第33話 ハイランド4
グレイヴが住み始めて2日後アルラが食料と私物を積んだ馬車で基地にやってきた。
3日を待たずにやってきたのには理由があった。
やはりセレモニーは必要という事で、タケルを呼びに来たのだった。
「しかし、ここには残されてた軍服くらいしか式典に使えそうな衣装はないぞ」
「最初に会ったときの鎧でいいんじゃない? それなら私も合わせて革鎧にできるかもしれないし」
そっちの方が楽だ、と言外に言っている。タケルの状況を考えれば仕方がない事なのだが、タケルの持っている衣服の少なさにアルラは少々驚いていた。
「鎧でいいなら、タケルの新しい鎧が準備できてるわよ」
ヒミコが口を挟んでくる。
「新しい鎧ってなんだよ?」
「ここにあった装備を使用できるようにしたの。最新型よ」
ここは開発実験団が駐屯していたため、ヒミコの言う最新型とはつまり実用化されていない実験機を指す。全く安心できない。
しかし、新しい物好きのアルラは興味を惹かれたらしく、見たがった。仕方なくタケルも着いていく。
そのヒミコ曰く「鎧」は格納庫の一角にあった。
どういうわけかアルラは好意的にその「鎧」を見ているようなので、タケルが否定的な意見を出すことにした。
「これ鎧と言っていいのか?」
「着るんだから鎧でしょ」
「パワードスーツじゃん!」
「そうとも言うわね。この世界の人にとっては変わらないわよ。タケルの訓練次第で生卵だって摘めるわよ」
しかし、その外見は武骨だった。3mくらいの重量感のある人型をした鉄の塊である。背面につけたバックパックと脚部が異様にかさばっている。バックパックからは右肩の上に来るように折りたたまれた砲身が伸びている。
「こんなやつが街に入ってきたらパニックだよ!」
「ワタシとしてはこの鎧の方が隙間がないから、タケルの安全性から考えて好ましいのよね。NBC防御は完璧だし、標準で12.7mm、防楯付きなら30mm弾までなら止めるらしいわよ。燃料がないからジェットパックとかは付けれないけど、脚部に駆動ユニットついてるから移動は問題ないわ」
「問題だらけだよ。こいつ明らかに重いだろ」
「装備まで合わせれば大体800kgぐらいかしら」
「建物にも入れないし、街の各所で物を壊すのがオチだ。却下、却下」
「ちぇー」
いやまて、ヒミコはともかく、なんでアルラまで残念そうな顔してるの?
「式典での役割はドラゴンの脅威を排除した英雄であって、理解の及ばない鉄の化物じゃない。ハイランドのエルフが納得できる格好じゃないとダメだろ。普通に防弾ベストとプロテクターでいいだろ」
「でもいつかはこれ着て見せてよね」
アルラが無邪気に笑顔でお願いしてくる。
これ着て出なきゃいけない場所なんて、相当な地獄なんだが、それを分かって言ってるんだろうか?
タケルとアルラは二人でハイランドに戻った。
ヒミコはグレイヴと留守番だった。グレイヴは人の多い所に行くくらいなら寝てたほうがいいと言って戦車の上で寝てたし、ヒミコはグレイヴ1人で残すのも心配だしやる事があるから、と留守番を決め込んでいた。どうもハイランドにいく必要性を感じていないというか、なんか避けてる気もする。危険性もないし、スレイプニルに乗っていくから何時でも連絡できるし、街では上空から監視も出来るので問題ないと判断したのだろう。
馬車に揺られながら、タケルはアルラに武骨な腕時計を渡した。
「アルラ、これを左腕に着けておいてくれないか?」
「なにこれ? プレゼント?」
アルラは嬉しそうに付け方を教えてもらいながら腕に着ける。
「洒落たデザインじゃなくて悪いけど、これがあれば連絡が取れるから、外出の時には着けてくれると助かる。普段は時計として使えるけど、横のボタンを押している間は声が送れる。あとはGPS機能があるので、アルラの居場所を見つけられる。後のアクセサリ機能はそのうちに教えるよ」
「へえ、腕に着けれる時計なんて便利ね。しかも
よかった、喜んでもらえたようだ。嬉しそうに左腕を色んな角度から見て楽しんでいる。
「ありがとう! 常に身につけておくわ」
いや、流石に寝る時と風呂の時は外しててくれ。
それからハイランドまでの間に、アルラはあれからの事を語って聞かせてくれた。
インファーシュ家には来客が絶えなかったそうだ。お陰でアルラはずっと父親とその対応をしなければならなかったと、うんざりした顔で語った。
彼らは皆、祝辞を述べにやってくるのだが、本当のお目当ては、応接間に飾ってあるグレイヴの鱗らしい。最強と名高いドラゴンの鱗を間近に見ることなど、どれだけの金貨を積んでも叶わないのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
学校は学校で大変だったらしい。アルラは卒業までは学校にあと数ヶ月は通わなければならないのだが、当然、それを待つような事はしない。学歴に価値を見出していないため、早々に中退をすることを決め込んでいたのだが、学校側が総出で待ったをかけた。
成績トップでドラゴン退治の英雄に、中退などされては学校の面目が丸つぶれである。なにせ、それだけの人物が学校の卒業に価値がないと見做した事になってしまうからだ。学校の権威は失墜し、今後の教育もやりにくくなる。しかし、当然ながらアルラは数ヶ月も学校に留まる気はこれっぽっちもない。交渉の余地などあろう筈もない。学校は急遽、アルラの卒業式を行うことにしたらしい。式典と同じ日、つまり明日、アルラ1人の卒業式があるそうだ。原則を曲げてでも、優秀ゆえに先んじて卒業した事にしたほうが、優秀な生徒に見捨てられた、よりは良いと判断されたようだ。
アルラはその卒業式に出る代わりに、学校に1つの条件を飲ませたらしい。
「タケルは私の家族としてその卒業式に出席するのよ。タケルはハイランドの歴史上、あの学校に初めて入る人間になるわね」
「もしかして、この前、学校に入れなかったから、わざわざその条件を学校に呑ませたの?」
「そうよ。卒業式のあと、校内を案内してあげるわね」
「嬉しいよ。ありがとうアルラ」
アルラはタケルの礼に照れくさそうに、それでも嬉しそうに破顔した。
タケルはその時実は別の事を考えていた。
この自らの意思を通すために交渉して相手の弱点を攻めるところなんか、あの親にしてこの子ありと言ったところか。やはり血筋というものだろうか。
「アルラはやっぱりお父さんに似てるね」
「冗談でしょ。お父様とは似てないわよ。昨日だって喧嘩したし」
アルラは昨日の喧嘩を思い出して憂鬱になる。実際には喧嘩というより、アルラが一方的に怒っているだけなのだが。
「タケルと結婚するなら早いほうがいい」
あまりに意外な台詞が父の口から漏れたため、アルラはこの部屋に自分と父以外の者がいるのではないかと、思わず部屋を見渡した。だが、部屋には椅子に座った父しかいない。その父は本に目を落としたままブランデーを口に運んでいる。
「お父様、今なんて?」
「あれの弱点は情だ。美点でもあるがな。情に絆される訳ではないが、判断の要素には取り入れている。婚姻で縛れなくとも、その他大勢ではなく特別になることは十分意味がある。それにはあの男の情が増える前がいい。人間なのは気にしなくていい。そんな反対は捩じ伏せてやる。あんな男が息子になるならその程度の問題は瑣末な事だ」
その言葉にアルラはカチンとくる。タケルと父が直接会話をしていたのは、ゲームも含めてせいぜい数時間だ。その数時間でタケルをここまで評価するのはおかしい気がする。とすれば、父はタケルの英雄としての価値を評価しているのだ。つまりは利用価値だ。それがアルラの反抗心に火をつける。
エンフェルムにしてみれば娘の恋を最大限応援するつもりでの助言なのだが、弁舌巧みな彼でも、娘にだけはその能力は働かないようだ。
「私は打算で動いてるわけじゃないわ。ましてや家や種族のためでもない。私自身とタケルのために動いているの。残念だけど結婚なんてまだまだ先よ。私はタケルの為にタケルの隣に立ちたいの。でも私はまだまだタケルと同じ物が見えていないわ。タケルの遥か後ろ、もしかすると間に川でもあるかもしれない程のね。だから私はタケルの隣に立てるまでタケルと結婚なんて出来はしないわ」
エンフェルムは少し驚いたように、本から目を上げて娘を見る。
娘の成長は好ましくもあり、寂しくもあるものだ。特にそれが男によってもたらされたものであれば、なおの事だ。
「エルフと違い、人間は移ろい易く、時は限られている。お前の基準で悠長に考えていると取り返しのつかない事になるかも知れんぞ。結婚など小難しく考えなくとも良い。幸運の女神は前髪しかないらしいからな。好機があれば思いに身を任せるがいいよ」
「心配御無用、私はタケルと同じ時を生きているのだから、それは変わらない事実よ。有限だからこそ輝くものもあるわ。それに、そんな変な髪形の女神に頼る気はないわ。必要ならツルツルの後頭部を引っつかんで連れてくるから」
アルラはフンと鼻を鳴らし、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
全く、あの負けん気の強さは誰に似たものか。
自分を棚に上げ、エンフェルムは娘の出て行った扉を見つめて嘆息した。
どうにも、娘にだけは彼の気持ちは伝わらないのだった。
「まあ、でも、アルラのお父さんにも大事な話をしたいと思ってたんだ」
タケルの台詞に、アルラは現実に引き戻される。
昨日の事を思い出していただけに、その台詞に過剰反応してしまう。
「だ、だだだ、大事な話って、ま、ま、ま、まだ、早いわよ。準備が出来てないし」
昨日あんな話をして啖呵を切ったのに、翌日に「結婚しまーす」などと、どの面さげて言えというのだ。
「準備がいるからこそ、早く話をしておかないと。お父さんの事だから、すでに準備をしているかもしれないけど、それも確認しておきたいしね」
昨日の父の台詞は、確かにそれを匂わせるものだった気もする。
だとしたら、自分以外はみんな結婚に向けて動いていたのだろうか?
「準備が出来次第、旅に出ようと思ってるんだ。まずは西を目指そうと思っている。できるだけ早く戻ってくるつもりだけど、どのぐらいかかるかはわからないから、その前に……」
「わかったわ。確かに急で心の準備が出来てないけど、タケルが望むなら私も覚悟を決めるわ」
アルラの決意を込めた表情に、タケルは少し気圧される。
「いや、いくらなんでもミクリの攻防があったばかりだから、さすがにそんな急な話にはならないと思うけれど、その辺が落ち着いてからだから多分早くても数ヵ月後だろうけど、出発の前に確認しておかないと話す機会がないからね」
それから、他愛のない何かを話してはいたのだが、アルラは家に着くまで上の空だった。
今晩の父親との会談で何をどう話すか、そんなことばかり考えていた。
勿論、話は興味深く重大な内容ではあるのだが、アルラの考えているような話題ではなく、彼女の期待は裏切られるのだが、夕暮れに門をくぐったアルラにはそのような予感は一切なかった。
夕食後、大事な話があるからとアルラハーシアは父親を呼び出した。
タケルと一緒にゲームルームで父親を待つ間、アルラはお淑やかに俯いて平静を保っていた。
「大事な話があると聞いているが?」
部屋に入ってきたエンフェルムは椅子に座るとそう切り出した。
「はい。近いうちにお嬢さんと一緒に西の遺跡を探索する旅に出ようと思います。どのぐらい時間がかかるか分かりません。想定では1年はかからないと思いますが、断言は出来ません。ですので、その前に話しておきたいことがあって来ました」
「そうか。楽しい話なら嬉しいがね。結婚式でも挙げる気になってくれたかね?」
「いえ、違います」
タケルが答えた瞬間、隣からガンッという音が響き、テーブルに載ったティーカップが音を立てる。
見ると、隣に座ったアルラが頭をテーブルに打ち付けている。
その反応を見て大体を察したエンフェルムは「いいから先を続けてくれ」とタケルを促す。
タケルはアルラを気にしつつも、話を再開する。
アルラは元通り姿勢を正したが、赤面した顔を俯けて、ジト目で横からタケルを恨みがましく見つめていた。
「ミーム帝国は次に大森林へ侵攻してきます。どういった対策を取られるのですか?」
唐突な切り出しにエンフェルムは戸惑った。エンフェルムの目と思考が、娘を思う父のそれから、エルフの最高指導者としてのものへと静かに切り替わる。いくつもの疑問と可能性を瞬時にまとめながら、タケルに言葉を返す。
「なぜそう思う。我々の中ではミーム帝国の次の行動は街道沿いに次の人間の拠点となる街フジリバーが目標だと見る向きが多い。ウェルバサル王国側も、いま大わらわでフジリバーとミクリの中間にあるシュリューカの町を出城にするため防衛強化に勤しんでいる。
逆に北上して、ウェルバサル王国とカムイ王国の連絡線を断ち、カムイ王国を孤立させる手段に出るかもしれないと考える者もいる。
だが、この大森林に侵攻するほど愚かではなかろうというのが殆どの者に共通する考えだ。なぜなら、森でエルフと戦うという行為は、どの種族であっても無謀であり自殺行為だからだ。なのに君は帝国は大森林を攻めるという。なぜかね?」
タケルは机の上に一枚の紙を広げる。起動させると広げた電子ペーパーに上空からの航空写真が映し出される。エルフの親娘は初めて見る技術に驚くが、タケルの操作によって、その画像が動き、線が書き加えられる様を見て驚きは驚愕へと段階を増す。
「これはこの周辺を空から見た図です。ここがミクリ。先ほど言われたルートがフジリバーまでのこの黄色の線です。それと、北方へ抜けて分断するルート、この青色の線です。見ての通り、どちらの線も長い上に、そのほとんどの距離を森に沿って進んでいます。どちらのルートを取るにせよ、側背を伏撃される危険性があります。果たしてそんな危険を冒すでしょうか? ましてや、敵軍の将軍はテリコラです。何も考えなしに動くとは思えません」
これにアルラが反論する。
「でも、エルフは森に入ってこない者には攻撃することはないわ。エルフが森の守護者であり平和を愛する種族であることは知られているわ。敵も無駄に戦力を減らす事はしないんじゃないかしら」
それに対してタケルは諭すように答える。
「だが、それは共通認識として広まっているというだけで、拘束力のある条約か何かを交わした訳じゃない。帝国と人型種との共存は不可能だ。エルフがいくら不戦を謳っても、相手は結局自分の常識で判断する。彼らにとって専守防衛なんていう理想は理解できないよ。奪うことが生存とセットなのだから。戦略的に見れば、結局はいつか戦うのであれば、今大森林を落としてしまうのが最も理に適っている。そうすれば、その後の侵略が容易になる」
「それで、そう判断したのであれば、帝国は具体的にどう動くかね?」
「帝国の取り得る手段は幾つか考えられますが、最終的には一つの方法に帰結するでしょう。それは森林自体の破壊です。専守防衛とは言うもののその理由の大部分は、エルフが森林地帯での戦闘に特化した存在だからに他ならない。防御の部分を森という地形に任せ、長弓での集団狙撃と待ち伏せアンブッシュの戦術的連携。であれば、その強みをなくすためには、必ず森自体を破壊しようとするでしょう。野戦となれば、帝国は数で押し切ることが出来ます。一番ありえるのは、ミクリでも使った飛竜ワイバーンによる上空からの油などの散布で火をつける方法でしょうか」
森が焼かれるという事態を想像しているのか、重々しい声でエンフェルムが問いかける。
「そこまで予想しているのだから、対策も考えているのだろうな」
「その前に質問ですが、ウェルバサル王国とカムイ王国とフジ評議会の三国は正式な同盟は組んでいるのですか?」
「いや、我々は森から出て攻撃をしないため、同盟は組んでいない。森への通行許可は出しているし防衛時の協力協定くらいは交わしているが。ウェルバサルとカムイは物資の支援協定どまりのようだな」
「でしたら、ウェルバサル王国と同盟を組むべきです。そしてウェルバサルの各都市との間の街道を整備して軍の移動をスムーズに行えるようにすべきです」
「そんな! 人間を大森林に招き入れるなんて!」
アルラが悲鳴のような声を上げる。人間に肯定的なアルラですらこの反応だ。自分がどれだけエルフにとって非常識なことを言っているのかが分かる。
「別に招き入れる訳ではなく、通行を迅速に行えるようにするのが目的です。それにこれはエルフにとっては有利にこそなれ不利になることではありません。今までよりも防衛はやりやすくなるでしょう」
エンフェルムはその言葉の意味を汲み取ったようだった。
「整備された道があれば、部外者はそこを頼りにする。待ち伏せや封鎖の主導権はこちらにある、と言う事か。それに数の少ない側は整備された道によって戦力の柔軟な運動が可能になるか。だが、ウェルバサルとの同盟は王国が納得しないのではないか? 彼らの利が少ないだろう」
「戦時中の森林内の通行だけでも相手にはメリットになると思いますが、必要ならミクリ奪還時の戦力提供と今後のミクリ防衛時の協力という事で納得するのではないでしょうか? これなら王国側のメリットは十分でしょう」
「タケル正気なの? エルフに森を出て戦わせる気? さっき自分でエルフは森林戦闘に特化した存在で、野戦になれば押し切られるって言ってたじゃない!」
「あくまで主力は王国軍だよ。どの道ミクリ奪還には動くだろうけれど、それを早めてもらわないとエルフ側の被害が大きくなる。結果的には奪還と防衛に協力したほうが、エルフの損害は少なくなるのさ」
エンフェルムは考え込む。
タケルの言うようなことを考えたこともあった。だが、ここまで突き詰めて考えはしなかった。自分も少なからずアルラのような考えをしていたことは否めない。
大森林に攻め込む愚を冒すものはいない。
エルフは森の外へは出て行かない。
森に他種族を招きいれはしない。
だがその常識はミクリ城塞がミーム帝国との防壁として機能していたからこそのものだったのだ。
今や常識は塗り替えられてしまった。
難攻不落のミクリ城塞は陥落した。想定外だった。この世の中に絶対などというものがないのは分かっていたはずなのに。自分の平和ボケが嫌になる。
論理的に考えれば、タケルの考えは正しい。だが、それをハイエルフとそれぞれのエルフの代表に納得させるのは難しい。我が娘アルラですら、あの反応なのだ。自分の中にも納得しつつも些かの抵抗がある。
しかし、一刻の猶予もならない。既にミクリは帝国の手に落ち、いつ侵攻があるかも分からぬ状態だ。今まで一ヶ月近くを無為に過ごしてしまった事が悔やまれる。
「全く、タケルは年長者に楽をさせようという優しさが足りないな。遣り甲斐のある仕事ばかり提案してくれる。まだまだ隠居させてもらえそうもないな」
エンフェルムは諦観したような口調で言うが、目元には精気が宿っている。
「なにぶん手持ちが少ないもので。強力なカードを遊ばせる余裕がありません」
「ここまで言ったのだ。協力はしてもらうぞ」
「ええ、なんとか帝国の本格攻勢までには戻るつもりです」
「攻勢時期はいつと見る」
「帝国軍も疲弊していますので補充と再編に2~3ヶ月は要するでしょう。それも考えると10月あたりが可能性としては高いかと。季節的に乾燥してきて火攻めには理想的ですし、収穫時期のため王国軍は動員が難しい時期です。帝国軍に多少の補充不足があっても戦力差はプラスに働くでしょう」
帝国は奴隷制のため、農奴は戦場に出されない。そのため収穫時期に戦争を行っても、生産性に損害はない。だが王国は貴族が領地から農民を兵隊として召集するため、収穫時期には戦力の構築が難しくなる。無理に召集すれば翌年の食料が減少し、自国の国力を落としてしまうためだ。
帝国が侵略国家として有利な面でもある。
「とにかく時間は味方です。敵の戦力の再編が終わり、乾燥した季節が来るまでは敵の本格攻勢はありません。それまでは何を仕掛けられようと戦力の温存が第一です。敵の本格攻勢が始まった場合も王国の援軍が来るまで遅滞戦術で時間を稼ぐ事が第一です。
「簡単に言ってくれる。だが、それなら一つ裏技を思いついた。タケルにも協力してもらおう。ちょっと待っていてくれ」
そう言うとエンフェルムは部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
手には宝石を入れるようなケースがある。
そのケースを開けると、アルラへと渡した。タケルも横から覗き込む。
ケースの中には植物と山を図案化した印章の指輪とエルフの耳を模った黄金のピンが入っていた。
「それは我が国の特使や大使に与えられる物だ。それをアルラに与える。タケルはアルラと共にウェルバサル王国へ赴き、一足先に同盟を締結してきてくれ。王国の態勢が整って援軍が来るのは早くて冬、奪還戦はおそらく春になるだろう。それまでには評議会をまとめて同盟を承認させる」
「お父様、そんなことしていいの?」
「良いわけあるか。完全に違法だ。議会無視なのだからな。だが、時間がない。街道の拡張と整備はエルフにとって利のあることだ。商人と警備関係は支持に回ってくれるだろうから先に手をつけるが、同盟の議会工作には時間がかかる。それを待って同盟を持ちかけては、王国の態勢が整うのも遅れてしまう。特使の任命までは私の権限で行うことが出来る。初めてのエルフと人間の同盟だ。お前たちエルフと人間のコンビが最適だ。この交渉の意味も重要性も良く分かっているからな」
さっきの仕返しとばかりにタケルは口を開く。
「若者の門出に、楽をさせてやろうという気は無さそうですね」
エンフェルムはニヤリと笑って言い返す。
「私は身内には厳しい男なんだよ。アルラの伴侶なのだから諦めたまえ」
むしろアルラには大甘なようにしか見えないんだけどなぁ。それは言わぬが華か。
両者は細かい詰めの話し合いに入った。
二人が詰めを話している短い間にアルラはケースを大事にしまう。
アルラは事の重大さに緊張しゴクリと喉を鳴らす。
この一週間ほどでアルラの人生は歯車がかみ合ったかのように、大きく早く動き出した。
父の信頼と国の命運が彼女に重圧となってのしかかる。
縋る様にタケルを見ると彼は父と話し終えて、のほほんと紅茶を飲んでいた。
ティーカップを置くとタケルは楽しそうに言った。
「寄り道することになっちゃったね」
ホントにこの人は!
タケルは一つだけエンフェルムに伝えていない懸念事項があった。
だが、エンフェルムを見る限り、心配は要らないように見えた。彼は磐石の長期政権を築いている熟練の政治家なのだ。
タケルは自分の心配事など杞憂にすぎないだろうと胸にしまいこんだ。
論拠もなく直感しかない疑いを伝えるのは嫌だったのだ。
後にタケルはこれを後悔する事になる。
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