第15話 平凡な日常
「くぅううう!!!生き返る」
王族のみしか使わないこの秘湯に現在4人のメンバーが肩まで湯に浸かりながら顔を蕩けさせていた。
少し熱めの秘湯と明かりが少ないお陰で星がとても輝き澄んだ空気とリックの横にいる美女達が見事に映える。
「本当に…気持ちいいですぅ」
「…ぷふぅ……」
アルシェはこの大きな場所の温泉に興奮しているのか潜ったり泳いでみたりしていた。リンも流石に俺の目の前ではやらなかったが泳ぎたそうにチラチラとアルシェの姿を見て耳をションボリと下げていた。
ヒルダは岩に腰掛けながらタオルを身に纏って俺と同じく空を見上げている。その姿はまるで絵に書いたような美しいもので邪な目で見ることが出来なかった。あれは芸術である。
風になびく青くそして煌めく髪にその美しくも儚さを醸し出す女性。磨きあげられた肢体から覗く女としての魅力といい…なんかヒルダに惚れそうだ。いや惚れているが…更にこうヒルダの魅力に俺の心が鷲掴みにされたようだ。
「そんなに見られたら恥ずかしいだろ…」
「悪い、すごく綺麗だったから見とれてた」
平然とそんなことを言うリックと分かっていながらヒルダはリックの言葉に胸を跳ねされ、凄く喜んでしまう。
「ふふ、そんなに綺麗だったの?」
「そうだな…全身を縛り上げてその場に固定してやりたいくらいの美しさだよ」
ヒルダが少し憎たらしい笑みをうかべていたため俺をからかうつもりのようだがそう簡単に引っかかるわけないだろう。
途端に顔を赤くして頬を膨らませるがただ可愛いだけで怒っているとは思えなかった。
「嘘だよ。ホントはヴァルキリーのような感じだな」
あながち嘘ではない。オーガスト陛下と話していた中でヴァルキリーに例えられて褒められるのは大変女性としては喜ばしいことらしい。
俺の知ってるヴァルキリーとは何か違う気がする…俺の知ってるヴァルキリーはエッチな子で可愛がってやるとすごく嬉しそうに顔を蕩けさせる人だ。イチャイチャしたいがために俺を別の世界に連れてこさせるほどの奴だし。
「リック…そんな…褒められると」
ヒルダもどうやらヴァルキリー位に美しいという言葉にやられてしまったのか少し荒い息をしながら興奮しているのが分かる。
いやいや…この言葉にこんなに喜ばせることが出来るとは思ってもなかったんだよ!いや、だって褒め言葉だよ!?
これは後に聞いた話なのだがヴァルキリーの名を使って褒めるというのは嘘偽りなくその者を褒めているということになり俺の言った言葉になると本気でヴァルキリーと同クラスに美しいという意味合いになる。このアースガルドにおいてヴァルキリーの名を使ってまで嘘を吐く人間はおらずヒルダにとっては最高の言葉になっていたようである。
まああの時のヒルダは本当にヴァルキリーみたいに美しさがあってとても良かったが…まあ、喜んでもらっているならいいことなのか。
「…みんな風呂から出るなよ」
「どうしたんですか?」
「なんだ…そんなに険しい顔をして」
俺以外が気づかない。そしてこの秘湯を知っておりなおかつそれを覗こうとする輩か…俺の女の裸体を見たやつはタダじゃすまねぇぞ。
ヒルダとリン、アルシェは俺の言う通り風呂の中に入り周囲を警戒し始めた。俺が想像以上に険しい顔をしているようでもしかしたらという事なのだろう。
「出てこいよ…1発殺されるか出てきてから殺されるか選ばせてやるから」
岩陰に隠れて姿を現したのは巨大な男ドワーフであった。あれほどの大きさでなおかつ俺が油断していたとはいえ気が付かないほど隠密に長けている人物とは驚いた。
「うふ…悪かったわね。別に変な意味で隠れてたわけじゃないのよ?」
…こいつ………まさか…オカマさんなのか?
ごついオッサンがオカマとはちょっと卒倒しそうなんだけど…どうにか耐えることが出来た。ドワーフのオカマは女物の服を着ながら謝るが俺は既に戦う気とは殺す気は失せていた。
「…なんで覗いてたんだ?」
「あなたの思うような女の子を見てたわけじゃないの……どちらかというとその逞しいあなたを見てたのよ?その引き締まった肉体…愛しい人たちに向ける瞳の優しさ。それと反対に射殺さんばかりに敵に向けるその殺意と瞳…とても私好みのタイプなのよ……ああ素敵」
ゾクっと俺の中の危険察知がとんでもない勢いで警鐘を鳴らす。それほどまでに何か命ではない別のものが奪われそうで悲鳴を上げたくなる。
「…ちょ!?近寄るな!!やめろ!俺にそっちの毛はない!!」
何故かその時は逃げるための縮地を使えない。それほどまでに焦っているのだ。相手が命を刈り取る奴ではないため本気で相手するわけにも行かないし殺すことも出来ないためリックは戦うということが抜け落ちてしまっていた。気絶やら眠らせるか何やらをやらせてしまえば良かったものを…。
リン達はリックが後ずさりしながらこちらに逃げてくるのを見て思わず何事なのかと武器も持たない身でありながら戦おうとするがドワーフの姿に唖然としリックの助けてくれという悲痛な叫び声も届かない。
「ふふふ…捕まえた。お姉さんが楽しいことしてあげるわ…夢にものぼるような」
「うわぁああああ!!!!」
「って!ドルフ!!何やってるのよ」
ヒルダはそのドワーフの頭を思いっきり叩いて俺とドワーフを引き剥がしてくれる。
ドルフと呼ばれたドワーフは流石に王様の娘の前ということのためリックを捕まえることは出来なくなったがそれでもリックの裸体を凝視している。
「ヒルダ…そいつと知り合いなのか…あんまり変な友達は作らない方がいいぞ」
「あんたね!助けてもらったのに送り返してあげるわよ?」
「わ、悪かった…でも名前を知ってるみたいだし…どんな関係なんだ」
流石に送り返されるのだけは勘弁願いたい。あのドワーフ捕まった瞬間に俺のケツを揉みしだき上がった。そのせいで本気で逃げる力が出せなくなったしヒルダに助けてもらった時確実にヒルダが神様と思った。危うく俺は人じゃなくなるところだったんだ。
「はぁ…まさかドルフがそっちの趣味とは思わなかったけど。説明するわね。ドルフは国王に使える料理人よ…そのくせメイクや衣装の組合せがすごく上手くて裁縫も出来るから私のメイクも頼んだ事があったしドワーフなのに変な趣味がないと思ってたから安心したんだけど…そっち系だったとはね…でもなんとなく分かったわ
だから料理人としても一流だしメイクや衣装合わせ、裁縫が得意だったのね…自分の服を自分で仕立てる。それなら上手くなってもおかしくないわ」
「ドルフさん…ですか」
「…おっきい」
アルシェ…それはあまり人前で話しちゃいけないぞ。男の人が喜んでしまうから
「リックにはうちの料理人兼メイドが悪いことをしたわ。ごめんなさい?でも今度私をからかい過ぎたりしたらドルフにアンタを送り付けてあげるわ」
っぐ…それはヒルダをからかうことが出来なくなった。流石に俺でもドルフのおっさんを相手にすることが出来ない。相手が悪すぎる。エルダーワールドと相手しているよりも更に厄介だ。
なぜかドルフの前だと能力を使えない。焦っているのかそれとも別の何かに押さえ付けられてしまうのか分からないが…そのためドルフの全力で捕まってしまうと俺にはその拘束を外せなくなる。
今は温泉に入って話を聞いてるからいいものの先程まで散々俺の裸体を舐め回すように視姦されるものだから恐怖で死ぬかと思った。
「ごめんなさいね…せっかくの時間を邪魔しちゃって。リック君もし良かったら今度私ともお風呂に入りましょうか」
「絶対にお断りさせていただくから安心しろ」
絶対に風呂で済まされないことになるから行かねぇ…死んでも行きたくない。
ドルフはいつの間にか姿を消しておりリックのとてつもないほどの緊張感が抜け落ちた。戦闘の時よりも緊張してガッチガチに固まっていたリックの様子を見てリンとアルシェは笑っていた。どうやらそれほどまでに凄いことになっていたみたいだ。
「リンちゃんとアルシェちゃんが笑うのも分かるわよ…だってドルフに話しかけられる度にビクってしてるしガチガチになってるからね…私も逃げてきた時笑いそうになったわ」
「ごめんなさいリック様。でもリック様ほどのお方でもダメな人がいるというのが分かっただけでも私は良かったですよ?だってどなたに対しても決して下手に出ることはなく王様や貴族に関してもまるで怖じ気づくことなく真っ直ぐに立ち向かわれるリック様が後ろ姿を見せて逃げ出すんですから」
「…リックはドルフが苦手」
生理的に受け付けないというか…全身が身の危険を察知してどうしても無理なんだ。まだドルフがヒルダの元で働く人間だったからよかったもののこれがもっとしつこい連中だったりしたら毎晩安心して寝れなくなる。
目が覚めたら毛深いオッサンが俺のそば朝チュンしてたら俺は人ではなくなる。
「くそ…変な事考えたから鳥肌が立った。」
いかんいかん…思考のすべてがドルフの印象のせいで考えられなくなっている。
「…ふぅ…そろそろ上がりましょうか。リンちゃんアルシェちゃん一緒にフキフキしましょうね」
「はーい」
「…リックでもいいよ?」
俺もフキフキしたい!!という言葉を発する前にヒルダが二人を連れて風呂をあとにしようとする。完全に出遅れもはや次の言葉が言えなくなってしまったリックは落ち込んだ。
アルシェは俺がしょんぼりしているのを見ていたのかそう囁いてくれる。
「アルシェ!!本当か!!ありがとう…アルシェ」
タオルでアルシェの白い肌を拭いて上げているのだがとても気持ちよさそうに目を細めて俺の元に寄りかかる。
可愛い…ロリコンになる。
ヒルダの目が冷めていく気がして嫌な予感がする前に俺は変な思考をやめて無心でアルシェの体を拭いてあげた。
「…ん、ありがと…お兄ちゃんも拭いてあげる」
アルシェからお兄ちゃんという言葉が出た瞬間に俺の心の中から背徳心が湧き出てアルシェの小さなおててでふきふきされているのに罪悪感が強くなっていく。
なぜアルシェはリックって言わずにお兄ちゃんと言ったのだろうか?…いや、そういえばドルフとなにやら話していたが…もしかしたらその時になにか吹き込まれたのだろうか……しかし…お兄ちゃんと呼ばれるのも悪くないと思ってしまうリックである。
「お兄ちゃん…」
ピトッと小さなしかし柔らかな膨らみと2点のかたい…その何かが背中に当たる。それは間違いなくアレであるが…お兄ちゃんと呼ばれているせいでとても背徳心がありゾワゾワしてしまう。アルシェが俺にしっかり肌を見せてくれるようになってこんな事もできるようになって嬉しいのだが…無理してるのではないだろうかと不安になる。
彼女の境遇から行くとどうしてもエッチな方は無理な気がするのだが…肌を見せたほうも無理して心の中にストレスを抱え込んでいるのではないかと思ってしまう。
「…アルシェ…無理してないか?」
「お兄ちゃん…優しいから……大丈夫。いつも…心配してくれてる…嬉しい」
「…そうか。嫌ならやめていいからな」
「うん…ありがとお兄ちゃん」
アルシェの好感度がどのくらいなのか知りたくて仕方ないリックである。だが、アルシェの顔がとても柔らかくなってきているようなため、ここにいる事でかなり安心できるということは間違いないだろう。
同い年のようなリンもいるしヒルダのような頼りがいがあって優しいお姉さんもいる事だ…心配することは無いのかも知れないな…。
それからオーガストさんがわざわざ料理を用意してくれたみたいでとても高価な食材と一流のコックさんたちに作ってもらった美味しい料理とワインを堪能しキングサイズのベットで四人で仲良く眠った。
ふっかふかのベットで寝たため朝はとても心地よい感じで目が覚めた。まだ朝日が顔を出しておらず早めの時間帯であるが俺はベットから抜け出して王宮にある訓練所に向かった。
数名の騎士たちが既に訓練を始めており隊長さんらしき人に隅っこを使わせてくれと頼んだら遠慮せずにという事でかなり広いスペースを貸してもらった。
俺が王様の娘の客人だと分かっているからだろうがかなり気前のいい人である。騎士たちってのはどうも面倒臭い奴らばかりだと考えていたがそうでもなさそうだ。
隊長に話を聞くとどうやら騎士団の中でもかなり部署が分かれておりまず騎士団という大きな枠組みの中に三つの騎士団で編成されている。王都警備騎士団、王宮騎士団、貴族騎士団。
王都警備騎士団というのは主に王都オルタの内部ではなく外の警備を担う騎士団でここの人間は主に力自慢や魔物退治を専門にした者達で作られており冒険者では食っていけなくなったものが行く場所になるらしい。
次にこの隊長さんとその横で訓練している騎士たちが王宮騎士団。全騎士団の中でも群を抜いて剣術や防衛術に長けたもののみで編成されている。
そしてその二つからも嫌われているのが貴族騎士団。本当の騎士団名は王都内部警備騎士団なのだが安全そして主に貴族たちの護衛しかやらない騎士団でプライドだけが強みの最弱騎士団である。だがその資金力だけは凄まじく、王宮騎士団でも頭を抱えるほどの厄介な連中である。
俺が面倒くさそうというのは恐らくこの貴族騎士団の連中で、給金が異様に高くそして貴族たち自身の息子をここに排出するため親のいいなりなのだ。
「俺達としても面倒ごとを次々抱え込んでくるお荷物なんだけどな…あんまり強く言えないってのが…」
「ははは…ご苦労様です。しかし皆さんお強いですね。訓練方法を見ているだけでもなんとなく分かるんですが相当の腕前だ」
主に自分の見合った武器を使って変則的に戦いそして致命となる一撃を与える瞬間にそれを止める。隣の騎士は味方である…それなのに本気で殺しにかかってくる気迫があり、なおかつその瞬間で止めることが出来る技量。見事な訓練方法であり、変則的な戦いにおいては恐らく王様の護衛という場合に襲われる敵を想定する為であろう。
「いえいえ…まだまだひよっこばかりですよ。リック殿の実力はこちらにも届いておりますから…初めてお会いした時も王様の覇気を受けながらその場に立っていられるそれだけで私たちよりも実力が上ということがわかります」
どうやら王様の覇気というのはそれだけすごい事らしくその話を聞いていた騎士たちが俺に賞賛を送ったり、相手して欲しいという要望もあった。
疑うということをしなかった彼らはやはりある程度の実力は図れるという事なのだろう。
「俺、王様の覇気を初めて食らった時漏らしちまってさ…まじで恥ずかしかったぜ」
「俺なんか膝をついて気絶したらしいぜ?あれは本気でやばかったよな…一瞬だけ感じ取っただけでも死ぬかと思ったもん」
「お前らそれは流石にやばいだろ。という自分もこの王宮騎士に入った時は龍を対峙したような怖さがあって冷や汗をかいたものさ」
最後の人はこの騎士団の中でもかなり長く務めている先輩のようである。しかしみんな王様の覇気くらいでチビったり気絶するとかどんだけなんだよ。
「ガハザールお前は初めて覇気を食らった時糞漏らしてただろうが!何嘘ついてんだ」
どうやらガハザールという先輩騎士は隊長と同期らしくその時の様子を知っているのだろう。というかまさか糞を漏らすとか…後輩騎士よりも恥ずかしいことしてんじゃん。
「隊長!?それは言わない約束だろ!ていうか漏らしてねぇから!!お前らも本当で漏らしてねぇからな!!」
仲のいい騎士団のようだな…しかし賑やかになり始めたため他の騎士団達も訓練を中断して話に混ざり始めたし自主練習の騎士以外の人たちも次第に集まり始めていた。
「…まったく。朝から騒々しいと思えば…貴様たちか」
その中になんとオーガストが混じっていた。騎士団の装備というよりはまるで冒険者が巨大な魔物退治をするために装備をしてきた本気という感じだがもしかして俺がここにいる事を分かったからわざわざ着替えてきたのか?
「王様!?」
「うわ!まじでオーガスト陛下だ…」
王様に気が付き始めた騎士たちは一斉に膝をつこうとするがそれを手で静止させた。
「よいよい…リック殿と話があったからだ…みんなも聞いてくれ」
「俺に話?」
「ああ…ちょっくら試合してみないか?王様やってると身体がなまるからな…お忍びで魔物退治をするが相手が弱すぎるせいで準備運動にもならないんだ。どうだ」
「…いいだろう…その話受けて立つ」
オーガストの口調が途中で変わっていたのはどうやら貴族たちの前ではないため堅苦しい言葉をやめたということだろう。そして上半身の防具を脱ぎ捨ててその引き締まった筋肉が姿を見せる。ボディビルダーみたいなガッチガチの筋肉に男性騎士たちからおぉーと声が上がる。
俺も服を脱ぎその体を晒すがこちらは逆に女性騎士と侍女から歓声が飛んできた。窓や渡り廊下の場所からこの様子を一目見ようとメイドさんたちが集まり始めていた俺に声援を投げかける。
王様の前なのにそんなことしていいのかと思ったがどうやらそれを気にすることは無いらしい。
「なかなかいい体をしている」
「ふ…王様こそどこにそんな筋肉を隠してたんだ」
お互いの一言が言い終わる瞬間に一陣の風と共に軽快な弾けた音が響き渡った。
俺の体から捻り出された拳がオーガストの右の頬にそしてオーガストの巨大な拳が俺の左の頬に炸裂した音であった。まるでオーガと肉弾戦をしているみたいである。
一撃がクソ重い。俺のステータスがなかったら頭が吹っ飛んでた…だがそれ以上に彼の瞳から剥き出しの闘争心が湧き上がりそれが恐ろしいほど強大なものに膨れ上がっていた。
一旦両者が離れるとオーガストは常人を軽く超える縮地を使い俺の目の前に現れる。気がついた時には既に振り抜く瞬間の拳を体を捻らせ回避する。
全力で振り抜かれた拳は衝撃波で地面を陥没させ土が周囲に吹き飛んだ。
その隙を逃さずに俺の左ストレートがオーガストの腹部に突き刺さるがまるで歯が立たない。金属よりも硬そうなバッキバキに割れた腹筋により攻撃が防がれ、俺の腕が痛くなるほどだ。
「いいパンチだったぞリック殿…しかし!まだまだ」
オーガストの風を切るような残像が見えるスピードの拳が右やら左から無数に放たれていく…それらをいなすのだがまったく隙がない。
時々いなすところが悪く体の一部にかすってしまいそれが体力を取られる…
負けじと俺も応戦している。圧倒的な破壊力で押し潰さんがばかりの力技に思わず防御にまわってしまう。
…俺の直感が何かを悟ったこのような感覚を覚え、体を左に逸らしてからの渾身の右フックがオーガストの頭に直撃し彼の猛攻が止まった。
よろめいた瞬間をつき俺の縮地により中腰姿勢からのアッパーが見事オーガストの顎にヒットし彼の身体が宙に浮いた。それほどまでに威力があったアッパーを喰らいながらオーガストは俺のその右腕を掴んで地面に叩き付けた。
ほぼ同時に地面に落ちた俺とだが流石に汗が湧き出て殴り合う度に汗が飛び散り血が舞う中それが観客からは大盛り上がりであった。
メイド達は見てられないという感じで手を顔に当てて目を隠すのだが隙間からチラチラと見てその汗と血が舞い散る男の戦いを眺めていた。
メイド達が見るリックの引き締まった美しい肉体から飛び跳ねる珠のような汗の雫やかっこいい顔に映る漢の姿に女性陣は黄色い歓声を上げる。
オーガストの顔が久しぶりのように豪快な笑みになっているのを騎士たちは嬉しそうに眺めていた。ここ最近というかかなり昔からあのような獰猛な笑みを浮かべることがなくなっていた王様からは当時のような強烈な覇気が感じられなくなっており病気なのかと心配されるほどであったのだが、強者と殴り合えることができなくなっているとそう告げる。しかしオーガストはその実力が故に誰も殴りあおうとしなかった。
だがこうして全力で相手できる男と巡り合えて本当に久しぶりの笑顔を見せているのだろう。
「ふぅ…楽しかったぞリック殿」
「こちらこそ王様の全力を見せていただきありがとうございますいいパンチでした」
これからが本番だというのに二人が試合をやめてしまったことに観客たちは困惑すると思いきや納得した様子で頷いていた。メイドさんたちは流石にわからないようだが熟練のものになればわかるという奴だろう。
殺してしまうのだ…これ以上にエスカレートしてしまうと殺し合いになる。それを抑えるには最低限のところで止めておかなくてはならない。隊長さん辺りの強者になると慣れてくるのでわかりやすいが訓練兵あたりはまだ感覚で掴んでいるためいざという時に危ない。だからああいったギリギリのところで殺さない訓練をしているのだ。
「それで…王様とリック殿。どちらがあのまま行けば勝ちですか?」
「私の負けだな…あのままリック殿とやりあった場合一瞬で私は殺されてた…いやはやあれほどの攻撃をしながらも未だ全力ではない…どこまで高みにいるのか分からないが楽しいものだ…治療師を寄越してくれ…内臓が傷ついてたまったものではない」
オーガストが腹を抑えながら治療師の人達が駆け寄ってくるのを待っていた。俺の一撃がどうやら効いてきたみたいであるが普通のやつになったら腹に穴が開くレベルの一撃を内臓が傷付くくらいで済まされるのは…オーガストも人をやめてる。
数十秒立ってから治療師の人達が王様の元に駆け寄り回復魔法を施していく…緑色の光が傷ついた場所から輝きその後俺に治療をしようと駆け寄った別の女の子を口説いていた。
可愛い子でさっきまで俺とオーガストの戦闘を見ていた彼女であるが顔までははっきり見えなかったため気になっていたのだ。まさか治療師だったなんて思ってもいなかったけどなかなか優秀な子のようだ。
「…えへ…そうですか?母親の代から国王様に仕える治療師として働いていていま王様を治療しているのが私のお母さんです」
親子で治療師か…優秀な血族という訳だ。回復専門だがチームを支える大事な役であるし、命を救う仕事でもある。この子の場合母親は治療師、父親は魔術師という魔法職に恵まれているため基礎的なステータスも魔法寄りで生まれた時から多少の回復魔法が使えたらしい。
この後デートしないかと誘ってみたものの軽く断られてしまった。お仕事中というものあるし王様の娘のお客人と逢引するとなんて危険なためである。
「残念だったな」
ちなみに治療の心配がいらなかった事をとても驚かれていた。あれほどのというか国王の巨大な鉄拳を食らっておいて無傷とか驚くもの無理ないがこれは自然治癒力である。回復魔法を使ったという事にしておいたが…流石に自然治癒で回復したとは言い難い。
「また……出会いがあったら…いいですよ」
別れ際にはずかしそうにそう呟いたのを聞き漏らすわけなかった。
「もちろん…どうせすぐに会えるさ」
「なにがどうせすぐに会えるさだ…こんな可愛い子を二人も連れてしかももう一人は美人…それなのにまだ足りないっていうのかしら?」
ペシッと俺の頭を軽く叩きながら後ろからヒルダが姿を見せる。どうやら賑わいがかなり大きくなりヒルダも途中から見ていたようだ。
「いいや?充分というか俺には手に余るくらいだと思うけど可愛い子がいたらそりゃ口説きたくもなる。それが男の性ってものよ」
「ふん…ドルフを呼ぶわよ?」
「あああ!悪かった!ヒルダ様怒らないでください…ドルフだけは勘弁下さい。お願いします」
ヒルダがドルフを使って来る事がに流石に尻に敷かれる未来が見えそうなため確実にヒルダの弱いところを見つけようと決意するリックであるが、そんなに心配はいらないとそう感じる…ヒルダは俺のことを好きみたいだし嫌なこと以外で脅してきてもそれは逆の意味で捉えてもいいということになるからだ。
「まったく…それで?今日はゆっくりするんでしょ?」
「まあな…明日が実地訓練の日だし今日くらいは休んでおいた方がいいだろう。リンとアルシェにとってはダンジョンよりも精神的には大変になるだろうし」
主に人付き合いというやつだ。あれほどめんどくさいものはないと断言できる。倒した魔物の報酬とかその品質とかな…。
ダンジョンと違い地上にいる魔物達はメダルにならずしっかりと剥ぎ取りをしなくてはならない。そしてその剥ぎ取りによって品質が大きく変わっていくし戦闘で傷ついた部位は高く売れない。
加工しようにも使えなくなってしまうため、そういったものを狙い自分はしっかり首を貫いたから毛皮の部位は俺がいただくとかそういった争いごとが多い。
後は別パーティーとの取り合いに発展したりな。
だから今日くらいは何もしないでダラダラ過ごしていこう。
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