
「ずっと考えてたんだ。弟子を大勢採用して、ベッド、薬、設備を完備させて」
そう言いながら、ジーク先生は絵を指さす。
――ええっと……どれがどれなんだい?
「お金はどうするのさ」
ロスが当然な意見を言った。
「金は死ぬほどある! 何年間も使う暇さえなくって気が付いたらこんなに貯まっていたよ! わははは!」
そう言いながらジーク先生は自慢げに預金通帳を見せた。アナン公国一の大銀行『サムレイバンク』に預けてあるので、セキュリティーは万全。金持ちからはガンガン金をぶんどって、貧乏人にも払えられる限り徴収してたので今では使い切れないほど腐るほど金がある。
「こんなに……」
ロスは目が出るほど驚いていた。
当然だ。目が出るほどの額だから。私はもっと安い額でいいんじゃないかと提案したことがあったが、『命の値段がそんな安いもんじゃいけない』そう言ってジーク先生は頑として値段を下げなかった。
「お金はあっても、医療魔術師はどうするんだ?」
ロスはいちいちもっともなことを言う。
いくら金があったところで、腕のいい医療魔術師は中々いない。要するに需要と供給が成り立ってないのだ。元々、医療魔術は習得が困難とされている。攻撃魔法とは違い、医療用の魔法は10倍魔力を消費するからだ。人を1人治すには10人の魔術師と戦えるだけの魔力を持っていなければいけないので割に合わない。加えて、特殊な術式を使用するのでなりたい者はいてもなれる者は少ない。
更に大戦で難民が続出し、両軍とも腕のいい医療魔術師を半強制的に働かせているらしい。
そして、何より先日の弟子集めで流れた噂がエグすぎる。
「かき集められるだけかき集める。それでもダメだったら0から育てるしかないだろうな」
ジーク先生がまっすぐロスを見た。
「0からって……そんな時間どこにあるんだよ?」
「時間ならあるよ……俺とお前で1人18時間ずつ働けばいいだろ? そうすれば、1日6時間は育成に費やせる」
「……なんでまたこんな計画を?」
「俺たちがいなくなった時、誰が患者を助けられるんだ? 最初は辛いかもしれないけど、この計画が成功したらもっと多くの患者が助けられるんだ!」
「兄さん……」
ロスが何かを言い掛けたがそのまま沈黙した。
「考えておいてくれ。じゃあ」
そう言い残してジーク先生はそのまま外へ出ていった。
――なんて立派な振る舞い。らしくない!
・・・
後日、ジーク先生に聞いてみた。
「あの……前のロスとの偉そうな話……嘘ですよね?」
「えっ! いや、嘘なもんかい。そういう気持ちも、もちろんあるよ」
「他にどんな気持ちがあるんですか?」
「いや、やっぱり10年後、20年後考えたらね! 休み欲しいし……もし結婚でもしようものなら新婚旅行だって行きたいし、子作りだって……ねぇ!」
「はぁ……」
ため息しかでなかった。
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