第16話 オータムさんとの約束


 もう、兵士は助けない。

 そうジーク先生が宣言したのは、戦が始まってから1年後だった。

 小さい頃から仲の良かった私の友達がバカラ帝国兵に殺された日だ。私がわんわん泣いていた時、ジーク先生がそう言って頭を撫でて抱きしめてくれたのを覚えている。


 バカラ帝国兵もバーネストロ兵も平等に助けない。ジーク先生は両国首脳にそれを認めさせた。『この条約を断った方につく』そうジーク先生が言ったら二つ返事で了承した。先生の圧倒的な医療魔術の技術はすでに大陸に響き渡っていたし、どちらかについたら即戦況が傾くことも両国は理解していた。

 しかし、戦っている者たちは違う。命の危機に瀕した時、救える者がいたら手を差し出すものだ。


 いつものように診療所で治療していると、ものものしい音と共にバカラ帝国兵が数名入室してきた。


「おい! こいつらを早く治してやってくれ!」


 兵士長らしき人が意識混濁してる部下を2人連れてきた。

 そして、見た瞬間わかった。すぐに処置をしなければ、間違いなく死ぬ。


「ウチは兵士はお断りなんです。辞めてから来てくださいね!」


 さて、治療再開。


「なんだと! いいから早く治せ!」


 兵士長は声を荒げて言った。まあ、こうなることは知ってたけど。


「ジーク先生! 兵士がここに来てます。治療を希望してますけど――」


「帰ってもらえっていつも言ってるだろ!」


「今のやり取り聞いてたでしょ! 帰らないから言ってるんでしょうが!」


 ジークはすぐやってきて言った。


「今、手が離せないからお前に頼んでるんじゃないか!」


「思いっきり離してるでしょうが! ついでに説得してくださいよ」


 そんなに簡単に帰ってくれないことなんて一番よく知ってるはずでしょ。


「ああもうわかったよ。お前らが治ると仕事減らないんだよ。ここにいるみんな困ってるし。だから治さない。以上。帰れ」


「な、何だとこの野郎! お前……それでも医者か?」


「患者さえいなくなればすぐにでも辞めてやるわ。というか、辞めさせてくれるんだったら瞬間辞めたるわっ!」


 さすがに2日寝てないと発言も殺気立ってる。


「つべこべ言わずに治せ! さもないと痛い目にあうぞ!」


 兵士長は呪文を唱え始めた。ジーク先生はため息をつき、指を動かした。すると、兵士長の腕がポロッと落ちた。血は出ていない。

 ――うわぁ、おっそろしい呪文。


「うおぉぉ! な、なんだ! 何をした」


「俺は『伝説の医療魔術師』と呼ばれている。 言っておくが、医療魔術は攻撃用のそれより高度なんだからな。お前ごときに倒される俺じゃあないわ! わははは軍隊連れてこいや」


 だいぶストレスがたまって、この人たちに憂さ晴らしをしてるな。強力な魔術師ならいざ知らず、兵卒程度には戦いの苦手なジーク先生でも楽勝だろう。

 そして、治療に戻ろうとするジーク先生に兵士長は土下座して言った。


「頼む! 俺はいい……負傷しているあいつらだけでも治療してやってくれ。頼む! あいつらには帰りを待っている家族がいるんだ!」


 それを聞いた途端、ジーク先生の顔色が変わった。


「……お前らが傷つけたものに家族はいないのか? 戦争に巻き込んだものに家族はいないのか?」


 ユーア=レッセル。13歳の彼女が死んだとき、両親は狂ったように泣いていた。私はその光景が忘れられない。この人たちにも家族がいて、彼らが死んだときその家族は同じように悲しむのだろう。

 ――でも、だからって。心の中で別の私も呟く。


「頼む! この通りだ」


 何度も何度も土下座する兵士長。


「死ね! お前らみたいなやつらはみんな死ね!」


「あんた人の命を差別するのか?」


「する! ここでは、俺がルールだ。治すか治さないかも俺が決める!」


 頃合いか。その数名の兵士も限界が近くなってきた。


「兵士をやめなさい。金輪際武器を取らないと誓うなら、治してもいいですよ」


「……兵士をやめるなんて言ったら、国に反逆者扱いで家族もろとも死刑になる……それはできない」


「選びなさい。家族とともに国を捨て、北へ逃げるか……それとも今ここで死ぬか!」


 毎回こんなやり取りをする。

 ――簡単には治さない。簡単には治せないよ。


「……わかった。あいつらにも事情を説明して説得する」


「約束ですよ! ジーク先生。治してやってください」


 ここまで来たらジーク先生も折れてくれる。


「……しょうがねえな! 面倒くさいなあ!」


 大抵、こんなやり取りで兵士は治すのが日課だった。


                ・・・


 数ヵ月後、先日、ジーク先生が治療した兵士たちが、『戦わない』と私たちに誓った兵士たちが診療所に来た。今度は逆に兵士長を連れて。


「……頼む! 約束を破って今更こんなところに来れた義理じゃないのは分かっている。だが……だが、このままじゃ……このままじゃ兵士長が死んじまう!」


 ジーク先生がそう言った兵士の胸ぐらをつかんで叫んだ。


「今度は何人殺したんだ? 帰れ!」


「誓う! 今度こそ国を逃げるって誓う! 国を出て追われるのが怖かったんだ! 頼む! 今度こそ約束を守るから!」


「お前たちの約束に何の意味がある! この世には救えないバカどももいる。お前たちみたいなのだよ!」


「う、うわあああああああ!」


 兵士は泣き叫び、ジークに襲いかかってきた。ジークは呪文で、兵士を吹き飛ばし気絶させた。


「なんで……こいつらは」


 ジーク先生が壁に拳を大きくぶつけた。


「……さあ、治療しましょうか。この兵士長はあと、数分で命が危ない」


 そしてまたここに戻ってくる。そして、また治療して。


「オータム……こいつらはまた戦場に出て……いつかはお前たちの大切な人まで殺すかもしれないんだぞ? 俺はそんな奴らを、見捨てきれないんだ……」


 ――でも……それでも私はそんな先生の非情になりきれないところ……私、好きです。そんなジーク先生を、私、尊敬してるんです。


 2日後、兵士たちは今度こそはと約束を交わし、外へ出て行った。

 診療後、ジークが呟いた。


「なあ、オータムいつまで戦争が続くんだろうな」


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