第9話 平穏ではない一日

「貴様…何者だ!」



今日は1週間後に迫った実地での訓練のために様々な物を購入するために街に出たのだが…歩くこと数分で厄介な事に巻き込まれてしまった。目の前の女性が険しい顔をしながら俺の方を睨みつけてくるのである。



何者だと言われてもしがない学院生としか答えようがないものの彼女の特徴からどうやらエルフのようである。肌が褐色であるためにダークエルフと呼ばれる者達であろう。



ああ、ダークエルフといっても基本的に悪いエルフとかじゃないらしい。




そんなダークエルフの姉ちゃんは冒険者といったところであろう。腰にはアイテムポーチや剥ぎ取りナイフなどがあるし、服装からしてみて狩人タイプの冒険者と見て取れた。いや、先ほどの足さばきからすると狩人というよりスカウトといったほうか



金色のセミロングの美しい髪質とその褐色の肌がなんとも卑猥な雰囲気を醸し出すのだが、目つきが怖い。まるで盗賊や犯罪者を見るような顔つきである。



幸いリンとアルシェは別行動を取らせていた。いや、午前中にヒルダとのエッチな特訓以外の事がバレてしまい特別に2人にも特訓をしてあげたのだ。まあ、軽く1時間ほどのものだがこちら側で1時間休憩なしの訓練なんて滅多にないらしいためリン達はヘトヘトになってしまい俺1人で買出しに行っていたのだ。




「おい!聞いているのか」



「…ああ、聞いてるよ。別に普通の学院生なんだが通してくれないかな」



彼女は完全に俺のことを危険人物としてみているため、そう言っても通してくれそうになかった。



街中で戦闘ということにはならなそうだがちょっと危険な雰囲気であった。目の前のダークエルフがどうやらリーダーらしき存在でその声に釣られて何人かのダークエルフが俺を取り囲んでいた。それぞれ一般の冒険者より少し強いくらいであって、ちゃんと冒険者ギルドの人らしい。



すると後ろから凄い衝撃が襲った。どうやら気絶させるつもりらしいが、ちょっとばかり威力が足りない。




ダークエルフの面々もそれには驚いているようであった。後ろにいたダークエルフの嬢ちゃんが直剣の柄を使って気絶させようとしたのにビクともしなかったのである。




「…怖い顔すんなよ。どこにでも連れていけ抵抗はしないから」



俺は両手を上げて降参の合図とした。ちなみに戦場では降参の合図となりこういった場所になると武器を持っていませんとかあなたに従いますとかそういう合図になる。




ダークエルフの面々も俺に攻撃しても無駄ということが分かっているようだし騒ぎが大きくなると困るようなので俺の腕に謎の手錠を付けて連行する。



しっかしエルフだけあっていい体つきだよな。スリムなエルフもいれば気持ちよさそうなエルフもいる。しかもダークエルフの装備が各々軽装のため、各所に肌が見え隠れしていて逆にそそられる。



そうして歩くこと数分。どうやら街の郊外まで来たのだがとなりのダークエルフと仲良く会話を楽しんでいた。



最初はビクッとしていたり汚物を見る目で見られたりしていたがここは魅力のステータスの発揮どころである。段々と口調を崩してくれるダークエルフの嬢ちゃんはこの部隊の中でも新人らしい。そして俺が捕らえられた理由についても簡単に喋ってしまい怒られてしまうかキョロキョロとあたりを見渡していた。


俺が捕らえられた理由はまあこれしか予想がつかないのだがオーラのことであった。ナターシャからも言われていたからな。納得ちゃ納得だがどうやら隊長さんは俺がオーラを偽装しているとかヤバイ奴だと勘違いしているらしい。


実際やばいヤツですが…。




ダークエルフの面々はお互いが離れていて俺の傍にいるダークエルフの嬢ちゃんがミミルという名前でジョブはエンハンサー。味方に支援を掛けることを得意とし戦術の重要な役割でもある。


そんなミミルちゃんは歳は106歳。髪色はやはり金髪であるがこちらはセミロングにパーマがかかっている。身長は俺よりもちょっと小さく163くらいであろう。年齢は人間換算すると16歳くらいである。まあ、滅茶苦茶可愛い。ダークエルフの口調は男っぽいのだがミミルちゃんはツンデレポジなのだろう。時折女の子みたいな可愛い声を上げる。



目の色は茶色で、目つきは鋭くなく優しさに溢れた感じである。


現在向かっている場所はダークエルフのこの街の拠点となる場所らしい。











「長!ただ今戻りました…それで報告したい点が」





どうやら俺は部屋の外に待たされるらしいのだがその時もミミルちゃんは俺その場にいてくれた。監視役らしいのだがペラペラと情報を喋っちゃってるから監視役としては向いていないんじゃないかな。




「なあミミルちゃん、ダークエルフの長ってなんていう人なんだ?」



「ダークエルフの長はルルシャ様という名でダークエルフの中でも生粋の武人として名高い。その棒術においてはエルフの中でも1番とされており、かの御仁ナターシャ様にも匹敵するのではないかと言われている」



ナターシャと同じくらいか…なら相当強いな…というか棒術って…なんかエルフのイメージと違うんだが…まあ仕方ないか


すると扉が開けられてダークエルフの隊長さんが俺を見てからミミルを見て頷いた。




「…付いて来い」





部屋の中は大勢のダークエルフが円卓に座って俺を見定めるようにしているがそのオーラの色を見た数名はそれだけで卒倒している。



そして俺と真正面に位置する彼女が恐らくルルシャという人物であろう。彼女からはほかのものとは比べ物にならないほど強大な力を感じた。ついついにやけてしまうリックに対してルルシャ様も同じように笑った。どうやら彼女もまた俺の実力を察したようだ。これでもかなり抑えた方なんだけど流石にバレてしまうようだ。



「リック殿…我々ダークエルフの者が手荒な真似をしてしまい申し訳なかった。」


ルルシャはそう言い俺に頭を下げる。そしてそれに驚き慌てるダークエルフの人たち。



「長!!なぜこのような男に頭を下げるのですか!!」



「黙れ!!お前達がこれほどまでに馬鹿とは思わなかったぞ!ダークエルフともあろうものがなぜリック殿のオーラに気が付かん!!あれは正真正銘本物のオーラであろう!!貴様たちが手荒な真似をして死ななかったのが不幸中の幸いというやつだ、彼が力を使えば私や鬼神ナターシャであろうと秒殺されるぞ。

…本当に申し訳ないリック殿。どうかお許しを…」



ルルシャは本当に申し訳ないように頭を下げダークエルフ達はどんどん俺へのヘイトが高まっていく。というかもう一触即発を超えて剣や武器を取り出しているエルフもいるけれど…本格的に決闘になりそうな予感が…。









まあ、その通りになってしまったわけだ…ダークエルフの怒声や殺せなどという言葉が投げ掛けられるのだが基本的に無視である



というかルルシャがとても申し訳なさそうに謝り続けているのに気が付かないのだろうか?




「本当に申し訳ありません。私の命を捧げますのでどうか…お許しを」




「大丈夫安心しろ、殺しはしないから…ちっとばかししつけてやるだけだ」





「おいおい…そんなちんけな武器で殺ろうってのか?そんな武器じゃ傷一つつかねぇな。というかエルフひとりごときで俺を倒せると思ってんのか?全員かかって来いよ…」



わざと挑発してやるとまぁ簡単に乗ってくれた。ダークエルフ達が一斉に顔色を変えて武器を取り出す。


「舐めるんじゃないよ!!」



槍を持ったダークエルフが俺に突きを放つ、その背後からは魔法の詠唱が始まっており、上に避けようものならその魔法をすべて叩き付けられる。



だからリックは槍の下に体をねじ曲げ足払いをする。防具も付けているダークエルフにとって足を引っ張られるという事になるといとも簡単に態勢を崩す事になる。



取り囲んでいたダークエルフの女性が尻餅をついたように転び、その肩を足場にして詠唱を始めていたダークエルフの背後に回り込む。



剣士関係のダークエルフはそれを目で追っていたのだがあまりに早い速度で空を駆け抜けたため身体が追いついていないようだ。



「君…凄く魔法の扱いが上手いね。でもそうだな…こうしてやれば魔力が通りやすくなるよ」



魔術師のダークエルフの耳元でそう囁きかけると見る見るうちに顔が赤くなり怒ったのかなと思いきや完全にリックの手に落ちていた。フニャフニャと蕩けた顔をしているがリックの指摘に対してしっかりと頷いて魔法を放ってしまった。



あっ、とダークエルフの魔術師が声を上げたが時は既に遅く仲間の群れに対して今までの彼女が本気で放ったファイアーボールの何倍もの大きさがあるものが放たれていた。



「うまい上手い。あとは練習すれば上級に行けるかもね」



「あ、えと…ありがとう?」



「どういたしまして…こちらこそありがとうございます」



リックは魔術師のダークエルフに魔法の扱いについて教えている時に身体を触っていたのだ。お尻や胸、太股の内などをダークエルフの感覚神経の伝達を遅めてやり、自分だけ堪能した後ダークエルフを開放した。




変態である。というか痴漢よりも最低な行為をしていて爽やかな笑みを浮かべる糞野郎である。




途端にビクッと身体を震わせて地面に女の子座りで腰を落としてしまう魔術師の女の子は満更でもない表情である。




「貴様!!長の娘に手を出すとは…」



長の方も流石に怒るかと思ったがニヤニヤとその娘に目を向けていいことを思いついたように悪い笑みを浮かべていた。不味いかもしれない。これを餌に俺に娘を押し付ける気か…。





剣士とは他の剣士の剣を奪って対等に勝負をしてあげた。いや対等というか天と地の力の差があるのだが、手加減を加えていることは誰の目からでも明らかで更にダークエルフ達を怒らせる原因であった。




「はぁあ!!!」



俺の背後から物凄い重量感あふれる声と共に振り落とされる大きな斧の轟音と剣のへし折れる金属音が響き渡りダークエルフの面々はニヤリと笑ったがその表情が瞬時に凍り付いた。




「あぶねぇ…。剣をへし折るとかどんな力だよ」



とかいうリックの方が頭がおかしい。剣がへし折れたから腕で斧を抑え込んでいた。リックの足元が陥没し常人ならば肉が切り裂かれ骨が粉砕するほどの威力で振り落とされた斧を皮膚に傷が付くことなく止めたのだ。




「…なんなんだ…貴様は」



「ただの学院生だよ…ちょっと世界の頂点に立ったことのあるだけのしがない学院生だ」



もちろん世界の頂点とはエルダーワールドの世界のことである。


流石に殆どのダークエルフが戦意を無くし剣やら槍やら武器を収めていく。流石にダークエルフの力自慢である女の全力を食らって無傷になってくるともはや一介のエルフに勝ち目がないことが分かってしまったのだろう。



「は…はは……鬼神を下す?…そりゃそうだよ…私らがあの鬼神に群れをなして勝てないんだそれを倒すことの出来る奴が相手なんて無理なんだ…」



「ったく…諦めんじゃねぇよ。努力すれば強くなれるいい世界じゃねぇか誰でも高みを目指せるんだ。そんな悲観することねぇよあんたら別に弱くはない。他の冒険者よりも何倍も強い。ただ戦う相手を間違えただけだ。

相手が神を捻り潰せるような奴じゃなきゃ工夫さえすりゃ勝てるんだからな」




リックの言っていることは間違いではない。エルダーワールド・オンラインのマルチストーリー中最強のラスボス[神王エルダー]と呼ばれる者で神を従える王という設定である。一定のダメージを食らうと四天王である存在や神クラスのボスを追加召喚や回避不能の全体攻撃。第六形態までなる進化。


そしてその神王エルダーを超えるエルダーワールド・オンライン…真なるボスにして俺をこちら側に送ってくれた運営の贈り物。それが[永劫なる世界エルダーワールド]






当然のように神の名を持つ世界との対決とか意味がわからない戦いである。神王エルダーを生み出しエルダーワールド深部に存在する調和と平和を司る世界の姿。虚数世界…全てが一瞬という間に収束される光速の世界において無限に等しい形態、生命としての命を持たない存在すらしうるのか不明なそういったものである。




あれほどまでに訳の分からん戦いはなかった。時間でいうと6週間らしいのだが本当のところ何年とか何10年とか戦っていた感じであった。まあ虚数世界とかいう訳の分からん所であったに何があったか何が起こったのかすら認知することが出来ない戦いであった。
















一時間後ダークエルフの全員がまともに動くことすらできないほどこてんぱんに叩き伏せられていた。リックによって一人一人弱いところや伸ばした方がいいところなどを特訓してやっていたのでいつの間にか訓練になってしまっていた。



「凄いな…かなりの人数だったのにこうも簡単に倒された挙句に訓練までされるとなると…私の身体でも差し出すべきか?いやもはや私だけの体では足りないほど…か」




「ルルシャさん安心してください別に貴方を犯すつもりはありませんよ。ダークエルフと戦って得たこともありますし…それでも気が晴れないと思いですからこれは貸しという事で終わりにしましょう」



ルルシャは確かに綺麗な人であったが俺は無理やり犯すほどの鬼畜野郎ではないし、ましてやこのルルシャに対しては少なからず縁がある気がしたため、貸しを作っておけばのちのち便利になるのではないかと考えた。



そして、ダークエルフとの戦闘で得たものはダークエルフのみが持つ力のことであった。ダークエルフはエルフの魔法と比べ様々な点で変わっているのである。だが、俺はダークエルフの魔法については詳しくなく実際こうして戦ってみることによりそれを会得していた。



「本当にそれでいいのか?」


「ああ、別に問題ねぇぜ。まああんたの事だ今夜くらいなら相手してやるから自分を責めるくらいなら俺のとこに来な」





俺はボロボロになったダークエルフ達に回復魔法を使ってやり全開にして上げておいた。ちなみに筋肉痛なども回復するが服だけは直さなかった。だってみんなエッチな体つきで目の保養になるからな…。









「んー!!はぁ〜いい運動したな……」



露店が出ている場所まで歩いてくると懐かしきアレがあった。ちょっと運動したためお腹が減ってきたのだがまさか異世界でアレがあるとは思わなかったぞ。毎日パンで過ごしていたからもしかしたら米というものがないと思ったがあるんじゃないか。



露店のあちこちからいい匂いが漂ってきたりするのだが俺はその露店しか目に入らなかった。





「すいませんそれ幾つですか?」



「ひゃ!?…あ、ふいません…お客さんですか」



露店の店員さんは少女であった。まだ10歳位の嬢ちゃんでなかなか愛嬌のある顔つきをしていた。そして日本人らしい黒髪の黒目であった。



まさか転来者と思ったがどうやらこちらの世界の人のようである。そういえばエルダーワールドの世界にも日本と似たような場所があったな…極東の島国で特殊な武器を作っているという。その特殊な武器というのは両刃で幅広の叩き切るようなブロードソードではない切り裂くような刀という武器である。



その刀を作れるのが極東の人間だけというのだが、少女が1人で店番をしているということはないだろうきっと親が留守のためその間の中継ぎみたいな事をしているのだろう。まだ昼時には早いしお客もいないと思っていたのだが思いがけない来客が来てちょっと戸惑っていた。



「えっと…お客さんお米を食べられるのですか?」



「そりゃどういう意味だ?」



「えっと…この街の方はお米を食べる方は少ないんです。パンと違い粒々ということとちょっとお高いということもあって顧客が少ないんです。ですからちょっと驚いてしまって」



なるほどね。お米は確かにパンと違って保存食にも向いていないし見たことのない人から見たら怪しいもんだし食ってみたいとは思わないかもしれないな。



「米は食べたことがあるからな。その時に結構その味にハマったんだ…しかしお米の美味しさが分からないとは…」



かれこれ嬢ちゃんと10分位米の話に盛り上がってしまった、その間に嬢ちゃんの両親が帰ってきたようで米を20キロほど買い占めた。どうやら売れ残りもあるらしくそちらも買い取らせてもらったため総量として35キロのお米を手に入れることが出来たのだ。



両親にはとても感謝されたし嬢ちゃんにはカレーライスの作り方を伝授しておいた。ちょっと香辛料とかが高いがカレーライスの味がこの世界に普及していくのは時間の問題だろう。





小腹を塩おにぎりで満たした俺は雑貨屋に来ていた。もちろん実地訓練のための材料を揃えにだ。基本的なポーション類は俺が持っているためテントや調理器具などだ。


テントは500リルしたが調理器具等がとても安かった。冒険者が料理をすることなどほとんど無く大体がボソボソした保存食や水で過ごすことが多く一々狩りをして血抜きをして料理をする暇があるなら魔物を狩る方がいいという事らしい。分かってないな…草原の中でキャンプした事があるから分かるのだがああいった自然の中で美味しいお肉を食べゆっくりとした時間を過ごすことの楽しさが…。



満天の星空…小川のせせらぎ…うお…楽しみになってきた。




テントは一応2つ。調理器具は包丁とまな板。鍋とザル。泡立て器、へら、オタマを買った。合計1250リル。




それから街の人たちに聞いてかなりの量の食材を仕入れている商店を教えてもらった。どうやら貴族とかそれこそ有名な王侯貴族様方がパーティーの際に使われる食材を扱っているらしく全国各地の珍しいものを取り揃えているという。







場所は商店街の中でも高級店が多い場所のため俺の服装といい冒険者がこちら側に来ているということで変に目立っていた。




「すいませんアレクサーン商会というのはここで宜しいでしょうか?」



カウンターらしきところに位置していた女性陣が不思議そうに首をかしげており、誰も答えてくれないがまあ、ここで間違いないだろう。商人達も裏の方で出入りしているのを確認したしその中身が食材関係だったからな。




「お嬢さんすいません。アレクサーン商会の方でしょうか?」



「えっ…はい。えっと…どのようなご要件でしょうか」


「食材を買いに来ました。資金は10万リルほど…用意してあるので」



「10…万。す、すいません…すぐに商会長をお呼びしますので!!」





受付のお姉さんは血相を変えて二階に上がっていった。どうやら変に誤解されているらしいが…。



周りの受付のお姉さんの中からはチラホラといい男とか名のある冒険者なのかしらとか声が聞こえてきたり頬を赤くしたりするお嬢さんもいた為イケメンスマイルをくれて上げる。するとどうだろうかその笑顔に受付のお姉さんと嬢ちゃんはきゃあ〜と歓声を上げるし中には頭に手を当ててフラフラっと倒れるような人まであらわれるではないか。



「…お待たせいたしました。私が商会長のナバリンスと申します。お話は別室でお聞かせください」





部屋に案内されると豪華な椅子やなかなか高級そうなワインなどが陳列された部屋であった。どうやらVIP待遇されているみたいである。



受付の中でも1番綺麗だった女性がにこやかにワインを注いでくれる。ワインの銘柄を見たとしてもよく分からなかったが匂いだけでもとてもいいものだとわかった。



ワインの匂いを堪能し軽く飲んでみると驚くほどするりと飲めるぶどう酒であった。とても甘い中にも芳醇な香り…それでいてこの飲み心地。最高級なのだろう。



すると商会長の方はそれを驚いたように見ていた。当然その横にいる女性も目を見開いていた。



ああ、どうやら毒入りだったりするかもしれないと怪しんで飲まないと思っていたのだがすぐに飲んでしまって驚いているみたいだな。いや、自分の商会に見合う人物なのか見定めるつもりだったのだろうが想像以上に早く飲むのもだから驚いと言った方がいいか。





「…とても美味しいワインですね」


「え、ええ…お口に合い何よりです。なにしろエルフの森に伝わる秘伝のワインですから」




それは度数50を超えるウォッカ並の強いワインであった。そのため常人なら注がれたワイン一口飲むだけでもたちまち酔うという危険なものであったにも関わらずそれを平然と飲み干す程である。





商会長ナバリンスはこの男のことを見誤ってしまった。いやアレクサーン商会はこの都市において右に出るものはいないほどの大きなものである。自分の目でお客様の品質を見定めるようにしてそれでも看破できなそうならこのワインを薦めてその反応を見るというものだ。


ナバリンスは初めて見誤ったのだ。冷や汗ものではない。相手はそのワインを度数の高いことをわかっていたのだろうし、もし有名な貴族の方であったら既に1本取られていると同じことであった。




「さて、美味しいワインもいただいた事です。商談に移りましょう?」



「はい…それでどのようなものをお求めでしょう。我が商会では食材や香辛料などをメインに扱っております」




「そうですね香辛料と調味料各種を10瓶、その他食材を3キロずつ全種類をご用意していただきたい」




ナバリンスはこの男が何を言っているのか理解出来なかった。いや、思考が止まってしまうほど驚いたのだ。この男は王侯貴族や大貴族などに食材を提供する商会において全食材を3キロ用意して欲しいというのだ。金額からしてみれば商会の年間収支を軽く上回るほどの金額である。しかも香辛料すら一瓶ですら下手な貴族が手を出すことを躊躇うほどの値段のものだ。それなのに…この男は…。



「…そ、そのような大きな買い物ですと…数百万リルを超える可能性も…ありますが先ほど報告いただい際は10万リルという事でしたが…」



「ああ、数百万では足りませんでしたか?では1,000万リルほどご用意出来ますが」




ナバリンスはこの男について完全な敗北を認めていた。自分なこの男に対して払えないような金額をふっかけお引き取り願おうと思ったがそんなのはお門違いであった。自分ごときがこの男に対してなにか策を講じる時点で間違いだと悟ったのだ。



1,000万リル……それは国家収支金額すら超え、それこそこの商会を牛耳ることすらやろうと思えばやれる金額であった。




「い、いえ!!申し訳ありません!!すぐにご用意させて頂くので!お値段は200万リルで良いですからこの商会をまたご利用願いますよう…お願い申し上げます。」



「200万リルでいいのですか?かなり値切られたように見えますが」



…ナバリンスにとってこの商機を逃がす訳には行かなかった。今まで王侯貴族などに買わせた商品なんて今になっては小さなものである。この男に気に入ってもらえれば巨万の富を得ることになる。


これは投資である。個人に対しての投資なのだ。もはやこの商会全てをかけてもこの男個人に対して支援をしていかなくてはならない。




「もちろん、値切っております。ですがリック殿には今後ともこの商会をご利用していただきたいのですよ。我々とて商人です。貴方のような方に気に入られたいのは当たり前のことですよ」



「そうですか…しかし、先ほど裏の方を見たのですがアレクサーン商会というのは相当古参な所のようですね」




最高級品のワインを注がせるようにして合図を送ると同時に自分の商会に興味を持っていてくれたようで過去の話を交えながら話し込んでいく。



一方、一階の受付嬢と従業員は総動員で食材や香辛料、調味料を用意していった。商人からの買取を遅らせてまでの依頼が舞い込んで来たらしく受付嬢や従業員のリーダーが大声で伝令を飛ばしていた。




「こりゃすげぇな…久しぶりにアレクサーン商会の騒乱が見れるわ」



商人についても古参な方が多く物分りがいい為買取を遅らせてもらっても文句の一つも言わないで邪魔をしない。



お酒を飲みながら商会の忙しさを眺めて笑っている商人に対してなぜ買取り遅らせるとか怒鳴り散らす商人はそういった古参の方達に叩きのめされたりして大人しくさせているため余計な手間がなく本当にありがたいと思う。




「嬢ちゃん、こりゃどんな王様が来てんだ。ここまでの忙しさは近年見てなかったぞ」



「は、はい…それが冒険者の方なんですが、食材を3キロ、調味料や香辛料なども欲しいということで…」



「冒険者だと?誰か最近になって有名になり始めた冒険者の名前知らねぇか」



席に座っている商人は昔からの付き合いがある方ばかりでここら辺の噂にも敏感なのである。




「ああ、ひとりだけいるな。確かまだ学院生らしいがとんでもねぇほど強くてあの鬼神すら下すほどの力があるらしい。名前は確かにリックといったかな」



「あの鬼神を下すって…そりゃ人間じゃねぇだろ。というかなんでそんな奴が学院生なんだ?おかしいだろ」


「いやそれがどうも冒険者に登録してなかったらしいんだ。黒髪に目つきがちょっと悪い感じだが女からしてみたら惚れ惚れするようなイケメンで…ああ、そうあんな奴だ」




ある商人が指を指す方向はちょうど商談が終わって一階に降りてきたリックとナバリンスであった。




商人の中にはその男の顔を見るだけでも怯え出す者もいた。どうやらブルッセンの騒動の時に近くにいた商人らしい。









「皆さん個人的な事に巻き込んでしまって申し訳ありません。お詫びに10万リルほどご用意しますので従業員や商人の方はお好きに飲み食いして頂ければ」




「…ハッハッハ!!こいつはおもしれぇおい嬢ちゃん酒持ってきてくれ商売は明日でも出来るんだ!飲んでやらぁ」




「太っ腹な兄ちゃんだな。まあ、言葉に甘えさせてもらうよ!!」




従業員達も自分に与えられた仕事が終わると商人達と混じって飲み食いを始めてしまう。厨房の方からは悲鳴が聞こえるがそれでもどことなく嬉しそうな声であった。



ナバリンスはここでもリックによって出し抜かれてしまったと感じていた。リックにとって別に迷惑料のつもりだが普通はそんな大金をポンっと出せるわけがない。



リックの行為により少なからず好意を寄せる商人がいるだろう。そうなればリックに仕事を頼む事があるだろうしなおかつそのお陰で自分の商会にも利益が舞い込んでくるのだ。




完全にお手上げであった。ナバリンスはリックに頭を下げた後自分も飲み始めていた。高級なワインではないがこう賑やかなところで皆と飲める酒は別格の美味しさがあった。



「ねぇリック様?こんな食材を買い込んでどこかに行かれるんですか?」



受付のお姉さんは仕事ということを忘れて胸元を見せびらかすように酌をしてくれる。リックとて嫌な顔はしない。香水臭くもないしちょっと媚を売っている女の子というのは可愛らしい。


ナバリンスは焦ったような顔をするがリックは手でそれを抑える。別に変な内容ではないし聞かれても問題ない。



「ああ、ただ1週間後に学院の実地訓練があるんですよ。そこであんなパサついたパンとかで過ごすのは勿体無いと思いませんか?だから料理を振舞おうと思ってですね。ついでに大量に買っておけば後々食材に困ることは無いですし料理は嫌いではありませんから」



「あら、冒険者になる方なのに料理まで出来るんですね。私貴方のこと欲しくなるわ」



「ふふ、じゃあなにか作ってあげましょうか?」







ナバリンスさんに許可をもらい厨房に行くと忙しそうなコックさんがこちらを向くが隣にいるナバリンスさんの顔を見ると頭を下げて調理場の一つを貸してくれた。





ふぅ久しぶりの料理だが何を作るかな…お酒のツマミになるようなものがいいだろうし受付のお姉さん達は小腹も空いてることだろうし三品ぐらい作ってみるか



一品目はこちら。ネギとチャーシューのピリ辛合えです。簡単に作れるしおつまみとしてもいけるしピリッと辛いけどそれが癖になる料理だね。



二品目は焼き豚の焦がし醤油タレ。嬢ちゃん達に食べさせてあげたい一品だがこれにはもう一つの食べ方がある。わざと濃いめの味にしたのはパンに挟んでもらうつもりでいた。新鮮なキャベツもどきと一緒に食べることによって小腹を満たすことにもなるし胃もたれすることもない。




三品目は簡単な枝豆だ。アースガルドでは枝豆を生で食べることをしないらしい。普通につまみとして食べられるのだがこちらの枝豆は形が少し歪なため好まれないらしい。







「お上手なのですね。私まで食べたくなってきましたよ」



「まあまあ、ここはやはりちょっと高めのビールでも飲みながらつまみとして食べる方が美味しいんですよ」





料理の匂いでコックの皆さんも目が釘つけで完全に手が止まっていた。流石にこのまま無視するのもかわいそうなので味見ということで先に食べさせてあげたら大絶賛を受け冒険者を辞めてコックさんにならないかと勧誘された。もちろん拒否したものの冒険者を引退して店を建てるなら是非自分を使って欲しいと契約書みたいなものすら取り出すほどであった。



こちらの世界の料理はとても美味しいのだがはやり異世界のいや俺達が住んでいた地球という進んだ世界での料理はやはり別格のうまさがあるのだろう。



という訳で従業員の皆さんと商人の方々に振舞ったところ1番驚かれたのが枝豆っぽいやつである。あんな歪にも関わらず塩を振ってやるだけでここまで美味しくなるとは思わなかったのだろう。そして香ばしい匂いを漂わせる焼き豚を少し固めのパンに挟み込んで食べた嬢ちゃんから結婚の申し入れが来ました。



冒険者という職業の父親と結婚している場合まともに家事が出来ない男ばかりで収入もそんなに無い者もいる。リックはそんな中に現れた大金持ちで力強く、イケメンで家事も出来るというメチャクチャ優良物件なのである。女性の方々が血眼になってまで追い求めたくなるのも無理はない。



リックの笑みに心を撃ち抜かれた女性に対しても優しく接してしまうリックはその女性に対して死体撃ちをしているようなものであるが、流石にそこまでは分からなかった。









「それではありがとうございました。また来ますね」



昼前に戻らないとリン達が困ってしまう。さっさと帰りたかったのだがなかなか離してくれなかった為結構ギリギリの時間になった。



いい買い物もしたし、料理も食べてもらってあんなに喜んでくれたからかなり上機嫌のリックの足取りは軽かった。


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