第4話 恋という名の難病にかかる


 変わらない日常。リフォームする暇もないボロボロの診療所。列を為す患者。ベッドに横たわっている患者。叫び声をあげている患者。患者……患者……患者。


「ジーク先生、ノベーっとしてないで早くしてくださいよ」


 俺のせいじゃないのに、早くしろよと急き立てられるのは不満だ。断っておくが、俺はノベーっとしてる訳じゃなく、もの思いに耽っているのだ。やってることは同じだがニュアンスは違う。しかし、今日は珍しく重傷患者が少ない。助手の判断で処置を急ぐ必要がない患者は翌日に回される。そろそろ終わるんじゃないかと楽しみに治療を行っていると、


「今日は最後の患者です」


 オータムからそう言い渡されると、一層テンションが上がった。今日は5時間眠れる。ここ数年で一番眠れることにこれ以上ない喜びが湧き起こる。


 待合室から連れて来られた患者は女性だった。


「ラーマさん、23歳です。顔の大半が火傷してます」


 顔を下に伏せていたので優しく手で起こした……酷い火傷だ。焼けただれている。しかし、気丈な女性だ。こんな無残な状態になっても涙を流していない。その綺麗な瞳は潤んでいたが、力強さを感じた。見るも無残な状態を自分でも目にしてるはずなのに。


 火傷の箇所をじっくり確認し、丁寧に治癒呪文をかけていく。よしっ、皮膚が再生してきた。しばらくこれを繰り返して慎重に再生を行っていく。傷が一つも残らないように、この時の出来事が彼女の人生で一分の悔いにもならぬよう。


「……凄い」


 オータムが呟いた時、治療が終わったことに気づいた。気がつけば2時間が経過していた。

 ――やべっ、三時間しか寝れない。

 ソッと手を離すと、傷を負っていない彼女の顔があった。

 別の意味で凄く綺麗な顔をしていた。ラーマさんは鏡を恐る恐る覗くと、目に溜まっていた涙がポロポロこぼれ落ちた。


「ありがとう……ありがとうございます」


 医療魔術師になってよかったって思うのはこの瞬間に立ち会えることだ。


「い、いやぁ……医を志す者として当然のことだよ。と、ところで明日の最後に診察をもう一回したいんだが構わないかな?」


 そして、ここから俺は医療魔術師ではない。


「は、はいもちろんです。でも、先生は一回の治療で完治させて、二回目の治療を受ける人はなかなかいないと伺いました。私はもしかしたら重大な病気なのでしょうか?」


 ラーマさんが心配そうに聞いてきた。

 ……やべっ、何とかこの下心をごまかさねば。


「いや……あの……あはは。決してそんなことはないよ。念には念を入れてね。女性の顔は治療し慣れてないもので……後で顔に跡でも残ったら大変だしね! あははは、あははは」


 苦しいか? この言い訳は苦しいか。


「……この診療所の患者の数は膨大な数だと伺っています。それなのに患者に対しての細やかな気遣いまで……尊敬いたします」


――よしっ! 心の中で渾身のガッツポーズを繰り出した。


「いやぁ! 医者として当然の義務だよ! いや責務かな……とにかく当然なんだよ。まあ、他の魔術医師は何故か出来ないんだけどね。俺以外は! 残念ながら!」


 ラーマさんは何度もお辞儀をして去って行った。


「堂々と職権乱用するなんていい度胸していますよね」


 オータムが冷ややかな表情で見据えてきた。


「な、なにを言っているんだ! 俺は別に……」


「ところで私、明日休みですけどいいんですか」


 ふっ、好都合だ。助手のサリーとアリエはオータムより経験が浅いため手際が悪い。と言うよりオータムが凄いのだが。しかし、二人は彼女ほど狂暴じゃないため御しやすい。全力で治療を終わらせてラーマさんとご飯でも。


「もちろん。全然構わんよ」


「……ほんとーにいいんですね?」


 しつこいなぁ。


「ああ! 本当さ。たまには君も外でデートしてくるといい。若い女性が青春を無駄にしちゃいかんよ」


 と言うか休んでくれ。

 オータムは少し考え込んでいたが、やがて決心したように頷いた。


「確かに……久しぶりの休みですもんね。わかりました。ありがとうございます。楽しんできますね」


 嬉しそうに退出した。

 よし、オータムなしじゃ明日はきついが、乗り切ってしまえばこっちのもんだ! 診療が終わったら、2人きりでご飯でも――わはははは。


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