後半

 チカと浩司が戻ってきた。僕は後部座席を一瞥すると、ユミは眠っていた。

 車から降りて二人の傍に駆け寄りながら問いかけた。


「叶夢は?」

「それが、まだ探険するって言い張ってさ。

 『俺は一人でも回るから、お前等は帰ってろよ』って」

「えっ~!? じゃあ、まだアイツ中に居るのかよ!」


 僕は廃病院を見上げた。よくまあ、この中を一人で歩き回ろうと思うな。

 感心というより呆れ返っていた。


「何か、疲れたんですケド。眠いし、マジ帰りた~い」


 チカがそう言いながら、そそくさと後部座席に乗り込んだ。


「まあ、廻る箇所は、あと一か所だけだって言ってたから……そうだな。

 多分、十五分以内には戻るんじゃないかな?」


 そう言って浩司は僕の肩を叩いて、車の方へ向かった。

 僕は腕時計を見た。午前2時25分……。


「あと十五分も待つのかよ」


 そう呟くと同時に少し強めの夜風が吹いた。

 冷気を纏った風にモロ当たって、僕は全身に鳥肌が立った。


「まあ、仕方がないか」


 叶夢の自己中な行動はいつもの事だと、諦めて車に戻ろうとした。次の瞬間。



「ぎゃあああああああぁあああぁぁ……」



 風の音に混じって確かに聞こえた男の絶叫に、僕は立ちすくんだ。

 先程とは違う、寒気がぞわぞわと身体中を這いずりまわる。


「おーい、どうしたんだ?」


 浩司が怪訝な表情を浮かべて、僕に近寄って来た。


「……い、今叫び声が聞こえたんだ」

「え?」

「男の声がしたんだ」


 ありのまま事実を言葉に出した。


「男の?」


 車の中では聞こえなかったらしい、浩司は眉を寄せた。


「――――叶夢!?」


 僕と浩司は顔を見合わせた。互いに浮かべている表情は同じだったと思う。

 僕達は、女子達に叶夢を呼びに行くと告げて、廃病院へと足を踏み入れた。


「叶夢は何処に行くって!?」

「えっと、確か……虐待事件の被害者が死んだ現場だって」

「どうしてそういう所に行くんだよ、まったく!」


 叶夢に調べるのに付き合わされた事があるから、場所は知っていた。

 現場は、被害者の病室。五階だ。

 しかしいくら五階を探しても、叶夢の姿は無かった。


「病室は全部見た! でも、いなかった!」


 浩司は、片手で頭を掻き毟りながら苛立っていた。


「叶夢は何処に行ったんだ!?」

「――――そうだ、携帯」


 連絡を取る為のツールを完璧に忘れていた僕は、即座に電話を掛けた。

 しかし……コール音が鳴るだけで一向に出ない。


「おい、おい……出ろよ!」

「静かに!」


 声に向くと浩司が人差し指を唇に当てていた。

 シャカシャカと微かに……ほんの微かに音がする。僕達は一縷の望みを掛けて音を頼りに歩いた。そして音がはっきりと聞こえる所まで来た。


 ……音は紛れもなく叶夢の携帯の着信音だった。

 しかし、大きな扉に阻まれた。取っ手を回すが、何故か鍵が掛かっている。


「えっ!? お、おい! 叶夢! 何で鍵を掛けてるんだよ!?」

「待てよ! 叶夢は鍵を掛けられないだろ……? 持ってないんだから」

「受付があったじゃないか! そこから取ったんじゃ」

「どうして初めて来た病院の鍵を管理している場所がわかるんだよ。

 それに最初に入った時も鍵なんか探さないでいたし、特に鍵なんか掛かってないで色々入れたから……どうしてここだけ閉まってるんだ?」


 そう言いながら、浩司は懐中電灯の光を彷徨わせた。


「ん……≪閉鎖病棟≫? えっ、ここって精神科病院!?」


 病院の看板はないから、今の今まで気付かなかったらしい。


「そうだよ」

「閉鎖病棟って、出入り口が常に施錠されているんだよな。

 入院患者の脱走とか防ぐために」

「そういえば……この病院では、反抗的な入院患者を≪保護室≫っていう特別な病室に監禁していたとか……食事も満足に与えないで反抗する意欲を奪って……完全に恐怖支配をしていた」


 僕が調べていた時に見つけた胸糞悪い事実だった。


「保護室は、閉鎖病棟の中だ」


 調べて知った残酷な事実を叶夢にも教えた。

 だからアイツが此処に興味を覚えてもおかしくはない。


「叶夢! いい加減に出て来いって!」

「無理だよ。中からは、絶対に出れないようになっているんだ!」

「じゃあ、一体誰だよ! 鍵を掛けたの!!」


 僕の声が廊下に響き渡った。

 二人とも同時に閉口する。顔面蒼白になった浩司が僕の顔を見て来た。


「お、俺とチカじゃねえぞ。違う! 絶対に違うから!!」

「わ、わかってるよ……」


 もちろん、ずっと車に居た僕とユミも除外される。

 だとしたら鍵を掛けて叶夢を閉じ込めたのは、一体――――?





 どうでしたか? やけにワクワクしながら聞いていましたが。

 映像を見せた時など、嬉しそうに叫んでいましたね。


 ……日高 叶夢ですか?

 その後、二人の友人は警察に連絡をして救出されましたよ。

 彼は鍵の掛かった保護室の中で拘束服を着せられていたそうです。


 ただ――――救出されたのはいいのですが、正気を失っていました。

 そのまま、別のちゃんとした精神科病院に入院となったようですが、その際に酷く暴れ……皮肉にも閉鎖病棟の保護室に入れられたそうです。

 彼が最も恐怖を感じたであろう場所と同じところに。


 そして、彼はその中で変死したそうです。

 死因は挫滅症候群……激しい暴行を受けた結果、なるものです。彼が、第三者から暴行を受けた訳ではありません、24時間の監視カメラには一切、そのような光景は映って無かったそうです。


 ただ、死亡を確認される直前、誰もいない個室の中で苦しみもがいている叶夢の姿があり、急いで医師達が向かったところ亡くなっていたそうです。


 警察もきちんと捜査しました。そしてその映像を見て……事件性は無しと判断を下しました。あと自傷も有り得ません、拘束服を着せられていましたから。

 なのに叶夢は、全身痣だらけで苦悶の表情で亡くなったそうです。

 あの虐待事件の被害者と同じく……。


 その廃病院の場所を知りたい?――――まだ、行きたいと思うのですか?

 ……知りません。いえ、本当に知らないのです。

 話をしてくれた柚木 康孝は、死んでも教えないと言っていました。

 康孝は、安易に友人を危険な場所に連れて行った自分を酷く責めていました。

 そして全てを話した後、こう言いました。


『この話を、どうか出来るだけ多くの人に広めて欲しい。そして一時の好奇心や興味本位で心霊スポットへ行く人達が一人でも、減ってくれればいい。

 心霊スポットなんかに行って得られる物なんか何も無い。

 一生忘れる事の出来ない恐怖に苛まれるか、または最悪の場合……自分の命や大切な人の命を失うかもしれない、という事を伝えて欲しい』


 そう言って康孝は去って行きました。

 彼に言われた通り、ワタシは話をしています。けれども強制はしません。

 ワタシは個人の意志を尊重しますから、夏生が心霊スポットへ行くのを無理に止めはしません。調べれば、その廃病院の場所も特定出来ると思いますよ?

 ただ、今度は本気で覚悟して下さいね。


 ――――は? ワタシと一緒に行きたい? お断りします。

 先程の言葉と矛盾する? はい、個人の意志は尊重しますよ。

 けれども害が及ぶかもしれない危険な場所に自ら進んで足を踏み入れるなんて……火に飛び入る夏虫じゃないんですよ、ワタシは。


 それに心霊スポットに行かなくても幽霊なら、この場所で見ていますから。

 いつって……今日、ワタシの所に夏生が来た時に、その後ろを背後にいる髪の長い女性がついて入って来て、今もずっとすぐ後ろに立っていますよ?

 夏生が撮った心霊写真に映っていた女性と、良く似ているなと思います。

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