第7話 尾張で恋のバトルが始まった?

 一行は20数名。大王は今回の旅にも、少ない兵しか与えてくれなかった。それでも、一行は意気揚々と進んだ。

 輿が二つ準備された。三殊とオトタチバナヒメの分。途中のクニで担ぎ手を雇った。今回の旅程は、熊襲の時の様なタイムリミットがある訳ではない。それぞれの歩行速度に合わせて進んでくれた。そのおかげで、八真斗でもついて行く事ができた。そして日々鍛えられ、ついて行くのも、それほど苦ではなくなってきた。

 野宿にもなんとか慣れてきた。その日は伊勢を出発してから、初めて天気の良い日で、空の星が良く見えた。

「プラネタリウムみたいやな。星が落っこちてきそうや」

街灯もない、空気も澄んでいるこの世界は天体観測に適している。三殊は感嘆の声をあげた。

「そやなぁ。あっ、あれ、オリオン座やんか? って事は、北に、北斗七星があるはずやけど。冬の星座って、それくらいしかわからんし……あれ、よくわからんな」

丈琉はムキになって星座を探した。

「星がいっぱい見えすぎて、かえって、わかりずらいんや。あっ。あれやないか」

八真斗が指さした。

「そうや。それっぽい。

 それにしても、すっげーな。1500年前も、星座は変わらんのか」

丈琉の言葉に3人は言葉を失い、夜空をながめていた。


「間もなく、尾張のクニです」

タケヒコが教えてくれた。

「尾張って、名古屋の事よね」

三殊が八真斗に確認した。

「そやな。俺ら、伊勢湾沿いに、ずっと歩いて来たんやな」

3人にしかわからない、地図の話だった。

 尾張にはタケヒコと2人の部下が、先陣として乗り込んだ。ほどなく尾張の国造という人を連れて、タケヒコが戻って来た。国造という役職が、そのクニを治めている。

「尾張の国造、オワリのオトヒコでございます。この度はヤマトタケルノミコト様をお迎えでき、感激しております。

 尾張はこれまで同様、大和に忠誠を誓ってまいります」

オトヒコは深々と頭を下げた。オウスは「うむ」と満足そうに、うなずいた。そしてオトヒコに案内され、尾張に入った。

「我が嫡男タケイナダネと、娘のミヤスヒメでございます。

 ヤマトタケルノミコト様がご滞在中、このミヤスヒメがお世話をさせていただきます」

紹介されたタケイナダネは、笑顔であたまをさげた。体格が良い。顔はこんがりと日焼けし、髪も焼けたのか茶色っぽく変色している。

(なんか、茶髪で日サロに通っとる、チャラ男みたいやな)

チャラチャラした男を毛嫌いしている三殊は、うさん臭そうに見ていた。

「タケイナダネでございます。

 ところで、ヤマトタケル様は、剣の名手と聞き及んでおります。ぜひ、吾に稽古をつけて下さい」

「なっ、何を突然。大変失礼いたしました」

オトヒコが慌てて、タケイナダネの腕を引っ張り、後ろにさげた。

「元気なやつじゃ。よし。後で吾の所に来るが良い」

オウスは快活に笑った。そこへミヤスヒメが、すすっと出てきた。

「ヤマトタケル様。お屋敷にご案内致します。どうぞ、剣をこちらに」

ミヤスヒメは顔が強ばり、手も震えている。

「いや。この剣は神剣。吾しか触れることはできぬ。

 それと、お気遣いは感謝するが、吾らに世話係は不要」

ミヤスヒメの顔が、一瞬で赤くなった。そして切れ長のつり上がった目で、オウスを恨めしそうに見た。

「屋敷への案内は頼む」

そう言って、オウスはスタスタと1人で歩きだした。ミヤスヒメは慌てて、そのあとを追いかけた。

「怖っ。今のヒメの顔。見たかよ」

丈琉が八真斗の肩をつついた。

「おお。蛇みたいやったな。ねちっこい感じがするなぁ。性格を表しとるんやろか。

 きっと、オウスのお世話、したかったんやろな」

「お世話って、なんのお世話や」

「知るか」

八真斗は丈琉の額に軽くデコピンを当て、三殊と歩いて行ってしまった。


 3人は高床式の屋敷に案内された。ひと部屋しかないこの家に、きょうだいとオトタチバナヒメがくつろいでいた。部屋の真ん中には囲炉裏があり、暖が取れるようになっていた。

 この日、宴会が開かれる事になっていた。それに呼ばれている丈琉が、出て行こうとしていた。

「タケ、宴会なんか行ったらあかん。ヤマもや。この時代の宴会って、節操ないんやもん。あんなふしだらなとこ、行ったらあかん」

三殊の大きな声が響いた。丈琉は苦笑いをした。

「俺は宴会に出るわけやないって。ミヤと警護に当たるんや。宴会の最中に攻め込まれたら、大変やろ。大丈夫。悪いことせんから」

そう言って、部屋を出て行った。

 丈琉と入れ代わりに、ナナツカハギが夕食を持ってきてくれた。三殊達の食事は、ナナツカハギが作ってくれていた。

「ナナっち。ありがと」

三殊にお礼を言われたナナツカハギだが、照れくさそうに苦笑いをした。三殊が呼びやすいようにと名付けた“ナナっち”というあだ名に、いつまでも慣れない。

 食事を終えて、三殊は寝転んで、手足を伸ばした。

「うーん。家っていいなぁ。野宿じゃ、ゆっくりできんもんね」

「そうですね」

オトタチバナヒメが口に手を当て、くすくすと笑った。

 三殊とオトタチバナヒメは、仲の良い友人になっていた。性格もかわいいオトタチバナヒメは、いつもニコニコして、楽しそうに話を聞いてくれる。15歳のヒメは、少し年の離れた妹の様だった。

 しかし三殊はオウスの妻としてふるまえるオトタチバナヒメを、羨ましく、時に妬ましく思うこともあった。仲良くしているオウスとオトタチバナヒメを見るにつけ、ひどく胸が痛む。

 “ヤマトタケル様から頂いた櫛”を見せてくれた時の、オトタチバナヒメの顔。三殊はそれが忘れられない。愛しそうに櫛を両手で持ち、微笑む姿は、天使に見えた。

(この2人。ホントに好きあっとるんやなぁ)

三殊は自分の気持ちに、気付かない振りをした。

「オトちゃんって、よくついてきたよね。こんなに厳しい旅なのに」

三殊は顔だけオトタチバナヒメに向けた。

「ヤマトタケル様と離れたくなかったんです。皇子様はこんな不器量な私を、妻にしてくださいました。私、皇子様がいなかったら、どうなっていたか。きっと生きてはいけないでしょう」

「オトちゃんが不器量って。美人の基準が違うんやな。だから私が美しいとか、そんな事言われるんや」

「いや。自分でそこまで言わんでも」

二人のやり取りには気にもとめず、オトタチバナヒメは話を続けた。

「でも、女の身で戦の旅に同行するなど、許されないことだと、ヤマトタケル様の正妃様にも、妃様にも怒られました。でも、私、おそばにいたかったのです」

三殊は飛び起きた。

「えっ? オウス君に正妃だの妃だのがおるの? こんなにかわいい奥さんがおるのに。どういう事?」

「皇子様ですし」

オトタチバナヒメは笑顔で答えた。

「皇子とか、関係ないやろ。オウス君にオトちゃん以外に、奥さんがおるって事が、信じられんのや」

「やっと、立ち直ったとこやったのにな」

八真斗が三殊の背中をポンポンと叩いた。

「みぃ。この時代、一夫多妻制やろ。それにオウスは皇族なんやから、側室とか当たり前やろ。昭和の時代でも、あったんや」

「多妻って、奥さんがいっぱいおるんか。そんなん、納得できんって。オトちゃん。オウス君に、奥さんがいっぱいおるの?」

「皇子様には正妃様と、4人の妃様がおられます」

「5人って事?」

「でも、人数で言えば、オシロワケの大王様には、10人以上おられるそうです。本当の人数は、わからない位です」

「10人って……」

三殊は唖然とした。

「へぇ。じゃ、子供もいっぱいおるんやろな。後継争いとか、激しいんやろか」

「お子様ですか。確か、80人位かと」

「80人…… 桁が違うって」

「うちのお父さんの、愛人1人に異母兄弟1人って、かわいいな」

三殊がため息交じりに言った。

「それって、現代社会じゃ問題や。みぃ。えらい寛大になったんやな」

八真斗が笑っていると、そこに丈琉が戻ってきた。

「オトヒメ。オウスは、あっちの大きな屋敷に行ったで。今、ミヤが来るから。送ってくれるって」

丈琉に声をかけられ、オトタチバナヒメは頬をほんのりと赤くして、小さくうなずいた。三殊はこんな時に、胸がズキンと痛む。

 丈琉は疲れたようにため息をついた。

「宴会はさ、なんなく終わったんやけど。あのヒメがさ、オウスにしつこく迫ってな。明らかに、オウスはひいとったのにな」

「おお。諦めていないんや」

「ミヤスヒメ様が、ヤマトタケル様をお慕いしているということですか」

丈琉と八真斗の会話を聞いて、オトタチバナヒメが話しかけた。

「いや。オウスはなびかなかったんやで。一方的にヒメが、言いよっていたんやからな。って、なんで俺が焦るんや」

丈琉は頭をかいた。

「ヤマトタケル様はあのように素晴らしい方ですもの。女の方がお慕いするのは、当然の事でしょう」

オトタチバナヒメは両手で頬をおさえた。

「はぁ」

3人は口をぽかんと開けた。

「ヤマトタケル様の素晴らしさを、わかっておられるのですね。ミヤスヒメ様とは是非、お話をしたいものです」

そこへ、ミヤトヒコが外から声をかけてきた。オトタチバナヒメはいそいそと外に出て行った。

「一夫多妻制って、怖いわ。思考回路が違う気がする」

三殊がつぶやいた。

「いや。尾張のヒメは、オトヒメみたいにのんきやないと思うけどな。あれは、狙った獲物は逃さないっていう、肉食系女子の目や」

八真斗が眼鏡を上げながら、つぶやいた。

「さすが。大勢の女子と付き合っとると、女を見る目に長けるんやな」

丈琉が言った。

「人を“たらし”みたいに言うな。俺、そんなに大勢と付き合っとらん。そりゃ、告られる事は多いけど、好きでもない女とは付き合わんから」

「それ、自慢かい」

丈琉は八真斗の肩を裏手で叩いて、笑った。


 尾張を発つ日。オトヒコはじめ、20人以上の見送りが集まった。オウスに心服したタケイナダネが、オウスに同行することになったのだ。

「タケイナダネよ。ヤマトタケル様の助けとなるよう、精進するのだ」

オトヒコは長男の身を心配しつつも、笑顔で送り出した。

「皆様。よろしくお願いいたします。

 美しいヒメ様がご一緒とは、うれしい限りです。殺伐とした世界の、太陽のようですな」

タケイナダネは三殊に近寄ったが、三殊は丈琉の後ろに隠れるように逃げた。タケイナダネは陽気に笑った。

(やっぱ、チャライと思ったんは、間違いやなかった)

三殊は細い目で、タケイナダネをにらんだ。

 満面の笑みのタケイナダネとは正反対に、ミヤスヒメは恨めしそうな顔をしている。切れ長のつり目を、さらにつり上げ、オトタチバナヒメをにらんでいた。



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