第34話 ハイランド5

 式典は盛大だった。

 タケルとアルラは街の目抜き通りをスレイプニルに乗って練り歩き、ハイランド市民から盛大な歓迎を受けた。議事堂の前で行われた式典では、エンフェルムから勲章を授与され、大勢の人を前にすっかり上がってしまって口数少ないタケルに代わって、アルラがハイランド市民に対してプライドをくすぐりつつ、士気を高める演説を打つと、それを受けたエンフェルムが、しぶしぶ娘を取られた父親を演じつつも、それによって目を開かされたという自分になぞらえて、ハイエルフが新たな歴史の一歩を踏み出す契機だと、ハイエルフを意識改革へ誘導する演説を行い、熱狂のうちに式典に幕を下ろした。

 何のことはない。結局、インファーシュ親娘劇場だった。

 今回のドラゴン退治騒動は、全てエンフェルムの思い通りに政治利用されていた。

 おそらく、保守派の中でも鋭い者は、エンフェルムの態度が演技であり、計算されていたシナリオだと気付き始めているだろうが、ドラゴン退治という稀有なイベントの熱気を上手く利用されていては、表立って反対もしづらいだろう。そして、そこまで含めてエンフェルムが計算していた事を知り、老獪な政治家の手腕に舌を巻くことだろう。


 二人はそのままアルラの学校へと向かう。

 人気アイドルなみの過密スケジュールだったため着替える暇すらなく、二人は鎧に勲章をつけたままの姿で卒業式へと出席した。

 会場の講堂は完璧に整えられていた。教師陣は全員参加しており、吹奏楽部がBGMを務め(本来なら卒業側で参加しない筈の最高学年も参加しているため、クオリティは高かった)、送る側の生徒は自由参加にも拘らず全校生徒(勿論アルラの同級生も含む)が詰め掛けていた。

 しかし、肝心の主役はたった一人。その主役のすぐ後ろの家族席にはタケル一人という空虚さだった。

 なんと、アルラは家族を全く呼んでいなかった。ものすごい潔さだ。割り切りすぎだろ。

 その結果、この卒業式に学校の部外者で出席しているのはタケル一人という完全アウェー状態だった。

 アルラが演壇に立って在校生代表に対する答辞を述べている時など、講堂のポツンと空いた中央にタケル一人が座っているという、壮大なイジメのような情景だった。

 式典と打って変わって、アルラの答辞はプライベートな事ばかりだった。

 アルラはタケルの事を歴史上、学校に入る初めての人間と評したが、それならばアルラは卒業式に革鎧で出席した上、答辞の最後を「私、幸せになります!」で締め括った最初で最後の卒業生だろう。

 もはや卒業式というより、アイドルの引退コンサートみたいだった。下級生の女子が随所で泣いているのもそのイメージに拍車を掛ける。

 そして、吹奏楽部が演奏している曲目は「仰げば尊し」だった。

 確かに、卒業式と言えばその曲だけど! なんだかちぐはぐに日本文化が生き残ってるせいで、ミスマッチ感がひどい。

 色々な意味で、タケルには居心地の悪い卒業式だった。


 卒業式が終わると、教師陣は肩の荷が降りたと言わんばかりに安堵の表情を浮かべ、早々に校舎内に戻っていった。大人のドライな行動とは対照的に、生徒たちは熱狂的だった。タケルとアルラを取り囲み、握手、質問、花束、寄せ書き。もしカメラがあれば撮影会になっていたろう。

 小一時間ほど校庭でミニお別れ会をした後、二人は校内の新聞部の部室に向かった。この後は新聞部でインタビューを受ける段取りになっているらしい。それを条件に今のお別れ会を切り上げたのだとか。知りたい事はあとで新聞を読んでね、というわけだ。確かに、同じ質問に何度も答えるのも骨が折れるし、この方が面倒がない。それでさっきの会では質問が少なめだったわけだ。


 新聞部の部室には十数名の新聞部員が待機していた。

 タケルとアルラは用意された席に並んで腰掛け、机を挟んで新聞部員たちと対面で向き合った。

 一人だったら、良くある政治家の記者会見のようだったが、二人だと芸能人の結婚会見のようだった。

 てっきりインタビューというから対談のように進めるのだと思っていたら、役割分担はしてあるものの、全員から質問が来てそれに答える形式らしい。全員手帳を開いて熱心にメモしている。

 質問の内容は意外にドラゴン退治の内容は少なかった。それよりはアルラとの出会いや馴れ初め、ゴブリンたちとの戦闘に関するもの、それにアルラやタケル自身に関する事が多かった。

 このぐらいの人数でもタケルは緊張するのだが、先ほどまでの式典に比べればまだマシだった。多少つっかえながらだが、おかしくない程度には受け答えできた。インタビュー用に用意された質問を消化し終えると、今までの緊張した雰囲気が弛緩し部員たちの個人的な疑問や質問に移った。


 タケルも疑問があったので逆に質問してみることにした。

「新聞部って部員はここにいるだけなの? なんだか学校の規模に比べて少ない気がするけど」

 質問される立場になるのが意外だったのか、それとも英雄と語らうのを遠慮してか、皆が萎縮する中、眼鏡に三つ編みの女生徒が代表して答える。

「この部はまだ出来て日が浅いんです。数年前に出来た部で、他の部に比べると伝統がないので部員も少なくって弱小の部なんです」

「その子がこの部を立ち上げた初代部長のルメーサ=イェゲンよ」

「アルラ様、部長じゃなくて編集長です。この部には部長という役職はありません」

 アルラはルメーサの抗議を無視してタケルに説明する。

「イェゲン家はこのハイランドで唯一の新聞を含めた出版社なの。ハイランドで唯一、活版印刷機がある場所でもあるわね。それまでは新聞がなかったから、新聞部もなかったってわけ」

 タケルは自分の勘違いに気付いた。そうだ、この時代の技術では、コピーはおろか、大量に印刷すること自体が困難なのだった。

「じゃあそれまでは情報の伝達はどうしてたんだい?」

 タケルはアルラに聞いたつもりだったが、答えたのはルメーサだった。

「国や貴族レベルになれば、独自の手段で情報の収集をしています。代表的なのは使節や外交官など、それに伝達のみであれば魔法が一番早いです。民衆への情報伝達は、国や貴族からは伝令官が御布令を読み上げて伝えます。民衆間での情報伝達は主に口コミです。都市や国の間であれば商人や吟遊詩人などですね。あと、このハイランドのように識字率の高い場所では版画による新聞が出ているところもあります。今は活版印刷のおかげで出版物も新聞も増えました。ツクシ、ウェルバサル、カムイでは活版印刷がどんどん普及していっていますから出版物も増えています。このハイランドも金属アレルギーみたいな忌避感がなければ、もっと広まっているはずなのに……」

 ルメーサの声に忸怩たるものが混じる。

 ふむ、なるほど。社会システムの中では仮にも民主主義のハイランドでこそ、活版印刷の技術は重宝され活用される可能性が高いのに、森という自然に親しむ生き方を伝統としてきたエルフは、あの金属で構成された如何にも機械然とした活版印刷機に抵抗があって受け入れられ難いという事なのだろう。

 そして、それを尻目に他国で活版印刷が普及していっている事に、マスコミの嚆矢たるルメーサは業腹なのだろう。第四権力の確立はまだ先になりそうだ。頑張れルメーサ。心の中で声援を送るタケルだったが、声に出して応援する者もいた。

「大丈夫よ、ルメーサ。ウチのお父様もイェゲン家を陰から資金援助して活版印刷の動きが止まらないように支援してるし、一昨日も何か打ち合わせに来てたみたいじゃない」

 アルラ、それ違う。資金援助という名の首輪を付けに行ってるだけだ。あの人は先見の明がありすぎだろ。第四権力が確立する前に押えに行ってるぞ。


 タケルの思いを知らぬ少女たちの無垢な会話は続く。

「そうなの。見る? パイロット版だけど。こんな特ダネの企画を無償でくれるなんて流石アルラ様のお父様よね」

 ルメーサが差し出したのは新聞だった。新聞のパイロット版なんて聞くと変な気もするが、ハイランドでの新聞は週刊で出ているのだった。そのため週末に発行される予定の物の確認用のパイロット版が存在するのだった。

 一面はデカデカとドラゴン退治の英雄の勲章授与式典が記事になっており、式典の内容やドラゴン退治の顛末が書かれていた。さっきあった事がすでに記事になっているという事は、記事を発行に間に合わせるために事前に作られていたという事なのだろう。

 読んでみると、ドラゴン退治の顛末は当人が赤面するくらい良い様に書かれていた。

 なんでもタケルは銀竜の氷結のドラゴンブレスに対し火炎魔法を撃ち合って相殺し、ドラゴンの爪と牙を防護魔法でタケルが防いでいる間にアルラがドラゴンに一撃を入れたらしい。その一撃はドラゴンにダメージを与えなかったが、怪我をした左半身を敢えて狙わなかったタケルとアルラの心意気に感じ入ったドラゴンが二人を勇者と認め友となった。タケルとアルラもその潔い態度に通じるものを感じ、その場で杯を酌み交わす仲となった。タケルは森を荒さない事を条件に、竜をタケルの住処に招き、竜も友の助言をおとなしく聞いた……らしい。

 この創作のセンス。なんだか既視感があるなぁ。どんなに否定してもやっぱりあの父にしてこの娘ありだな。やることの方向性が一緒だ。とか言うとまたムキになって否定されるんだろうなあ、と思って隣のアルラの様子を伺ってみると、記事の内容に満足気の様子だった。

 こういう情報をすでにリークしてあったから、ドラゴン退治の質問が少なかったんだな、とタケルは納得した。


 ふと目を逸らした時に新聞の片隅に気になる記事を見つけた。

「巨大熊と決闘? 無謀な若者 瀕死の重傷で発見される」

 タケルたちがグレイヴと帰還した翌日、禁忌の森近くで生徒会長のコリドールが瀕死の重傷で巡回中のエルフに発見されたらしい。なぜそんな場所で巨大な熊と一対一の対決をしていたのか、コリドールが口を閉ざしているため不明とのことだった。

「あー、そのせいで今日はコリドールがいなかったワケね」

 アルラがタケルの目線を追って素早く記事を読み取る。

「その取材したのアタシなんですよ、アルラ様。発見したウッドエルフのお姉さんに取材したんですけど、生徒会長は革鎧と長剣だけの軽装だったって。さすがにどっちもそれなりの業物だったらしいですけど、鎧はズタボロ、剣も折れそうだったみたいです。それでも一人で巨大熊を倒すのは凄いんですけど、無策無謀もいいところですよ。なんでそんな所でそんな事してたのか、誰にもわからない上に、生徒会長も黙して語らずです。アタシ病院まで取材に行ったのに答えてもらえなくって。凄い目で睨まれて追い返されました。殺されるかと思いましたもん」

「ふーん。ストレス発散でもしたくなったんじゃないの? 溜め込むタイプみたいだし」

 おそらく一番のストレス源であろうアルラは、そう言うと興味なさそうに新聞を返した。

 剣一本で巨大熊と戦って勝つなんて結構な偉業と思うんだが、この新聞に載ってしまうと残念感が否めないなぁ。自分がウソの記事で大きく取り上げられているタケルは、その罪悪感もあってコリドールに同情してしまうのだった。


 この後、タケルは新聞のデータが欲しかったため、新聞を広げてもらい、アルラに渡した腕時計のカメラ機能を使って画像を撮り、それを電子ペーパーに映して見せて新聞部員たちを驚かせたり、アルラの貰った腕時計マジックアイテムに質問が集中したりして時間を過ごした。

 その後、タケルとしては初めての学校という建物を案内してもらいながら、ドラマやアニメなどでしか知らなかった学校を直に体験し興奮して、些細なことなどは忘却の彼方へと追いやられてしまったのだったが、この些細な事も、振り返れば運命の歯車が回る音の一つだったと気付くのは暫く先の話である。

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