友情メーター 後半
友情メーターは面白かった。
マスコットの猫、シャンギーゼは親しみやすくて可愛いし、友情診断はとても正確なのでマミは、あっという間にハマってしまった。
連日、空き時間になると、アプリを起動させるのが習慣づいていた。
「やあ、マミ! 何の用?」
シャンギーゼは大きな瞳をパチパチさせながら、訊いて来た。
今日は、アヤカとカラオケに行く。
「先月もカラオケに行ったね!」
「……そうだったね」
打ち込んだイベントを記録して、シャンギーゼは話しに盛り込んでくれる。
お陰で、本当に会話しているように思える。
「楽しんでいってらっしゃい!」
シャンギーゼの言葉が終わると同時に、各項目が浮かんだ。
友達リスト、友逹登録、質問追加、自己設定……。
マミは友達リストからアヤカを呼び出した。
質問追加で様々な情報を詰め込んだお陰で登録した友達の中では、一番精密な情報が詰まっていた。
「マミとアヤカの友情メーターは、現在83パーセント!
とても仲が良い友達だね!」
パーセンテージは下がりもしないが上がりもしない。
マミは、アドバイスの項目をタップした。
「アヤカに対しての小さな不満を我慢していないかな?
本当の親友になるためには、我慢してはいけないよ」
シャンギーゼの言葉に、マミは下唇を噛んだ。
アヤカとは一緒にいるだけで楽しい存在だ。
しかし、彼女には少し困った事があった。それは時間に余りにルーズなこと。
待ち合わせ時間を必ず遅刻か、色々な理由を持ってして時間を遅らせたりする。
早めに来る努力をしようともしない。遅れて来るのが当然のようになっている。
それが、アヤカに対する少しの不満だ。
つい先週もアヤカが遅刻したせいで、楽しみにしていたライブカフェの開演に間に合わなかった。さすがにそれは申し訳ないと思ったのか、今後は絶対に遅刻はしないと約束したから……今日は遅れて来ないはず。
祈る様にしながら時間を過ごして、放課後になった。
帰り仕度をしているマミにアヤカが近付いて来た。
「あのさ、マミ」
「……何?」
嫌な予感はした。
「実は部活の先輩に呼び出しくらっちゃって」
「あぁ……そう」
「あ、カラオケには行くから! ただ少し遅れるかも」
「少し?」
「そう。ほんの十五分くらい」
『少し』とか『くらい』とか、曖昧だ。
マミは疑惑が表情に出ないように取り繕った。
「OK。じゃあカラオケの店の前で待ってるから」
「ごめんねぇ」
ニコリと笑うアヤカに、マミは俯いた。
一度家に戻り、徒歩十分のところにあるカラオケの店の前で待つ。
アヤカは十五分だと言ったが、そのままの言葉は信じられない。最低でも三十分は待つ事になるだろう。イライラしながら友情メーターを開いた。
「やあ、マミ! 今日は誰との友情を測りたいかな?」
シャンギーゼだ。アプリを開くと、すぐに応対してくれるから嬉しい。
暇つぶしにクラスメートとの友情を測ってみた。
「マミとユウリの友情メーターは、現在77パーセント!
仲が良い友達だね!」
「マミとエマの友情メーターは、現在52パーセント!
普通のクラスメートかな?」
「マミとリョウカの友情メーターは、現在48パーセント!
挨拶ぐらいは交わす仲?」
「マミとレナの友情メーターは、現在60パーセント!
ちょうど良い間柄だね!」
予想通りだったり、意外な結果だったりした。ひとしきり楽しんだ後……時計を見てみると、待ってから三十分は経過していた。
「もう! 何が少しよ!」
マミは憤慨しながら指先を動かして、アヤカとの友情を再度測ってみた。
「マミとアヤカの友情メーターは、現在62パーセント!」
友情は、二十パーセントも下がっていた。
ショックだった。下がる事は無いと思っていたのに。
今だって彼女の都合で遅れているのを待っているのに。
マミが溜息を吐いたところに、アヤカが駆け込んできた。
「ごめんねぇ! ごめんごめん! 待った~?」
先ほどの数値が脳裏を巡っていて、マミは暗い気持ちで答えた。
「……どうしたの?」
「だから、部活の先輩に呼ばれてさぁ。
この際だから色々と教えて貰ってたら遅くなっちゃって」
悪びれもせず、笑いながら話すアヤカ。シャンギーゼの言葉が甦った。
『アヤカに対しての小さな不満を我慢していないかな?
本当の親友になるためには、我慢してはいけないよ』
本当の親友? アヤカと、これからも付き合うの?
先に約束したのに。ずっと待っていたのに。遅れて来たのに……!
アヤカとの友情メーターの数値が、どんどん下がっていった。
「――――待ってたのよ」
「だからごめんって。さ、お店に入ろう!」
湧き上がる怒りに支配されたマミは、大きく息を吐くとアヤカの腕を掴んだ。
「もう二度と遅刻しないって言ったのに!!」
「なによ、遅れるって言ったじゃん」
「少し? 十五分くらい? 何よそれ!? 自分の都合ばっかり!」
「そんなに怒ることないじゃん」
「そうやって待ち合わせに遅刻し続けていたら、誰も遊んでくれなくなるよ!
これからは、本当に約束の時間を守るのを心掛けたら!?」
不貞腐れているアヤカを置いて、マミはその場を後にした。
機嫌が悪いまま、マミは友情メーターを起動させた、
シャンギーゼが瞳を輝かせながら、仰々しくお辞儀をした。
「マミ! カラオケは楽しかったかな?」
楽しくなかった。
「何があったの?」
アヤカが遅刻した。
「先週も遅刻していたね。困ったものだね」
わざとらしく首を傾げる猫のマスコットに、マミは八つ当たりをした。
「アドバイスでは、我慢してはいけないって言ってたじゃない!」
「そうさ? マミは限界を迎えていたからね」
「え」
シャンギーゼが、マミの言葉が聞こえたかのように返事をした。
「な、何……何で?」
携帯の画面にアプリ更新の文字が浮かんだ。
「更新?」
「マミが、たくさん友情メーターを使ってくれたから更新出来たよ!
もっともっとマミの力になれるよう、これからも頑張るからヨロシク!」
呆然としているマミに、シャンギーゼは上目遣いで話し続けた。
「ボクのせいで、辛い思いをさせてゴメンよ。
友達と喧嘩してしまっても、ボクが仲直りさせてあげる。
アヤカとやり直す? もしそうなら――――」
「わ、私は悪くないわ! 私はずっと我慢してきたのよ!
どうして私から行動しなければならないの!?
遅刻をし続けたアヤカが謝るまで許さないわ!」
「そう……ならボクは、他の友逹と仲良く出来るように頑張るから――――」
シャンギーゼが明るく言った。
マミはハッとした。別にアヤカしかいないわけじゃない。他にも友達がいる。
「絶対に仲良くなれる? 一人ぼっちは嫌! 絶対になりたくないの!」
シャンギーゼは、マミの言葉に微笑んで頷いた。
「今度のボクは大丈夫。ボクの言う通りにすれば、必ず皆と仲良くなれるから」
翌日マミが学校に行くと、アヤカは学校に来ていなかった。喧嘩して顔を合わせ辛いからって休むとは……呆れていると、友人のユウリがやって来た。
「アヤカと喧嘩したんだって?」
「……まあね」
「アヤカ、また遅刻したんだって?
部活の先輩と一緒にいたから、とかなんとか。
それで、マミは急にキレちゃったんだって?」
「キレたって……」
マミは携帯の画面を一瞥してから……わかりやすく溜息を吐いてから言った。
「私、前々から好きな先輩がいるのは知ってるでしょう?
「あぁ、あの先輩! 格好良いよね!」
「アヤカはサッカー部のマネージャーでしょう?
昨日アヤカと待ち合わせをして――――」
いつの間にか周囲には女子が数人いて聞き耳を立てていた。
アヤカ、あなたが先に言ったのよ。
マミは右手に固く携帯を握り締めて話した。
わざわざ話を大袈裟にしたのは、シャンギーゼの指示だった。
アヤカが自身の都合の悪い部分は最低限に留めて、マミが怒った事だけを吹聴した場合に話すようにアドバイスされていた。そうすればアヤカの耳に届く頃にはウワサが真実になっている。いくら違うと言っても遅い。
思っていた以上に女子共通の情報網によって、ウワサは広まった。
自然と、女子はアヤカを疎遠にした。もちろんマミも関わらなかった。
「あれっ? ユウリの友情メーターが減ってる……」
とある昼休み、アプリを確認していたら大幅に下がっていた。
「マミがアヤカと離れたのを見て、自分もいつかそうされるかもしれないと恐れているみたいだね」
「どうすればいいの?」
「未だに悪口を言っている女子がいない場所……学校の外で遊んだらどうかな?
ユウリが好きなお店の候補を出しておくよ。
それと、ユウリの友逹も誘うといいよ」
「えっ、あのグループに入るの?」
「仲良くなるべきだよ。特にユウリ以外の子とね。
ユウリがマミと離れられないように」
更新をしてからのシャンギーゼのアドバイスは、かなり精密になった。
アドバイス通りに従えば、全てが上手くいった。
ある日、仲良くなったエマという女子生徒がマミが憧れている先輩と、仲良くしているのを見た。帰宅後、真っ先にシャンギーゼに怒りをぶつけた。
「エマは抜け駆けしていたのよ! グループの皆、先輩の事を憧れているのに!
この事、明日みんなの前で言っていい!?」
シャンギーゼはすぐに賛同してくれるものだと思った。
「いいや。マミ、言わない方が良い」
だから否定の言葉が画面に浮かんだ時は目を疑った。
「ど、どうして!? みんな知ったら怒るに決まって」
「マミ。一人を蹴落として多数の友人を得る方法は、君には荷が重すぎたみたいだね。広く浅い交友関係を築くには、一番手っ取り早い方法だけれども。
マミは、どちらかというと少数と深く仲良くなった方が良いみたいだね」
「今更……何言ってんの!? あんたの言う通りに動いて来たのに!」
「ボクは、マミの素敵ライフの為に応援しただけだよ。
一人ぼっちは嫌だって言ったから、多くの友逹を作ったけれども……維持する事に苦しんでいるみたいだから、今の内に付き合い続ける人を選別したらどうかな?」
「何よ! どうしてそんな事言うの!?
皆と仲良くなれるって……もう友達関係で悩まなくって済むと思ったのに!」
激昂したマミはアプリを強制終了した。
シャンギーゼは消えるまで目を細めていた。
翌日、マミはエマ抜け駆けて仲良くしていた事を他のメンバーに告げた。
エマが怒り、他のメンバーと結託してマミを締め出してしまった。
慌てたマミは他の女子と仲良くしようとしたが、他人の噂を面白可笑しく吹聴するマミを他の女子は迎え入れては貰えず、いつの間にか針のむしろだった。
友情メーターを開こうとしたら、いつの間にか携帯の画面から消えていた。
アンインストールした記憶もない。
現れた時のように、忽然と消えてしまったのだ。
マミは当然、再度インストールしようとしたが、例のダウンロードサイトへは行けなかった。
そして友情メーター無しでは他人と関わる事が出来なくなってしまい、マミは引きこもるようになった。今も閉め切った部屋で、友情メーターのダウンロードサイトにアクセスしようとしているという。
「友情メーターは正確だけれど、使い続けていると……友逹の作り方とか付き合い方とか、わからなくなってしまうんだってさ」
あたしが話し終えると闇夜は静かに言った。
「携帯電話は、便利なコミュニケーションツールのはずなのですが……。
依存してしまって対人関係が脆くなってしまうようですね」
「でも携帯無いと、付き合っていけないよ?」
「連絡を取り合うには必要でしょう。
けれど電話やメールなどよりも、ワタシは顔を合わせて話す方が好きですね。
こうして……向かい合って美味しい紅茶を飲みながら……ゆっくりと自由に」
「闇夜には、必要ないアプリだね」
あたしは白い仮面を見つめた。
仮面の下に隠された誠実な表情を想像しながら。
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