推理と決意


 目的を遂げてからは、自然な態度を装って飲み会を楽しんだ。


 実行中はさほど感じなかった罪悪感は時間が経つにつれて強まり、その苦しみから逃れようと酒のグラスに伸ばし掛けた手を必死に抑えた。

 完璧に酔っぱらうわけにはいかない。

 飲み会が終われば、俺には考えなければならない事があるのだから。

 飲み放題二時間のサービスを満喫した後……。


「それじゃあ、お疲れ様でぇ~す!」


 完全に酔っぱらったタツヤさんは、千鳥足で店を出て行こうとした。


「タツヤさん! 鞄!」

「え? あっ……アハハハハ! やけに身軽かと思ったら!」


 手渡そうとした鞄が、タツヤさんの手をすり抜けて、床に落ちた。

 開いたままだった鞄の中にしまわれていた物達が、自由を求めて飛び出すかのように辺りに散らばった。シンプルな金属製の名刺入れから、名刺が溢れた。


「うわっ、すみません! ……すみません」


 俺はすぐさましゃがみ込んで、名刺を拾い上げた。

 名刺は、俺がタツヤさんから貰った名刺を同じ物だった。


「――――ん?」


 《RTB株式会社 総務部

  神命院 龍夜【Shinmeiin‐Tathuya】

  Tel 080‐××××‐××××

  E-mail ×××××@××××××××××××.co.jp》


 他の名刺と、会社名と氏名の部分が違う、少し黄ばんだ名刺だった。


 《龍夜》……たつや……えっ? この名刺、タツヤさんのなのか?

 心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃が、全身を駆け巡った。タツヤさんは携帯や財布など、貴重品を拾い集めるのに必死で俺の方は見ていない。


 俺は反射的に、その名刺をポケットに滑り込ませた。……やってしまった後、その他の名刺は全て名刺入れにしまってからタツヤさんに手渡した。


「本当にごめんなさい、俺の所為で」

「いやいやいや……僕の方こそ、僕が……。

 きちんと、受け取らなかった所為なんですよ」


 今度こそ鞄を両手で抱えながら、タツヤさんは歩いて行く。

 俺は、ポケットの中の一枚の名刺を指先で確認してから後を追いかけた。





 帰りの電車の中……今夜の自分の行いを反省した後、ソレで知った事実を頭の中で並べ立てて整理をした。

 山ノ内やまのうちさんの話の続き、美夜子みやこが書いていた恨みノートの中身。

 美夜子が誰かを憎み、呪っていたのは知っていた。

 それは、ノートに書かれていた《T》という人かもしれない……。


 《T》と聞いて、すぐに思いつくのは《K.T》……美夜子に嫌がらせをしていた武田たけださん。

 でも、美夜子は『もう殺したいなんて思ってない』と言っていた。

 彼女の中では、殺したいと思っていたのは《前世の話》で、生まれ変わった現世は記憶はあれど殺したいというほど敵意も憎しみも抱いていなかったようだ。


 彼女の言葉を全て信じるなら、そうなる。でもノートにあれだけ憎悪の言葉を書き殴るほど嫌っている奴に、わざわざ嘘を吐く必要はないよな?


 それじゃあ他に《T》だと疑える人は?

 自称親友の川崎かわさきさんは《M.K》だし。山ノ内さんは《Y.Y》だ。

 それとも他のクラスメートだろうか? でも、美夜子との関係性は薄い。



 ――――ガタンッ! 電車が、少し大きく揺れた。

 目の前にいた若い女性が小さく声を上げた。

 さっきの揺れで、思考まで揺さぶられた。

 明らかに見えている事実から、頑なに目を背けている俺に活が入れられた。

 先程、帰り際の事故で手に入れた名刺を、ポケットから取り出して確認する。


 名刺に書かれた名前、神命院しんめいいん 龍夜たつや……《T.S》――――。


 この名刺は、タツヤさんの物なのか?

 確か、スペイン人の姓を名乗っていたはず。

 もしかして両親が再婚して、名字が変わった?

 だとしたなら推理出来ることが、もう一つある。

 美夜子が心開く二人の友人のうち……確か一人は《リュウ》だったはず。


 タツヤさんが、美夜子の幼馴染、龍夜リュウなのだとしたら。


 だから彼女の話を、一生懸命に集めていたんだ。

 闇夜は、それを知っていたから《未完結の話》を俺から伝えさせたんだ。

 そういえば、もう一人の友人は《ナイト》――――闇夜ナイト

 そういうことか。


 タツヤさんは二年前に、山ノ内さんから偶然なのか故意なのかわからないが、美夜子の話を聞いて……自分が失踪した幼馴染から憎まれていたかもしれないと思った。

 だから、美夜子のもう一人の友人《ナイト》を探したんだ。名前・性別・年齢……素性全てを隠してしまったから、見つけるのに時間が掛かっただろう。


 ようやく見つけ出した、あの日に……俺と出会ったんだ。


 ――――闇夜が、やっぱり全てを知っているのか?

 俺が求めている話の完結は、闇夜が持っているのか?

 語り部の元へ、話を聞きに行く必要がある。

 しかし……この前、気まずい別れをしてしまったからな……。


『ワタシに出来ることは、願う事だけ。

 夏生が、恐怖を知った事を後悔すること。

 夏生が、もう二度と知りたくないと思うこと。

 奇跡に近い望みですが、願い続けます。

 夏生が、ワタシの元に二度と来なくなることを』


 今度、聞きに行く話は、ただの怖い話じゃない。闇夜の素性に関わる話だ。

 他人に《自分のこと》を悟られないようにしている闇夜が、快く話してくれるとは思えない。闇夜に会いに行ったら、今度こそ『もう来ないで下さい』と、はっきり言われてしまうかもしれない。

 怖い話を求めて、恐怖を求めて……通った数年間が頭をよぎる。


 ……いや、まだそうと決まったわけじゃない。


 闇夜は時々、自分の事に関して話していた。

 何処の学校に通っていた事とか、過去に知り合った人の事とか……全てを徹底的に隠していたわけじゃない。

 それに、俺が知りたいのは闇夜のプライベートじゃない。


 知りたいのは、物語の完結。

 未だに埋められないパズルを、完璧にしたいだけ。

 完璧じゃなくても全体的に、どういう話だったのか納得したい。

 小さな情報が寄り集まってはいるものの、はっきりしない現状が嫌なんだ。

 闇夜が、はっきりさせるナニカを知っているのなら、何としてでも聞き出す。

 恐怖を得る。全ては、その為に。

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