逸話 第壱『来訪者』
十年振りの再会
初めまして、闇夜と申します。
お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう。
ワタシの元にやってきた田崎 夏生の話は、ひとまずこれで終いにしましょう。
彼との話をしていたらキリがありません。他にも話したいことがあります。
ワタシは、一人でいる時間が圧倒的に多いです。
孤独である時が、一番気楽なのです。
しかし人の世に存在する限り、他者との関わりは時には避けられません。面倒だと思いつつも関わらざるおえない。
ワタシは自分勝手な性格ですから、好感を抱いた者には接しますが、微かでも不快に感じた人物とは一切関わろうとしません。
そしてワタシが気に入る人間は、ごくわずかです。
ワタシが好意を抱いた一握りの内、とある一人の女性の話でもしましょうか。
彼女の名前は、
ワタシとは中学時代の同級生になります。
彼女は傍から客観的に見ても、その美貌はクラス一際立っていました。
しかし自分に自信がなく、いつも一人でいました。
いつも文庫本に目を落として俯いている横顔は寂しげで……その哀愁が彼女へ上塗りして……せっかくの魅力が霞んでいました。
ワタシと彼女は、シェイクスピアの作品を共通して親しくなりました。
今でも、つい昨日のように思い出せます。美和子との楽しいやり取りは……。
「四大悲劇はご存知ですか?」
「うん? 三大悲劇じゃなかったっけ?
『ロミオとジュリエット』『リア王』『ハムレット』の三作品じゃあ?」
「いいえ、1599年頃にシェイクスピアが失恋を機に喜劇から悲劇へ移行してから描かれた物で代表作は『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』の四作品です。
『ロミオとジュリエット』も悲劇ですが……ラブロマンスが濃く出ていてワタシの好みではありません。それよりも『リア王』の方が好きですね」
「そう? でも『リア王』は、救いが無いじゃない! 気性の荒い国王と末娘がようやく親子の絆を取り戻したと思ったら二人とも死んでしまう……」
「それゆえの悲劇ですよ、美和子」
「わかってるけれど……」
「リア王が、長女と次女の上辺だけの美辞麗句だけを真に受け、純粋な末娘コーディリアの心からの言葉を勘違いして勘当などしなければ……そもそもこんな事にはならかったのですから。自業自得としかいいようがありませんよ」
「で、でも! 最後には己の行いを悔いてるじゃない!」
「本当に最後……娘の亡骸を、その手で抱いた時に……後悔先に立たずですよ」
いつもワタシの方の意見に押されて、何も言えなくなってしまう美和子。
ですのでシェイクスピア論争は頃合いで止め、他愛も無い世間話に落ち着くのです。昼休みも放課後も……時間を忘れて会話を楽しめました。
しかし、彼女と共に居られたのは僅か約2年ほど。
ワタシは、高等部に進級してからすぐに転校してしまったので……元の学校に留まった美和子とは、それっきり疎遠になってしまいました。
そんな彼女から、約十年後に連絡の電話がありました。
『もしもし……私、館花 美和子です』
「美和子?」
『聖童学園の中等部で一緒だった……Dクラスの』
「シェイクスピアが愛読書だった?」
『えっ!? あ……あぁ、はい!』
「お久しぶりですね、美和子」
思い出話に花を咲かせ、充分和んだ頃に……彼女は言いました。
『近いうちに会わない?』
「……ありがたい御誘いですが、美和子。
私は中学時代の頃と随分、変わっていますから」
『そうかな? 闇夜の話は昔と変わらず楽しいよ?』
「………………」
『もちろん、無理にとは言わないよ? ただ、私……』
「美和子……もし、本当に伺っても宜しいのならば」
『うん!』
「ありがとうございます、美和子」
ワタシも、美和子に会いたかったのです。旧交を温めたかったのです。孤独を愛していたワタシに、どうしてそんな想いが湧き立ったのか、わかりません。
ただ彼女の声を聞いて、胸が締め付けられるような懐かしさを覚えて……。
胸が苦しくて、その苦しみから逃れたくて口走った言葉のように思います。
後日、招待状が届きました。個人が幹部で開催する同窓会の招待状。
ワタシは、その招待状に記された日時に従い、集合場所に向かいました。
≪聖童学園第24期 卒業生主催同窓会≫
大層な看板が出入り口の大きな扉に出ていた。
都内有数のホテル、VIPもよく利用するホテル……聖童学園の卒業生が支配人だとか、それでスウィートルームを今夜の同窓会の為に貸し切りにしているだとか。
だが豪華絢爛な装飾が施された大広間に、集まったのは半数だけ。
白いテーブルクロスが敷かれた上に御馳走が隙間なく乗せられている。
しかし、お酒が入ったグラスを片手に、お喋りに夢中で一向に御馳走は減らない。
「ここまで集まらない?」
「皆、仕事が忙しいんだってさ」
「男女別人気者No.1の二人の声掛けでも、ここまで集まらない?」
「何度も繰り返すなよ、純也! こっちまで気が滅入るじゃないか!」
今度は、
「何だよ、輝明! 親友に対してぞんざい過ぎるだろうがー!」
純也は倍ぐらいにしてやり返す。そして始まる、じゃれあい。
この場にいる者は、時を遡り……同級生時代の頃へ精神年齢が若返っている。
新調したスーツを着た男二人が、子犬のようにじゃれあっていた。そんな和やかな光景を、華やかな美貌に花を添えるような大人びたドレスを着ている荒樹 奈々が見ている。人は少ないけれど、各自好きな事をして楽しんでいた。
その雰囲気を、ぶち壊すような存在が入って来た。
顔を白い仮面で隠して、漆黒のフードつきのマントを着た……奇怪な存在が。
「お客様……!」
受付の女性がワタシの姿を見てギョッとしていていました。
ワタシは無言で招待状を差し出しました。
「えっ? あ、あの……はい」
本物であると確かめると、女性はぎこちない笑みを浮かべました。
「こちらに、ご記入下さいませ」
帳簿には見覚えある名前が、いくつかありました。
ワタシは名前を迷うことなく書きました。≪闇夜≫と。
「あ、あのお客様!?」
女性の呼び止める声を無視して、ワタシは中へ入っていきました。
既に同窓会が始まってから一時間以上が過ぎており……皆、かなりお酒を召しているようでワタシなど見ても正常に判断出来ていないようでした。
ワタシは、誰かが風変わりな仮装をしているとでも思ったようです。
ケタケタ笑いながら、酔っぱらった同級生が絡んできました。
対応に窮していたら、冠婚葬祭どれにも使えるナチュラルなドレスを着ている館花 美和子がワタシを助け出してくれました。
「久し振り、闇夜。会えて嬉しいです」
シンプルなドレスは清楚な美和子に、とても似合っていて美しかったです。
この場にいる女性の中では、一番美しい女性だとワタシは思いました。
美和子の優しい微笑みに、ワタシは胸が高鳴りました。
彼女は大人しい娘ですが、時折見せるその笑顔は、一度見ただけで男女問わずして虜に出来るほどの魅力を持っていました。だからワタシの口から出た言葉は。
「素敵です、美和子」
そんな赤裸々な言葉を口に出してしまった事に、慌てていると。
「ありがとう、闇夜」
美和子はワタシの格好には触れませんでした。
彼女に誘われて、やって来た一卓のテーブル。そこにいる三人の男女。
三人は、ワタシを見て一瞬、顔を強張らせていました。
「……輝明?」
ワタシは一人の青年を見据えて言いました。
「あ? あぁ……うん!? その声は……」
「中等部Dクラスで二年間、一緒にいました。闇夜です」
「闇夜!? な、何だよ、その格好は!?」
ワタシは人差し指を口元の前に立てました。
「良い歳した大人が、プロレスごっこをしているのも
輝明は、慌てて組み敷いていた青年の上からどけました。
「別にワタシの格好など、どうでもいいではありませんか」
「昔から……周囲の事に無関心な奴だなあ」
白川 輝明はワタシの事を思い出したようで、くすくす笑い出しました。
ワタシは赤ワインが注がれたグラスを片手で掴むと献杯をした。
「初めまして、闇夜と申します。
今宵の集まりに御招待頂きまして、身に余る光栄です」
「その他人行儀な話し方、どうにかならないのかよ?」
「お気になさらないで下さい、輝明。ワタシの悪癖です」
「まったく……」
打ち解け合う二人に対して、他の二人は怪訝な顔つきでした。
「ねえ、輝明。一体……誰?」
華やかな顔立ちをした女性が、眉間に皺を寄せて彼に問いました。
「あ、そうか。奈々や純也は知らないのか」
「別のクラスの人?」
「いや、闇夜は高等部に進級したらすぐに転校しちまったから」
「転校? そ、それじゃあ、この同窓会には……!」
卒業生を主旨に集めているので、二人は驚いたようでした。
「俺が個人的に会いたくなったんだよ!
まさか本当に来てくれるなんて思っていなかった……だから少し嬉しいんだ」
「ちょっと、輝明!」
奈々と呼ばれた彼女が輝明の袖を引っ張ってテーブルの端に向かう。
「もしかしてあの人、女の人なの?」
「奈々、どうしてそういう話になるんだよ。
僕が女性と口を聞くとすぐに疑うクセ、治ったんじゃなかったのかよ」
「それは……って! やっぱり!」
「闇夜は違う! 女と決めつけるのやめろって!
とにかく変わった奴だけれど、良い奴だから……」
「大体、同窓会に呼ぶんだったら、どうして幹事である私に一言無いのよ!?」
「奈々に言ったら……気にすると思って」
「やっぱり!」
「だから! 館花 美和子と闇夜は、親友同士だったんだよ!
だから、呼んだんだよ。わかるだろう、奈々……」
その言葉に奈々は、唇を噛みしめて小さく頷きました。
「……わかったわよ」
輝明は奈々の頭を優しく撫でると足早にワタシともう一人の男……倉田 純也のところへ戻ってきました。純也は、ワタシの格好に早々に慣れたようでした。
ワタシともすぐに打ち解ける事に成功しました。
「その格好で、ここまで来るのは大変だっただろう?」
「いいえ」
「だって人目につくだろう、その格好は」
「つきますね」
「わかってたんかい! よく外に出て来れたなぁ!」
「感心しているのですか? それとも小馬鹿にしているのですか?」
「馬鹿になんかしてねえよ!? 感心だよ、感心!」
「そうですか」
純也が調子者である事は、すぐにわかりました。
ムードメーカーと呼ぶには至らない……誰かが起こした楽しいイベントに、ちゃっかり乗っかっている男……正直に言えば、関わりたくない存在でした。
こういう周りの熱気に軽く乗っかる者には、ついていけない。
けれども嫌いだと思った存在を完全拒絶する、そんな子供じみた言動をする歳でもありません。世間的には、ワタシは酒も煙草も出来る成人ですから。
それなりの対応をすべきだと思い、ワタシは純也との会話を続けました。
そんなワタシ達の元に、輝明が奈々を連れて戻って来ました。
「闇夜、紹介しよう。彼女は荒樹 奈々、高等部で一緒だったんだ」
「初めましてアンヤさん……あの、どういう字を書くんですか?」
奈々は、キラキラ輝くライトブラウン色の長髪を指先でくるくると弄りながら言った。美和子とは対照的な華やかな顔立ち。世の男なら、すれ違ったら本能のまま振り返ってしまうだろう……魅力いっぱいの女性でした。
「
「よろしく」
純也と違って、まだワタシの格好に引いているようでした。
だからワタシは、こぢんまりと立っている美和子に視線を向けました。
彼女の手には何も持っていない。彼女はアルコールは飲めないのだろうか?
ならばソフトドリンクでも……そう思って給仕に声を掛けようとした時。
「闇夜」
「何ですか、輝明」
輝明は片手に持ったグラスの中に入った残りのビールを煽ると、空のグラスを給仕に押しつけて笑いながら言いました。
「せっかく集まったんだ。思い出話に花を咲かそうじゃないか!」
「……ええ」
ワタシが美和子に視線を向けると、彼女は微笑みながら首を横に振りました。
「私の事は気にしないで」
「中学時代……僕と闇夜は、すんごく仲悪かったよな!」
輝明の言葉に、純也も奈々も驚いた様子で彼を見ました。
「本当かよ!? とてもそんな風には見えなかったぜ?」
「あぁ、まあ…………お子様だったんだよ」
輝明は恥ずかしい過去を思い出した照れを誤魔化す為に笑いを浮かべました。
その優しげな眼差しはワタシを通り越して、中学時代に思いを馳せているようでした。そんな彼の横顔を微笑みながら美和子は見つめていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます