第四話 丑の刻参り

映画研究サークル

 俺が、通っている私立叡智えいち大学は、そこそこ名前が知られている学校だ。

 偏差値が、べらぼうに高いとかじゃない。まずそれだと、俺が入学する事は奇跡に近い。それに特に全国大会で優勝!……とかも全くない。

 じゃあ、何が人気なんだと言うと人気なのはOB、つまり卒業生だ。

 人気お笑い芸人とか、今年の総選挙で一位センターに輝いたアイドルとか、世の中の女性を魅了するイケメン俳優などなど――――要は有名人なのだ。

 そんな人達のファンが『同じ大学の卒業生に!』と、やってくる入学者が多いので倍率が高い。


 俺の志望動機は違う。単に家から一番近い大学だったからだ。

 有名人が出ている大学だというのは入学してから知った。

 テレビで当人が言っているのを聞いて、へぇーと思った。

 どうせだったら、大学の七不思議でもあればいいのに。入学してから、さり気なく探してみたが見つからなかった。それでオカルト研究サークルを設立しようと思ったのに、人は集まらなかった。それだけは解せぬことだった。


 でもまあ、友達はほどほど出来たし……そこそこ普通のキャンパスライフを送っている。今日も昼休み、俺は闇夜から聞いた話を友達に聞かせた。

 しかし、燦々さんさんと陽光が降り注ぐ明るいラウンジで話しても、全然雰囲気が出ない。

 薄暗く妖しげなアンティークの数々に囲まれた家の中なら、それなりの雰囲気というか感じが出るから場所の所為か? いや……単に俺の語りが下手な所為もあるのかもしれないけれど、それなりの反応しかない彼等を見ると悲しくなる。


 俺は、俺が闇夜の元で感じた恐怖を、そのまま伝えたい。


「でもさーそのアンヤ?さんって、いくつなの?」


 話のオチだけまともに聞いて、他は携帯ばかり見ていた女子が訊いてきた。


「知らない」

「じゃあ性別は?」

「知らないよ」

「はあ? 顔を見ればわかるでしょ?」


 この女は話をちゃんと聞いていたのか!?


「だから闇夜は、白い仮面を付けていて、自分の事は語らないんだ」


 一番最初に語った事だった。


「……? そんな変な人の所に行って、楽しいの?」


 質問しながらも携帯を弄るのを止めない。イライラする。

 変な人――――まあ、格好は変わっている。

 白い仮面に、黒いマント……オペラ座の怪人か!と突っ込みたくなる格好だ。

 でもそれをもはや変じゃないと思っている俺は……おかしいのか?

 いや、恰好は変だけれど物腰や口調は丁寧だし……普通に良い人だ。

 少なくとも悪い人じゃない、と思う。

 俺の話もきちんと聞いてくれるし、会話の最中に携帯を弄らないし!


「まあ、怖い話を聞きに行くだけだから……」


 何でもないように彼女には言ったが、今や闇夜に会って怖い話を聞くのは俺の楽しみになっていた……今度は、いつ会いに行こうか?

 何度通っても『初めまして』って自己紹介され続けるんだろうな、きっと。

 そう一人思って笑った。


「まあ、田崎……話はフツーに怖かったからさ」


 俺の隣に座っている男、木村きむらが言った。同じ講義を受けている飲み友達だ。


「田崎、また合コンで怖い話をしてくれよ、余興にさ。

 あ、何ならその闇夜を連れて来いよ!」

「はあ!?」


 まさかの言葉に俺は、思わず木村を見た。


「な、何だよ……別にいいじゃんか。その人、誰にでも話すんだろ?」


 お前こそ何だよ、その言い方!


「闇夜……闇夜は、怖い話を聞かせる者を選んで相手をするんだよ」


 これは、俺が闇夜と出会う前にネットで拾ったウワサだった。

 友達が闇夜に会って、そして自分も会いに行ったらドア越しに断られたとか。

 数人で会いに行ったら、やっぱりドア越しに断られたらしい人もいる。

 それで、闇夜に会えるのに条件があるらしい……ということになって。

 その条件を色々勝手にネット上で推測はされていたが……会ったという事実が書き込まれていくにつれて推測が徐々に成り立たなくなっていった。

 そして最終的には、こういう結論に達した。


 闇夜は自分が気に入った人物だけを相手にするらしい、と。


「だから、田崎が闇夜を呼んでくれよ」

「わかったよ。合コンで話をしてくれって……一応、頼んでみるよ。

 まあ、多分……いや、絶対断られるだろうけれどな」


 俺が断言すると木村はガッカリした。こいつはすぐ顔に感情が出る。



「それでは――――撮影は、どうかな?」


 いきなり後ろから声を掛けられて、俺は振り返った。

 背が高い男が、座っている俺を見下ろしていた。誰だ?


「田崎君……」


 男の背後から、ひょっこり痩身の青年が顔を出した。こいつは見覚えある。

 同じ高校出身の仲村なかむら 一彰かずあきだ。

 低い背丈で、ひょろひょろとしていて不良のパシリになっていた。


「……仲村? 何? えっ、誰……ですか?」


 見下ろして来る男は、どう見ても年上のようだから語尾に敬語を付けた。

 男は威圧感を一瞬に消して人懐っこい笑顔を浮かべた。


「突然、お邪魔してすみません。僕は三年の鈴本すずもと 悠吏ゆうじといいます」



 そういって気さくに右手を差し出してきた。俺はおずおずと握手する。


「僕、映研のサークル長やってます」


 映画研究サークル? 何だ、勧誘なのか?


「仲村君から聞きました、その闇夜という人物を」


 あぁ、そっちか。確かに数日前……食堂で、たまたま隣に座った仲村に、俺は闇夜の事を話した。ついでに怖い話も一、二話ほど。

 怖がりな仲村は、なかなか良い反応をしてくれて俺は大変満足した。

 それで仲村が聞いた話を鈴本さんに丸々伝えて、今日近付いてきたと。


 俺は友人達から離れて、別のテーブルに仲村と鈴本さんと改めて座り直した。

 俺が座った瞬間、鈴本さんが言った。


「闇夜の事、仲村君に聞いてから調べて見ました。

 最恐の語り部だとか、なんか都市伝説みたいな話で面白いですね」

「ははは……」


 そう思うだろうなー。実際、会うまで俺だって信じてなかったんだから。


「でも、鈴本さん。田崎君は嘘は吐いてないですよ」


 仲村がビクビクしながら俺の顔色を窺う。


「本当に闇夜っていう人はいて、田崎君と会っているんです」


 高校の三年間……不良にイジメられた仲村は、常に他人の顔色を窺って相手に媚びを売る……というかフォローするのが悲しいクセになっている。


「ありがとう、仲村。信じてくれて」


 本心だろうが何だろうが……その言葉は素直に嬉しかった。

 だから俺は御礼を言った。

 仲村は驚いたように目を見開いたが、恥ずかしそうに笑って俯いた。


「いや、仲村君。僕は闇夜という存在を信じてないわけじゃないよ?」


 鈴本さんは涼しげに流して、僕を見つめて来た。

 ……改まって向き直ると鈴本さんって結構端整な顔立ちをしているな、と思った。

 アイドルみたいな華やかさは無いが、真面目で誠実そうで知的な感じだ。


「田崎君」

「はい」

「単刀直入に言おう。僕達の撮影の協力をして欲しい」

「はい?」

「……いや、ごめん。やっぱり最初から説明しようか。

 今年の学園祭とシネマフェスタへ発表する作品の構想を練っているんです。

 シネマフェスタというのは年に一度、全国の映研サークルの作品を多数集めて最優秀賞作品を一般公開、本物の映画館で上映される……催しがあるんですよ」


 そんな催しがあるだなんて知らなかった。


「それで、今年のテーマは『至極の恐怖』」

「それでは……ホラー映画を?」

「うん。そうなんだ」


 鈴本さんはこめかみを人差し指で掻いた。その困った様子から察するに……。


「あの、ホラー苦手……なんですか?」

「僕は、映画全般のジャンルは見ているから、苦手ではないよ?

 けれども……オカルトブームを過ぎてからの映画は、どうも参考にならなくて」


 俺は、名作ホラー映画の数々が脳裏に過った。俺は邦画が大好きだ。

 日本人が作った、日本人の恐怖感を煽る、日本人の為のホラー映画。

 俺は毎日欠かさずDVD借りに行って旧作から新作まで全部見てる。


「そうなんですよねー。

 はっきり言ってレベルが落ちているっていうか……本っ当に怖さの質が落ちてると思います! テーマも似たようなものばっかだし、トイレの花子さんとか学校の怪談なんか、シリーズ化すんのはいいけどさあ!

 回を重ねるごとに毎に劣化してるじゃんかぁ! 3D映画なんか怖くねえし!

 3D《あれ》なんか怖さのパターンがわかっちまえば、全っ然怖くないし。

 この前の新作なんか見終わって、つまらなさすぎて叫びましたからね!」


 つい熱く語ってしまったが、俺は慌てて話を元に戻した。


「あぁ、すみません……つい」

「わかって貰えて良かった。

 最近は、モキュメンタリー映画が流行っているみたいだけれどさ」

「そうなんですよ! わずか予算百数十万円で作られたモキュメンタリー映画の興行収入、百億円なんですよ! 百億円ですよ!? 百億円!!」


 あれは、前売り券を買って映画館で見て正解だった。

 洋画のグロが嫌いな俺も恐怖のあまり叫んだ。あれは本当に良い映画だった。

 ちなみにモキュメンタリー映画というのは、架空の人物や団体、虚構の事件や出来事を基にしてドキュメンタリー風に作られている作品だ。


 って――――また一人で盛り上がってしまった。

 自分が大好きな趣味の話が出来る事に無意識に舞い上がっていたようだ。


「何度もすみません……」

「大丈夫、大丈夫! 参考になるよ、そういう話は。

 僕も見たよ、DVDなんだけれど……いいよね、あの映画は。

 イメージは、まとまらないほど尽きないんだ。

 でも撮影に入る前に……夏休みに入るまでに、今作品のプロットを考えないと」

「撮影が出来ない……と」

「そうなんだ。そこで僕が目を付けたのが、その闇夜さんなんだ」


 何故か俺はビクついた。


「――――え」

「僕の映画に、闇夜さんの出演をお願いしたいんだ」

「……はあぁあああああ!?」


 合コンの次は、映画!? 俺は目を剥いた。


「それじゃ……撮影に協力って、俺が闇夜に出演依頼をするんですか!?」

「物わかりが早くて助かるな。是非、お願いしたいんだ」


 鈴本さんが頭を下げた。仲村まで頭を下げている。


「ちょっ……あの……」


 俺は狼狽しながらも、慌てて言葉を紡いだ。


「そんな、俺が頼んだからって、必ずOKしてくれるわけじゃないんですよ?

 断られたりしたらどうするんですか?」

「そうなったら……別のテーマで考え直すよ。

 でも、闇夜さんの話を聞いて面白いなぁと思ってね。

 ……あ。もちろん僕達も直接、闇夜さんと対面してお願いしてみるよ」

「ええっ!?」

「え? 何か、マズイ事でも?」

「う、うーん……」


 闇夜の元に知らない人を二人も連れて行く事に、どうも躊躇いがあった。

 いきなり連れて来たら、闇夜はどう思うだろうか?

 でも……俺だっていきなり闇夜の目の前に現れた一人なんだから。

 そうじゃなくって! 俺が勝手に二人を連れて来た事で闇夜が気を悪くして、今後一切会ってくれなくなったら困る。怖い話が、経験が、聞けなくなるじゃないか!


「今週の土曜日、空いているかな?」


 いつも土曜日には午前だけ講義があるんだが、その日は教授の都合で休講だった。俺が黙って頷くと鈴本さんは目を輝かせた。


「それじゃあ、その土曜日に闇夜さんのところへ行こうか」

「――――え? いや、あの……」


 そこで、俺は闇夜の連絡先を全く知らない事を悔やんだ。

 出来る事なら今すぐにでも、連絡を取りたい気分だった。


「あの……鈴本さん?」


 その時、仲村が小さい声で話した。


「何?」

「その、闇夜さんの都合はどうなんでしょうかね?」


 その言葉に鈴本さんは、あっ!という顔をした。


「そ、そうだよね! 大丈夫かな、田崎君?」

「え!?」


 俺は、再び狼狽する事になった。

 俺が闇夜に会いに行くのは、土曜日に限っている……だから居るのは多分、間違いない。けれど、問題の今週の土曜日……もし闇夜がいなかったら?

 わざわざついてくる鈴本さんに申し訳ない。

 あぁ、どうして俺は連絡先を聞いておかないんだよ、馬鹿!

 もういっその事、明日大学を休んで闇夜の所に向かって、洗いざらい話す?

 知り合いを連れて行くから、土曜日必ず居て下さいって直接頼むか?


「いつも土曜日に会っているので、家に居るとは思いますが。

 あの……実は闇夜の連絡先知らないんです。だから土曜日行く事も伝えられないしもしかしたら闇夜の方に用事があって、会えない事もあるかもしれないです」


 もう腹を括って全て打ち明けた。

 二人とも特に反応はなかった。多少は責められると思ったのに拍子抜けだ。


「大丈夫、今週の土曜日にしよう。時間が惜しいんだ」


 いや、もし会えなかったら言い訳のしようが無いほど時間の無駄じゃ……?

 俺が言う前に、鈴本さんは笑顔で仲村を引き連れてラウンジを去っていった。

 呼び止めようとした時、チャイムが鳴った。

 午後の講義を思い出して、俺は即座に鞄を持って講義室へと駆け出した。

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