第6話 伊勢で伝説の剣と、出会ってしまった

 丈琉は川の中に座っていた。川幅が狭く、水量の少ない川だった。あたりはうっすらと明るい。

(真っ暗なトコで、スサノオと話していた気がするけど。あれは、夢なんやろか)

「ここ、どこ?」

三殊の声が聞こえた。隣で三殊と八真斗が座っていた。丈琉は立ち上がり、三殊の手を引いた。

「さっきまで、夜やったのに。急に昼間になったみたいやな」

八真斗も立ち上がりながら、つぶやいた。

「おお。ミコヒメ様、タケヒ、ヤマヒコ!」

「オ、ウ、ス……? オウスなんか?」

後ろから、男の声が聞こえ、振り返るとそこにはオウスと思われる、男の人が川の中で立っていた。

 しかし、ついさっきまで、一緒にいたオウスではない。背は高くなり、丈琉と視線が変わらない。肩幅は広く、胸板も厚くなっている。精悍な顔立ちに、うっすらとはやした髭。長い髪は後ろで1本に結ってある。縛り損ねた髪が、数本、顔にかかっている。呼びかけられた声は、変声期を終えた、男の声だった。変わっていないのは、あどけなさの残る笑顔と、まっすぐに見つめてくる、澄んだ瞳。

「その名で呼ばれたのは、久し振りじゃ」

「なんで、急に男らしくなったんや?」

「はて。急には変わってはおらぬが。それよりも、おぬしらの方が不思議じゃ。7年も経つのに、全く変わっておらん。その服も、天降川で消えた時と同じ物じゃ」

「7年?」

1オクターブ高くなった3人の声がそろった。

「俺ら、ほんのさっきまで、熊襲にいたんやで。今まで、天降川に入っていたんや。オウスだって、目の前にいたやんか。ああ、でも、そん時のオウス。まだちっちゃくて、幼かったな」

丈琉はすっかり混乱していた。

「7年の時を、超えたって事か。今度は先にすすんだんやな。

 オウスがあっという間に、大人になっとるからな」

八真斗は眼鏡の位置を中指で直した。。オウスは顎に手を当て、思案した。しばらくして大きくうなずいた。

「前回は時を遡ったと言っていたな。今度は、時を追い越したのか?

 7年前。おぬし達は吾の目の前から、急に消えてしまったのじゃ。忘れもせぬ。吾が天降川に吾が入った途端に、白い光の柱が現れ、その柱と共にいなくなったのじゃ。おぬし達は、突然現れたり、消えたりする。吾をどれほど驚かせたら気が済むのじゃ」

オウスは笑った。

「いや。俺らも、おんなじや。マジで驚く事ばっかや」

丈琉は頭を掻きながら笑った。

「つまり、おぬし達は、7年の時を飛び越えたという事か? 

 吾らは7年の時を過ごしてきたが、おぬし達は、ほんの少しの時間しか過ごしていないと。そういうことなのだな」

「多分な」

八真斗は黙ってうなずいた。


「さぶくないか。はよ、あがろ」

丈琉が三殊の手を引いた。三殊はハッと我に返ったようだ。

「た、確かにさぶっ」

両腕をさすりながら、川岸にあがった。

「あっ。手が、みんな光っとる」

丈琉は自分の手を見て、さっきのスサノオとの会話を思い出した。

(この光が、俺らを時間移動させるんか……)

 八真斗は周囲を見渡した。空は灰色の雲に覆われ、太陽もぼんやりとしている。小雪が舞ってきた。

 川の対岸には木々の茂る小高い丘がある。川原は石畳で作られた、階段がある。

「なんか、見たことあるような景色なんやけど。ここ、どこなんやろ」

「伊勢やないか」

丈琉は手を見つめながら言った。。

「そうや、この石畳。お伊勢さんや。丈琉、ようわかったな」

「いや。スサノオが『伊勢に行け』って言っとったんや。だから、もしかしたらって思っただけや」

「?」

三殊と八真斗の頭の上に、クエスチョンマークが浮かんだ。

「確かにここは伊勢じゃ。吾は、これから伊勢の斎宮、ヤマトヒメ様に会いに行くのじゃ。そのため、この五十鈴川で禊をしておった。

 おお、話をすれば、ヤマトヒメ様」

オウスが丈琉達の後ろに視線を移し、歩き出した。

 3人は振り向いた。石畳の階段を上った所に、女性が立っていた。30歳から40歳位。色白でぽっちゃりとしている。一重の細長の目で、大きな黒目だ。三殊が熊襲で着ていた服と同じも物だった。髪はアップに結い上げ、額には煌めく宝冠を付けていた。

 オウスはヤマトヒメの足元にひざまずいた。

「お久しぶりでございます。ヤマトヒメ様。お元気そうで何よりでございます」

そういって、頭を下げた。一瞬間を置き、顔を上げ、ヤマトヒメの顔を見た。

「ここにおりますは、吾が熊襲にいる時に出会った者です。タケヒ様、ヤマヒコ様、ミコヒメ様の3人の御きょうだいです」

ヤマトヒメは無表情に3人を見た。ヤマトヒメと目が合った3人は、慌てて頭を下げた。

「真名ではありませんね」

ヤマトヒメの静かな声が響いた。オウスは片膝をつき、頭を下げた。

「申し訳ございません。この者達の名は、吾が授けました。ヤマトヒメ様には、偽りの名など、通用いたしませぬ」

「いえ。それでいいのです。この者達の名は、ここで使わぬ方がいいのです。

 いいですね。真名はここでは名乗らないようにしてください」

ヤマトヒメは口元で笑みを作り、黒目がちの目で3人を見つめた。有無を言わせない、迫力があった。

「はい」

と、同時にうなずいた。

「ヤマトタケル。禊ぎも済みましたね。この後、正宮においでなさい。皆さまのご案内を頼みますよ」

そう言って、ヤマトヒメは振り返り、足音もたてずに歩いて行った。オウスは濡れた服を着替えるため、服が置かれた所に向かった。

「ヤマトヒメ様って、オウスの叔母さんって言ってよな。なんか、不思議な人やな。すべてを見透かす様な目やった」

八真斗がヤマトヒメの背中を目で追いながら言った。

「ホントにな。俺らの名前が違うって、なんでわかるんやろな。

 そうや。そういえばオウスって、“ヤマトタケル”って名前になったんだよな。ヤマトヒメ様、ヤマトタケルって、呼んでたな」

「俺らの名前が、オウスの名前になったって事だよな。なんか、あべこべな気がするけど」

「そう言えば。私ら、子供の頃、“3人合わせて、ヤマトタケルノミコト”って、言われた事があったな……。

 なぁ。やっぱり“ヤマトタケル”って、呼ばんといかんかな。八真斗と丈琉呼んでいるようで、妙な感じや」

「俺らなんか、自分の名前や」

丈琉はポリポリと頭をかいた。

 オウスに今の会話が聞こえたらしい。ニコニコしながら「オウスでよい」とさわやかに言ってきた。三殊はオウスの笑顔を見ながら、魂を抜かれた顔になっている。そして、八真斗に声を潜めて話しかけた。

「なぁ。7年経ったって事は、オウス君23歳になったって事やね。私と同じ年や」

(私って。俺らも同じやろ)

八真斗は嬉しそうに微笑んでいる三殊を見た。

(同じ年になって、嬉しいんやろか。そりゃそっか。ショタ一歩手前やったのが、年齢的には問題なくなったし。

 おまけに突然、たくましい男になって、綺麗な顔はそのままに現れたんや。ますます惚れてしまったやろな)

 そこへ、若い巫女が3人、衣装を持ってやって来た。ヤマトヒメ様の指示だと言った。3人はびしょ濡れで、血や土で汚れた服を脱ぎ、白い古代仕様の衣装に着替えた。丈琉と八真斗の服は、相変わらず寸足らず。三殊は巫女装束だった。

 着替え終わると、4人は正宮に向かって歩き出した。


 玉砂利が敷き詰められた道を歩いた。じゃりじゃりと音がする。

 正宮の前に来た。階段を上り、白い幕を3回くぐって中に入った。ヤマトヒメは祭壇の前に座っている。オウスときょうだいは横に並んで座った。オウスはあぐらをかき、3人は正座をした。背筋が自然に、ピンと伸びた。

 部屋の四方にも、白い布がかけられている。正面の祭壇も白い布で覆われている。壇には鏡や剣、たくさんの榊の枝が供えられていた。火の気のない、寒い部屋だ。鳥肌が立つような、身震いするような感覚に襲われた。しかしそれは単に寒いからではなく、神聖な部屋の、荘厳な空気のためではないかと、3人は思った。

「ヤマトタケルよ。そなたの活躍は、ここ伊勢まで届いています。今度は、東国に参られるそうですね」

「はい。オシロワケノ大王の命で、これから蝦夷えみしを治めに行ってまいります」

オウスは頭を下げたが、すぐに顔をあげた。そして体を前のめりにして、ヤマトヒメをじっと見据えた。

「吾は長い年月をかけ、熊襲と戦ってまいりました。しかし帰って来たと思えば、今度は蝦夷。

 大王には大勢の皇子がおります。なぜ、吾だけが危険な戦に行かねばならぬのでしょう。

 やはり、大王はオオウスとの事を。いや……」

オウスは言葉を飲み込んだ。唇をかみしめて、しばらく下を向いていたが、ヤマトヒメの視線に気が付き、顔を上げた。

「ヤマトタケルよ。そなたは天に選ばれし人間です。これまで、誰も成し得なかった事を、すべき人間なのです」

「あ、ありがとうございます。

 申し訳ありません。弱音を吐きました。

 必ずや、大和のクニを一つにまとめてみせます」

深々と頭を下げた。そして、今度は3人の方に向かって、座りなおした。そして床に両手をついて、ゆっくりと話しかけてきた。

「タケヒ、ヤマヒコ、ミコヒメ様。吾を助けてくだされ。蝦夷に、共に来てはいただけませんか。

 蝦夷は遠い、そして野蛮なクニです。ここは皆様の生きる時代ではない。危険を冒してまで来てくれとは、勝手な話であると、承知しております。しかし吾にはお三方が必要なのです」

必死に話をするオウスの肩に、隣に座っていた丈琉が手をかけた。

「俺な、さっき、スサノオと話したんや。もしかしたら夢かもしれんけど……」

「スサノオ様と!」

ヤマトヒメが身を乗り出した。

「はい。スサノオ……様が、言ったのは、俺らが時間を移動したんは、この光の力なんやって。3人の力が合わさった時に、時空を超えるんやって言とった。

 それともう1つ。俺とオウスは、スサノオの力を持っていて、お互いを引き寄せ合ったんやって。それで俺らは、ここに来たらしい。

 それで、俺、思ったんやけど。俺らが時間を超えるのには、オウスも関係しとるのかもしれん。

 だからな、俺達が元の世界に戻るためには、オウスと一緒にいた方がいいって、思ったんや」

オウスは目を輝かせて、丈琉の手を握った。

 ヤマトヒメがゆっくりと、語りかけた。

「タケヒ様。ありがとうございます。

 あなた方は、ヤマトタケルを救って下さいます。わたくしからのお願いです。どうか、ヤマトタケルの事、よろしく頼みます」

そう言って、ゆっくり頭を下げた。オウスも勢いよく頭を下げた。

「今更や。熊襲でも言ったけど、私達が頼れるのは、オウス君しかおらん」

三殊はオウスに手を差出し、笑顔で握手をかわした。


 ヤマトヒメがすくっと立ち上がり、祭壇から小さな革袋を持ってきた。オウスの前で両膝をつくと、その袋の長い革ひもをオウスの首にかけた。

「そなたに、これを授けます。困難が生じたときに、開きなさい。肌身離さず、持ち歩くのですよ」

オウスは袋を右手でつかみ、「ありがとうございます」と、頭をさげた。

「そうや」

丈琉が大きな声をあげた。皆の視線が集まった。

「ヤマトヒメ様。ここに、アマノムラクモノ剣ってありますか。スサノオの剣らしいんやけど」

「なぜ、それを」

「さっき、スサノオに言われたんです。その剣を、伊勢から出してほしいって。

 なんか、アマテラスの元におるのが、腹だたしいんやって、言っていました」

オウスとヤマトヒメは目を丸くして、聞いていてた。

「スサノオ様とアマテラス様は、仲がお悪いのでしょうか」

オウスが顎に手を当て、考え込んでいる。ヤマトヒメも胸に手を当て、試案顔になった。

「……スサノオ様は、剣をここから出してほしいと、それがお望みなのですね。

 わかりました。タケヒ様。わたくしと一緒に来ていただけますか。その剣には、わたくしは触れることすらできないのです。あなたは、きっと手にすることができるでしょう」

ヤマトヒメは音もなく立ち上がり、部屋を出た。丈琉はあわてて追いかけた。


 部屋を出て、すぐ扉があった。しめ縄がされてる。ヤマトヒメは胸の前に両手を重ね、目を閉じた。なにかぶつぶつと、つぶやいた。深々と頭を下げると、ゆっくりと扉を開けた。

 ずっと閉じられていたのか、のどを刺激する空気が漂ってきた。扉を開けるとすぐに祭壇があった。祭壇に、大きな剣が乗っている。ヤマトヒメは丈琉の目を見て、うなずいた。

 丈琉は右手で剣を持ち上げた。熱を感じたが、重さを感じない。ヤマトヒメは剣を軽々持ち上げる丈琉を、ゆっくりと息を吐きながら、見つめていた。


 部屋に戻った丈琉は、アマノムラクモノ剣を床に置いた。

「これは、使い手を選ぶ剣ですね」

ヤマトヒメが言った。

「うーん。赤い光があれば、剣を手にすることができるって、そんな事、言われたような気がするな」

丈琉は手を見つめた。

「タケヒ様。この剣の望みをかなえてやって下さい。あなたは剣を持つ事ができるのですから、どうぞその手に」

「いや。俺はいいって。オウス、これ、持ってくれんか」

「なに。吾が」

オウスは驚いて丈琉を見た。

「そや。だってオウスもスサノオの力があるんやから、この剣、持てるやろ。俺、剣はこれでいいって」

そう言って、腰の剣に触れた。

「そう言えば“日本武尊”って、なんか伝説の剣を持っていたような気がするな。なんだったっけ」

八真斗は眼鏡に手を当て、考え込んだ。

 その後ですぐに、八真斗ははっと息をのんだ。丈琉と三殊も“日本武尊”と、八真斗が言った言葉に反応した。3人は自然ににお互いの顔を見合わせていた。

 3人の態度の変化に、オウスは気が付かず、ゆっくりと立ち上がり剣を手に取った。左手で鞘を持ち、右手で剣を抜いた。両刃で中央が盛り上がり、厚みがある。刃の部分だけで1メートル近くある。鉄製の剣で、見た目は重そうに見える。しかしオウスは片手で、軽々と持った。腕を前に伸ばし、顔の正面に剣を持ってきた。まっすぐに剣を見つめる。剣は白い光を放った。

 3人は剣を掲げるオウスの姿に、言葉を失った。

(凛々しいって、こういう事言うんやろうか。男の俺でも、惚れそうや)

八真斗は溜息をついた。三殊は息をのんで見惚れている。さっきの気がかりも、今は忘れていた。

「おお、剣が喜んでおる。吾の心に、剣の心が響いてくるようじゃ」

オウスは剣を下から上まで、食い入るように見つめた。剣先まで見終えると、剣を鞘に納めた。そしてあぐらをかいて床に座り、平伏した。

「この剣。ありがたく頂戴いたします。これで、東国を平定してこようぞ。

 タケヒ。おぬしのお陰じゃ。感謝いたす」

丈琉に向き直ると、笑顔で礼を言った。

 その後、ヤマトヒメのお祓いを受け、正宮を出た。神宮の外で皆が待っているという。早速向かおうと、歩き始めたが、丈琉が突然足を止めた。

「ヤマトヒメ様。相談があります。ちょっと、いいですか。

 オウス。俺ら、後から行くから、先に行っててくれんか。すぐに追いかける」

ヤマトヒメはゆっくりとうなずいた。

「わかった。吾らはこの先の、五十鈴川を渡った、鳥居の所にいる。待っておるからな」

オウスはそう言うと、一人で歩いて行った。


「俺も、聞きたい事があったんや。もしかして、同じ事かもしれん」

八真斗がオウスの背中を見送りながら言った。

「うん。オウスの事や」

丈琉が答えた。そしてヤマトヒメの顔を見て、。

「ヤマトヒメ様。はっきりとは言ってなかったけど、俺達、先の時代、ずっと未来の世界から来たんです」

ヤマトヒメは静かにうなずいた。

「それで、俺らの時代には、昔の事が本だったり、言い伝えだったりで残っておるんです。もちろん、ヤマトタケルの事も。

 俺、歴史とかあんまりわからんのやけど。でも、はっきりとわかるのは、日本武尊のお墓が、能褒野にあるって事なんです。もしかしたら、オウスは能褒野で死んでしまうのかもしれん」

八真斗と三殊は目を閉じ、下を向いた。同じことに、気が付いていたのだ。ヤマトヒメの細い目が、丸く見開かれた。

「私ら、よく能褒野神社で遊んだよね。お墓にもよく行ったっけ」

「うん。そういえば、御陵の立札に“景行天皇皇子 日本武尊”って、書いてあったな。オシロワケ大王って、景行天皇の事やったんか。

 でも、それ以外、あんまり覚えとらんな。神話の時代って、試験にも出んから、勉強せんかったし。あんま、興味もなかったからなぁ」

八真斗が眼鏡を持ち上げた。三殊と丈琉は数回、小さくうなずいた。

 丈琉は再びヤマトヒメの顔をまっすぐに見つめた。

「その能褒野で亡くなってしまうってのも、ホントかどうかわからんし、このあとすぐなのか、もっと年取ってから、ずっと先の事なのか、それもわかりません。

 もちろんオウスには言えんけど、でも能褒野に向かうって事になったら、俺、止めてしまうかもしれん。歴史変えてしまうかもしれん。そんな事しても、いいのでしょうか」

 ヤマトヒメは3人の話を聞き、大きく息を吐き、目を閉じた。両手を重ねて胸に置いた。時間にして数秒だったが、しばらく静寂の時が流れた。一つまた息を吐き、目を開けた。そしてゆっくりと3人に語り掛けた。

「ヤマトタケルの事、心配してくれて、本当にうれしく思います。

 人は、いつか、死ぬ。それが自然の摂理です。

 私たちは、神が定めた流れに乗っているだけ。あなた方がここに来たのも、大きな時の流れの中の、ひとつの出来事なのでしょう。ですから、何かをしたとしても、神の定めた流れに、変わりはありません」

八真斗は眼鏡に触れ、思案しながら答えた。

「俺らが何かしたからって、何も変わらないって事ですか。それは、もう歴史の一部になっていて、未来に変わりはない。

 俺、熊襲でミヤの治療したんです。過去の人助けてしまって、未来が変わるかと心配になったけど。でも、そんなん関係ないですね。俺らは、先の事とか考えないで、自分のやりたいように行動していいんですね」

ヤマトヒメは肯定も否定もしなかった。静かに微笑むだけだった。

「それと、もう1個いいですか」

丈琉はヤマトヒメの前に進み出た。

「スサノオ、様が、言っていたんですけど。俺らは、俺とオウスの光が引き寄せ合って、ここ、この時代に来たのだって。

 って事は、俺のせいなんやろか。みぃを巻き添えにして、こんな危険な時代に来てしまったのは。俺のせいなんでしょうか」

(俺は、いいんかい。みぃだけか)

八真斗は丈琉の言葉に、力が抜けた。ハーっと、大きく溜息をついて、丈琉の額にデコピンを当てた。

「痛っ」

丈琉は額を押さえた。

「アホか。3人の力が合わさってタイムスリップしたって、お前が言ったんやで。お前一人の力じゃないんやろ。

 そんな事、ウジウジ考えていても、しょうがないやろ。考えんといかんのは、どうやってこの時代を生き抜くかや。俺たちは、元の世界に戻るんやからな」

丈琉は目を見開いたまま、額をさすっていた。が、すぐに吹っ切れた様に笑い、「そうやな。ごめん」と明るく言った。

 そばで聞いていたヤマトヒメは、そっと微笑んだ。

「さぁ、行きなさい。あなた方の行く先に、幸あらんことを祈ります」

3人は礼を言い、オウス達の元に向かった。

 その背中に向かって振っているヤマトヒメの手は、青く光っていた。


 五十鈴川には切りだされた木が渡してあるだけだった。

「これが、橋かい? みぃ。気を付けろよ」

丈琉は三殊を自分のすぐ前で歩かせ、落ちないよう見守った。木を渡りきると、鳥居があった。それをくぐると、オウスの一行が近寄って来た。

 真っ先に声をかけてきた男に、八真斗が駆け寄った。

「ミヤ。大丈夫やったか」

ミヤトヒコは大きくうなずいた。相変わらず小柄だが、髭が濃くなり、さらに男らしくなっていた。

「はい。ヤマヒコ様のお陰で、生きながらえる事ができました」

そう言って、右の側頭部を八真斗に見せた。傷跡とその周囲は、髪が生えていなかった。傷跡は瘢痕化して、皮膚が引きつれている。

「ひどい、傷跡になってしまったんやな。あの後、大変やったんやな」

八真斗は傷を、優しくなでた。

「いえ。あの日、ヤマヒコ様が飲ませてくれた、不思議な水。あれを飲みましたら、痛みがすーっと楽になりました。誠に不思議な体験でした」

(いや、それ、水のおかげじゃなくって、痛み止めの効果や)

「そして、ヤマヒコ様が残して下さった、薬とやら。あれを、しばらくは塗るのだと、ヤマヒコ様がおっしゃっていたと、ヤマトタケル様が。それでその薬を、ずっと塗っておりました。おかげで吾はこうして元の体に戻ったのです。

 いつか、また会えたら、お礼を言おうと思っておりました。ヤマヒコ様。ありがとうございました」

「いや。俺なんて、途中で消えてしまったわけやし。中途半端で悪かった」

八真斗は申し訳なさそうにした。そこにオウスが、三殊のリュックとトートバック、ヤマトのショルダーバックを両手に持って、やって来た。

「おぬし達の袋じゃ。熊襲に置いたままだった故、吾らが預かっておいた。いつか、必ず会えると思い、常に持ち歩いておった」

オウス達と7年の旅をしてきたバックは、色あせて型崩れしていた。しかし三殊はバックを嬉しそうに受け取り、愛おしそうに見つめた。

「ありがと。オウス君。ずっと、持っていてくれたんやね」

(三殊はバックが戻って来た事より、オウスがずっと持っていてくれた事が、嬉しいみたいやな)

八真斗は三殊の仕草を見て、そう思った。


「タケヒ様!」

タケヒコの声が響いた。丈琉が鳥居をくぐった所でしゃがみ込んでいた。八真斗と三殊、オウスが慌てて駆け寄った。血の気をなくした顔で、頭を抱えていた。

「いや。大丈夫や。スサノオの声がでかすぎて、頭の中、ガンガンするだけや」

丈琉は弱弱しくも、微笑んでみせた。

「俺にも剣を授けるって、突然、言ってきたんや。俺な、ホントは剣とか、あんまり持ちたくないんやけど、向こうは、そんな事聞いちゃいないんや。

 アマノムラクモノ剣を解放してくれたお礼だ。トツカノ剣をそなたに授けようって。気が付くと、右手に重力がかかって。この剣が手の中におったんや」

丈琉は剣を握った右手を、前に突き出した。鞘に入ったままの、長い剣だった。

「トツカノ剣!」

タケヒコは剣に顔を近づけ、なめるように見つめた。

「トツカノ剣は、スサノオ様がヤマタノオロチを切り裂いた物でございます。長い剣という話でしたが、なるほど、この様に長い剣には、初めて目にします」

丈琉はトツカノ剣を両手に持ち、剣道の素振りをしてみた。

「剣道の竹刀と同じ位やな。どうしよ。俺、そんな大層な剣もらっても、何もできんかもしれん」

「タケヒなら大丈夫じゃ。スサノオ様がおぬしにふさわしいと判断され、授けてくれたのじゃ」

オウスは剣を持つ丈琉の手を握った。

「タケ。それ使う使わないは別にして、持ってたらいいやんか。スサノオって神様やろ。お守りになるかもしれん」

三殊に言われ、丈琉はトツカノ剣を持つことを決心した。腰に提げるには長すぎるため、背中に背負えるようにしてもらった。剣を抜くときは、頭の後ろから抜き取る形になった。

 丈琉が持っていたオオウスの守り刀は、八真斗が引き継いで持つことになった。


 そこへ小柄な女の子がやって来た。うさぎの様にぴょんぴょんと近寄り、オウスの腕を抱えた。小顔で、茶色に近い瞳の色で、目はぱっちりとしている。長いまつ毛はカールされているようだ。かわいらしいピンク色の薄い唇。

「おお、紹介しよう。吾が妻のオトタチバナヒメじゃ」

「妻? オウス、結婚したんか!」

丈琉が大きな声をあげ、オウスの肩を、バシバシ叩いた。三殊は目を見開き、全身が硬直した。三殊の周りだけ、時間が止まってしまった。

「うむ。このヒメは、戦の旅というのに、ついて来ると言ってきかぬのだ」

オウスは困ったような顔をしてみせた。オトタチバナヒメはオウスの腕にしっかりとつかまり、上目使いでオウスを見上げた。少し口をとがらせた表情が、愛らしかった。

「もう、その事は言わないで下さい」

オトタチバナヒメの言葉に、オウスは嬉しそうに笑った。

「はじめまして。オトタチバナです。

 あの、ミコヒメ様でしょう。ヤマトタケル様からお話、伺っていました。お目にかかれるとは思ってはおりませんでしたが、お会いすることができて、本当にうれしく思います。

 でも、お話の通り、本当に美しい。あっ。ぶしつけに申し訳ありません」

オトタチバナヒメはペコッと頭を下げた。三殊は首を数回振ると、死んだような目で笑った。ロボットのように顔を横に向け、オトタチバナヒメから視線を外した。そして目が合った、八真斗の元に歩み寄った。八真斗は三殊の背中をポンポンと叩いた。

(オウスが、急に、ものすごくかっこいい男になって。しかも同じ年になって現れたってのに。いきなり妻帯者かよ。これは、きっついなぁ)

「オウスさ“人を愛する事がわからない”とか、言っとたくせに、いきなり結婚かよ。いやぁ、大人になったんやな」

丈琉は姉のつらい気持ちに、全く気が付いていない。

「はて。吾はその様な事を、言ったか?」

「そっちにとっちゃ7年前の事やけど、俺に取っちゃ、ついさっきの会話や。間違いないわ」

傍で聞いていたオトタチバナヒメは、今の会話の意味が分からない。首を傾げる仕草を見て、丈琉は「やばっ」と、小さい声でつぶやいた。

「まぁ、とにかくおめでとう。俺は丈、タケヒや。よろしくな」

オトタチバナヒメはニコっと笑った。

 ヤマトタケルの一行に3人が加わり、改めて蝦夷への旅に出発した。









 

 

 

 




 


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