第2話 王立オルタ魔導学院

△王立オルタ魔導学院△



魔導学院のあまりは無駄にピリピリとした空気が漂っていた。まるで大学受験を控えた高校生のような懐かしくも息苦しい空気だ。どうやら魔導学院は俺らが入学する時と時同じくして12歳からの一般入学試験があるという。これについてはほぼ学費免除や優劣が計られることがあるらしい。入学試験の結果によってAクラスからFクラスに組み分けされFクラスの人間はまるでゴミのような扱いを受けるらしい。Aクラスは魔導を志すものなら確実にここに入らなくてはならないようなそんなお約束事がある。


実際のところは裏での取引や金の受け渡しによってその優劣は変化させられる。つまりは貴族達による占領地ということだ。そのため、どんなに一般で優れた試験結果を得たとしても貴族による圧力や職員たちによる不正の数々によりAクラスに編入されることはないという。


ここら辺もかなりテンプレだが、酷いのは女性に対する偏見についてだ。この魔導学院における女性の扱いはまるで世界が違う。国による介入をされることがないこの学院では奴隷のように扱われても文句を言われないし卒業した後でそれを告発した場合でも罪に問われることがない。



俺らが魔導学院の入学手続きをしているとやはり突っかかって来る奴がいた。視界に捉えずとも気配で察知することも出来るため無視を突き通していたがどうにも回避することが困難のようだ。



「君はなんだね?そのみすぼらしい服装と言いその周りに発生させられないほどの微力の魔力。ここは魔導学院だよ?なんで君のような下等がここに入ろうと思ったのか理由をお聞かせ願いたいね」



「ちっ…めんどくせぇな」


そういいつつリックの顔は笑みで包まれていた



「…リック様あまり大事にはなされない方が」


「わかってるよ。リン」




彼女の耳の周りをくすぐるようにして撫で回すと途端に顔が蕩ける。ふにゃ、にゃふぅとか可愛い声を上げて俺にもたれ掛かるが蚊帳の外に放り出された貴族の坊ちゃんは堪忍袋の緒が切れたように顔を赤くして怒り出す。



「な、なんなんだ!!その雌は!獣人の癖に人に媚を売り全く売女がなんでここにいるんだか」



…聞き捨てならねぇなリンはつい先日あったばかりだが俺に優しくしてくれたし、なにより可愛い。そんな女の子を売女呼ばわりだと。



俺はエルダーワールド・オンラインで裏ボスと対峙しているような殺気をあたりに放出させる。その物量にまでの濃密な殺気にあたりにいる感の鋭い入学者や冒険者が咄嗟に武器に手を掛ける。



「…もう一度リンのことを売女と呼んでみろ貴様をこの世から抹消してくれる。跡形もなくな」



流石にこの場の空気が険悪を超えて悪魔が降臨したかのように絶望に塗れた場所に様変わりして通りかかる一般人は何事かと頭を傾げるがまともにリックの姿を見たものは数週間その悪夢にうなされることになった。




受付のお姉さんはまともにその殺気を浴びてしまい無意識のうちに失禁してしまっていたがそれに気がつくはずもない。今目の前で受付をしている人こそが絶望という名の殺気をあたりに振りまいた本人であり、優しい笑みを浮かべている彼から顔を背けることが出来なかったのだ。吸い込まれそうなほどの深い深い瞳に惚れ込んだようなそんな感覚にまで陥る。


「ほぅMP量検査と適性検査と威力検査かリンは魔法が無理だからFクラス確定か…まあ、俺はどうなるかな」



未だに動くことを許されない貴族は俺の視線にビクリと身体を震わせるだけでその場から立ち去ることも出来ない。結局貴族が動けるようになったのは受付時間終了間際になってからなのだが既にその場にいないリックを憎らしそうな顔を浮かべていたのは受付の女性以外は知らない。





お昼頃、入学者たちが全員魔導学院の門の前に集められて入学手続きの説明や検査の説明を真摯になって聞いていた。すでここからテストだと思っている連中も多いがそんなことを気にする必要も無い貴族関係の人はニタニタとその光景を笑いだから見つめていた。


俺はその頃少し遅めの昼食を頂いていた。俺はピザとトマトスープ、リンはパンとベーコンエッグそして俺と同じトマトスープを頼んだ。


リンについては俺が時間をオーバーして説明を受けていないのを心配そうに見ているのだが俺としては全く問題ない。あそこの声は聴こえているため大方どんなことが禁止とかそういったことを確認することは出来る。



「リン。禁止項目に魔法発動時におけるMP消費軽減などの禁止とあるんだがなぜそれがダメなのかわかるか?普通の戦闘ならMP消費軽減とか必須だと思うんだけどな」



「えっと。それはリック様が特別な訳でMP消費軽減というのはそれに伴い威力が減衰してしまうものなのです。そのため、禁止項目に該当し本来の実力ではないと判断されてしまうのです」



「って事は魔法を全力全開で発動させないといけないというわけか」



リンの視点からしてみるとその獰猛な獣のような笑みに思わず飲み込まれそうになるほどのそんなリックの顔が何故かとても恥ずかしくて胸がドキドキしていた。



あの時貴族の言葉に思わず傷つきそうになったのにそれを埋めるどころか心を変に昂らせるリックにリンの恋心という気持ちは揺れ動いてしまう。彼女の顔はきっといつにもまして真っ赤だろう。それに気が付かないリックではないがさらに悪戯心が刺激されるためちょいちょいリンが喜びそうな言葉を会話に混ぜ合わせてやると耳がピコん!と立ったり尻尾がパタパタと忙しなく振られたりするのを見て楽しんでいた。








試験開始時刻になると俺らは闘技場の中央に集められ、四列に並んで順々に試験が始められる。緊張でガチガチになって魔法が暴発しそうになるものや普段通りに魔法を放つもの。様々だがここでもやはり貴族というのは色々問題になるようだ。どう考えてもC判定レベルの攻撃魔法だったにも関わらずA判定になった貴族に突っかかるものの衛兵に捕まって喚きながら退出される者。それを傍観しつつ貴族に偏見の目を向ける一般の人は大勢いたがそんなことを気にもしていないような図太い性格の持ち主などもいた。



「それでは次の番号の方お願いします」


俺の番号は163番でリンはその後の164番だ。そのため、隣の列での試験になる。まずはじめはMP量検査となる。リンの様子を見ていると水晶に手を置くと微かに光を放ったがそれがすぐに消えてしまった。その様子を見てしょんぼりとするリン。それにつられて耳まで垂れるからなかなか周りの目を奪う事にもなる。貴族の連中はそれを鼻で笑ったが自分たちも似たようなものである。



っと俺もやらないとな…



俺は水晶に手を置くとそのままじっとしていると最初は薄い黄金色の色だったのだがそれが変化していき白く大きな光になっていき次の瞬間、3列を巻き込むような大きな光になると同時にあたりが沈黙した。それもそのはず普通、MP量検査では水晶の中に光が宿るようなものなのだ。なのにリックの水晶はその輝きを留めることなく外に放出していったのだ。



過去に事例があったがそれも五百年前の話だ。まさか本当にできる人物が現れると職員含めそういった過去の魔術、魔導に詳しい入学生は驚きをこくせないと同時に研究者としての目を光らせた。



「え、えっと…リックさんのMP量はS判定となります」


S判定とはこの学院創設者であり現理事長の魔導王レスティーが定めたA判定を超えるものだ。通常の場合で測定が不可能な場合や既定値を大幅に超え異常をきたすレベルの場合にのみこのS判定が出される。


実は魔道王でもあるレスティーもこのS判定であった。レスティーの場合はリックと違い純粋なMP量の多さではなくその魔力MPの純度の高すぎるがゆえに判定が困難だったということだ。



次の試験は適性検査。MP量の多さに加えそれを扱えるかの試験となり、これも水晶によって判定される。ただし俺の場合は通常の水晶では判断出来ない可能性があるためレスティー特製の黒水晶での判定となる。


次はMPの放出のみとなる。そのため、俺は全力全開でMPを流し込もうとしたところ黒水晶が跡形もなく粉砕してしまうという珍事に陥った。まだ5割も出し切っていなかったというのに。



「リン…そんな俺を哀れむような目で見ないでくれ。俺だってこんなことになるなんて思ってもいなかったんだよ。だって半分の力も出してないのに壊れるんだから」



「…リック様私が言った全力全開というのは一般人の方のみです。リック様は本気を出しちゃいけないんです」





結果はもちろんS判定となる。二項目S判定とまでなると既に職員4人での検査となるが全く問題ないということだしそれ以前にまだ5割ということを聞いた職員達は顔を蒼白とさせる。



「最後は威力検査ね…さてとまずはじめに1割で飛ばしてみるか」


この威力検査において俺は別枠口となり、四列あった場所をすべて貸し切っての検査となる。流石の貴族達も先程までの結果を見ている為なのか口に出すことは無かったが後々親になにか伝えるだろう。特に俺なんてのは邪魔者でしかないからな…。



俺はラスボス戦でも重宝したお気に入りのファイアランスを無詠唱で発動させる。ああ、詠唱効果とかは正直必要ない。俺の基本は一撃必殺なため、MPとか関係なしにすべてを叩き込むことを魔法では基本としてきた。そのため、結構力加減が苦手だったりする。



まず入学生…観客たちは無詠唱について驚いていたのだがその無詠唱で発動したとは思えないほどの巨大なファイアランスに目を疑った。


まず、エルダーワールド・オンラインでのファイアランスは長さ6m横の長さが2mの巨大な炎のランスなのだがこちらでのファイアランスは長さ2m、横0.3mのものである。


この時点で大きな違いが出てしまっているがそれを知らないリックにとって1割の力を込めたファイアランスでこの世界の基準を大幅に超えているのだ。



それを槍投げの感覚で木彫りの人形に向かって投擲する。



爆発音の後に投擲の音が届くというもはや人間の技ではない芸当をしでかすリックである。しかし当の本人は微妙な表情を浮かべていた。


その表情の原因とは人形の方を見てみるとリックの浮かべている微妙な表情ではない絶句という表情を観客たちは浮かべた。


まず術師3人による魔法のシールドおよび、耐久性を上げる魔法や特殊は防具を装備させていたのだ。それにもかかわらずリックの放ったファイアランスはその3枚のシールドと魔法、防具を貫いていたのだ。実は爆発は人形の後方で発生されたものである。本来のファイアランスは投擲し相手に着弾したと同時に爆発しそれを基本の形としていた。だが、あまりにも速すぎる投擲と制限されたMPにより投擲の威力の方が上回ってしまったというわけだ。


それだけならまだ大丈夫だったのだがさらにその貫通した鎧の方はドロドロとまるでマグマのように溶け、地面に滴り落ちているのだ。



極めつけはその背後にある大きなクレーター痕である。未だにあたりの空気を歪めるほどの高温を発生させ続けているクレーターはまるで隕石が落下した後のようなそんなことを彷彿とさせる。



しかし1割だ。


大事なことなのでもう一度こんな馬鹿げた威力だとしても1割の力しか出していないのである。



「さてと…次は3割いってみるか!」


「やめろ!いややめてくださいお願いします。この闘技場が壊れてしまいます」



俺の隣の職員は必死の形相で俺を止める。それもそうだろうあれほどの威力を出したとしてもその職員には本当にリックの1割という完全な制御で放たれた魔法だとはっきり確認出来たのだから。



「インチキだ!!あんなのインチキに決まってる。そうだ闘技場の中に設置型の魔法を仕掛けていたんだろう!」


まずこの闘技場は不正禁止のために一週間以上前から封鎖されていた。その時点で仕掛けることは不可能だ。俺ならどうにかできるかもしれないがそんな無駄なことをしてまで受かりたいとは思わないだろう。1週間以上その魔法を維持できるほどのMPを持つやつならこのくらいの試験でFにいくこともないだろう。


しかも封鎖される前に徹底的に魔法反応の検査を行い、その後検査開始時にも2倍の時間をかけて行っているのだ。気付かれずに魔法を張り巡らせるなんて不可能に等しい。


それを知らない訳では無いだろう。言い掛かりをつけてきたあの坊ちゃんだって先程ほどの威力検査で不正を使っていた。それに気が付いていた職員だが、おそらく金を渡されているか弱みにつけこまれたかなにかしてそれを黙っていたのだから…。



その坊ちゃんは服の下に威力アップの装飾品を身に付いていると思われる。



「くっく、そうだ!そこのお前俺と勝負するんだ!負けたらこの場を去ってもらう。俺は元老院ローゼン・アルゼイン家の長男ローゼン・ジュレイ。高貴なる俺の名前を聞けたことに感謝するんだな」



元老院というのはこの大陸の著名人や実力者たちが所属し絶対的な権力を持つと言われている組織である。ローゼン・アルゼインはその中でも商および金銭でのトップと言われており逆らったら最後この大陸で買い物が出来なくなるとまで言われている存在だ。



リンはそう言っていた。本当かどうかは知らないが噂によると既にローゼン・アルゼインは病弱し元老院やその他会合などにも出席していないという。実際的な権力は数年前から落ちてしまいこうして跡取りであるローゼン・ジュレイがかなり悪どい事をしているという情報もチラホラとあるらしい。



「俺と勝負?面白いな」


ローゼン家の話はどうでもいいがこいつは俺に勝負を挑んだ。なかなか面白いことを言うガキだと俺はそう感じていた。なにせさっきの攻撃が不正だと思っていてもあの高速で放たれた魔法は何だったのかという疑問について対処できるのだろう。エルダーワールド・オンラインで圧倒的な力を持ち合わせていた俺に正々堂々戦いを挑むというのだ。



エルダーワールド・オンラインにはもちろんPKが存在した。PVP戦やギルド戦などといった正式な戦いの場やイベントなども催されたりしたが休憩していたところを刺されるということや毒を飲まされ金品を奪うということもあったのだ。だが当日そのPKが流行った時代。誰ひとりとして暗殺できなかったのが俺である。


ギルド戦やPVPで誘われたこともあったが全戦全勝という記録を打ち立てた。まず防御系…当日数人で討伐するようなボスを一人で倒してしまった俺は本来であれば数人に分けられる経験値を独り占めした。そのため、レベルが跳ね上がり、基本的な物理攻撃に耐性ができた。そのため暗殺や毒といった状態異常も常人の数倍から数十倍にまで増大していた俺はPKしようにもできなかったというわけだ。


ギルド戦についても俺1人で敵のギルドを壊滅、そのギルドが逆恨みで俺をゲーム通貨で雇い、仕返し…もちろんその仕返しを受けたギルドの連中も全滅という結果になり、いつしかエルダーワールド・オンラインで二つ名が広まった


俺の別名[デスイーター]



掲示板やスレなどにも度々そのデスイーターは登場した。もちろん掲示板で「厨二乙」とか「デスwwwイーターwww」とかバカにしていた連中もいたがあるギルド戦での光景をムービーとして録画していたやつがそれを流したらそのバカにしていた連中も一斉になりを潜めた。



まあ、そのギルド戦は主に俺の所有権をめぐっての言い争うから始まったのだがそれに嫌気がさし双方のギルド員およびギルドマスターをPKしてちる光景なのだが…。





そして、今、久方ぶりにPKできるのだ。しかもしっかりと正面から戦ってきてくれるやつが。







職員達も止めることは出来ないだろうとその場を明け渡し、観客達もしっかりと保護障壁に包まれた観客席に移動し俺とジュレイの戦闘を見ていた。




「引っかかりあがったな!下衆が!」



ジュレイは懐から取り出した魔導書を手にして詠唱を始める。すると観客達は悲鳴を上げる。職員たちの慌てぶりと会話の内容からあの魔導書は禁呪指定の魔法が込められた危険なものであるらしい。



禁呪魔法か…さて一体どんなものなのかな




「くくく、絶望で魔法も唱えられないか!!無理もない!!!さあ、死ぬがいい!イクリプス・フレア!!!!」



イクリプス・フレア


威力580消費MP250詠唱時間8秒。クールタイム1分



高密度による圧縮された炎を瞬間開放しその炎と爆発による効果で相手にダメージを与える上位魔法。基本的に炎のダメージよりも爆発火力による攻撃が主となるが使用者によっては白い炎や蒼き炎になり炎による継続ダメージ効果や延焼効果を与える。


エルダーワールド・オンラインではほとんど使用することがない魔法の一つである。威力についてはイクリプス・フレアは申し分ないほどあるのだが連射が効かないことやMP消費が激しすぎること、さらには詠唱時間の長さ、クールタイムの長さといった欠点が多い魔法になる。



エフェクトが派手なためそういった趣味の魔術師からは人気であったが攻略を楽しむ人やパーティーによる仲良し攻略では味方にも被害を被る危険があるため好まれない。




俺の目の前で収束を始め焔の塊だが丸いボールのような収束をしていない。本来とは違う感じもするがその収束も限界まで到達したようで既に止めることも不可能だ。



その歪な形の塊がピキッというヒビが入ると同時に周りの空気を吸い込むエフェクトとそれに伴って爆発が起こる。







「…ぎゃははは!!何も出来ずに死んだぞ!」



リンはあたりが真っ暗になるほど絶望に染まった。リンが生まれてきてあれほどの魔法を見たことがなかったし、障壁すら揺らすその魔法にリックは巻き込まれてしまったのだ。



心が痛い。涙が溢れ、嗚咽も止まらない。リックとはほとんど知り合ったばかりなのだがとても気さくで優しい人だ。奴隷である私がまるで普通の人のように隣を歩き、食事をし心地の良い時間を過ごさせてくれた。エッチなことだってしなかったし、私の耳を優しくなでたり時に気持ちよかった。



そんな存在であるリックを見せびらかすように殺したジュレイが許せない。生まれて初めて深い、深い憎しみの目でジュレイを睨む。おそらくジュレイに勝てなくても腕の1本ぐらいはへし折ってやろうと席を立つ





しかし、リンは目を疑った。爆発による煙が収まってくると同時にリンの心の拠り所になっていたその人は平然とたっているではないか。



服にも傷がなく、その微笑を浮かべ、優しくお顔やキリッとして鋭い目つき。美しいほどの黒髪にもチリ一つついていない全くの無傷でその場にたっているのだ




「…どうして…」



それはリックから放たれた言葉だった。



「イクリプス・フレア如きで禁呪だと?意味がわからない。そんなの魔王や裏ボスに比べたら下級の魔法じゃないか。」




途端にやる気をなくしたリックはボソッとリンにしか聞き取れないような小さい声で呟いた




「バーストノヴァ」





リックの指先に収束される光。しかし、その光は幻影のように揺らめいていた。



その人差し指の指先をジュレイに向けると同時に閃光の一撃が放たれた




「……へ?」



亜音速レーザーと言えるバーストノヴァは追尾性能を持ち合わせた光と炎の魔法であり、動きが素早い敵に対して有効な一撃を与えることが可能な魔法だ。その一撃を食らったジュレイの下腹部はポカリと大きな穴があいており、そして、それを穿っても止まらないバーストノヴァを無理やり進路をねじ曲げて上空に放った。



ガラスの割るような音が静かになった会場に唯一響き渡る。




保護障壁が破壊されたのだ。





「…死に…じにだぐない!!!助け…だれ!!だれが!!!だずげてじんじゃうよ!!嫌だ!死にたくたい!!」



ドサりと倒れ込んだジュレイはわめきながらバーストノヴァに穿たれたお腹を押さえていた。血が止まらないのだろう。そして焼かれる痛みと傷による激痛が襲いかかる中叫びながら助けを求めるが誰も助けようとしなかった。黒い服を着ている。ガードマンと思われる人たちもその助けに近寄ることも出来ないのだ



今動いたら殺されると、そう感じていたのだ。ローゼン家の私兵であるガードマン達はかなり戦場を駆け巡ったことがある傭兵ばかりで組織されているためそういった感覚には鋭い。そして、戦場という場所でああいった関わってはならないような人物がいるというのも経験から察していた。



そのガードマンも基本的には自分の命優先ローゼン家は二の次だ。しかもローゼン家の長男のやり方には気に食わないようなガードマンもチラホラといたし、アルゼインに雇われているために仕方ないといえ面も隠せないのだ。



「…どうした?助けてやれよ」


「……っすいません。不躾ながらその殺気を収めて頂きたいのです。我々としても動くに動くことが出来ないので」



リックはハッとしたようにその物量となっている殺気を開放した。



ガードマンの中には少し股間の場所がシミになってしまっている人や浅い呼吸を繰り返している人、立ち上がることすらできなくなり女の子座りみたいに座り込んで放心しているものまでいた。



それほどまでに強力な殺気だったのだが実はリックにとってほぼ無意識に放っていたものであった。基本的にセーブしていたのだが、戦闘になるとつい、それを抑えられなくなってしまうようである。



黒服のガードマン達が動けるようになったらジュレイの治癒にあたっていた。あのくらいの傷自然治癒で治せよと思うリックだが、そういえばアクティブスキルに自然治癒最大速度回復とかHPダメージを一部MPに変換などをつけていたと思い出すとそれは普通のやつには無理だなと一人頷いていた。



エルダーワールド・オンラインは魔法やスキルといった攻撃関係は多くない。いや、昔のオンラインゲームはスキルの多さや多彩さが物をいう時代もあったがそれも収まりエルダーワールド・オンラインでは武器でのスキルがカテゴリー一種につき45種類。


しかし、アクティブスキルやバフスキルといった補助という感じのスキルはとてつもないほどの数があった。その中でもほとんどソロの俺はアクティブスキルを会得していっているため常時発動のものやピンチでの発動、任意発動のスキルなどを数百ほど持っているわけだ。


その中で常時発動のものでもおそらくエルダーワールド内でも上位にくい込むほどのアクティブスキルで自然治癒高速化そして、ある特定の条件を達成するとその上の段階になる。自然治癒最大速度回復というスキルに変化する。


簡潔にいうとHPリジェネ効果だ。そうして、その能力は3秒につき50の回復。結構な回復速度を持っているしこれがアクティブスキルなんだからとてつもない。



HPダメージをMPに変換というのは、受けたダメージの割合をMPの方に変えるというもの。これにより、自然治癒との組み合わせでかなり生存率が上がるのだ。魔術を使うものならかなりデメリットがあるが俺は接近職だ。



「リック様!!」



俺の懐に飛び込んできたリンを優しく受け止めてやるが速度もかなりあったし衝撃も半端なかったぞ。俺だったから良かったが下手したら内臓が飛び出てる。



「ど、どうしたんだそんなに血相を変えて」



「だって、私!!リック様が…魔法に巻き込まれた時にやられてしまったんじゃないかと「おい、ばかあのくらいの魔法如きでやられるわけないだろうが」…でも!」




まあ、心配してくれるのは嫌じゃない。リンの耳と髪の毛を優しく撫でてやり謝る。



「悪かったよ。リン」


「…お怪我はありませんか?」



「問題ない。少し熱かっただけだしな。それよりリンこそ手のひらのところ血が出てるじゃないか」



リックが魔法に巻き込まれた時に手を強く握り締めてしまって爪で傷つけてしまったのだろう。触ってみると結構な深さまで爪をくい込ませたようでえぐい。だが、女の子の手のひらだすぐさま治してやろうと回復魔法を発動する。



「…リック様。凄いですみるみるうちに傷が」



こっちとしては初めて回復魔法を使ったのだがこれはなかなかファンタジーしているな…光に包まれている箇所が急速に塞がっていく。肉が蠢きながら治っていくなんてところ流石に凝視することも出来なかったため、リンの胸を舐めまわすように眺めていた。


エルダーワールドでは光に包まれると瞬時に回復するものだし、というか部分欠損とかグロテスクなものはなかったためHPダメージの回復だけだ。おそらくこっちではHPというのも存在しておりリアルという現実のため傷を受けたら欠損することもありえるということなのだろう。実際とてつもないほどの穴を自分で開けているため実感した。




他の観客たちもやっと意識を取り戻したように動き始めるが職員の先導もあってかすぐさま検査の続きが再開した。ただし、絶対なるシールドを失った闘技場で…。


とある頃、闘技場の地下では大忙しでドワーフと学院長である幼い妖女が怒声をあげながら指示を出していた。



「おい!そこMP漏れしてるぞ!!さっさと直さんか!そっちは多過ぎる!!タイミングを合わせろ」



幼女はかなりの表情になっていたし、それ以上にドワーフ達がその怒声で笑顔になっているというのはどういうことなのだろうか?




ドワーフというのは、よくあるファンタジー世界のお話と違い実際は平均身長2mを超える茶色の肌をしたいかついおっさん達だ。特徴としてはその身長と屈強なる筋肉そして、長く白い髭。



戦闘や鍛冶が得意であり、細かな作業も出来る。かなり有能な種であると同時に特殊な性癖を持つ変態といわれる場合もある。



ここにいるドワーフ達はロリババア専でありさらにそれに罵倒されることにより喜びを感じる集団でもある。




そんな危ない空間が存在していることなど知りもしないリンとリックの2人は大騒ぎになっている闘技場を後にしていた。質問攻めや職員たちが困った顔でどうしようか悩んでいるためである。




「リック様…その」


「ん?」


街中をぶらつくいわゆるデートというやつだ。しかし、リンは終始俺と顔を合わせようとしないし、ちょっと寂しいためリンの耳をひたすらモフっている。それが周りの目にも入っている為凄い恥ずかしさで悶え死ぬのではないだろうかというほど顔を染めている。



「おう、兄ちゃん。可愛い猫ちゃんを連れてるな」



俺とリンが屋台のホットドッグを買い食べ歩きをしていると少し薄汚れた男が俺らを囲む。腰には剣をぶら下げておりそれを見せびらかし脅しをかけているようである。



「だろう?こいつベッドの上だとさらにいい声で鳴いてくれるんだ。見せてやりてぇな」


「ええ!?」


リンが驚き尻尾をピン!と立てる。しかし嫌悪でのものではないと思う。尻尾の毛並みが逆立ってないし先端がふりふりと揺れているため期待していたりするのかもな



「へへ、そりゃ楽しみだなぁ兄ちゃんよその子猫ちゃんを譲れよ俺らの方がいい声で鳴かせてやるよ」



「ほう?その粗末な武器でよくそんなことが言えるな?ゴブリンのアレ見たいじゃないか」



俺はその男達に最大限の侮辱を込めて言い放つ。ゴブリンとはこちらの世界でも存在し、下等なモンスターとして有名で生殖機能についてもアホみたいに旺盛であるが粗チンであり、男にとっては侮辱の意味である。


それを聞いた男達の眉間はプルプルと震え始めていたし、顔をどんどん怒りで赤くさせているが、さらに畳み掛ける。



「おいおい、まさかゴブリンよりもお粗末とかそんなわけないよな…ハッハッハ!もはやそれは人間じゃなくてゴブリン以下の種族だな」




「テメェ!!!ぶっ殺してやる」


男達がいっせいに剣を抜く。周りから人が遠ざかりその場が一部の戦場のようなるが周りの人から様々な声が上がる。楽しませろとかつまんない勝負はするなとかそういったものだ。



男達は総勢で6人。見た目はどいつも同じような感じだがそのリーダーらしい人は昔何かをやっていたのだろうか立ち姿が違うし剣を構えている姿に隙がない。



…が、それは一般の冒険者の感じ方である。リックにとって隙があろうがなかろうが、どんなにいい装備をしておうが関係なかった。


リックが剣を抜く必要も無い。いや、リックがアイテムボックスの中で持っている剣はどれもレジェンドウェポンという激レアのものばかりであり、性能についても規格外である。レジェンドウェポンしか持っていないリックがレジェンドウェポンを抜いてしまうとその影響によりあたりの地形を変えてしまうこともありえるのだ。




だから基本的には武器を使うことなく敵を無力化することになる




「くくく、簡単に音を上げるなよ」

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