第5話 冬将軍、拗ねる



「なぜ俺らはここにいる……」




話は少し前に戻るのではあるが……一月の終わりに近いある日の日ノ本。


「や ば い !!雪!!」


子供は山のように積もる雪に興奮し、


「アアアアアアアアアア電車遅延!!!!」


仕事に行く社会人は雪が積もった電車を見ながら叫び、


「学校休みだああああ!!」


学生は学校からの休校便りに踊りだす。


そう、この日は北から南まで、雪に覆われてしまったある日のことである。

人々の様子を見ながら雲の上に座り込んで、雪を降らせた張本人はため息をつく。


「……なぜだ。」


「お仕事だからですかねぇ。」


隣でウォッカを飲みながら、白髪の青年が答える。蒼玄が彼を見て、幾度目かのため息をつく。


「ヴォルクか。」


「またジナー奥さんと喧嘩してこんなことにしちゃったんですかぁ……。どれくらい今回はいます?」


ヴォルクと呼ばれた彼はにやにやしながら、ウォッカのボトルを蒼玄に渡す。


「七日くらいだな。まずもって、喧嘩などではない。」


ボトルを受け取り一口飲んでむすっとした表情で青年をみる。青年は相変わらずウォッカを飲みながら顔を緩めていた。はっと閃いたように目を丸くして、彼はにやりと笑った。蒼玄はその表情を見て何かに巻き込まれると思って体を動かそうとした矢先のこと、


「どうせなら、イポーニィ日本で美味しいもの食べましょう!!どうせなら食べながら話を聞きたいですし~」


とがっつり手を握られてしまった。


そして冒頭の蒼玄の発言ありきで彼らは今、北海道は小樽に居る。何故ならヴォルクが『おいしい新鮮なルイーバを!』と目を輝かせていたからである。市場はなんとか開いているようで彼らはとあるお店にある丼を注文していた。


「はーいお待たせしてます!これが、ホッケ尽くし定食で、これがわがまま丼!」


女性の従業員が両手に持ってきたお膳の片方にはホッケの開き、ホッケのフライ、ホッケの刺身とその名のとおりホッケばかりがのっている。そしてもう片方の丼はというと……


「お前、食べきれるのか?」


蒼玄が若干引いてしまうほどに豪華な丼がヴォルクの目の前に置かれる。内容物は、ウニ、サーモン、エビ、いくら、そしてその下にはカニの身が敷き詰められている。蒼玄の目の前にいる彼は華奢でいくら自分と同じくらいの背丈とは言え食べきれるのか、と思っているとヴォルクは既に食べ始めており虎視眈々とこちらのホッケの刺身を狙っているように見える。


「やらんぞ。……少しは落ち着いて食べるんだな。酒は食べ終わってからにしろ。」


「ダー《はーい》。子供扱い、というやつですね?」


「…………いや、お前を子供と思ったことはないぞ。面倒な奴とは常日頃から思っているが。」


シトーえっ?!ひどいですよぉ。やっぱり、新鮮なものはおいしいですねぇ。」


蒼玄が定食についていた味噌汁をすすりながら丼の様子を見ると既に三分の一が消えていた。目の前の男の胃袋の状態が見てみたいくらいだ、と思いながら相槌を打つ。


「それでそれで、今回はこんな大雪にしちゃってジナーとどんなことを?」


「…まだ聞くつもりだったのか?」


「えっ、らって、ひくっていったらな「口の中のものをなくしてから話さんか。」ダー……。」


蒼玄がゆっくりと食事を続けている中、青年はもぐもぐと急いで飲み込もうとしている。というより、飲み込んで水に手をつけて一気に飲み干した。そしてずばっと蒼玄を指差して声を少し大きめに、質問を投げかけた。


「さぁ、聞きますよ。ずばり、今回の冬将軍のお怒りの原因はなんだ!」


「緑が、白藍色の着物を着ないと言ったからだな。」





………


……………




暫く沈黙が流れ、その間に蒼玄は新鮮なホッケの刺身に舌鼓を打ち、ヴォルクはぽかんとした表情で食べ進めている蒼玄を見ている。周りにも観光客が座っており、店の扉の外からは市場の賑やかな声が響いている。蒼玄は目の前の彼が固まっていることを良いことにカニの身を少し食べた。それでやっとヴォルクが少しだけ動き出した。正しく言うと指をさしたまま、口を動かした。


「そんなこと、で?いや、確かに大抵のことは些細なことでしたけど……それだけ?!」


「喧しいな。それだけとお前は思うか?緑は俺を表す色を嫌と言ったのだぞ?」


ごちそうさま、と小さく呟いて箸を置きまた注がれていたお茶をすすりながら眉間の皺をさらに深くしていく蒼玄を見ながら、青年は丼を食べ進める。今までの原因を頭の中に思い浮かべる。


『緑に働けと言われたから』


『緑が自分より陽向を優先したから』


『緑が、暫く食事を作らないと拗ねたから』


彼の妻が原因にならなかったことはなかった。


「ジナーはローザヴィピンク好きそうですし、確かにそーげんは雪っぽいからビエールィに近い色とは合わないだろうなぁ…あ、この場合の合わないは好みが、ですからね?んー…………あ、そうだ。沖縄に連れて行ってください。」


最後の一言に蒼玄がむせる。涙が出るほどに、むせていた。そんな蒼玄を見ながら食べ残していた丼を食べ進めていくヴォルクは、誰が連絡役に最適かと考えてはっと思い浮かびポケットの中から紙切れを取り出してメモ程度に軽く何かを書いて四つ折りにするとトンっと机を軽く叩いてどこかに飛ばした。


「だってほら、沖縄ってすっごい暖かいんでしょう?行ってみたいなぁ。ほら、そーげんもちょっと息抜きしましょうよぉ」


「仕事中だ。大体何故俺がお前に付き合う必要がある?」


「えっ、面白そうじゃないですかぁ。沖縄に雪!なんてことになったら。あそこって、雪降らないんでしょう?とりあえずのんびりしたいんですよぉ。ね?ね?」


どうしてこうも自分の周りには意見を曲げる人間がいないのかと頭が痛くなりながら、渋々首を縦に振った。わーいと喜んでいるヴォルクを放置して会計に行くと諭吉を3枚出してからそのまま店の外に出ると、レジにいた若い男が声をかけてきた。


「おつり忘れてますよ!というか1万円で足りてますよ!?」


「いらん。新鮮なものを提供してもらった報酬だと思っておいてほしい。」


「え、で、でもっ」


「素直に受け取っておくといいと思うんです。」


いつの間にか蒼玄の横に来たヴォルクが若い店員の肩をぽんぽんと叩く。


「なんでか教えてあげましょうか。素直に受け取っておかないと…この雪がもっとひどくなりますよ~。今のそーげんは絶賛拗ね期ですから!」


ウィンクを飛ばして店員に諭すと、彼は悩んだ顔で目の前のヴォルクと蒼玄を何度も見比べる。


「て、店長にはなんて言っておいたらいいですか……」


「んー、どうしようか。……はっ、冬将軍のきまぐれで生まれた奇跡、とでも言っておいてください。今から沖縄なんですっごい僕楽しみにしてるんですよ~美味しかったしまた今度は彼女と来ますから!」


「えっ、今から沖縄?!でもひこ「おーい、まだ終わんねぇのかーい!」あ、今戻ります!…………?!」


この吹雪で飛行機は完全に止まってしまっているのに沖縄に行くという白髪の青年を見て『飛行機が止まっている』と言おうとすると店の中から声をかけられ、後ろを向いて青年の方を向き直すとふたりとも既にその場からいなくなっていた。首をかしげながらおつりを持ったまま店に戻るとレジにいた店長に事情を説明した。


「冬将軍の気まぐれ、なぁ。あるかもしれないなぁ……だってほら、さっきまで吹雪いてたのに緩くなってる。」


「あるんですかねぇ……」


「この吹雪なのに普通に袴だった人とロシアの人が被る帽子被ってた人たちだろう?普通ならもっと厚着だろうし。まぁ、ありがたく売上にしておきますか。」






レジから見える外の吹雪具合を確認しながら、不思議な現象に頭をかしげる店長たちのことなど露知らず、冬の二人組は南国沖縄に既についていた。


「見てください!沖縄にみぞれが!!」


彼らは、テレビ番組のレポーターがカメラに向かって説明している風景を見ながら傘をさすかどうか悩んでいた。


「どうします?」


「お前がいるせいか少し風が強いな。傘は必要ないだろう。」


「沖縄明日は晴れるかな~チラッ」


わざわざ効果音を口にするあたり、あざとさが出ている。するとレポーターが近づいてきてついでにカメラも来た。有無を言わさず、レポーターが蒼玄に質問をした。


「おふたりは観光で沖縄に?」


「……こいつが無理やり連れてきたというところだな。」


「ジナーと喧嘩して拗ねちゃってるのでお仕事一気にやってサボってるんですよね~」


「仕事はしているだろう。こうやってみぞれが降ってるのも……それで、何か用か?」


「予報ではあと2,3日は晴れないと出ていますが、今後の予定が狂ったりすることは?」


「もともと予定なんて立ててないので適当に南国楽しんで彼女に会いに行きます!」


「いつの間に女ができた?」


「えっ………ひみつ?ジナーと仲直りしたら教えますよ。あ、でも仲直りしたらこの寒さなくなっちゃいますね…」


レポーターの質問に答えていると少し驚いた表情で聞いてきた蒼玄にさらに驚くヴォルク。仲直りをしてしまえば冬将軍はすぐに去っていく。そう考えているとレポーターが追加で質問をしてきた。


「ちなみにおふたりはどちらのご出身で?」


「「……」」


どこから、などと聞かれても『空の上から来ました~』と悠長に答えられるわけも無く、先に思い浮かんだヴォルクが答える。


「あ、僕はシベリアのほうから?」


「外国の方なんですね!だから綺麗な白髪なんですね!!」


「ありがとうございますー!彼女もこの髪の毛触るの好きなんですよ~!」


「それではこの方も海外から?」


「あっ…えーっと。んー…………え、んー…悩ませる質問ですね。彼の場合はご近所なんですけど、基本的に冬の1,2週間しか住まないというか?えー…ってなんで僕が代わりに答えてるんですか?!」


レポーターと仲良く会話をしていると蒼玄にかなり興味が出ているのかなんなのか、期待の目で見てくる。どう見ても日本人だろうと突っ込むのはやめておきたいし、かと言って『空の上から…』とは何が何でも言えない。そう考えていると自分でセルフツッコミをしてしまったようだ。


「両手を出せ。」


レポーターが首をかしげながら両手を差し出すと、蒼玄は何も考えずにふっと両手に息を吹いて大きな雪の結晶を出し、指を鳴らすと小さくなって結晶が踊りだした。動きに魅入っていて気づけばインタビューをしていたふたりはその場からいなくなっていた。


「まさか……?マジシャンなんですかね?これすごいなぁ……」





レポーターがくるくると動き回る結晶を楽しんでいると同時刻、ふたりは沖縄のとあるホテルにいた。


「予約しておいたヴォルガノス・ペラーボです~。」


「……少々お待ちください。」


フロントデスクの綺麗な女性が蒼玄のごとく眉間にシワを寄せてバックヤードに行くとちょっと偉そうな人を連れて戻ってきた。


「お待ちしておりました。長旅でしたでしょう?こちらがお部屋の鍵になります。このカードを挿していただくと自動でエレベーターがお部屋までご案内いたします。何かご不明な点はございますか?」


「んっと…明日以降のここらへんの天気はどうなってます?」


「曇りが続くようです。…海にでられる場合はお気を付けになってくださいませ。」


「ダー!ささっそーげん、行きますよ!」


ヴォルクは笑って蒼玄の腕を引く。エレベーターの中でやっと、離されると少し乱れたのか襟を整えている。


「知り合いか?」


「んー……ほら、僕トップと仲良しだからコネ?心配無用ですよ。お金は彼が払ってくれるらしいので。」


「お前は、人使いが荒いな。」


「そーげんに比べれば特に問題はないかと?」


部屋の鍵と言われて渡されたカードは実質、部屋への直行便のカードだったようでエレベーターの扉が開くと部屋に直結していた…なんて夢のようなことはなく、エレベーターから降りると廊下を少し歩いてスイートルームの扉を開けた。


彼らの緩い冬休みはようやく始まったようだ。



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冬将軍と桜前線 七瀬杏 @nanase_anzu

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