第六話 狂信ファン

前半

 初めまして、闇夜と申します。

 お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう。


 今日は、どのような怖い話を御所望ですか?

 ワタシ自身が体験した怖い話?

 ワタシは、もう長い間から怖いと感じた事がないのですが……そうですね。

 数年前の話ですが構いませんか? 夏生が、ちょうど高校生の頃ですね。

 ワタシの元に、とある女性がやって来たのです。

 彼女は、同人漫画家だと言っていました。




「初めまして、闇夜と申します。

 お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう」

「初めまして、闇夜さん!」


 綺麗な長い黒髪を伸ばした、小柄な女性が右手を差し出してきたので握手をしました。小さな手で、ワタシの手を握ると両手で包んで上下に振りました。


「きゃー! ずっと、お話したかったです! 対面出来て嬉しいです!」

「それは光栄です……ワタシの事は呼び捨ても構いませんよ」


 彼女は、ペンネームを名乗りました。


黒羽くろばね 未来みくといいます」

「未来ですね」

「はい!」

「今日は、お話を聞かせて頂けるのですよね?」


 未来は微笑を浮かべながら、黒髪を耳に掻き上げました。


「はい。闇夜は、私の作品……ご存知ないですよね?」

「申し訳ありません」

「≪吸血鬼レンの嘲笑≫という、ホラー漫画を描いているんですけれど。

 簡潔にあらすじを説明すると……美形の男性吸血鬼レンが、人間の女を魅了する話です。人間の女達はレンに夢中になるのですけれど、吸血鬼のレンからすれば相手は単なる餌……でしかないわけで。

 最終的には女性達はレンに恋い焦がれたまま、非業な死を遂げてしまう」

「レンが本能のまま、女性達を殺してしまうのですか?」

「いえ、レンは手を下しません! 女達が勝手に自滅していくんです!」

「なるほど……種族が違うと恋愛も実らないのですね」

「主人公のレンを気に入ってくれるファンの皆さんが多くて、同人誌としてコミケに出す事が出来て……あっ、コミケってわかります?」

「コミックマーケットでしたか? 同人誌即売会ですよね?」

「はい! 行った事、ありますか?」

「いいえ。人混みは嫌いなもので」

「そうですか……、確かに人は多いけれど、面白いですよ!」

「それで吸血鬼レンとは、どういう姿をしているのですか?」

「あ、これです。はい」


 彼女は一冊の同人誌を差し出してきました。

 表紙には美麗な顔立ちをした銀髪紅眼の吸血鬼が、人を見下すような眼差しで嘲笑を顔に浮かべていました。彼は黒いフードつきのマントを被っていました。


「お気付きですか? 実は、闇夜をモデルにしたんです! 一目瞭然ですよね!

 偶然、街で見かけて……どういう人なのか調べたら、結構な有名人ですね!

 オカルトマニアからは、心酔されているじゃないですか!」

「そうですか?」

「吸血鬼レンのモデルだから、いつか会って話をしたいと思いました!

 それにしても声が、本当に素敵ですねぇ。

 レンの声に似合うというか……本当に今日うれしいです!」


 そう言って、また手を伸ばしてきました。ワタシは手を握りました。

 彼女は両手首にお洒落な赤いリストバンドをしていました。


「綺麗な指をしてますね、闇夜……」

「どうも、ありがとうございます。お茶を淹れましょうか」

「お茶?」

「紅茶は飲めますか?」


 次の瞬間、未来は両手で頬を押さえて叫びました。


「えー!? 紅茶ですかぁ!?」

「苦手ですか?」

「とんでもない、大好きです! あの、レンも紅茶派なんですよ!」

「そうですか……面白い符合ですね」


 アンティーク調のティーセットを見ると彼女は、また興奮し始めました。

 興奮が醒めるのには、ティーポットが空になるまでの時間が掛かりました。

 落ち着いてからは……さすがにはしゃぎ過ぎたと思ったのか、彼女はカップを持ちながら頭を下げました。


「ごめんなさい、お話すると言ったのに前置きが長くなってしまって」

「いいえ。お気になさらないで下さい」


 黒羽 未来はソファーに座り直すと、ようやく本題を話し始めました。


「作家にとって、ファンがいるというのは嬉しい限りです。

 自分が生み出したキャラクターを愛してくれるのも、嬉しいです。

 私のレンが、多くの女性に愛されるのは……嬉しいです」


 そこで未来は小さく溜息を吐いた。


「ただ所詮、レンは架空の存在。

 どんなに愛しても無意味なのに、本気で愛してしまった女性がいるんです。

 彼女の名前は……≪ムラサキ≫としときます。

 さすがに実名は、あの……色々ありますからね」

「ムラサキ……作品に出てくる女性の名前でしょうか?」

「えっ! 何でわかったんですか!? そうなんです。

 ムラサキは……レンの四番目の犠牲者の名前から取った名前です。

 その女性の名前は、紫藤しどう 千琴ちこと――――吸血鬼レンに愛を説いた女性。

 そして……レンが唯一、気に入った相手。

 だから……あぁ、いや。名前はいいんです。どうでも!

 彼女は、ムラサキは毎日欠かさずファンレターを送って来るんです。

 本当に、毎日一日たりとも欠かさず、です。

 紫色のゴシック調の便箋と漆黒のフェルト製の封筒に血のように真っ赤な封蝋風のシール。レンの好みに合わせて選んだもの、だそうです。

 ムラサキは何もかも徹底していました。

 最初は、私も純粋に喜んでいたんです。レンへのラブレターなら他のファンからも届いていましたし……でもムラサキは、常軌を逸脱していきました」


 恐怖を思い出したのか、両手で肩を抱く未来。


「未来、大丈夫ですか?」


 ワタシの問いに彼女は頷いてから、深呼吸をした後……饒舌に語りました。


「最初は、普通だったんです。だから他の方に返すようにサインとレンの似顔絵を描いて……一言二言、レンとして言葉を返しました。

 『わざわざ、ご苦労だったな』とか『無駄な手間暇を掛けて』とか。

 ……キャラがキャラなもので上から目線の言葉しか返せなくて。

 でも、そういう性格だと割り切ってくれて喜んでくれる人が多いんですよ。

 そうしたら……『レンから返事が来た!』と毎日のようにムラサキから手紙が届くようになってしまって。それで次第に内容が過激になっていってしまって。

 レンと恋人になった時の妄想というか、何というか……そういうのとか。


 『レンの彼女になったらどんな事でもしてあげるからね』

 『レンが望むなら、レンの為なら血でも何でもあげるからね』

 『レンと付き合えるなら死んでもいい。

  というか、付き合えないなら生きていても仕方がないの』


 ……そんな感じで、どんどんおかしな方向へいってしまって。

もう、返事なんか迂闊うかつに書ける状態じゃなくなって。

 返事を送らなくなっても、ムラサキからの手紙は続いて……それが、だんだん恨みがましい内容になって。


 『どうして返事をくれないの?』『レンは私の事が嫌いになったの?』

 『他に好きな人が出来たの?』『でもレンの本当の恋人は私だけでしょ?』  

 『これ以上無視されたら寂しすぎて死んじゃうよ』


 ……そのうち押し掛けも時間の問題じゃないかと思って引越しをしたんです。

二ヶ月ほど黒い封筒を見なくなって……何かスッキリした気分になって。

 あのファンレターが、かなりのストレスになっていたんだなと自覚しました。

 心機一転のお陰で滞りがちだった作品の方も進んで、夏コミに出せたんです。

 ≪吸血鬼レンの嘲笑≫第三巻も完成して、良かったぁ……と胸を撫で下ろしていたんです。問題は解決したと、思い込んでしまった。ムラサキを舐めていたんです。

 あれだけ熱心なファンが新作を見逃すはずないですから。

 夏コミの会場まで来るはずだって。あの時、完全に油断していました。

 会場で売る時、一人だと手が回らないので毎回決まった友人達を手伝いで呼んでいたんです。でもその日は、急なドタキャンで人数が足りなくなって。

 友人は助っ人として女の子を行かせたと言うので待っていたら、会場に三人の女の子がやって来て……疑いもしないで手伝って貰いました。

 女の子達の内の一人……私と年が変わらない一人の子から


 『お引越しされたって立花たちばなさんから聞きました。大変ですね』


 そう言われて……立花は、ドタキャンした友人です。

 彼には引越しの経緯は話してあったので、私は頷きました。彼女は続けて


 『この前、ファンレターを出したら戻って来てしまって……。

  立花さんから引越しの話を聞いて住所もきいたんですけれど、メモした紙を

 うっかり無くしてしまって、お手数ですけれど住所教えて貰えませんか?』


 私は彼女に住所を教えてしまったんです!

 夏コミが終わってから改めて……立花にその話をしたら顔色が変わったので、どうしたのかと聞いたら頼んだ女の子の数は三人じゃなくて二人だと。

 そして私が住所を教えた女の子の事は、全く知らないと言われました。

 間もなくして……ムラサキから、またファンレターが届くようになりました」


 黒羽 未来は、そう言って頭を抱えました。


「大丈夫ですか? 少し休憩しましょう」


 ワタシがそう言って紅茶のおかわりを持ってこようと席を経ちました。


「――――優しいですね」


 未来は、そう言いつつ顔を上げて微笑みました。


「闇夜なら全てを話せるような気がします。

 闇夜なら全てを受け入れて貰える……そう思います」


 背中に視線を感じながら、ワタシはティーセットを持って奥へ向かいました。

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