第5話 誰が何と言おうと、俺は頑張った


 翌日、俺は頑張った。最近の中で一番頑張った。誰が何と言おうと、俺は頑張ったんだ――しかし、全くはかどらなかった。


 なぜなら、サリーの父親が急に倒れたという情報が飛び込んできたからだ。当然、すぐにサリーに向かわせた。本当は行って診察してやりたかったが、ここにも重傷患者がいるのでそうもいかない。そう言うわけで、午後からは助手のアリエと2人で治療を行っていた。オータムを呼び戻したかったが、張り切って外出したとのことだったので、すでにどこにいるかわからなかった。


「なんで……なんで俺はあの時オータムに休んでいいって言ったんだぁ!」


「はいはい、ジーク先生。やりましょうよもう。ラーマさんそこに来てますよ」


 ええっ……本当だ! 最後尾にいる。ああ、なんて可愛らしいんだ。


「よーしっ、気合入った。やってやる。やってやるぜ」


               ・・・


 気合だけだった。どうにもならない。どうにも全然進まない。


「次の人! 入ってきて! 何? 歩けない! ああああああもう」


 いつものペースならもう半数は終わっているのに、まだ3分の1の患者の治療もできていなかった。

 さすがにこのペースはマズイ……死人が出てしまう。


「先生! 本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいやら――」


 ああもう深々とお辞儀とかっ!


「そんなのどうでもいいから!」


 その時、後ろからどつかれた。


「患者さんに向かってなんて事するのよ!」


 聞きなれた怒鳴り声。

 まさか……そう思って後ろを振り返った。


「……オータムゥ! 来てくれたのか」


 ――うっ……冷たい視線。もはや情けなさ過ぎて思わず目を逸らした。


「なんなんですかあなたは……まあ、こうなるんじゃないかと思ってましたけど」


 ボソッと突き刺すように浴びせられた言葉。


「……うるさい! うるさいうるさーい! 俺だって……俺だって恋ぐらいしたいよ! 休みなしで患者の命を救ってるんだ! 好きな女とご飯に行きたいと思うのは罪ですか? 当然の権利だろ!」


 泣きながら訴えた。


「……さすがに可哀想になってきました」


 うんうん、アリエは優しいねぇ。


「むしろ哀れと言う言葉に近いんじゃない?」


 オータム……お前って奴は。


「……はぁ、わかりましたよ。ラーマさんの診察の時には、私たちは席を外しますよ。だからそれまではしっかり治療に励んで下さいよ!」


 ――え! 本当に?


「わかった! よーし! やってやるぜ俺! やってやるぜ!」


 それから凄い速さで診療をこなした。奇跡的に患者が少なかったのに加え、オータムの鬼人のような働きによって、残る患者はラーマさんだけになっていた。


「もっと早くやる気だせば別に私休んでもよかったのに」


 ボソッと呟くオータムを無視して、ラーマさんが来るのを待っていると、サリーが走って診療室に入ってきて頭を深々と下げた。


「はぁ……はぁ……ただいま戻りました。父は全然軽傷でした。ほんとーにお騒がせしてどうも申し訳ありませんでしたぁ」


「そっかぁ……そりゃぁよかったじゃないか」


「ところで、ジーク先生、シグタル平地で合戦があり、100名の患者がこっちに向かっています。あと、10分ほどでこっちに来ます」


 だからそんなニュースはいらんと言ってるだろ。


「せっかくここまで頑張ったのに……」


 失望で肩から崩れ落ちた。

 ――もう……立てない。ここからの展開は予想できた。どうせオータムは患者優先って言ってラーマさん帰らせちゃうんだ。

 絶望に暮れていた時、肩を掴まれて強引に立たされた。


「ジーク先生、10分だけ2人っきりで話せる時間作ってあげますから……顔を上げて治療してください」


「オータム……」


 お前はなんていいやつなんだ。


「……10分だけですよ!」


 不機嫌そうにそう言い捨ててオータムはアリエ、サリーと退出した。

 やがてラーマさんが入ってきた。昨日入ってきた時とは違って笑顔だった。それだけで元気が出てくる……いかん。ここでフラれたら絶対あと100人はこなせない。本能的にそう思い、『ご飯に行きませんか?』の一言を押し殺した。


 診察という名目の雑談が終わり、ラーマさんは席を立ってお辞儀した。

 ――もう……帰ってしまうんだね。

 そう後ろ姿を感慨深げに見つめていると、ラーマが突然振り返った。


「ジーク先生……また時間がある時にご飯でも食べに行きませんか?」


 ああ……人生ってなんて素晴らしいのだろう。

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