第5話 スサノオには、従わざるを得なかった

『待ちわびた』

丈琉の目の前に、手に赤い光を灯した男がいた。

『吾の力を継し者よ』

丈琉は効果はないと知りつつ、耳を塞いだ。

「声がでかすぎや。頼む。もうちっと、小さい声で話してくれんか。頭、ガンガンする」

『面倒な男じゃ。これでいいのか』

頭痛がしない程度の音量になった。丈琉は暗闇の中で光っている男を見た。

 スサノオ。

 2度目の対面だが、やはり迫力がある。

『おぬしの力。吾の想像以上じゃ。まさか時空を超える力を持っていたとは。吾にも予想できぬことであった』

「えっ? タイムスリップしたんは、俺の力なんか?」

『おぬしと、そして共に生まれてきた者達、じゃ。

 吾としてはアマテラスの力を必要とするのは、本意ではないのだが、この際、その様な事も言ってはおられぬ。アマテラスとツクヨミの光を持つ者と、おぬしが共に生まれてきたというのは、まさに幸運であった』

「えっ? じゃ、アマテラスが三殊で、ツクヨミが八真斗なんか」

『名前などは知らぬ。

 アマテラスは鏡の力で先を読む。ツクヨミの勾玉は魔を払う力がある。そして吾の剣は、オロチの炎を宿しておる、無敵の剣じゃ」

「鏡と勾玉と剣……って、確か三種の神器ってやつじゃね。お伊勢さんの式年遷宮の時に、ニュースになっとった。そんなたいそうなモン、俺らが持っとるんか」

「それはおぬし達、人間が勝手に名付けた物じゃ。

 その力があるからといって、おぬし達が吾らと同じ力を持つわけではない。おぬしはただの人間じゃ。驕るでない。

 とにかくだ。赤い光を灯す者には、アマノムラクモの剣に触れる資格がある。早く、吾の魂を、伊勢から救い出してくれ』

「そういや、この前もそんな事、言っとたな。でも、この赤い光が必要ってことなら、オウスもできるんやろ」

丈琉は光っている自分の手を見つめた。

『あの者には、吾の声が届かぬ』

「オウスには、このでかい声が聞こえんのか……。ある意味、羨ましいな」

『だが、あの者は、おぬしを引き寄せることはできた。おぬし達はそのおかげで、この代に来ることができ、そして言葉を通じあうことができた。

 あの者がいなければ、吾の望みも叶わなかったのだ。ああ、なんと、素晴らしきことか』

スサノオは涙を流している。感動の涙のようだ。

「泣くほどの事なんか? 泣きたいのはこっちなんやけど。訳の分からん事態に巻き込まれて、死ぬかと思う事もあったんやで」

『おぬしら、人の命などちっぽけな物よ。

 とにかく、早く伊勢へ。あの剣が姉上の伊勢にあるというだけで、はらわたが煮えくり返る思いなのだ。

 アマノムラクモノ剣は、吾が出雲の地で、ヤマタノオロチと命がけで戦い、手に入れた剣じゃ。それを、アマテラスは横取りしたのだ! その上、自分が鎮座する伊勢に奉納するなど、吾に対する嫌がらせとしか思えぬ!

 しかもその前には、吾が乱暴したなどと言いがかりをつけ、いや、まぁ、少しはしゃぎすぎたかもしれぬが……それにしても、吾の爪を全部剥ぎ取り、高天原たかあまがはらから追放するなど、ひどすぎるではないか』

「爪をはぐって……日本残酷物語やな」

『だから!』

丈琉は頭の中に響く声に、衝撃を受けてかがみこんだ。両手で頭を抱えた。

『いや、すまぬ。とにかく、アマノムラクモノ剣を伊勢より救いだすのじゃ。

 われは、既に眠りについた身。その地に降り立つことはできぬ。おぬしがやるしかないであろう』

「いや、俺は別に、それをしなかったからって、なんも困らんのだけど。なんで、俺がそれをしないと、みたいになっとるんや」

いつの間にかスサノオは消えていた。

 漆黒の闇の中で、丈琉の主張は空しく響いた。



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