友情メーター 前半

 そう言えば明後日、バイトのシフトが入っていたなと思い出した。


「――――咲」


 闇夜が立ち上がったので、あたしは帰るよう言われるのかと身がまえた。


「そういえば美味しい洋菓子があるのですが、いかがですか?」

「あ、うん。食べる!」


 闇夜は奥へ消えた。

 ほっとしたので背伸びをしてから、視線をパソコンへと向けた。

 画面には根も葉もない闇夜に関する話があった。



564:キラーキラー:2016/08/11(木)02:31 ID:pb4T+Tmo0

  でもホント闇夜は、どうやって生活しているんだろ?

  してる事といったら怖い話をするだけだろ?



 闇夜のプライベートについて、追究する書き込みが多かった。

 あたしは部屋を見渡した。

 闇夜の部屋には、けして安くないアンティークがある。

 整理されているのか、乱雑に置いているだけなのか、本当に色々ある。

 物を蒐集する以外にも生活費は、どうしているのだろう? そんなに貧困しているようには見えない。何故なら、いつも出される紅茶や茶菓子だって高級品だ。


 ――――闇夜が戻ってきた。

 真っ白なケーキの箱を思わずマジマジと見てしまう。


「どうかしましたか?」

「……えっ、いや! どうもしないよ」


 白い仮面が向けられて、オロオロと動揺してしまう。

 闇夜への詮索は、罪悪感を必然的に覚える。

 用意してくれた苺タルトは、とっても美味しかった。


「これ本当に美味しい! どこで買ったの!?」

「……友人が作ったものですよ」

「え!? お、お店で買ったものじゃないの!? 本当に!?

 すごく本格的だよ、コレ! その人、何をしているの人なの?」

「喫茶店を営んでいます」

「な、何だ。本業の人なんじゃない!」

「ケーキ職人ではありませんよ、咲。彼女は趣味で作っているのです」

「本当に? すごいね」


 その時、携帯がピロンと音を立てた。

 音に反応して見てみると、アプリの告知だった。


「あぁー……クリスタルが満タンになったんだ」

「クリスタル?」

「あれ? 闇夜知らない? 無料アプリゲーム≪クリスタル・ストーリー≫」

「存じませんでした」

「CMで、結構やってるんだけどなぁ。

 簡単なパズルゲームでクリアする度に物語が進むんだよ」


 闇夜は興味を覚えたようで、画面を覗き込んできた。


「面白そうですね」

「やってみる?」


 あたしが指先を駆使して、積み上げたベストスコアは約二百万スコア。

 なかなか記録を更新できずに難儀している。課金してアイテムを駆使した友達は遥かに及ばないハイスコアを叩き出している。

 携帯を目の前にして、闇夜は細長く美しい右手の人差指をマントの中から出し画面上に滑らした。初心者とは思えない素早い動きに、あたしは刮目した。

 流れるようにパズルが組み立てられて、色鮮やかな光と共に消滅していく。

 制限時間九十秒が、やけに長く感じた。


「終わりました、どうでしょうか?」


 見てみたらベストハイスコアの文字が躍っていた。


「す、すごい! 凄いよ、闇夜!」

「そうですか?」


 闇夜は嬉しそうに肩を竦めた。


「闇夜もアプリ入れてみたら?」

「そうですね、考えておきます」

「――――あ。そうだ」


 あたしはある話を思い出して、ニコリを闇夜に微笑んだ。


「最近出来た、新しい都市伝説があるんだけれどね」





 携帯アプリは色々、種類があるでしょう?

 ゲーム、漫画や映画を見るやつ……あたしは無料でしか使った事ないけれどさ……アプリはお金が掛かるものなんだよね。友達で、数万も携帯代に使ってるもん。

 電話じゃメールのお金じゃなくて、アプリの中で課金したの。

 ゲームの中でゲットしにくいレアなアイテムを手に入れる為に、手っ取り早くお金で買うの。でもさバイト……あたしはしてるけれど……してない子とかはバンバンとお金は使えないからさ。

 携帯のアプリだって無料の物だけで、課金は一切しないの。


 そんな子達の間で今、話題になっている無料アプリがあるの。

 それが≪友情メーター≫っていうの。

 携帯からだとダウンロード出来なくて、インターネットでアプリを探すの。

 決められた時間帯で、決められた言葉で検索すると、検索結果ページトップに

≪友情メーター・ダウンロードサイト≫って出る。

 そのサイトには入場制限があって、一日に一人だけしか入場出来ないみたいなの。一日一人入場したら、他の人は何をしてもエラーで入れないんだって。


 これは、友逹から聞いた話なんだけれど……多くの人が一斉クリックした中でサイトに入れた女の子の話。名前は……マミ、でいいや。


 マミはクラスで話題になっている噂に人並みの興味を持っていて、周囲に乗じて、その日の夜に試してみたの。

 噂通りの時間帯に言葉を入力して、トップに出たサイトをクリックした。


 そしたら、パステルカラーが散りばめられたサイトが開かれた。

 マミは自分が入場出来た事をすぐにはわからなかったみたい。

 だって誰もサイト内の事はわからないんだもの。


 擬人化された猫がコミカルな動きで踊っている。

 マミは湧き上がる興奮を抑えつけて、マウスポインタを動かして猫をクリックしてみた。すると猫は仰々しくお辞儀をすると台詞がふきだしに書かれた。


「入場ありがとう! 友情メーターは、貴方の素敵ライフを応援するよ!

 ボクはシャンギーゼ、君の名前は?」


 そこで入力コマンドが現れた。マミは本名のまま入力した。


「マミ、だね。マミ、これからよろしくね!」


 パァアと明るい笑顔になる猫。


「さっそく、マミの携帯にお邪魔するね! じゃあまた会おうね!」

 台詞を読み終えた直後、ウィンドウが強制終了された。


 マミは、慌てて立ち上げ直したんだけど、サイトは見つからなかった。もしかして自分が入ったのは、良く作られたニセモノサイトだったのかもしれない。

 そう思ったら先ほどの高揚感が一転して、失望に変わった。


 気晴らしに携帯のゲームアプリを起動させようとしたら、ホーム画面に見慣れないアプリがあった。名前は≪友情メーター≫マミは思わず目を疑った。

 先程のサイトから送られたアプリのようだ。インターネットからだったのに、どうやって携帯にインストールされたのだろう?

 有害なウィルスだったら、ウィルス対策ソフトに引っ掛かるはずだから違う。


 その時、携帯から鈴の音が鳴った。画面に一瞬だけ文字が浮かんだ。


「お邪魔します! マミ、友情メーターを使ってよ!」


 あの可愛らしい猫シャンギーゼからのメッセージだった。

 何だか怖くなって、マミは携帯を放り出した。

 翌日、一番仲良しのアヤカに話をした。彼女はとても驚いていた。


「ウッソォ! それマジなんじゃない!?」

「でも、もし危険なアプリだったら」

「友情メーターは無料で無害なアプリだって……ねえ、ちょっと貸して!」

「あ、うん」


 マミは自分が実行するのには、まだ勇気が足らずにアヤカに携帯を手渡した。

 アヤカは躊躇なくアプリをタップした。

 携帯の画面にパステルカラーで溢れた。

 ひょっこり現れたシャンギーゼは、愛想良く尻尾を振った。


「こんにちは、マミ! ダウンロードありがとう!

 素敵ライフの為にマミのこと、色々教えて!」

「おもしろーい!」


 アヤカは明るく笑った。マミも傍から見ていて、大丈夫だとわかった。


「この猫、なぁに?」

「シャンギーゼ」

「へえー」


 返された携帯では、シャンギーゼが入力を待っていた。

 アヤカの前でマミは自身のプロフィールを入力した。

 入力終了とタップするとシャンギーゼは飛び跳ねて喜んだ。


「教えてくれてありがとう! マミのことが知れて嬉しいよ!

 じゃあ、このアプリについて説明するね!

 友情メーターは、マミとマミの友逹の友情を測る事が出来るよ!

 友達について20個の質問をするから、正確に答えてね!

 質問以外に、友達について詳しく教えてくれれば色々アドバイス出来るよ!

 友情レベルはパーセンテージで表示だよ。

 数値が低くても落ち込まないで。その友達と上手く付き合えるようにするよ!

 じゃあ、試してみようか! 百聞は一見にしかずだよ!

 まずは友達の名前を入力して!」


 マミはアヤカを見た。


「本名で打って良いよね?」

「もちろんいいよー」


 シャンギーゼが掲げる入力コマンドに名前を入れた。


「アヤカ、だね! 男の子と女の子、どっち?」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「女の子なんだね。年齢は?」


 同い年だから十四歳。


「あ、マミと同い年だ! アヤカは女の子で14歳……。

 それじゃ、20個質問するよー」


 アヤカとは何処で知り合ったの? アヤカの長所と短所は?

 アヤカの趣味は? アヤカってどういう人だと思う?

 アヤカと一緒にいると、どう思う?

 アヤカの好きなところと嫌いなところは?

 本人と一緒になって質問に答えていく。これほど正確な事は無い。

 シャンギーゼは質問を終えると、結果を持って来ると言って画面から消えた。

 マミとアヤカはドキドキしながら待っていた。しばらくするとシャンギーゼは自分よりも大きなハートを、よたよた千鳥歩きで運んで来た。


「マミとアヤカの友情メーターは、現在83パーセント!

 とても仲が良い友達だね!

 互いの努力によって、二人はもっともっと仲良くなれるよ!」


 マミとアヤカは、きゃあきゃあ言いながらハイタッチした。


「友達登録にアヤカが登録されたよ! アヤカと過ごしたら、ボクに教えてね!

 友達の事を詳しく知る事で、友情メーターは精密になるからね!」


 喜ぶ二人を、シャンギーゼが満面の笑みで手を叩いて祝福をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る