第5話 最強

夜が明ける少し前、貴族街のとある屋敷の前は大きな騒ぎになっていた。



「何なんだ!!コイツは!」


「…どうした?そんものなのか」



正面から襲撃を仕掛けたのはリックであった。突如屋敷の目の前が爆発し、それに駆けつけた護衛の者達が全員叩き伏せられリックの横には人が積み重なっていた。



「剣も魔法も通じねぇなんておかしいだろうが!!」


現在リックはラスボスを倒した時と同じスキル、同じ装備に身を包んでいた。紅い真紅のマント、白き純白の鎧そして、そしてその少年には身の丈があっていない斧だ。鎧と真逆のまるでこの世の憎悪や憎しみを具現化したようなおぞましい形の斧を振り回していた。



現在、リック装備は


頭[ピンク兎の被り物]

鎧[白狼公の軽鎧]

腰「白龍のベルト」

足「魔天の足具」

アクセサリー

右人差し指[天魔の加護]

右中指[明星のリング]

左人差し指[邪王の瞳]

背中[流血のマント]

首[純十字白金のネックレス]

胸当て[百鬼討滅の勲章]

胸当て[覇王の勲章]




となっている。


見た目はピンクの可愛らしい兎が鎧を着た感じなのだが、ふざけているつもりは無い。このピンク兎の被り物はこの造りでありながら壊れ性能であった。全パラメーター5%アップ、魔法耐性上昇、防腐耐性である。つまり、このふざけた被り物を被るだけでパラメーターがアップするし魔法に対する耐性もつくのだ。そして防腐耐性のお陰で腐敗することがない。


次に白狼公の軽鎧は白狼公フェンリルのドロップ品となる性能については無属性魔法反射、防御力アップ(極大)、魔法攻撃力上昇(大)となる。


腰の白龍のベルトもボス泥であり、なかなか手こずらせたものであったがそれでもかなりの性能を持ち合わせており、重宝した。

このベルトの最大の特徴それは腰から伸びるこのロングコートのような部分である。名称がわからないが装飾が施されておりメチャクチャかっこいい


そして性能は防具性能アップ(大)、HP自動回復(中)、耐久度無限


つまり壊れないし、防具についている性能を高めてくれるものである。



足装備の魔天の足具は脚力上昇(大)、ブーストスピード



アクセサリー関係は後に説明するとする。



防御力合計500オーバー。こちらの騎士団基本フル装備で50ちょいとなるといかにオーバースペックか分かるだろう。これでも動きやすさを重点に置き、性能によるほぼ防御を捨てたものであるのだから計り知れない。


リックのアイテムボックスにある最大の防御力を誇る防具になると800を超える代物となり、龍の爪でも切り裂かれない絶対の盾となる。



そんな劣りながらも規格外の防御力を誇るリックに対して護衛の剣など羽虫が当たるようなものである。防具にすら傷が付かない。



そして、リックの持つ威圧感満載の斧は魔王の戦斧であり、一度振れば大陸を断ち、空間をねじ曲げ、希望を振り払うといわれる恐怖を体現したような武器であった。ただし、これは説明文に書かれているやつだ。本当にそのような事は出来ないが攻撃力は凄まじいものとなっている。エルダーワールド最強の武器である神のハンマーが1400であり、次点でこの魔王の戦斧が1340となる。



「この!この!!!」


数人の護衛の者が剣で切り裂けない鎧をがむしゃらに叩いていた。もはやリックには人とすら認識されないほどであった。



「雑魚が」



そこにいるのは魔王である。純白の鎧を着たピンク兎の魔王である。リックの言葉により、周囲1キロの生命が動かなくなる…1歩たりとも動かずにこの世界でもかなりの熟練の人間がバタバタと倒れていく。


悲鳴や叫び声が響き渡り騎士団すら出動するほどの大騒ぎになるがリックは被り物の中で笑っていた。ここまで事が大きくなったらブルッセンも何かしら動かなくてはならなくなる。自分の屋敷の目の前に騎士団がいて、さらにナターシャ先生の友人達が屋敷に侵入。数々の悪事の証拠を手に入れていた。



「…流石にやり過ぎね」


ナターシャ先生に怒られてしまった。それもそのはず、本来であれば護衛を倒すだけでよかったものの警備隊と騎士団すら出払うレベルの大事にまで発展するとは思っていなかった。当然リックも全力という名の手加減をしているつもりなのだがその威圧感だけは魔王に匹敵するものであるため、騎士団そして警備隊も近付けずにいるのだ。目の前の光景を見てしまえばそれも頷ける。


あちこちに散らばる人。そして、その中央に位置するふざけた被り物の人間。そして今起こった2名の護衛の兵士が力が抜けたように倒れ込む光景。あまりにも非現実的でそれでいて神秘的であった。




「…そ、そこの者。動かないでいただきたい」



「なんだ騎士団の方達か?どうしたんだ」


「あなたには捕縛状が届いておりましてご同行をお願いしたいのですが」


この場で喋ることが出来たその者こそこの王国で騎士団長を務める者であった。金色の美しい髪をした女性でありながら剣術と魔術に通じ、騎士団長にまで上り詰めた王国一の魔剣士である。


そんな彼女だからこそこうして魔王に匹敵する者と会話をすることを許されるのである。いや、彼女ですらいつもの覇気がなく目の前のピンク兎に怯えるほどである。



「ああ、別に構わないが今は待ってくれないか?この街の誰かがオレの女を盗み出したみたいでな。おかげで朝から機嫌が悪いんだよ。それで小耳に挟んだのがこの家の男なんだ」


「…そ、そうですか。我々としてもそのような…事になりますと対処しなくてはならないのですがブルッセンですね」


「ああ、その名を聴くだけでも腹が立って仕方ない。今すぐにでもこの場で顔を引きちぎってポイズンシードの毒を飲ませてやりたい程だ」


ポイズンシード…通称最凶の毒蛇。猛毒の毒を持つ巨大な蛇でその毒に触れたらたちまち皮膚は爛れ、肉はそげ落ち、骨は溶けるという凶悪な毒を持つものでエルダーワールドでもかなり怖い魔物である。もちろん、こちらの世界でも生きていることは知っているため騎士団と騎士団長の顔が青ざめるほどの効果はあった。



「ええい!!くそ何なんだこの騒ぎは」


何も知らないブルッセンはその屋敷の二階のベランダから姿を表した。未だに寝起きなのだろうが流石にこの集団を見にすると眠気が消し飛んだようだ。


私兵がすべて倒され、騎士団そして警備隊がこぞって屋敷の前に集結しているのだから…。



「さて、ナターシャの方も終わったか」



騎士団長の横に姿を現すと何枚かの書類を手渡した。


「…誘拐、強姦…強制奴隷…人身売買。殺人か我々も誘拐くらいなら知っていたがここまでの事をしていたとはな」


騎士団長の顔がみるみる怒りに赤くなっていく。そして、ブルッセンはその事には気付いておらず俺を引っ捕えろとかほざいているが逆の立場だとは思わないだろう。



「リン、アルシェ待ってろ…かっこいいヒーローの登場だ」


俺は騎士団長がブルッセンの屋敷に突入した後、リンとアルシェのいる場所に向かっていた。









一方リンとアルシェの2人は上で起きていることがリックによるものだろうとすぐに分かった。ここに見張りでたっていた男も今は上に行ってしまい帰ってこない。



その代わりに2人の男が地下に入ってきて私の体を舐め回すように凝視してくる。とても悪寒がする。アルシェは私の後ろに隠れているため、私だけにその視線は向かられていた。


強がっているけど凄く怖い。今すぐにでもこの男達の慰み者になるのではないだろうか、とか酷いことをされてしまうのではないだろうかと嫌なことを考えてしまい泣き出しそうになる。


でもお姉ちゃんなんだ。アルシェを守ってあげないと…そう考えると自然と耐えられる気がした。



「…さっさと連れ出せ!ここからずらかるぞあいつはマジでやべぇ」


「そんなに慌てるやつなんか?どう見たって変な被り物をした奴にしか見えねぇけどよ」



「ああ、あれは人間なんかじゃねぇ魔王だ。剣も魔法も効かねぇ。挙句には何もしてないのに人が倒れるんだ」



男は牢獄の鉄格子の鍵を開けた。酷く錆びれているため、軋む音が聞こえるが、リンとアルシェにとっては最悪だった。


このままではリックに気が付いてもらえず連れ去られてしまう。そうなったら私もアルシェちゃんも助かることがなくなってしまう。せっかく可愛いお洋服を来て、学校にも行けるし何しろリック様のお側にいられると思ったのに、こんなすぐにお別れするなんて絶対に嫌だ。



私は怖がる気持ちを抑えこみ、私の手を掴もうとした男の腕に噛み付いた。牙が鋭いため、噛み付かれたところからは大量の血が流れ一人の男は悶絶する。しかし、それまでである、もう1人の男は私の髪を握り、外に連れ出そうとする。アルシェの方も同じような掴まれ方だが、こちらは諦めそうになっていた。嗚咽混じりの泣き声が静かな牢屋に響くがそれすらこの男達を盛り上がる要因になっている。



「この女どうしやすか?ちょっと痛い目を合わせてやらないと言うこと聞きませんよ」


「…商品を傷つけるのはよくねぇが。まあ、仕方ねぇだろ獣人の牝猫なんざ、面白いくらいに高い値で売れるからなぁ!ハッハッハ!いいぜ好きなだけお仕置きをくれてやれ」



「くっ……いや!!」



私の…リック様に買ってもらった服を破かれてしまった。私の体がその男の目に入ってしまう。まだ幼い体だがしっかりとその男は興奮し、私は堪らず悲鳴を上げる。



「ひひひ…たまんねぇ。今すぐ突っ込んでやりてぇな」



「…ほう、俺の女に手を出すんか。面白いこと言うなお前」


リンはその声が耳に入ると涙が溢れてきた。とても懐かしく感じるその低めの声。そして、リックの姿を視界に入れるだけで全身の力が抜けていく。



「ぎ、ぎぃあああはああ!!!いだい!!!」



男の腹部からは手が生えていた。後ろの男の腕である。抉り取られ意識を失うことなく激痛に悲鳴を上げる男。そして、そのまま上に振り抜いた。



臓物や脳が飛び散り、真っ赤な鮮血が辺りを染め上げた。血みどろになるリックはどう見てもヒーローなんかではない。どちらかと言うと悪魔である。




「く、くそ!!」


尻餅をついていたもう一人はその場を逃げ出そうと走り出すが、地上に上がる階段の六段目に差し掛かろうとする所でとある事に気がついたように立ち止まる。



「…あ?」



足が無いのだ。腕も綺麗に切り取られ、階段にベチャという音と共に崩れ落ちた。



「逃がすわけねぇだろうが」



リックの声はその男に届くことなくその男は白目を向き死に絶えた。












ブルッセン屋敷事件。死者2名。軽傷者26名。逮捕者4名。解放された強制奴隷12名




後にこう語られた。ブルッセンは神を怒らせた、女子を物として扱った代償としてすべてを失い、そして、自身も同じ運命を辿る。ピンク兎は神の使いであり、神の裁きを与えるものである。と






リンとアルシェを救出した時にはブルッセンは捕縛済みで、ナターシャとヒルダもブルッセンの屋敷の中にいた。



俺、リン、アルシェ、ナターシャ、ヒルダ、そして騎士団長であるアーサーさん。



円卓会議の場はとても平和な時間が過ぎていた。基本的に事後処理のものばかりだし、忙しいと言ってもアーサーさんくらいなものだ。だが、今回のことで様々な未解決事件が解決の1歩を辿ったことに国王が大変感謝しているらしくしばらくは休暇を頂けるらしい。


ブルッセンは現在騎士団管轄の牢獄に収容され、厳重に投獄されている。この場に集まったのは今後のことについてだ。もちろん、ブルッセンのお父上も出席するのだが、まだ時間があるためほのぼのとした時間である。



簡単にいうとこのまま処刑されてしまうとヒルダの復讐の機会がなくなるので、決闘という形で処刑を行いたいということだ。そして、処刑された後に晒首として犯罪者の晒し木という場に飾られるという。


国王からのハンコも頂いた書面があるため、ほぼ決定したようなものだが、それとは他に家族にも処罰を加えるかどうかというのがこの場で話し合われる。


今回の件になると一般家庭だったならば一家晒首になってもおかしくないのだが、貴族の中でも優秀な方で王国としても大きな痛手を負うことになるのでそれだけは容赦して欲しいということ。




「ナターシャ先生の友人て誰なんだろうな?」


現在書類が置かれている所にはしっかりと魔法による刻印がなされている国王自らの書面であった。そんなものを当日のうちに用意させるナターシャ先生の友人。ほんと誰だろう。


そして、あのブルッセンの屋敷から盗み出した時の人物。あれも凄い。完全に気配を消していたし、殺意やそういったものも全く感知しなかった。俺も油断すれば見失うほど完璧な闇術である。



「ふふ、内緒よぉ?」


アーサーもナターシャ先生の事を知っているのだろう。懐かしいような笑みを浮かべていた。実はアーサーの子供時代、教えてもらった教師がナターシャ先生である。そのため、未だに先生をやっていて雰囲気も変わらないため懐かしんでいるのだろう。



「ほんと、ナターシャ先生にはお世話になりっぱなしなんです。私も教えられた身ですがやっぱりお姿もお変りないようで安心しました」


「アーサーちゃんも強くなったわねぇ…嬉しいわ」


「ふふ、鬼神を統べる貴女に比べればまだまだです…しかしその鬼神を統べるものですら太刀打ちできない人がこの世にいるとは」




俺の方に視線が行く。なんだ?俺そんなにやばいのか



「そうねぇブルッセンの屋敷の前であれほどの事をやっておきながら自覚ないなんて…私の友人達も驚いてたわよ。彼は何者なんだってねぇ」



「そうですよ!何なんですかあの力は!!」


ヒルダがバン!と机を叩いて立ち上がる。



「いや、別に対したことはやってないけど、あいつらの体内に直接電撃を浴びせてやっただけだぞ?」



「はぁまさかそんな事すら起こせるなんて魔法って何なのかしら」


「転来者の俺が知るわけないだろ」



ナターシャ先生から説明があった。俺が行った相手の体内に魔法を打ち込むこの技術は本来であれば出来るものではないらしい。魔法の根源である魔力を宿す人物はその者だけの魔力を持っており相互干渉することが出来ないのだ。そのため、体内に魔法を発生させようとしても反発し意味をなさない。結果魔法が発動せずに終わるのだ。



普通に行った技が実は常識ハズレのものなんて思いもよらないわ…



「はぁやってられんないわ。長年魔法の先生をしてきたつもりだけど今までの常識なんてのは人がつくった限界なんだからね…ふふこの年になっても新発見が出来るなんて長生きしてみるものね」


「ナターシャ先生。どうやら来たようよ」



この場の空気が一変し張り詰めたものに変わる。さて、カルシフルール家当主はどんな面をしてるんかな…






ガチャリという音が響き渡り、その場に現れた180くらいの大きな人物が入ってきた。


目の下にはクマができており疲れきった顔をしているがそれでもイケメン顔である。金色の髪。体つきは剣士というよりは魔法よりの感じであった。



「お初にお目にかかる。カルシフルール家当主カルシフルール・アレクサンドラ。アレクと呼んでくれ…この度は愚息が本当に申し訳ないことをした。」



「そうだな。父親でもあるあんたが野放しにしてたせいもあるだがあんたは何も悪くない。悪いのはブルッセンだからな。だからあんたら両親がどんな文句を言おうともブルッセンは死を持って詫びるしかないんだ。もう一般市民にすらその事は伝わってる。取り返しがつかないところまで話が持っていってるんだ。最後の希望は諦めるんだ」




ヒルダとの決闘で命を散らすことになる。若くしながら可哀想だなと思う人もいるのだろうが俺にはそんな気持ち一切ない。慈悲を与えずにその場で殺してもよかった。簡単に人が死ぬ世界だ。命の重さも元いた世界とは比べ物にならないほど軽いものであるし、俺だってついムキになって二人ほど殺していた。



今になって実感するが何故か吐き気があるとかそんなことがなかったのが不思議でならない。


この世界に適応しているのだろう。命が重くない。それこそ今この時に道端で魔物に食い荒らされて死ぬ冒険者もいるのだ。これが普通。これが当たり前なんだ




「わかっている。私も決心はついている。もはやブルッセンを息子とは思っていはいない」




「…そういってやるなよ」


ちょっと可哀想になってきた俺である。父親にすら見捨てられるって結構ダメージ大きいんだぞ?







「そうねぇ普通の場合は5,000リルとかの支払いですませるんだけど…流石にちょっと事が大きくなりすぎたからうまい具合に収拾をつけないとならないわ」


「5,000リルか…正直金には困ってないから要らないんだがな」



何しろエルダーワールドの所持金をたんまりと引き継いでいるんだからな。下手すりゃ国の一つも買い占めるくらいはあるんじゃないかな…。



「それじゃあ一万リルを今回被害にあった方に対しての山分けという事にして、リックには諸外国への渡航自由にするって言うのはどうかしら?もちろんすべての経費はカルシフルール家に払わせるということで」




「…ヒルダ。流石だな俺はそれでも構わないぞわざわざ書類審査とかなしになるんだから結構便利だし船の金額に関しても負担がない」




別れた島々行くに海路が発達している場合がある。そういった場合船に乗って行くのだが漁港に停泊している船に乗るのに書類審査とお金がかかる。まあ、そのお金が馬鹿にならない金額であるため、なかなか乗る機会が少ないらしい。俺達は当面は学院の生活になるが、それでも冒険者となった時に別の島に渡る可能性もある。



この条件は俺的にはとても美味しい。ただ、リンとアルシェはどう思っているのだろう?一歩遅ければ取り返しのつかない所になっていた彼女達がその程度で許すのだろうか?いや、おそらく俺の言うとおりになってしまうのだろう。賠償とかどうでもいいのだろう。


今度休みの日とかにデートにでも誘ってあげるか。嫌なことをさっさと忘れるに限る。



…あ、アルシェで思い出した。



「もう一つ条件を追加して欲しい。俺とリンと同じくアルシェをFクラスに入れてくれないか?多分元の生活には戻れそうもないだろうし、俺らと一緒にいた方がいい気がするから」



「…ナターシャ先生大丈夫ですか?」


「問題ないわよ。寮についても特別にリック君と同じ部屋にしてもらうよう手配しておくわ」




アルシェは顔には出さなかったが雰囲気が柔らかくなって喜んでいるようだ。リンも妹のようなアルシェと一緒に暮らせることになって笑みを浮かべているためちょっとだけ周りの空気が変わった。




「さてと…これで事後処理は終わりね。次にリックについての事になるわ」




「俺!?」


「そう、これまでリックの噂を見聞きしたことをある人は大勢いると思うわ。戦闘に対する技量、魔法の威力と常識外れなその力。そして王国いえ、世界でも唯一と言ってもいい私の家のオートマタをハッキングするその力…野放しにしておくには惜しい人材だわ…だからこそこの場でリック達に対する勧誘を禁止するわ」



「ヒルダさんそれは…」



アーサーさんはちょっとだけ困ったような顔をしていた。まあ、あの実力を目の前で見た人でもあるため、騎士団として勧誘したかったのだろう。もちろん無理強いをするつもりはなかったが、やはり国同士の争いや魔物の大討伐に参加してもらいたいというのが大きい。自国の中に有能な人材がいるのに関わらずそれを取り入れない理由がないのだから…そして最悪なのはそれが敵に回った時なのだ。



次にナターシャである。ナターシャの場合は先生という立場であるがエルフの中でも発言力がある人物である。そんなナターシャの友人であり、世界でも最高峰の実力を持つ鬼神達の仲間に迎いいれたいと思っていたのだ。



そして一番の痛手はその提案をしたヒルダであった。ヒルダの家のオートマタですら彼の前ではブリキの玩具である。そんな彼を引き入れることが出来れば新兵器や便利な道具が開発できるとそう思っているのであった。ただ、彼との約束である魔導拳銃だけは別というちょっとだけずるい事をしているのだが…先に約束してしまったのだから仕方ない。




「なるほどな…リック君に対しては全員が不干渉という位置を取る。だが、リック君の方からは問題ないということだね?」


アレクの顔は既に商売を始める商人の顔になっていた。ヒルダはこの中で一番厄介なのはアレクとそう感じていたがその予感は的中である。



アーサーとナターシャ先生については両方とも実力の面でリックを買っている。しかし、私とこのアレクだけはその異世界の知識を買っているのだ。この場において不利なのは当然アレクであるが、商人として、逆境というのは常日頃からそのような空間で暮らしているのだ。



リックの異世界の知識をできる限り吸収したい両者にとって巨万の利益が得ることは間違いない。リックに対する争奪戦は既に始まっているのだ。



「そうね。リックには基本的に自由な行動を取らせてあげる冒険者になるならその冒険者の約束事に限られた範囲内だけど、それ以外だったら何をしてもいい」


「…ふむ、問題ない。リック君のような大物を籠の中に閉じ込めるというのはその力を封じ込めてしまう馬鹿なことだ…しかしヒルダ嬢?まさかとは思うが隠れて勧誘することはないですな?」



「え、ええもちろんよ…リックには私のレッスンパートナーとしの約束は既に交わしておりますが」



なんというか火花が散っているきがするのは気のせいではない。アレクも凄いなぁこんな場であったら発言なんて出来ないくらいに圧倒的な不利であるにも関わらずどんどん首を突っ込んでくる。並大抵の商人では出来ないことだ。





この議題については反対者なしということになり決定された。これにより、この王国でも三強を誇る人物からの不干渉という形になったため一個人としては異例のことである。そして、これは国自らリックに手出しすることが出来なくなったことを意味していた。



確かに拘束されなくなるのはありがたい事である。リックはリンの尻尾を撫でつつ頷いていた。



「ふふ、まさか2日目になって遅刻なんて問題児ね」



ヒルダと登校する感じとなったのだが、やっぱりヒルダの制服姿はいつ見ても素晴らしい。この世の美をそこに集めたかのようなそんな感じだ。ヒルダの妖艶な微笑みについドキッとしてしまうのだが、後ろから放たれる殺気が凄まじいためデレデレする事も許されない。



後ろにいるのは制服姿のリンとアルシェである。ナターシャ先生は学院に戻っており、既に二時限目が終わる時間帯であった。



「ねぇ?どうしてあの時あんなに怒ったの?リンちゃんとアルシェちゃんに聞いたけどほとんどあって間もない関係でしょ?なのにまるで彼女を取られたようなそんなレベルの怒り方だったわよ?」



「あーまあ、リンもアルシェも仲間だからな…別に恋仲っていう訳じゃないぞ?お互いまだ知らないこともあるしな。だけど大切な人であるのは間違いない。そんな人を攫われたら怒るし全力で助けようとするさ…」



ヒルダはふーんという顔をしてちょっとイタズラを思いついたような笑みを浮かべるとこう質問してきた。



「もし私が攫われたりしたら助けてくれる?」


意地悪な質問である。いや、そう思っているのはヒルダだけなのかも知れない。ヒルダの心の中ではリンとアルシェの二の次と思っているところがあるのだ。だが、リックにとっては既にその位の大切な人という区切りに入っていた。



「当たり前だ。ヒルダの事を見捨てるほどアホじゃない」


「え…そ、そう…ありがと」


もじもじと手をすり合わせながら照れるヒルダ。まあこんな場で宣言されたらもはや告白と同じレベルだ。ヒルダの心臓は破裂しそうなほど大きな音を立てている。リンもアルシェも同じような感覚を味わっているからこそこうしてリックを信頼しているのかもしれない。



「質問しておいてなんだがヒルダは俺のことどう思ってるんだ?商売道具?それともただの学院の生徒?いや技の師匠とかか?」



リックはヒルダに質問されたことに対してさらに立ちの悪い質問を返す。それはヒルダにとってとても恥ずかしいことでこのような場で言えるようなものではないとリック自身分かっていながら言っていた。



アルシェとリンはなんとなくだがリックが意地悪な顔をしていたため、どういうつもりなのか分かったのだが、ヒルダは照れて下を向いていたためその意地悪な顔付きを見ることは無かった。



「うぅ…それは…普通の学院の生徒としては…見てないわ…当然商売道具なんてのも…確かに師匠にはなるけど……ちょっと気になる…男の子………かな」



「ふっ…ははははは!!そうか気になる男か。そりゃ嬉しいなこんな美人にそんなことを言われたらアプローチしないと神様に失礼だ」



「ふぇえ?ってば、バカ!!こんな大通りで宣言しないでよ!!恥ずかしいでしょ」




「リック様?私達を置いていかないでくださいね?」


シャー!!とちょっと怒ったに尻尾の毛並みを逆立て威嚇するようなポーズをするリンと俺の制服の裾をつかんで顔を合わせてくるアルシェ。



リンもカワイイがアルシェはまた破壊力があるな。




「分かってるさ。みんな俺の大切な仲間だから」







仲間か…ほんと久しぶりだよな。何年ソロでやって来たっけな。エルダーワールドじゃ隣に居座る人なんて誰1人いなかった。寂しいとかそういった気持ちは無かった。エルダーワールドじゃ俺だけが先に進むことが出来て他のみんなは歩くスピードが違っていた。ただそれだけの事だ。ほかのやつから見たら嫉妬の的である。


1人だけでどんどん先に進み攻略法も出さない。たった1人の孤高の狼だ。そんな奴に近付こうとする人なんて物好きくらいだ。いや…そんな物好きですら離れていってしまう。俺の横には誰もいない。



まあ、楽しかったけどな。誰も知らないエリア…巨大な敵との戦闘や未知のスキル。どんどん自分だけの世界が広がっていくようなそんな感じがしてとても楽しかった。ただ、1人や2人仲の良い仲間が欲しかったとそう感じてしまう。



だが今はもうそんな気持ちはない。エルダーワールドの世界ではないがこっちではそんな急ぎ足でなくとも周りのペースに合わせて歩いて行けるのだ。



そしていつの間にか隣には仲間が…愛しい女の子が肩を並べて歩けるのだ。



「…もう聞いていますか!リック様?」


「ああ、聞いてるよ」





絶対に失わないように俺の持てる力で守っていこう。エルダーワールド最強が最強を持って護る。これ以上に安全なことはないだろう。






学院に着くとそこはちょっとだけ雰囲気が変わったいつもの学院だった。生徒達が俺達に何かしらの言葉を投げ開けようとしその口を開かせようとするがそれを発言することなく口をぱくぱくとさせるだけであった。




「遮音魔法か?」



どこの誰か分からないがなかなか高度な魔法を使う奴だ。メインである遮音魔法を不自然なく周囲に溶け込ませそれを探知できないように細工する技術。



たとえ教師だとしてもこのような芸当をそれこそごく短時間で行えるわけがない。


「お見事!リック君は別格としてもその他も少なからず何かしらのものを見つけられたみたいだからね。ギリギリ合格点を上げてもいいわよ…」


周囲の風が吹き荒れ、雲が渦巻きその中から現れるようしてまるで災厄の始まりのような登場の仕方をするロリ…いやこの際だから正直に言おう。ロリババアだ



派手な演出で登場するロリババアことこの学院の最高権力者であり変態ドワーフ共の崇拝の女。フルール・エリザベートである。



魔法技術世界最高峰。天才魔導師、魔法と言ったらこの女と言われるほどの有名人であり、なおかつその魔法の精密さと大胆な発想そして類を見ない程の強大なMPつまり魔力量を誇る生きる魔人の1人であった。




「フルール・エリザベート……まさか生きているうちにお目にかかることはな」


「とても…美しい人ですね」



「ん…」




美しい?…え?誰が美しいだって?ヒルダは美人である。それは周知の事実であるし俺も認めよう。リンとアルシェは美人という褒め方ではなく可愛らしいという褒め方である。しかし、この場で美人と呼ばれる美しい人なんてどこにいる?



「ロリババアがなんでそんなに美しいなんて言えるんだ?」



つい、口にしてしまった。



ヒルダを含めた全員がキョトンとした顔をしてヒルダがこう口にする



「フルール学院長は脚がスラッとして腰の大きさといいクビレといいまるで女神のような顔の文句なしの絶世の美女であろう?」


「いやいや、どう見ても童顔で今にも「ママァ大好き!」とか「幽霊が怖いよぉ」とか言ってトイレに一人で行けないようなロリで胸も残念だし、足もぷっくりしたようなそんな奴だろう」




この食い違い。リックはすぐにフルールの魔法だとわかった。いや初っ端でわからなかったのはそれほどフルールの魔法が長年にわかって自分自身の体に浸透させていったものであったという事だ。後で聞いた話によるとフルールがその魔法によって騙し始めてから数千年から数万年が掛かったという。それほど長い年月をかけて体に染み込ませていたのだが、リックはそれを簡単に見破ることが出来た。そしてドワーフがなぜフルールをロリババアとして認知できるかと言うとそれはドワーフの瞳に宿る鑑定眼のお陰であった。



そのため他の種族には絶世の美女として見える。といえ訳である。


リックはその鑑定眼を持っていたし、更には自身及び他者の身体に影響を持った魔法を不可視化させ、本性やその性質を見破ることが出来る鑑定眼の上位スキルを会得していたのだ。それが仇となり、浸透していた魔法を検知することが出来なかった。



「…リック君には何度も驚かされるな!そなたの様なイレギュラーな人物はとてもいい実験材料になる。くふふ、早くお主を調べてみたいのぉ」



「けっ…止めてくれ合法ロリはありがたいが流石に身体を調べ尽くされるのは趣味じゃない」



リックは皮肉を言うがその顔は笑っていた。コイツはとんでもない化け物だと全身がそう告げているのだ。ゾクゾクする…体の細胞一つ一つが彼女の実力を認め、そしてそれがリックにとってはとても楽しい事でもあった。


緊張感がある。生死を掛けた戦い。無敗の男と魔術を極めし魔女…いいタイトルマッチになりそうな予感がするな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る