第35話 旅路1
ハイランドから帰ったタケルとアルラは基地で留守番のヒミコとグレイヴに再会した。
たった二日いなかっただけなのに、グレイヴは何故かタケルに付きまとった。
しきりにグレイヴが寝床にしている戦車格納庫へ誘うので、仕方なく酒と肴を持って格納庫へと降りていった。どの道、ハイランドでの出来事も報告しようと思っていた所だったので渡りに船ではあったのだが。
ヒミコはどうせ電脳回線で全て把握しているので説明の必要はないし、グレイヴは仮にも今回のドラゴン退治騒動の当事者なのだから、どのように扱われているか知っていてもらわないと困る。
しかしまさか戦車の上で酒盛りをする日が来ようとは思ってもいなかったタケルだった。
タケルはグレイヴと酒を飲みながら、ハイランドでの事を話して聞かせた。
だが、グレイヴはどこか上の空で生返事しかしない。
「どうした? 傷が痛むのか?」
「いや、そんなことはない。むしろ治りが早いぐらいだ」
「そうか。それは何よりだ。ヒミコの治療も多少は意味があったのかな」
グレイヴがビクッと体を震わせる。なんとなく顔も青ざめて見える。いや、人間形態をとった竜に顔色なんて物があるのならの話だが。表情も非常に不安そうに見える。そして意を決したように酒を呷ると周囲を気遣うように小声で話し出した。
「なぁ、タケル。我の傷の治りが早すぎないか?」
なんだそれ? 治りが遅くて不安になる入院患者は知っているが、怪我の治りが早くて不安になるなんて初めて聞いた。竜族にはそういう習慣でもあるのか?
「タケルの血を飲んだから脚が治ったのは分かる。だが、あれだけ時間をかけても治癒しなかった傷が、ここへ来て数日で腕も腹も治癒してしまったのだ。あとは翼だけだ。なぁ、タケル、本当の事を言ってくれ。我はどこか変になってないか?」
いや、そう言われても「今一番変なのはお前の精神状態だよ」とは言えない。タケルにもそのぐらいの分別はある。そもそも、グレイヴの人間状態の完全体とか見た事ないから比較しようもない。
「何をそんなに怯えてるんだよ。治りが早いのはいい事じゃないか?」
「正直に答えてくれ。タケルは我に何か魔術をかけたりはしていないよな?」
「あたりまえだろ。なんでグレイヴに魔法なんか使うんだよ」
とは言いつつも、ちょっと引いていた。酒の力もあってだろうが、どうしたんだコイツ。情緒不安定になってるぞ。正直、ドラゴンのパラノイアとか勘弁して欲しい。この基地が潰れかねない。とはいえ、タケルにとって初めてできた同性の友達だ。人間でないのを差し引いても、大事にしないとな。カウンセリングとはいかないまでも、悩みを聞くぐらいはしてやるべきだろう。
「そうだな。疑っている訳ではないのだ。そもそもここは魔力マナが少ないから魔法など上手く発動しないはずだし、我らドラゴンにはそもそも魔法に耐性があるから簡単にはかからぬしな。そうだ、タケルはヒミコのマスターなのだよな?」
なんだ? 急に話が飛んだな。
「んー自分では家族みたいなものだと思っているんだけど、ヒミコは命令される立場みたいに思ってるみたいだな」
月面での出来事以降、その忠誠心のあり方が危ぶまれている事は黙っておこう。
「タケルのゴーレムなのだから当然よな。タケルからヒミコに我に近づかないように言ってはくれぬか」
「話が見えないな。怪我してても肉体能力的にはヒミコを怖がる必要もないだろ。ヒミコに何されたのか?」
「それが分からぬのだ」
「はあ?」
「笑わぬか? そうか。タケル、我はな…………ヒミコが怖いのだ」
「タケルとアルラを見送った日、夕方にヒミコがこの寝床の大扉を開くようにしてくれたのだ。
大扉のサイズを考えると、我が百年以上生きて
ヒミコが教えてくれたのだが、この扉はこの辺り一帯が消し炭に変わるようなドラゴンブレスの直撃を受けても耐えられるし、重すぎて通常の方法では開くことすら叶わぬ扉らしいな。試しに我も持ち上げてみようとしたが全く歯が立たなかった。それがああも簡単に開いていくのを見ると、そしてそこから我が飛び立つ姿を想像すると、なんと心躍ることか。たとえ長老の
我は感激してヒミコに礼を言い、扉の開閉方法を教えてもらったのだが、これがイマイチだった。
人間サイズの分には良いが、我が本来の姿に戻ったときにはどうにも扱い辛そうでな。かといって、ここを通る度に誰かに開けて貰う訳にもいかぬし、その都度人間に変身していては面倒だ。
それでヒミコに我が元の姿に戻っても大扉の開閉を出来るようにできぬか頼んでみたのだ。
ヒミコは何か方法を考えてみると約束してくれた。それから、我の元の体の構造について詳しく聞かれたのだ。空から降りるときに決まってやる動作があるかだとか、
その日は何もなく終わった。だが翌日の昼頃、我が食事をした後、ここで昼寝をしているとヒミコがやってきたようなのだ。よう、というのは、我にもそれが夢なのか現実なのかよくわからないからなのだ。
我が気配に目を覚ますとすぐ横にヒミコが立っていた。まずこれがおかしい。我ら竜族はどんなに眠り込んでいても、すぐ横に来られるまで気付かないという事はありえん。だから最初は夢だと思った。なにかを呟いておったがはっきりとは聞こえなんだ。
「体重に合わせて量を計算したのに……」
「データ不足のせい……」
「もう少し追加……」
そんな事を言っておったように思う。しかもヒミコの指の一本が針のようになっておった。
その後、ヒミコは我の腹の傷口の包帯を解くと、腹の中に手を突っ込んできたのだ。
もちろん我は飛び起きようとした。だが、身体がピクリとも動かぬ。突っ込まれておる腹からは何の痛みもない。それで「ああ、これは夢なのだ」と確信した。やけにリアルで、痛みはないが腹を弄られる感触は伝わってくる。そしてヒミコは、なにやらチカチカと光る物を我の腹の中に入れてきたのだ。その後も何かをしていたが、そこで急速に意識が薄れた。
目を覚まして飛び起きてみると、傷口には包帯が巻かれていたし、そこらへんに血が飛び散っている事もなかった。やはり夢だったのだと思っていたのだが……。
それからヒミコの我を見る目が何か違うのだ。何がとは言えぬが、観察するような目で見ている気がするのだ。しかも、今朝起きてみると、左手と腹の傷が治っているではないか。こんな急速な治療は魔法でもなければ説明がつかん。
それにな…………」
グレイヴはゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らす。
「治った腹を上から押すと、中に何かあるようなのだ。何か丸くて固い物が……」
「なあ、タケル。これは我の思い過ごしなのか? 我は一体何をされたのだ? もし今晩寝ている時に目が覚めて、目の前にヒミコがいたら……我はどうすればいいのだ?」
最強の生物の潤んだ瞳に怯えが見える。
タケルはその不安を一笑に付す事が出来なかった。
親近感すら覚えた。
思い当たる節がありすぎる。
隔離病棟での恐怖の生活を思い出し、我が身を一瞬震わせる。
だが、ここでグレイヴに理解を示すことは何の解決にもならないどころか、より不安を煽るだけにしかならない事も理解していた。そうだ、本当にグレイヴの夢という可能性もないわけではないのだから。
自分でも信じていない万に一つの可能性を言い訳にしつつ、グレイヴの不安を払拭してやる事にした。
「心配しなくてもいいさ。大怪我をした時は、回復の時にしこりが出来るのはどんな生き物でもある事だよ。怪我が治った時に傷跡が残るのと同じようなものさ。ヒミコの視線だって、ヒミコは自分の患者にはいつも観察するような目で見ているよ。それが仕事なんだから。グレイヴは場所が変わって自分でも気付かないうちに気が高ぶっているんだよ。その回復だって、もしかしたらヒミコが治療した効果が表れただけかもしれないだろ。あとで聞いておくよ。それと……」
タケルはグレイヴがまだ不安そうなのを見てため息をつき、ダメ押しをするように言った。
「グレイヴが眠っている間は、この戦車格納庫に入らないようにヒミコには命令しておくよ」
グレイヴの顔が目に見えて明るくなる。どんだけ怯えてたんだよ。
「おお、そうか、いや、そこまでするのもなんだか恩人に仇成す様で悪いが、タケルの好意だ、無碍にするわけにもいかんな。うん」
グレイヴの中でも折り合いがついたようなので、再度、安心するように言って別れる事にした。
タケルに今晩は一緒に寝て欲しそうだったが、友達と一緒でも戦車の上で寝るのは遠慮させてもらった。
部屋に戻るとベッドに寝転んだ。
酒も入っているし寝てしまいたかったが、約束は約束だ。
『あまてらす』へと意識を飛ばした。
「先に答えておきます。グレイヴの体内に特殊なGPS発信機を埋め込んでおきました。これはグレイヴが外部ゲートの開閉を竜形態での時も望んだためです。最初はグレイヴのエレクトリックロケーションを利用する案でしたが、他の竜との識別が困難なため、野生動物追跡用の多機能GPS発信機を腹の傷が塞がる前に埋設しました。健康への影響はありません。GPSの発信を識別して自動で扉が開く設定にしてあります。
回復に関しては、タケルの血を希釈した物と、銅を細かく削った物を食事に混ぜておきました。おそらくその効果が出た物でしょう。
あとグレイヴが眠っている時には戦車格納庫には入らないようにします」
質問する前に全て答えられた。
万に一つの夢の可能性は、何も喋らないうちから粉砕された。犯人だった。真っ黒だった。
「会話をモニターしてたんなら話は早いけど、約束したんだから命令くらいはさせてくれ。グレイヴの眠ってる時に戦車格納庫へ行くのは禁止な。あと、エレクトリックなんとかと、食事に銅を混ぜたって何?」
「エレクトリックロケーションというのは、生物が周囲を感知するために行うレーダーみたいなものの名称です。蝙蝠は超音波でこれを行っていますのでエコーロケーションといいますが、体から微弱な電気を発して、その干渉で周囲を知覚するのがエレクトリックロケーションです。ドラゴンの
グレイヴに扉の開閉の件を依頼された時に、このエレクトリックロケーションの波長を個体識別に使う方法を考えました。ですが、他の個体のデータがないため、グレイヴと他の竜の識別が可能なのかどうかが分かりませんでした。それでグレイヴの食事に睡眠薬を入れて、彼が寝ている間に色々と調べさせてもらいました。結果、他の竜との区別に使用するには不適切だという結論に達しました。
エレクトリックロケーションの欠点は音波を使うエコーロケーションに比べて、使用できる域帯が狭いということです。ですので、同種族が傍にいると干渉し合います。これがグレイヴの言っていたストレスの原因です。そこで渡り鳥や野生動物の調査に使用する多機能GPS発信機を体内に埋め込む案を採用しました。GPSの電波で扉の開閉を自動で行うように設定たのです。彼の傷が塞がる前にしかできませんので、即実行に移したわけです。
食事の銅に関しては実験です。竜は雑食です。普通の意味ではなく、本当に何でも食べます。枯れ木も食べていたことから、体に入れば、効率の差はあれ何でも消化しエネルギー変換するようです。鉱物でもです。これはメタリックのみの特性なのか、クロマティックも同じなのか分かりません。ですが、グレイヴの体からは多量の銀元素が検出されています。そこで銅を食事に混ぜてみました。銅は銀を強化する際に用いられる金属ですので、回復と強化に効果があるのではないかと考えたためです。結果は後日、新しく生えた鱗の強度で実験してみます。」
あいかわらずだなぁ。なんでヒミコは真面目に治療しようという対象に悉く恐怖を振りまいていくのだろうか。グレイヴには気のせいで済ませてもらっておくしかないだろう。
「そっちは何の話をしてたんだ」
「アルラにこの木が自生していないか聞いていました」
ひょろ長い木が突然目の前に現れる。
「これ何の木?」
「ゴムノキです。幸い点在して自生しているところがあるそうです」
「ゴムノキってあのゴムの原料の? へえ、もっと暑いトコのものかと思ってた」
「ええ、今の地球は平均気温が下がっていますから、本当は赤道に近いほうがいいのですが、ゴムノキ自体は最低気温が5度くらいまでなら自生可能です。とはいえ、ここでの大量育成は難しいでしょうから四国か九州あたりにプランテーションを作りたいですね。硫黄は活火山があるので入手自体はできそうですし」
「なんでゴム?」
「いま使えている機器の中でも、電子部品は仕方ないにせよ、ゴムがなければいずれ使えなくなるものは多くあります。そもそもゴムは消耗品ですから。ゴムは原料さえ入手できれば生成はさほど難しくありません。今の内に供給態勢を考えておきませんと」
「なるほど、わかった。その辺は任せるよ。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「ええ、ツクシかノルムに行った時には、気にしておいてください。それで旅の予定ですが、まずはフジリバーへと出て、街道沿いにウェルバサルの王都を目指すということで良いですか?」
「ああ、特使を頼まれちゃったからな。仕方ないさ。アルラのお父さんもコキ使ってくれるよなぁ」
「特に問題はないでしょう。元々の目標も大阪・福岡・長野の三箇所でしたから、まずは大阪で遺跡を確認しましょう。その後に福岡か長野のどちらに行くか決めればよいでしょう」
「その三箇所が使える可能性が高い場所なんだね」
「というよりも、僅かでも可能性がある場所です。大阪と福岡は災害時の代替首都機能を考えて、施設建設がされましたし、長野には非常時の行政機能が麻痺しないように、政府職員が活動できる施設と情報保存センターが地下に建設されていました。どれも有事の際を考慮に入れられた施設ですから『あまてらす』からの直接受電システムを備えています。通常時は『あまてらす』の電力は各地域の受電システムを備えた変電所から通常の送電システムで送られていましたから、普通の施設がもし仮に残っていたとしても、電力の供給が出来ませんので情報を読み取れません。あとは今の基地のように自衛隊のシェルターくらいでしょうが、自衛隊施設の情報は富士駐屯地と大差ないでしょう」
「じゃあまずは大阪での外交を済ませてから遺跡探索という流れでいこうか」
「既に出発の準備は済ませてありますからいつでも出発は可能です」
「じゃあ、アルラには悪いけど早速明日出発にしようか。早い方が良さそうだし」
「先程話した感触だと、むしろアルラこそ早く行きたがってましたから問題はないでしょう」
「じゃあ今日は早めに休むよ。酒も飲んだことだし」
「ええ、おやすみなさいタケル」
そんな遣り取りがあって、翌日朝食の席で今日出発することを伝え、4人全員で行く事になった。グレイヴには急速な回復の訳を話して一応の安心はしてもらえた。
食料その他の準備はヒミコが済ませてくれていたので、朝食の後すぐに出発になったのだが、集合場所はグレイヴの寝床にしている戦車格納庫だった。
ヒミコが旅の乗り物として用意していたのは濃緑色の戦車だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます