第3話 学院初日
「はぁあ」
リックのどことなくやる気のなさそうな正拳突きを放つ。その声とは裏腹に的確にそして光速の動きで二mも離れていた男の鳩尾にクリーンヒットし、その男は悶絶することもなく崩れ落ちた。
その正拳突きのために縮地で移動した場所はまるで地面が削り取られたように抉られており、歓声が止んで一瞬の静かな空間がその場を支配した。
「…敵を見失うなよ」
呆れたように口にするリックであるが、リックは既にその場にいなかった。大剣を抜いていた男の後ろに時のごとく現れたリックに振り向きざまに剣を振り抜いた。
風の裂くような凄まじい音とともに振り抜かれた大剣の感触に思わずにやけた男の大剣の腹にあぐらで座っている男がいた。
リンの目にも見えない。高速の動きに目を白黒させる。あの鋭い攻撃をまるで弄ぶように回避しているリックの実力がわからない本当にこの人は人間なのだろうか?もしかしたら人という形をした別の存在なのではないだろうかとそう思うほど圧倒的だった。
リックの手刀を首に食らって気絶した男を尻目に次の標的に向けて動き出す。目を合わせてしまった男が蒼白とさせその場を後にしようと背を向け逃げ出す。
それからリックの動きを捉える者は誰もいなかった。リックは大の大人が両手に持つような大剣を片手持ちし縮地による移動術によって3人の男を無力化させた。姿を見ることすらできない高速の動きに圧倒され、いつしか観客とリーダーである男しか意識を持っていなかった。
「…何なんだ。テメェ…こんな化け物に勝てるわけねぇじゃねぇか。ふざけやがって…くそ!!死ねぇ!!!」
無我夢中で剣を振り回してくるリーダーの行動に少しだけ目を開いた。その動きだけはリンは見逃すことは無かった。今まで冷静にいやふざけながら戦っていたリックの目が動いたのだ。どうしてあんな幼稚な動きに驚くのか不思議でしょうがなかった。
まあ、結果としてはそのリーダーの剣をへし折って気絶させたリックの圧勝だった。
その後、リックがなぜあのリーダーの動きに驚くのか質問してみたところどうやらああやって死に物狂いで攻撃を仕掛けるやつは予測がしにくいということらしい。
リンの世界とは考えている次元が違うとそう思ったのだが、よく良く考えてみたら剣の動きを追っていても次の予測ができないのだ。筋肉の動きや関節の場所いや、ほぼ人間の第六感によって敵の次を予測しながら動いているのだ。
そのため死に物狂いになってしまうと次を予測できてもその次がわからないのだ。筋肉やそういった限界を超えてまでも喰らい付いてくるため、熟練したものでも簡単にはいかなくなってしまうのだ。
かなりの騒ぎになったがその場から一瞬にして気配を消して、学院に戻ってきたリックとリンは結果発表を学院の食堂で待つこととなった。
午後の鐘がなり終わるころに発表されるということらしいのだが、学院の中を自由に動き回ることも出来ないし、ましてや学院の内外を問わず噂になっているリックである。人が集まるのは無理もないしさらには厄介な事を運んでくる場合もあるため比較的人が限られている学院の食堂で暇を潰しているというわけだ。
学院の食堂は基本的には学院生にしか入れないのだがこうして一定の時期になると受験者達に対して開放されるのだ。極度の緊張と張り詰めたその身体を休めるための処置らしいが少なからずこの食堂で一息入れている受験者もいた。
まあ、それでも異彩を放っていたのがリックである。受験者、学院生問わず近寄って親しくなってみたいという気持ちがあるが一体どんなに話をしていいのかわからない。というような感じだ。
そうこうしているとそのリックに話しかけてくる女生徒がいた。青い髪の毛を肩のラインまで下げ、手入れがきちんとされているような美しい光すら見えるようなその髪質に思わずリックも見惚れるほどであった。
腿の上にのせていたリンが俺の太ももをつねるのだ。どうやら妬いているみたいだ。可愛いやつめ。
リックが顔を上げるとその髪質もそうだったのだがその顔のパーツひとつひとつが整ったまるで完璧な美人がそこにはいた。神様に愛されているとはこういうことなのだろうか。
リックの瞳より少し優しそうな水色の瞳。すらっとした鼻にキスしたら最高に柔らかいのであろう唇。
身体のラインを強調するように着こなされている制服には二つの山がそびえ立ち、それを主張していた。
腰のクビレも素晴らしく抱き心地最高なのだろう。そんなクソ親父みたいなことを考えているリックなのだが、その少女はそんな汚らしい妄想を抱いていることを知らないで話しかけてきた。
「はじめましてね。リックさんとリンさん」
澄んだ少し高いトーンの声で俺と意外なことにリンの名前を呼ぶ。どうやら厄介な貴族というわけではなさそうだ。高圧的な印象もなかったし、周りにいる女生徒の小声でヒルダさんということは聴こえていた。
学院の中でもかなり有名な人物なのであろう
「ええ、はじめまして…お名前をお聞きしても?お嬢様」
俺はリンを隣の椅子に座らせた後、優雅に立って見せてそして肩膝をつきヒルダさんの手の甲にキスをする。どこぞの漫画で見たようなそんな光景だが、女生徒から黄色い悲鳴が聞こえた。
「…ふふ、無理しなくてもいいのよ?私も堅苦しいのは好きじゃないし。私はヒルダ・オルネシアンよ」
「ふむ。バレてたか完璧だと思ったのだけれどな」
「そうね。完璧過ぎるからこそわかったと言った方がいいかしら。体の動きやその作法。どこから見てもどこかの御曹司が使うような立派なものだけれど、絵にしたような動きだからね」
リンの御機嫌をとりつつ口調やその身体の動きなども崩していく。リンの尻尾を優しく撫でながらヒルダと会話を楽しむ。リンの顔色は彷彿としており幸せの絶頂期といってもいいほどだ。これなら問題ないだろう。
「座ったらどうだ」
「ん、ありがとう」
俺と正反対の場所に座り話を切り出してくるのを待つ。ヒルダの視線は俺の身体をくいるように見詰めるがそれは一瞬の出来事である。俺の体からどんなふうに戦っているのとかそういったものを見ようとしたという方が正しい。
まあ、戦士としては基本だがそれでもこんなお姫様のようなヒルダがその技を使うということはなにやらあるのではないだろうか?ヒルダがもし、闘技場での事を見ていてさらには街のゴタゴタも知っているならその動きもうなずける。
戦士と魔導師どちらも例を見ないほどの事をしでかしたリックに興味が湧いたのかそれとも弱みを握りたいのだろうか?
「…リックさん。貴方に一戦交えて欲しい。いいえ、私と戦い弱いところを教えて欲しい」
「その心は」
「詳しくは話せないけどどうしても勝たないといけない相手がいるのお願いします」
ヒルダは俺に頭を下げてそう頼んできた。まだ学院の生徒でもないし、変なところで有名な俺だがそんなやつを信用できるのだろうか?いや、俺の実力を見ているからこそこうやって頼んできたのだろう。それほどまでに勝ちたい相手がいて俺に助けを求めている。
リンの顔を見るとどうやら彼女も出来ることなら助けてやってほしいというのような顔なため断る理由はなかった。
「うし、それじゃあ早速やってやるか」
食堂の外に出て、少し広い庭のようなスペースに対峙する2人。リンは見学だ。
正直に俺は楽しみで仕方なかった。エルダーワールドの絶対王者として君臨していた俺には弟子とかもいない。いやまずそういった情報などを流す必要もなかった。
俺が初めてエルダーワールドに入った時に親切にしてくれた人がいたがその人に教わったことはある。
だが、その人ですら俺の実力を完全に見極めることは出来なかった。だが、その人は俺を教えてくれている時とても楽しそうだったしその人自ら弟子を教えたりするのは冒険している時よりも楽しい時があるということだ。
その当時の言葉を思い出したがために引き受けた。本当に楽しいと思えるのか。
「全力でかかって来い。一切の手加減なしだ」
ヒルダの武器は大鎌だ。死神が持つようなそんな大きな人の丈もあるような鎌を取り出して構える。
ヒルダは学院の中でまたの名を[魅了の死神]と呼ばれる。その美しさと戦いの武器に鎌を使うという戦術からそう名付けられたという。
「はあっ!!!」
ヒルダが軸足に力を込めると懐に飛ぶ込むようにして接的する。大鎌の使う戦術ではないが、実際の戦いになるとかなり困惑するものであろう。
大鎌というリーチの長い武器で接近されたら敵の方が有利に決まっている。しかしいざ目の前の大鎌使いが接的してきたらどうしていいのかわからなくなる。もちろん、その防衛反応として後方に退避したり、左右に避けるだろう。
鎌である射程に入ることを知らないで…。だからこそヒルダはリックに対しても接近しいつものような攻撃方法をとった。どんなに場慣れしている相手だとしても巨大な鎌を持った相手が接近してきたら避けてしまうのだ。
まるで微動だにしないリックに鎌の先端で刺突を繰り出す。鎌の先端にはレイピアの先端のようなものがつけてあり、それで刺突することも可能なのだ。逃げることをしなかったり、それすら不可能なほど動揺している相手に対してはこうして攻撃を繰り出す。
「速いな」
リックはヒルダに対して少なからず賞賛していた。ヒルダの身体全身から繰り出されるその攻撃は間違いなくとてつもないほどの威力を発揮させられるだろうし、その大鎌を振るうだけの腕力がしっかりと身に付いているようだった。まあ、見た目には映らないため女性としての細くも柔らかそうな腕なのだが…。
武器に振り回されていない。しっかりと大鎌を使えている。
リックに対して行われた刺突を難なく交わし、そう分析するリックの動きを目で追いかけていたヒルダは魔法を俺に打ち込む。
エルダーワールドでの風の初級魔法ウィンドカッター。
風を生み出す魔法で、その強烈な風を薄く伸ばしたようにして打ち出すことによりかまいたちのような傷を残す魔法である。切断などに優れ、割と簡単に扱える魔法なため優秀なものである。
熟練したものになるとウィンドカッターを何枚も周囲に打ち出すことも出来るし、考え方によってはウィンドカッターを重ねがけすることにより、厚みのあるさらに鋭いものにさせることもできるようになるのだ。
ヒルダの繰り出したのはその二つではないもう一つのものだ。小さいウィンドカッターを連続して同じ場所にガトリングのように打ち出すもので、その至近距離からの魔法だ。普通なら避けることも出来ないしダメージも相当なものになるだろう。
「威力、魔法のタイミング、詠唱を気付かれずに行う技術。どれも満点をあげれるぞ」
リックの全身に全弾命中したにも関わらず何事もなかったかのようにその場に立つ姿を見てヒルダは予想していたよりも大きな衝撃を受けていた。
ヒルダの本当に全力全開の一撃にも関わらずこの余裕さ…力量の違いを思い知り苦笑いしか浮かばなかった。
「まあ、このレベルで勝てない相手となるとおそらくなにかを仕込んでいるな。魔導具やドーピング剤。遠距離からの支援だな」
エルダーワールド・オンラインでもPVPでそういった行為は度々報告されていた。魔導具の使用を禁じられた戦いであってもアクセサリーや体の一部に仕込ませていたり、魔法強人薬や心身安定剤などといったいわゆるドーピング関係。そして、一番質の悪い遠距離支援だ。
遠距離支援は本当に判別が難しいし、どこから送られてきているのかなどわからない。そして、効果が一番高いのだ。支援魔法の中に自身のパラメーターを半分明け渡すというのがある。それを使われているならヒルダがかなわないのも納得がつく。
「…でもそれすら突破できる秘策がある」
俺はその支援をきっとわかっていてそれすら覆すほどの力で勝ちたいヒルダを応援したかった。当時の俺を見ているみたいでとても懐かしい気持ちになっていた。
ヒルダの相手は確実に支援魔法を受けている。それもヒルダは承知の上で勝ちたいのだろう。おそらくかなり名のある敵…それも権力やそういった関係が強くある者。
「秘技[灰燼招雷]知っているか?」
「いえ…どういったものなのですか?」
「灰燼招雷はすべての身体能力を3倍に引き上げるスキル。ただしそれ相応の反動を受けることになるけどな…灰燼招雷を使えば支援魔法の受けた相手だとしても虫を潰すみたいに倒せるはずだ。激痛を伴ういや、下手をしたらそれだけじゃ済まないような反動が来るがそれでもいいなら教えてやる」
灰燼招雷。エルダーワールド・オンラインにおけるパラメーター上昇スキルの中で第一位の上昇率を誇る最強のパワーアップ系スキルだ。
エルダーワールド時代でもその反動はとてつもないものであった。灰燼招雷を使ったがために戦闘職を諦め生産職にでつけるものまでいたほどであった。しかし、その灰燼招雷を乗り越えたものこそ本当の意味で人間を超えることができる。という変な噂まであったほどだ。
その反動の中身は自身のHPの8割を失うというもの。いわゆる命を削るスキルだ。
そして、その失ったHPダメージがノックバックとして痛みを伴う…これが本当の世界で行った場合どうなるのか…肉体が耐えられるのかそれとも激痛によって精神が壊れてしまうかもしれない。そういった不安があった。
「教えてください。私にその灰燼招雷を」
ヒルダはもう、引き返すつもりは無いということだ。いいだろう灰燼招雷を教えてやる。
ヒルダの見きわめを終わらせた後灰燼招雷を教えるという約束をし、俺とリンはクラス発表の会場に来ていた。
ヒルダはこのあと授業があるようなのでお別れしたのだがなかなか面白い娘だと感じているリックと複雑な顔をしていたリンである。
木製の大きなボードに張り出されていく受験番号。仲の良い子と一緒になった人が喜んでいたりFクラスになってすごい落ち込んだような顔をする者。Aクラスの連中はもう、見る必要も無いような人たちばかりだった。
リンFクラス。俺、Fクラス
まあ、俺のところを見て愉快に笑っている連中の中にチラホラとめんどくさそうな奴らが混じっていたため、おそらくその仕業だろう。面白くないがリンと同じクラスになったし、別に問題ない。たとえFクラスだろうが結局のところ目的は冒険者の基礎を学ぶだけなのだから。
流石に申し訳なさそうな教師達をなだめるように苦笑いでその場を後にして俺とリンはFクラスのある場所に向かう。
Aクラス方角はキラキラとした素晴らしい廊下。それに比べてこっちは木造という完全に差別化をはかっていたのだがリックにとっては懐かしいようなそんな印象を持っていた。
木造の学校とかなかなかあの時代では見ることもなかった。火事や耐震性の問題のためどうしても石造かコンクリートなどそういったものだ。それからはVRの方に移転して結果として木造のものなんて見ることも出来なくなったから、なかなか心地よい印象を与えていた。
Fと書かれた扉を開けると既に何人かの人が受験番号の紙が置かれた席に腰掛けていた。
残念ながらリンの隣ではなかったがその横にはこれまた可愛らしい子がちょこんと座っていた。まるで幼女だ。
特徴的なのはその翠の瞳と長い耳。そして、瞳の色と同じく緑色の艶やかな髪である。
エルフと呼ばれる長齢の種族であり、12歳くらいの容姿であっても実際は50歳くらいの年齢であるらしい。
良くあるファンタジーものと大きく違うのは高身長ではないという事だ。年齢が上がるにつれて大きくなるのだがそれでも140センチがいい所という。俺の顔を見てポケーとした呆けた顔をしていたがどうやら魔力MPを覗いていたのだろう。エルフにはある特殊な力があり、その力とは相手のMPをオーラとしてみることができるのだ。
「…美しい…まるで妖精王のよう」
「そんなに凄いのか?」
「あ…すいません。勝手に覗き込んでしまって…えっと私はセーラといいます。」
「セーラかいい名前だ。俺はリック、ところで俺のオーラはそんなに良かったのか?」
セーラに話を聞くところ、エルフの中でもさらに上位のハイエルフが崇めている妖精王という存在がいるらしい。
王といっても女性なため女王と言った方がいいらしい。そんな妖精女王は式典で姿を現す時エルフの目からはオーラが見えるのだ。オーラには色によって区別されるらしいのだが、まず大方の人間は白色のオーラを纏っていると言われている。
そして、エルフ達は回復やその他精霊魔法に通じるため緑色のオーラが多いそうだ。ドワーフ達は赤い燃えるようなオーラが…中には水のような流れるオーラ、光り輝く天女様のようなオーラや黒くおぞましいオーラなども存在する。
その中でも妖精女王は黄金色。魔法に通じ全魔法に愛され、精霊についても嫌われることがない最強のオーラといってもいいその黄金色は妖精女王しか備わっていないとされていた。
しかし、セーラの目の前にいるリックはその妖精女王同じ神々しい黄金色のオーラを纏っているのだ。この教室に入ってきた瞬間に言葉を失っているエルフは他にもいた。男性のエルフなのだがその人からしてみてもまるで夢を見ているようなそんなレベルだろう。
自分たちでは手も届かない妖精女王同じ存在が目の前にいるのだ。セーラも他のエルフも…そう、あの試験会場からエルフ達にはリックは神と同じ存在として崇められるほどであった。
事実、セーラも隣に立てているのが申し訳ないほどであり、今すぐにでもこのお方の足元で拝み、そして崇めたいと思うほどであった。
「…流石にまずいか」
リックは別の意味で嫌な汗を流していた。本来、黄金色のオーラは妖精女王しかいない。にも関わらずこうして俺のような存在が現れたとするとエルフ達はまだどうにかなるかもしれないがハイエルフ達は俺を目の敵にする危険があった。
「あの、その心配はないと思います…我々エルフは黄金色のオーラを持つものには崇拝しておりますのでたとえ妖精女王様以外の者であっても殺めたりする事は無いはずです。我々エルフの中で黄金色に手を掛けたものは死刑よりも重い罪にとわれますし…それこそ我々エルフは黄金色のオーラを持つものの為ならば人類と敵対することすらいとわないほどなのですから」
マジか…流石に崇拝という次元ではない気がしてきたけどまあ、確かによく良く考えてみたらそれも当たり前なのかもしれない。元の世界でいうと日本なら天皇陛下。アメリカなら大統領とか宗教とかでいうとキリスト教のローマ教皇とかそういった方々と同じくらいの存在があるということなのだろう。
まあ、そのレベルになるなら死罪よりも重くなってもおかしくないわな。
しかしふと思った。なぜセーラはエルフなのにFクラスなのだろうか?普通のエルフならばAはダメだとしてもBとかCは余裕だろう。
幼少期から魔法に通じ、さらには精霊にも愛される種族がFクラスというのはどう考えてもおかしい。ごく稀に病気によって魔法が使えないエルフも生まれてくるのだが、そういったもの達もまた、魔力の扱いには長けているため他の魔法師と段違いに強い。
セーラの姿から見てもそういった魔法が使えないようなものではないし、普通に使えるエルフだ。
「……えへへ私はエルフの中でも希少種のハーフエルフなんです普段はエルフの姿なんですがハーフエルフは夜になると本領を発揮できるようになり、逆に太陽がある時間帯は弱体化してしまう種なんですよ、残念なことに試験は昼間ですからこうしてFクラスなんです。」
ハーフエルフ。姿形はエルフと何ら変わらないが、その特性は大きくエルフと異なる。
セーラの言うとおり、ハーフエルフは昼間は普通のエルフに比べて半分の力も持たない。だが、夜月明かりに照らされることにより通常のエルフの二倍強くなるのだ。生まれてくる原因は謎だが迫害の対象となるわけでもないし、逆に夜になるととても強くなるため人気の種でもあった。
「ハーフエルフか」
エルダーワールド・オンラインでもそのエルフは存在していた。基本的に自由度が高いエルダーワールドではNPCもまるで生きているように生活しているため、ハーフエルフとのイベントも何度が経験した。実はリックに魔法を教え込んだ師匠と言える人はそのNPCであるハーフエルフであった。肉弾戦ばかりで脳筋プレイだったリックは接近戦敵なしであったのだが魔法による遠距離からの攻撃だけは苦手だったのだ。
そのNPCに教わることがてきたのはほとんど幸運だった。本来イベントでもないところでハーフエルフが瀕死になりかかっていたため助けに向かったら結構強いボスモンスターがいた為、ゴリ押しして倒し結果としてそのハーフエルフに魔法を教わった。
まず、エルフの中でも滅多にお目にかかることが出来ないハーフエルフが瀕死の状態でさらにはそれを助け出すという低確率の状況が必要になるわけだ。しかも夜にならないと動き出すことがないハーフエルフが瀕死に追いやられるほどの強敵と戦うハメになるのだ。攻略組やスレや掲示板にもそういった情報は一切入っていなかった。
そのお陰で魔法職でもないリックが魔法職の人間を軽くあしらう程にまで急成長しエルダーワールド最強の人として名を刻んだと言ってもいい。
懐かしいようなそれでいて師匠といえるハーフエルフがこちらに存在しているのか気になったのだ。こちらの世界は確かにエルダーワールドの名残があった。魔法も地形がその例である。
「はぁーいみなさーんはじめましてぇ〜」
俺とセーラが話し込んでいたら前の扉を開けて入ってきた耳の長くそして、すごい間延びするようなほんわかとした女性が入ってきた。胸とお尻が今まで見た誰よりも大きくそしてエロい。ワイシャツに入り切らないのかはち切れんばかりにそれが溢れそうになっていてキツそうだ。
髪の色は真っ赤なのだが、おっとりとした印象を植え付けたため、勇ましい女性にはどう考えても見えなかった。
男子生徒は内心ガッツポーズだろう。最低ランクのFになって人生の終わりみたいな顔をしていた人も笑顔になった。男の先生とか厳しい人だったらもはやこの場は牢獄と化していただろうが今は楽園だ。
女の生徒達も男の人でなくて安心しきっている様子だった、まあ、女の生徒の扱いがひどいこの場でおいて男性教師となると変なことをされてもおかしくない訳だ。
「みなさんにはぁこれから対人戦を意識した戦闘を行っていただきますぅ。冒険者になる方も、魔導師を志す方もまずは対人戦を学ばなくてはなりません。なぜなら魔物との戦闘よりも人とのイザコザで戦いになる方がこの先の人生では多いからですぅ。一番怖いのは魔物じゃなく人なんですよぉ〜」
…先生の名前はナターシャという。ハイエルフの先生だ。ハイエルフの中でも特にグラマーで美人のナターシャ先生のクラスになった男子生徒と女子生徒はみんな笑顔だったがセーラと俺だけはそのおっとりとした先生の奥底に眠る獰猛な獣の気配を感じ取っていた。
セーラは知っているのだ。あのナターシャが過去に行ったとてつもない出来事を…ハイエルフいやエルフの中でもその出来事を超えるものは無いという。
ナターシャ・ディルーカ。ナターシャは過去に世界を滅ぼしかねない魔王と戦った経緯を持っているのだ。
その時の出来事を書いた本によると、魔王軍4万に対してエルフの里は600人での戦闘を余儀なくされた。魔王軍の猛攻にエルフの里も陥落すると思われたその時、ナターシャによる反攻作戦が開始された。
敵軍4万に突撃するナターシャはエルフにはみえなかった。至近距離の相手に爆破魔法や広域に対しての氷結魔法。大気を突き落とす戦術的魔法。数々を駆使し魔王軍4万の兵は半壊。撤退を余儀なくさせるほどの大戦果をあげた。泣く子も黙る鬼エルフナターシャというよく分からない言い伝えすらある程だ。
そんなナターシャが何故Fクラスの先生をやっているのか…いや、こうして見ると彼女の目はセーラの横の男の人に向いて熱い眼差しを送っている。そうだ、ナターシャはリックを狙っているのだろう。
「先生、対人戦を行うのはいいのですが私達はまだ入って間もない生徒です。手加減やそういった事を出来るような技量を持ち合わせていません」
「ふふ、手加減なんて必要ないわぁ。本当の戦いでは手加減なんてする必要ないんだから。だからこの対人戦でも手加減する事は禁止するわ。もちろん私の大切な生徒だから傷つける事はさせないけどそれでもちょっと怖いことになるかもしれないけれどね」
なるほどね…彼女は先生としても有能なのだろう。対人戦を行うことにより相手が人の場合でも臆することなく戦うことができるかもしれないし、全力で相手してくる相手をどう倒すかという事を実戦で叩き込む。
学び考えるよりも身体に教え込む方が手っ取り早くそして覚えやすい。そして、相手が格上だとしてもどう戦いどう攻めるかという思考する力も教え込むのだ。
改めて周りを見渡してみるとカーディガンの制服に身を包みその話を真摯になって聞いている生徒達。そして、対人戦と聞いて怖がるようなそんな感じだった。無理もない…隣にいるクラスメイトと全力で殺し合いをするようなものだ。たまったものではない
「本当のところはあなた達の伸びしろをみたいのよ。だから本気で相手してもらってそれを調べるの。安心して?私の魔法でダメージの大方を削ぐことは出来るから」
ダメージ遮断か…凄いなあれは確か魔法じゃなくてスキルの類だった気がするが重騎士スキルだ。大盾を持ち味方のダメージを遮断する盾役にのみ使える絶対防御の支援系だ。
重騎士スキルなんてのはほんとに人気がない中の一つだった。確かに防御面でとてつもないほどの鉄壁を誇る重騎士だが、それに見合った筋力関係のパラメーターや通常の防具よりも高い防具になるため、お金がかかるのだ。
俺らは先生の後に続いて試験の会場だった闘技場に入っていった。中には誰もおらず、俺達Fクラスの生徒だけだった。
「さて皆さん。ここで戦闘してもらう前に伝えておくことがありますぅ。それはこのFクラスについてです。みんなは落ちこぼれ、能力も魔法も弱い使い捨ての駒。
最低のFとかそういった感じがあると思いですがそれは大間違いです。Fクラスというのは落ちこぼれなんかでも能力も魔法弱いなんてのは噂によるものなんですよ?なぜそんな不名誉な噂が立つかというと私自らそういった噂を立てているからよ。
さて、みなさんに質問です。なぜこのような不名誉な噂を先生自ら立てているのでしょうか?」
…騙された。俺はまんまとこの先生の噂を信じきっていた。なぜ、Fクラスが最低と思い込んでいたのだろうか?確かにここにいる全員を見ても優秀な者達より劣る。だがそれは真実の姿ではないからだ。セーラがその例である。
そして、ナターシャという先生。
エルフの中でも偉人レベルの人がFクラスを教えるはずないのだ。俺のオーラの話でも流石に偉人が動くことはないだろう。つまり、ここにいる全員が実力を持ったイレギュラーなのだ。
そしてナターシャの答え。俺達はAクラスを凌ぐ力を持ちそれを邪険する貴族から守るための嘘の情報。おそらくナターシャは長い年月をかけてそれを浸透させてきたのだろう。
「ふふ、答えが出始めている人もいるみたいだから対人戦の訓練を始めるわね。まずはお手本として私とリックさんの模擬戦闘を見てもらいます」
「俺かよ…」
まあ、あれだけの騒ぎを引き起こし挙句の果てに黄金色のオーラと来たもんだ。ナターシャの耳に入ってくるだろう
「…まあいいさ。ナターシャ先生ご指導のほどよろしくお願いします」
ナターシャの魔法が各自に行き渡ったのを確認し、ナターシャの合図によってその模擬戦は開始された。
その時、ナターシャはリックという存在を自分より下だとそう感じていた。周りに纏っているオーラもどうせ、まともに魔法を扱うことも出来ないような力任せのものだと。もちろん、力任せのリックであるが、エルダーワールドとこちらとでは大きく力の差や技量など退化していた。
そのため、ナターシャの考えは大きく外れ、リックがその目を変えた時にはナターシャの全身が危機を感じ取るほどに凄まじい何かを覚えた。
リックにとってナターシャがどのレベルなのかを確かめるために放ったいわば脅しだ。この位の殺気なら大丈夫だろうと思ったほとんど威力のないソナーのようなものを発しただけであった。
4割ほどの力である。それでもナターシャはどうにかその場に立ち続けることが出来たのだが足は震え、今にも崩れ落ちるのではないかという位に顔色を悪くしていた。
ナターシャがかつて対峙した魔王その人よりも何倍も強大であった。あの時ナターシャの全力を喰らっても余裕で立っていた魔王ですらリックの前では霞むほどである。幸いなことに自分に向けてのみその殺意を放っているようで周りにはなんとも内容だが感の鋭い者や気配に敏感な者達は冷や汗を流し、その光景を眺めていた。
「手加減なしだろ…」
リックはちょっとだけ楽しそうにしながら力を解放していく。4割から5割…6割とそして、7割に到達しようと言うところでナターシャの全力が叩き込まれた。
神速の一撃によるライトニングだ。閃光とともに放たれたその貫くような雷の槍は間違いなくナターシャの全力を限界まで引き絞って放たれたものだ。
ナターシャはしまったといえ顔をした、たとえ訓練で相手がとてつもない相手だとしても生徒なのだ。そんな生徒に向かって本気の一撃をしかも殺すことを前提にしてしまっていた。
「……おお…流石ナターシャ先生だな。結構効いたぜ先生も本気でやってくれたようだから終わりにしよう」
リックは少し眠たそうにしながら欠伸をし、生徒達の元へ戻っていった。それと同時にすべての束縛から解放されたナターシャは全身から汗が吹き出し荒い呼吸を繰り返していた。
リックの殺意はナターシャの首を物理的に締めているように呼吸を困難にしていた。そしてありったけの力を込めたライトニングをなんともない様子で喰らってその場をあとにしたのだ。
完敗であった。初手から向こうの戦力を間違えていた。黄金色のオーラを纏っているだけそう感じさせてしまうようなオーラを見せていたのだろう。
先生の立場としても勝ち目なんてない。相手は同じ土俵にすらいない遥か高みにいる存在なのだ。そんな彼を一から指導する必要なんてあるのだろうか?女子生徒はまるでリックを目の敵にするように睨み付けるのだが、そんな事をしていい相手ではない。あの人は私たちと同列ではないそう、口にしたかった。
男子からも嫌な目線を向けられているリックは何事もないようにリンという獣人の少女の耳を触る、幸せそうにするリン。その様子を見て先程までとは大違いなほど優しそうな青年の笑顔がそこにあった。
目の敵にしていた少女達もそのかわりようには動揺を隠せていないし、中にはその戦闘の怖くも頼もしい表情と自分だけに見せてくれる優しい笑みというシチュエーションで妄想に入り込みそうな乙女達が大勢湧いていた。
「…リックさん、なんでナターシャ先生の事をあんなに怖らがらせたんですか?」
「ああ、別に大した理由じゃないぞ?ナターシャ先生は本気で相手をしろと言ったにも関わらず自分は手加減する様子だったからな。本気を出させてやろうとした訳よ。
もう一つはちょっと小馬鹿にされてた感じがあったからな…そこは生徒としての態度じゃなかったから俺の反省だ。先生が悪いわけじゃないぞ。結局自分の自己満足のために力を出したんだし魔法だって使ってなかったしね…でもナターシャ先生流石だなあんなに完璧に制御されたライトニングを俺の心臓に当ててきた。ありゃ完全に殺るつもりだったぜおっかねぇ」
ちょっとだけ身震いしたのは秘密である。あの時ナターシャが見せた本気の目はリックでも驚くほどのものであったのだ。あれを上手く使いこなせればおそらく大抵の相手なら怖気づいて逃げ出すことだろう。
それを聞いていたナターシャは説教を食らったようなしかし、嬉しいような複雑な気持ちでいた。
「不思議ですね。この年になってどのような相手だとしても手を抜いてはいけないということを思い出しそして本気で戦うことがこんなにも気持ちの良い事だなんて…ってみなさんは私みたいにはならないですがそれでも全力でやってくださいね」
俺とナターシャ先生による模擬戦が終わった後、クラスのみんなはそれぞれの人と本気での訓練が始まった。
俺の相手はもちろんリンだ。ほかの男にやらせるわけには行かない。というか俺が徹底的に鍛え上げる。
こうして、リックの学院生活が始まったのである。
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