学生時代の思い出

 中学時代……ワタシが美和子と仲良くなってから、ちょうど二週間後……。

 とある昼休み、白川 輝明が怖い顔でワタシに詰め寄って来ました。


「みわちゃ……じゃなかった。館花に何で付き纏うんだよ!」

「美和子の事ですか?」

「あぁ、そうだよ! ……って、なんで呼び捨てにしてるんだよ!?」

「いけませんか? 美和子は喜んでくれたのですが」

「……あぁ!?」


 ワタシは何故か憤慨している輝明に、全く恐怖は抱いてませんでした。

 それは美和子から彼に関しての話は沢山聞かされていましたから。


「それで、輝明。何か誤解しているようですが」

「僕まで呼び捨てにするな!!」

「それでは白川さん。誤解を解いておきましょうか。

 ワタシは、館花 美和子さんに付き纏ってなどいません。

 とても健全な交友関係だと、ワタシは思いますが?」

「僕は思ってない!!」

「……どうして、そのような認識になってしまったのか、理解出来ません。

 輝明、僭越ながらお教え頂けませんか? 今後の参考に」

「なっ……!」


 煽ったつもりは、ありませんでした。

 本心から言った他意の無い言葉だったのですが……当時の輝明は挑発と捉えたようでした。 怒りで完全に我を忘れた輝明は、ワタシの胸倉を掴みました。

 そこへ――――。


「な、何をしてるの! 輝明君!!」


 美和子がワタシ達へ駆け込んで来て、輝明の利き腕にしがみ付きました。


「み……美和子!?」

「闇夜を放して! 放してぇええええぇえええ!!」


 彼女の口から出た絶叫にクラス中が静まり返り、輝明は手を離しました。

 ワタシは、胸元を整えると教室を出て行こうとしました。


「ま、待って闇夜!」

「やめろ!!」


 ワタシを追いかけようとした美和子を、輝明が鋭く呼び止めました。


「あんな変な奴と関わるなよ!」

「ひ、酷いよ、輝明君! 闇夜に、あんなっ……ひどい、こと……!」


 ワタシが記憶にあるのは、ここまでです――――。



 回想が途切れたところで……輝明はグラスを片手に話し始めました。


「従妹の……館花 美和子の口から闇夜の名前が出て、楽しげに話している彼女を見て訳わかんない感情が喚起されて、闇夜に掴みかかった事があるよ」

「ちょうど、その事を思い出していました」


 ワタシが素直に打ち明けると、輝明は自嘲的な笑みを浮かべました。


「闇夜は、昔から変わっていた。趣味が偏っていて……オカルトとか黒魔術とかそういう本ばかり読みふけって、生徒も教師も誰とも口を利かず関わらず……。

 だから、いきなり……館花にベッタリになったから、何だか不気味に思えて」

「そう、思っていたのですか。

 敵意丸出しで胸倉掴んだ意味が、ようやくわかりました」


 可愛い従妹が他の人間と親しげに話しているのを見て……輝明は嫉妬したのでしょう。普通のクラスメートだったなら、まだ感情制限が出来たはずです。

 けれども、傍から見てうさんくさい趣味に没頭しているワタシと親しくなる事は許せなかった。彼は、何としてでも付き合いを止めさせたかったのでしょう。

 あの騒動の後……昼休みいっぱいまで図書室で悠々と過ごして教室に戻ったら美和子は泣いていて、輝明は恨みがましい眼差しで睨まれて……。


「ワタシよりも美和子が一番、ショックを受けていました」

「館花が、あの後……珍しく怒って僕に面と向かって言い放った。

 『闇夜は私の大切な友達なの!

  一方的な偏見で、あんな八つ当たりみたいな真似、最低だよ!』

 彼女と喧嘩したのは、それが最初で最後だったなぁ。

 いつも大人しくて……自己主張しなくて、僕の後ろをついて回っていた」


 美和子に視線を移すと、彼女は視線を床に落としていました。


「聖童学園を卒業した後、一緒の大学に入ったんだ。 

 従兄妹だからな、幼稚園児時代から……ずっと一緒にいたんだ」

「可愛い従妹を横取りしたつもりは、毛頭もなかったのですが」

「……今更だが、悪かった。あの頃は意味なく毛嫌いしていたんだ。

 今は、そんな事思ってないからな!? 全然! これっぽっちも!」

「フフフ……同窓会の招待状を送ってくれた件でチャラにしたつもりですが」


 その言葉に輝明は、一番の笑顔を見せてくれました。


「美和子ちゃんと仲良かったんだなぁ」


 ぽつりと純也が言いました。


「従兄妹だからな」


 そっけなく輝明が繰り返すと、純也はニヤリと笑って首に腕を回しました。


「あー? 大学の入学式のときにさあ、美和子ちゃんに告白したんだろ!

 大親友の俺にまでギリギリ隠しやがって、この野郎!」

「やめっ、やめろ! 何だよ、いきなりぃ!」


 ワタシは美和子を驚いて見てしました。


「交際しているのですね」


 美和子に訊いたつもりだったのですが、何故か純也が答えました。


「荒樹とな! ちくしょー! クラスの美少女、総嘗めしやがってー!

 お前、分けろ! 俺に分けろよ、その魅力!!」

「つまり……今は奈々と輝明が、付き合っているですか?」


 苦しんでいる輝明は、置いておいてワタシは奈々を見ました。

 彼女は、いきなり話題が自分に振られて戸惑っているみたいでした。


「奈々? 大丈夫ですか?」

「えっ? あ、大丈夫ですよ。闇夜さん」

「呼び捨てで構いませんよ、奈々」

「あ、はい……」


 奈々の見た事ない憂いを帯びた顔に、輝明も純也も困惑したように顔を見合わせました。


「私も昔の事を思い出して……この際だから私も懺悔をしようかな。

 でも、それを聞いたら輝明と倉田くん……闇夜も、私を軽蔑するかもね」

「懺悔ぇ?」


 純也の変な声を上げたのを無視して、ワタシは奈々に向き直りました。


「懺悔は、主の元で行わなければなりません。この場合は、告解ですね」

「何でもいいわ。私は、これから罪を告白するんだから」


 奈々は何度かの深呼吸の後、ゆっくりと己の犯した罪を語り始めました。



 

 自分が器量よし……つまり、美少女の類いに入る事を自覚したのは、いつからだろうか? 私は可愛いのだと自覚したのは、物心がついた頃のはず。


 両親は、私を取り囲んで可愛い可愛いと口癖のように言葉に出していた。

 そして周囲の人間も両親が喜んで買い与えたブランド服を着た私を見て、可愛いと言った。だから言葉通りに私は可愛いのだと、一種の刷り込みが施されていた。


 聖童学園付属の幼稚園から、小等部に上がると……さらに自覚した。

 同じクラスになった女子は、まるで私をアイドルのように持て囃した。

 女子と比べて精神の成長が遅い男子は、私の事を遠目で見て顔を赤らめていた。


 幼い頃から、私は自惚れていたと思う。


 年を重ねれば、私が成長する。それと必然に対応は変わってくる。

 中等部では、遠まわしなラブレターや特攻隊のような呼び出し告白が度々あった。けれども、他に気になる人がいた私は全て断っていた。

 初恋の相手は……部活の先輩。

 けれども、彼には既に恋人がいたから諦めざるおえなかった。

 その事実を知った日は、先輩の付き合っていた女よりも私の方が可愛くて相応しいのにと一晩泣き明かした。

 先輩以上の男子は周囲にいなくて、恋人は進級までいなかった。


 そして更に高等部に上がって……私は再び恋をした。

 相手は、クラスメートの白川 輝明。でも彼は、いつも一人の女子と一緒にいた。


 その女子生徒は、館花 美和子。輝明の従妹だった。

 良くいえば大人しく従順……悪くいえば地味で根暗……。

 笑顔を浮かべれば可愛らしい女の子なのに……まあ、私には敵わないけれど。

 当時は、そう思っていたの。性格悪いでしょ?


 私は、持ち前の社交性を駆使して二人と仲良くなった。

 輝明の親友の倉田 純也とも仲良くなった。そしていつしか、四人で行動するのが当たり前になった。

 でも、輝明と二人っきりになる事が、なかなか出来なかった。


 いつも美和子が一緒にいたから。

 最初は、一女子生徒だと気にしないで友好的に接していた。

 時が経ち、恋心が募るにつれて、嫉妬が心内を浸蝕していった。

 何の取り柄も無いのに従妹というだけで、彼の傍にいる美和子が憎らしかった。


 いつか……彼が彼女を異性として認識するのではないか、と怖かった。


 自分の容姿には絶対的な自信があったが、とにかく輝明と美和子は一緒にいる時間が多かったから……いつか気持ちが向いてしまうのではないかと恐れた。

 私は、憎しみの心を必死に抑えつけた。輝明に嫌われたら終わりだから。


 でも……とある昼休み。

 男子達が集まって話しているのを偶然、聞いてしまったのだった。


「いーよなぁ? いっつも一緒にいて」

「もう付き合っているんじゃねえの!?」


 男子数人に囲まれて、輝明は辟易しているようだった。


「そういう関係じゃないんだってば」

「だって、いつも一緒にいるじゃんか。帰りも一緒だし」

「同じマンションに住んでいるんだ。帰り道だって必然的に一緒になるだろ」


 その返事で、私の事じゃなくて美和子の事を話している事に気付いた。


「僕と館花の親同士が仲が良いんだよ!

 それに従妹なんだしさ、仲良くするのは辺り前だろっ」

「……何、必死になってんだよ」

「お、お前達が、からかうからだろ!」


 しばらくじゃれつかれたり、小突かれたり……もみくちゃにされた輝明。

 私は、輝明の言葉が頭の中をグルグル回っていて思考が掻き回された。


『それに従妹なんだしさ、仲良くするのは辺り前だろっ』


 やっぱり、やっぱりやっぱりやっぱり、やっぱり!

 従妹という座。私では永遠に手に入れる事の出来ない関係。

 私が、どんなに努力しても努力しても届く事の無い居場所。

 そこに鎮座しているなんて、許せない!


 いや、いやいや! それよりも許せないのは、周囲から『付きあっている』と誤解されているということ! 私だって輝明と一緒にいるのに!

 クラスの女子の中で、異性として見られるに相応しいのは私のはずなのに!

 あんな地味な子に横取りされた。あんな根暗で存在の薄い子が私が求めている

≪恋人≫という地位に、一歩近い場所にいるなんて……許せない!!


 彼の近くにいて、彼を独占して、彼を自分のものにする気なの?

 だったら、私にも考えがある――――。


 数日後……数人の女子による美和子への嫌がらせが始まった。

 女子特有の陰湿な嫌がらせだった。美和子は、私へ相談して来た。

 『従兄である輝明に余計な心配をさせたくないので、絶対に内緒にして欲しい』と言って。良い子ぶるなと内心では憎みながら、表面では上辺だけの慰めの言葉を並べ立てながら微笑を浮かべていた。

 美和子は、私が女子を焚きつけた首謀者だと知らなかっただろう。


 どうやって女子を焚きつけたかは、簡単だった。


 白川 輝明には、私以外にも憧れている女子がクラスには数多く存在した。

 なので輝明の話を聞きに来た女子達に、私は上級生に憧れているデマを流して美和子の実態を悪質に脚色して伝えたのだ。ストレートではなく、相手が勝手に悪く捉えられるように……輝明を想う女子なら誰でも憎しみを覚えるような……小さな小さな棘付きの話を振りまいたのだった。


 女子が、共通の敵が出来ると有り得ないくらい団結する事を知った。

 ……まるで罪悪感の無い楽しい事をするかのように、美和子の私物を隠したり捨てたり、美和子に対する根も葉もない噂や、これでもかというくらいの悪口を彼女に聞こえる範囲で話したり……。


 当時は私も楽しんでいたけれども、今思えば残酷な事をしたと思う。


「どうして、こうなってしまったのか……わからないの」


 そう蚊の鳴くような声で呟いて俯いた美和子の顔から、一切の希望が失われて生気がなかった。それを私は内心嘲笑っていた、


「もしかしたら……これは、本当に仮定の話として聞いて欲しいんだけれど。

 もしかしたら、美和子は彼女達を無意識の内に傷付けていたのかもしれない」

「そんな、私!」

「わかってる! 美和子には、そんなつもりは無かったのかもしれない。

 ……きっと何か誤解しているんだよ。その内、収まるだろうから……ね?」


 私の安易な言葉に、美和子は小さく頷くしか出来なかった。

 嫌がらせが始まって一週間もしたら、美和子は、輝明と一緒に帰らなくなった。

 昼休みになると、図書室へ逃げ込んで一緒にいる時間を極力減らすようになった。多分、暗い顔をしているのを輝明に悟られて、あれこれ話を聞かれたくないから距離を置く様にしたのだと思う。


 ある日、私は輝明と一緒に帰ることが出来た。


「美和子の事、気にかけてくれているみたいで……ありがとう」

「当たり前じゃない、友逹なんだから」


 自分でも白々しいと思った。


「僕の両親が、めちゃくちゃ心配しててさ。

 美和子、学校に行きたくないって言ったみたいでね」

「そ、そうなの……?」


 彼女が学校に来なかったら……こうして一緒に帰る事も頻繁に出来るかもしれない。私は輝明の話半分で、望ましい未来を想像していた。


「――――でも、荒樹がいるから」

「えっ?」


 自分の名前を呼ばれて、私は意識を彼に向け直した。


「いや、美和子が言ったんだ。『奈々ちゃんがいるから、私は頑張れる』って。

 『どんなに意地悪されても私には輝明君と奈々ちゃん、そして純也君の三人が

 いるから、まだ頑張れる。まだまだ学校に行けるよ』……そう言ったって」

「あ……あぁ、そう……?」

「なあ、荒樹。これから美和子の所に一緒に行かないか?

 僕だけよりも、荒樹も一緒の方が良いと思うんだ。何か予定とか……?」

「う、うん……大丈夫。行けるよ」


 私は自動的に答えていた。

 輝明と一緒に美和子の自宅まで行った事で、私は良心の呵責に苛まれた。

 でも今更、嫌がらせはやめてなんて言えるはずもなく……結局、女子達が飽き自然消失するのを待つしか無かった。自業自得だけれども、とても苦しかった。


 せめてもの罪滅ぼしは……毎日一緒に登校したり、一緒に下校して今度は本心から慰めの言葉をかけてあげる事だと思った。

 それは、云われるまでもなく自己満足以外の何物でもなかった。


 今まで私は打ち明けられずにいたんだから。

 本当は全て打ち明けて、謝罪すべきだった。これが本当の償いなんだから。

 ……もう遅いのは重々承知よ。私は楽になりたいなんて思わない。

 この罪は打ち明けても、手放したりしない。ずっと背負っていく。

 それが、私への罰だと思うから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る