ネットに流出した動画

 ワックスで茶髪を固めた青年が満面の笑みで映っていた。


「……入りました。空気が重く淀んでいる気が、します。寒気も感じます」

「ねーえ。ユミ来なかったよー!」

「具合悪くなったんだから仕方ないだろ」


 青年がウンザリした顔で視線をカメラから外した。


「今、実況してるからさあ」

「えー? だって編集するんでしょー?」

「そうだけどさ……」


 しばし言い合っていたが青年は、カメラを動かした。


「えー……病院内は、こんな感じです」


 待合室らしい、受付と長椅子を懐中電灯で順番に丁寧に映していく。


「ここに居ても面白くないので、進みたいと思います。まずは一階から」


 そう言って道行く先を光で照らしていく。後ろからついて来る足音がする。


「俺の他に連れが二人です。けして幽霊の足音ではないので、ご安心下さい」

「嫌だぁ!」


 女の甲高い声が響く。


「それにしても内部は特に……落書きとか酷いけれどさ。荒れてないな」


 男の声もする。彼も快中電灯を持っているのか、壁を照らした。

 スプレーで書かれた落書きだ。下卑た言葉の羅列に、男が推測して言った。


「不良の溜まり場になってんのかな?

 幽霊よりも不良の方がいる確率が高いんじゃ……」

「それはそれで怖いよねー! きゃははは!」


 後ろの二人は特に怖がってないのか、好き勝手に話している。

 青年は同行者を無視して実況を始めた。


「それでは、第一診療室に入りまーす」


 もったいぶってゆっくりとドアノブを回して……ドアを開けた。

 ぎぃいいいぃ……と、軋む音がした。


「せんせー、失礼しまぁす!」


 明るく言いながら入っていく。

 中は、薄汚れているだけで普通の診療室だった。


「おい」

「何だよ、浩司。今映して」

「どうしてこの病院、潰れたんだ?」

「知らね」

「知らないのかよ」

「俺は通学の時、見ていただけだし。

 でも、まあ、噂なんだけど一応言っとくか」


 診療室から、再び茶髪青年の顔へと移る。


「ええっとですね……俺が個人的に調べてみたんですけど、この病院では患者の虐待が行われていたんだとか。それが発覚して、そのまま潰れたとか。そんでえっと……病死、事故死と偽装されて集団リンチの被害で死んだ患者が」

「きゃああああああああああああああっ!!」


 青年の説明の途中で、女の悲鳴だ。


「何!?」


 カメラがぶれる。声の方向へ勢いよく向けたんだ。


「今の声は!? チカちゃん!? おぉい、浩司!」

「おい! 何処に行くんだ!?」


 追いかけていく姿が見える。一瞬、遅れてカメラが追い掛ける。


「待て! 今の悲鳴はチカちゃん!?」


 廊下の中間で、蹲っている女性の傍にいる男性。同行者の二人らしい。

 脱色した髪を肩まで伸ばした女性と、メガネを掛けている男性。


「何があった!?」


 心配よりも何があったのか知りたくて堪らないという心情が声音から窺える。


「わからない、いきなり悲鳴を上げて……俺はお前を見てたから」

「なあ、チカちゃん何があったの?」


 顔を上げた彼女は、申し訳なさそうにすぐに俯いた。


「…………虫が足を這い上ってきて、つい」


 その言葉に落胆混じりの溜息が聞こえた。


「マジ、何かあったのかと思ったじゃんか」

「ごめん」

「何だよー心霊現象かと思ったのによー! くそっ!」


 カメラが激しくブレて、ガンッと凄い音が響いた。


「やめろよ、叶夢」

「あーあー! 次、行くぞ! 次!!」


 廊下を進む中、どこかでドアが閉まる音がした。



(何故かカットされたようで、変なところで切れている)



「この病院、六階まであるんですけど、全部見て回っていると……かなり遅い時間になってしまうんで……うちの大学の連中が心霊現象を見たという階と……そして問題の虐待事件の被害者が死んだ、じゃなくって、お亡くなりになった場所に行ってみたいと思います」


 天井の割れた蛍光灯から、やや乱暴に正面にカメラが戻される。


「俺の友達が言うには、三階の一番端の病室の窓の中に明かりがあるのを見たらしいんですよ。その目撃情報……が多数あるのでぇ、とりあえず一番端に行きます」


 酔っているように、実況者の言葉が所々おかしかった。

 会話も無く階段を上り、複数の足音だけが静まり返った廊下に響く。

 懐中電灯は、フラフラと定まらず……壁や、ドア、床などを照らし出す。

 そして一番端の病室に辿り着いた。ドアは少しだけ開いていた。


「巡回診察の時間ですよー」


 今までの静寂を補うかのように、声を張り上げてドアを開ける。

 中は真っ暗だった。


「これさあ」


 すると同行者の男もつられて口を開いた。


「明かりが見えたのってさ、入りこんだ人の懐中電灯の光とかじゃないの?」

「おぉい、浩司! なぁんでそーゆー事、言うの!?


 これからさあ、俺が色々と話そうと思ったのに、何でえぇええ?」


「いや、思ったまま口に出しただけで……別にそこまで怒らなくたって」

「わかった。今更怖くなったんだろ?

 だから怪奇現象じゃないって思いたいんだろ? そーなんだろぉ!?」

「いや、別に……」

「とーにーかく! これから喋るから黙ってろ! えぇー……っと」


 何気なく向けられた光が、壁を照らした。


「うわっ!?」


 それは、病室いっぱいの落書きだった。

 真っ赤なスプレーで書かれた文字は『死』『殺す』『見た』『助けて』等など物騒で不気味な言葉ばかり……重なって読めない箇所もある。


「悪趣味だな……でもコレを書いたのは生きている人間だろ、間違いなく。

 なら、さっき俺が言った推測はあながち外れてなかったんだな」

「――――あぁー、ここは、特に面白いもんもないからぁ~」


 一気に不機嫌になった実況者は、さっさと病室を出て行こうとする。


「おい、待てよ」


 メガネを掛けた男が薄笑いを浮かべながら、止める。


「せっかく来たんだから、ちゃんと映してさ」

「お前がテンショ――――ザザッ」


(ここで映像にノイズが入る)


「ザァア――――っから、俺は別のば――――ザザッ」

「…………まってよ……」(低い女性の声。

             チカと呼ばれる女性の声とは、明らか違う)


「――――黙ってろよ、おま――――ザァッ」

「いかないで……たすけてよ……」

 (ここで映像のノイズが消える)


「ザザッ――――だから浩司。チカちゃんみたいに、静かにしといてくれよ」


 映像の乱れも、女性の声も、彼等は全く気付かなかったようで、カメラは病室の出入り口で待つ同行者の女性を映した。


「ねえ、もう戻らない?」

「はあ? これから行く所がまだ」

「ユミがどうなったのか心配で」



(何故かカットされたようで、変なところで切れている)



「さてと、気を取り直して事件現場に向かいますか!

 一緒に来た、奴等は車に戻りましたぁ。あのビビり達め!

 俺は、全然怖くないので一人で大丈夫です。でも彼女は欲しいです。募集中です。

 ……さてと今、俺は、五階の病室に向かってます。

 ついさっきネットで見た情報なんですけれど、ここで死んだ人達は……主治医とか男の先生とか看護婦達に、さんざん殴られたり蹴られたり……。

 色々されちゃって死んだそうです。ひどいですよねー」


 説明の後、大きな欠伸。


「あぁー、ネムい! 今、何時なんだー? あー……現在、2時25分」


 その時、後ろから素早く近付いて来る足音。カツカツと響く靴音。


 一瞬、立ち止まる青年。カメラが小刻みに震え始める。

 慌てて足早に歩きを再開する。


「だ、誰だよ!?」


 思いきって振り返ってみる。

 カメラには背後から近付いてきたはずの者は、映らなかった。


「え……いや、足音がはっきり聞こえて…………おい、こらぁ!

 隠れてんじゃねえよ! 聞こえてんだよ、俺はよ!」


 慌てて隠れているであろう、病室へ駆け足で向かう。


「馬鹿じゃねえ!? 怖がらせてんじゃねえよ!」


 しかし、いくら探しても人の姿は無い。


「チクショー……何なんだ」

「消灯時間は過ぎていますよ」


 冷たい女性の声。反射的にカメラは声の方向へ向いていた。


 激しいノイズが一瞬画面を覆い尽くし、そしてその姿を現せた。

 そこには白衣を着た看護婦がいた。


「病室に戻って。手こずらせないで頂戴」


 カメラは、ガクガクとブレまくっていた。


「まったく……またあそこに入りたいようね?」


 黒い髪を一つに束ね、無表情な女の手には鍵が握られていた。



(ここでカメラは、突如床に落下して動画は終わる。

 この映像は一時、動画サイトに流出してしまったがすぐに削除されて今では、いくら探しても見る事が出来ない。

 今、この映像を所有しているのは撮影者、日高 叶夢の知り合いである柚木 康孝から譲り受けた闇夜だけである。

 康孝が話をする際に証拠として持ってきたのだった。

 そして彼は、闇夜と共に映像を見てから言った。

 最後に出て来た女は、同行者のチカともユミとも違う。

 あの看護婦が現れた時間、二人とも車の中に確実に居たのだという)

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