第三話 心霊スポット
前半
初めまして、闇夜と申します。
お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう。
やけに上機嫌ですね、夏生。どうかしましたか?
先週末に心霊スポットに行って心霊写真を撮った?
あぁ、それが写真ですか。拝見させて頂きます…………なるほど。
どうもありがとうございました。お返しします。
……はい、見えました。夏生の背後にいる髪の長い女性ですよね?
ちなみにお一人で? 友人達と? その写真、焼き増しして配ったのですか。
何事も無いと良いですね……怖がらせて楽しんでなどいません。
そういう霊が彷徨っている場所に、敢えて夏生は行ったのです。
ですから、当然それなりの覚悟を持って行ったのでしょう?
キャンプに行くのと訳が違うのですから。
暇でしょうがなくて、ネットで調べて?……まあ、写真に笑顔でピースして写っている時点でそう思いましたけれどね。
あまりそういう場所には行かない方がいいですよ。
今回が初めての心霊現象だった?……そうでしょうね。
本当に危ないところは、絶対にネット上には上がりませんから。
何故って、行った当人達がネットに書き込めない状態になるからですよ。
どうして……そこで目を輝かせるのですか。あなたという人は……。
はい、知ってますよ。最悪の心霊スポットの話を、聞きたいですか?
――――わかりました。それではお話しましょう。
「イエーイ! これからぁ、心霊スポットに潜入したいと、思いまっす!!」
横から馬鹿みたいな大声でビデオカメラに向かって実況している男を、僕は横目で一瞥した。すると彼は笑いながら僕にカメラを向けて来た。
「今日の運転手で~す!」
「おい、撮るのやめろ」
両手でハンドル握っている為、そう窘める他なかった。
「それ、ネットにアップするんだろう?」
「だいじょーぶ! ちゃんと編集してモザイクとか入れたりすっからぁ!」
面倒臭そうに言うと、彼は後部座席の方にもカメラを向けた。
「やだあ、やーめーてー」
「映さないでよー!」
後ろから甲高い声が二つ響いた。
今日の合コンで知り合った女子、苗字は忘れたがチカとユミ……だったかな?
まあ、歳も近いし可愛い方だけれど、はりきりすぎのメイクと服装で……女友達としてならいいけれども、彼女としてはちょっとなあ……と思った。
「嫌がってるだろ、やめろよ」
女子が複数いれば倍々で声の音量が大きくなるから、僕は制した。
「ヤッシー、優しい~」
いきなり耳元で女子のどちらかが囁いたので、僕は驚いてハンドル操作を誤るところだった。ヤッシーって……変なあだ名を付けられたものだ。
僕はお酒が入る前にきちんと、
ヤスタカだから、ヤッシー? UMAじゃねえんだからさ……。
その時、何がツボに入ったのかカメラを回している男が爆笑した。
「いいわ、ヤッシー! 次から俺もそう呼ぶわ!」
僕は助手席に座っている大学で仲良くなった友人、
酒が入っているせいか、いつもの十倍は喧しい。明るい万人受けの性格で、基本的には良い奴だがノリが過ぎると鬱陶しい奴になる。コイツと付き合うのは骨が折れる。
「何処に行くんだ?」
冷静に行き先を訊いたのは、合コンで知り合った叶夢の高校の同級生、
メタルフレームの眼鏡を掛けているから、頭が良さそうに見える。
実際、話してみれば話題は豊富で話していて楽しい。
これは叶夢といいコンビだなと思った。
「通っている大学の……」
僕が言うのを遮るようにハイテンションの叶夢が言った。
「大学の近くに、取り壊されない病院があるんっすよ!
前々から心霊スポットだって噂になってて……行ってみたいなーって」
通学時に必ず目にする廃病院だった。数年前に潰れてから、今まで何故か取り壊されない。夜通ると、誰もいないはずなのに明かりが点いていたり、人の叫び声が聞こえたり……するという、近隣の者なら誰もが知っている建物だった。
「病院?!」
「やだー! 面白そう!」
女の子は怖がるものだと思っていたのだが……二人の女子は、まるで遊園地にでも行くかのように楽しみにしているようだ。
遊園地の作り物のお化け屋敷に行くのとは、訳が違うのに。
「ふーん、病院ね……」
浩司は独り言のように繰り返した。
特に言葉が続かなかったから、行く事に反対では無いようだ。
「だから途中、叶夢の家に寄って懐中電灯とかを用意したわけか……病院ね」
僕は、誰か一人でも途中で『行きたくない』と言ったら、躊躇いなくUターンするつもりだった。
けれど、お酒が入っている所為か、怖いもの見たさの所為が、期待はしているのに誰も言い出さない。僕は車で来たから、もちろんお酒は一滴も飲んでない。
だから皆の変なテンションには、実はついていけてない。
とはいえ、雰囲気をぶち壊しにするわけにはいかないので、運転を続けた。
「えーっと……あと五分で、心霊スポットの廃病院に着きまぁす!
果たして俺達は無事に生還する事が出来るのでしょーか!
皆さん、ご無事を祈っていて下さい!」
叶夢はカメラを自身に向けて、フルスマイルで言った。
夜中である事で廃病院は一層、不気味だった。
片方だけ外されている出入口のドア、複数割れた窓、雨風で劣化した外壁。
普通の人なら近付かなかいし、入ろうともしない。
でも、僕以外は何故か喜んでる。お酒って、怖い。
「来ました、来ましたぁ! 遂にやって来ました、廃病院!
見て下さい、これ! すっごい雰囲気出てますよ! これは絶対、いますよ!
もしかしたら……幽霊、撮れちゃうかもしれません……!」
中でも叶夢が一番興奮していた。カメラをあっちこっち向けている。
「叶夢、行きます!」
そして意気揚々と全く躊躇わずに中へ向かった。
その蛮勇と呼ぶべき、勇気をもはや僕は苦笑するしかなかった。
「ん……どうした?」
浩司が、確かユミとかいう女子が蹲ったので、背中に手を当てた。
「――――気持ち悪い」
此処に来て酔いが回ったのか、青白い顔だった。
「じゃあ、車で待っていなよ。ね?」
「え……嫌あぁ! 一人で待ってるなんて嫌!」
そして恐怖も思い出したのか、急に怖がり始めた。
「じゃあ、僕も車に残るよ。彼女、見てるから」
はっきり言って中に入りたくなかったので、好都合とばかりに僕は言った。
浩司とチカが僕を見た。
「そう? それじゃあ、彼女をよろしく」
「ユミ、じゃーねー!」
二人は即座に病院の中に入って行った。あーあ、行っちゃった。
ユミはゆっくりと立ち上がると、覚束ない足取りで車の方へ向かって来た。
僕がドアを開けると、軽く頭を下げて後部座席に這うように入っていった。
僕は運転席に座って改めてシートベルトを締めた。
もし、逃げ帰って来た叶夢達の為、即座に車を出せるように準備をした。
バックミラーで、後ろに座るユミを見た。本当に具合悪そうにしている。
「大丈夫ですか?」
そう尋ねてから『大丈夫ですか?』は、おかしいだろう。
大丈夫じゃないから、此処にいるのに。
「いや、大丈夫じゃないんだよね。ごめんね」
コンビニで買ったミネラルウォーターを彼女に渡そうとして、しっかり締めたシートベルトに阻まれた。僕は一旦、シートベルトを外して改めて差し出した。
「これ飲めば、少しは落ちつかもしれない……飲めたらで良いよ」
「……どうも」
僅かに微笑みながら、ユミは受け取ってくれた。
さて……叶夢達は、いつ帰って来るのだろう? 僕は時間を確認した。
もうすぐ午前二時だ。明日も休日だからとはいえ、早く帰りたい。
三十分以内に帰って来ないかな、なんて思いながら僕は出入り口を見つめていた。
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