第31話 電脳空間(授業1)

 グレイヴは基地に入る時はしゃいでいた。

 種族に関係なく、男はこういうのにワクワクするものらしい。

 戦車格納庫は広さ的にも気に入ったらしく、ここに住むと宣言していた。

 使うことないと思っていたが、戦車格納庫側の扉も開閉できるように整備しないといけないようだ。

 人間の姿をしていても竜の習性はそのままらしく、柔らかいベッドよりも宝の山の上で眠るのが好きらしい。広くて平べったい90式の上が寝やすくて好みのようだ。戦車一両は億単位の金額がしたと思うから、それから考えるとお宝の山の上で寝てるのと同じなのかも知れない。

 というか、まだ90式が何両もあったのに驚きだ。すっかり退役したと思っていたのに研究用に残してあったんだろうか?

 簡単に案内してグレイヴのセキュリティ登録を終えるとグレイヴはさっさと寝てしまった。

 傷の回復のためにも寝ているのが良いらしい。戦車の上の寝心地が良いようには見えないが、外皮が鎧の生物の感覚なんぞわかるはずもないので考えるのをやめた。


 装備を外し部屋着に着替えると(ちなみにジャージだ)ヒミコに電脳空間に呼ばれた。

 呼ばれた先は『つくよみ』だった。

 前と同じ会議室に、前と同じスーツ姿のヒミコがいた。

「何故ここに呼ばれたか分かっていますか?」

 いきなり詰問口調だ。

 ここで「桜の木を切ったのは私です」と懺悔できれば大統領だって夢ではないかもしれないが、残念ながら身に覚えがない。

 タケルが思い悩んでいると、ヒミコは呆れたように頭を振り、言葉を続けた。

「私がまとめておいたこの世界のデータを見ておいてくださいとお願いしたでしょう。なのにタケルがデータにアクセスした形跡がないので呼び出したのです。セラエノで過去のゲームのデータを閲覧したり、アルラのデータはアクセスしているのに……」

「だってほら、アルラのお父さんにまたいつゲームを仕掛けられるかと思って、負けないように過去のゲームを勉強しておこうと思って」

 忘れていた訳ではないが、トレーニングや装備の訓練、射撃訓練などをしていると疲れてしまってどうしても億劫になっていたのだ。

「タケルは勉強家なのですね。学校にも興味があったようですし。ですので私が授業をすることにしました。異存はありませんね?」

 いつの間にかヒミコはメガネをかけて、手には伸縮する指し棒を持っていた。いかにも女教師風だ。ヒミコの横には巨大な黒板風のモニターが現れている。

 タケルは否応もなくコクコクと頷く。

 ヒミコは「よろしい」といった風にニッコリ微笑むと授業を開始した。


 まずはざっくりと日本の現状について説明があった。

 以前『つくよみ』がした説明と同じような事を説明された。

「ここまではよろしいですか? ではここまでを基礎に、国語、歴史、宗教、生物、技術に分けて授業しますがどの教科からやりますか?」

「疑問もあったから国語からやろうか。なんで日本語が共通言語になってるの?」

「では、そこから説明しましょうか。以前にも説明したと思いますがおさらいです。日本語を基礎とする文化が災害の後も継続していた。そこから何らかの異変があり現在の状況が出来上がった。文明レベルが衰退しているのは、人口減少に伴う生産力不足と社会システムの破綻によるもの。これが現在の状況から推測する最も蓋然性の高い推論です。

 現在使われている言語はほぼ、過去の言語と相違ありません。外来語、和製英語などを含めて、書き言葉もひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、記号、数字、の六種類が使われています。また、単語としては英語も使われていましたから、英語も言語として使われている可能性はあります。後で歴史でもやりますが、日本語が共通言語である理由は、今いる人間以外の人類も日本人の末裔、もしくはその社会で育った種だというのが大きな要因です」

「でも800年も経ってるのに言語が変わっていないのはおかしくないか?」

 それこそ10年もすればナントカ語だとか言って、新しい言葉や喋り方が既存の日本語を変化させてた。800年もすれば、理解できないぐらい変化していてもおかしくない。なのに、話し言葉も文字も同じと言っていい程変化が少ない。


 ヒミコが黒板に画像を二つ出現させる。

 片方は中世騎士の全身鎧スーツアーマーの画像、もう片方の画像はタケルの時代の少し前、20世紀末から21世紀初頭辺りの漫画やラノベに出てきそうな鎧のイラスト。

 そして、その画像の間にいくつかの鎧の画像が出てきた。

「タケルはハイランドでエルフ以外の種族も見かけたでしょう。その中に鎧を着た人達もいたと思いますが、この真ん中の画像みたいだったでしょう?」

 タケルは頷いて先を促す。

「真ん中の画像は実際に現在地上で見かける鎧姿の画像です。左右どちらの画像に近いですか?」

「右の漫画のイラストの方に近いな」

「ええ、実際に歴史上使われていた鎧ではなく、漫画等のコスプレのような事になっています。

 現在の文明は一度衰退して、文化と歴史の断絶が起こっています。そこから人口の回復により現在のレベルにまで戻っていますが、彼らは過去に未知の発達した文明があったことだけを知っています。そして、遺跡から発掘した資料を元に再構築しようとしているのです。よって、彼らは過去の現代語をテキストとして日本語を学んでいるのです。これが時間が経っているのに言語の差異が少ない理由です」

「なんだか微妙にセンスが古いのはなんで?」

「21世紀中盤には電子書籍が主流となっていました。なのでそれ以降のデジタルデータは発掘されてもこの時代では見ることができません。日本では商業ベースの書籍は大量に流通していましたから発行部数の多い本ほど発掘される率も高いでしょう。また図書館等を除けば、個人レベルで書籍の保管・保存に注意していたのはオタクと呼ばれる人達でしたから、発掘される書物の方向性に偏りが出ているのではないかと思われます」

 なるほど、アルラは人間の書物に興味があって濫読してるんだったな。これは本当にアルラが腐ってる可能性もあるわけか。

「彼らからしてみれば、現実にエルフがいて、ドワーフがいて、オークやゴブリンというモンスターがいて、ドラゴンもいるのですから、過去にいなかったと考えないでしょうね。遺跡から発掘されたファンタジー系の漫画や小説は、歴史書だと勘違いするかもしれません。そこまではいかなくても、現実にフィードバックするための参考にはするでしょう」

「その結果が、史実よりもファンタジーコスプレ寄りの現実っていうわけか」

「認識のズレで、現実がフィクションに寄せていっている訳ですね。さらに勝手な推論を述べるなら、タケル、前にシェルターの話をしたのを覚えていますか?」

「ああ、小規模のシェルターは余り意味がないとか、日本には大きなシェルターがないとか」

「個人規模でシェルターを作る人ってお金持ちの趣味人というイメージではないですか? 実際シェルターを使うときには数週間その中に篭る訳ですが、その時に暇つぶしを兼ねて自分のコレクションをシェルターに保存すると思いませんか? 大災害の後も残って、更に数百年後に遺跡として発掘される建築物って、かなりの確率でシェルターが入ってると思いませんか?」

「……シェルターの持ち主にホラー系が趣味の人がいないことを祈るよ」


「過去に話が及びましたから、このままの流れで歴史の授業に入ってもいいですか?」

「ああ、任せるよ。何か新しく分かったのかい?」

「自衛隊のデータをサルベージした結果、大災害の一部は分かりました。

 災害は大きく分けて3つです。新種のウイルスの爆発的感染パンデミック、核による災害、イエローストーンの噴火です。

 このうち純然たる自然災害は噴火だけですが、順に説明していきます。


 どうやら最初の混乱の発生元はロシアのノヴォシビルスク近郊らしいと自衛隊の分析が出ているようです。これは結果から辿っているので混乱当初は分かっていませんでした。そこを起点にウイルスの爆発的感染パンデミックが起こっていたようです。しかし、ロシアは一旦は人口密集地への浸透を阻止しています。その際封じ込めを逃れた一部が中国まで越境し、中国で爆発的感染パンデミックを引き起こします。当時の中国は共産党の一党支配が崩壊し、7つの軍閥が支配するエリアに分かれていて、これに有効に対処できる行政組織はなく、正確な情報も伝達されませんでした。ですので自衛隊もこれに関しては憶測になりますが、その感染者を街ごと消滅させようとしたのか、攻撃と考え報復しようとしたのか、テロだったのか、偶然だったのか、その何れかもしくは全てか、ともかく核が使用されます。中国が分裂していたために、核の使用体制のセキュリティや条件、管理体制などが甘くなっていたというのは確実ですが、最初の核使用に続き、連鎖的に核が使用されます。この中には管理ができなくなったため暴走した原子炉の爆発も含まれます。

 幸い、という言葉は不適切なのでしょうが、全ての爆発は地表爆発でしたので直接の被害は抑えられていたはずです。それでもユーラシア大陸の地図を書き直す程度のことは必要な被害でしたが。

 ただ、間接的な被害は甚大でした。コンプトン効果により中国内陸部を中心に電子機器が使用できなくなりました。最悪なことに、この被害は中国大陸の原子力発電所と三峡ダムに影響を及ぼします。

 巻き上げられた粉塵と放射性降下物は西はインド、北はモンゴル、南はマラッカ海峡、東は日本までの広範を覆い、16の国と地域に降り注ぎました。

 電子機器が使えず制御できなくなった中国の原子炉は暴走爆発を繰り返し、同様の被害を広げてゆきます。中でも最悪だったのは、排水機能の制御ができなくなった三峡ダムです。三峡ダムの決壊により上海までを含む海までの下流域が洪水に襲われ、泥濘化しました。既に中国という国の存続は不可能なレベルにまで破壊されたといってよいでしょう。

 結果、大量の難民が国境に押し寄せました。

 電子機器が破壊され飛行機は言うに及ばず、船、電車、車に至る全ての乗り物は使えなかったため、人々は自分の足、もしくは自転車などで西へ西へと逃げ始めます。

 インド、中東からヨーロッパへと膨大な難民が押し寄せ、国境線で水際防衛を試みますが数に対処しきれず不法越境を止めることは出来ませんでした。


 この時点で第一次の大災害から2週間が経過し、地上との交信が可能となります。

 日本は電力供給が賄えず、パニック状態に陥っていましたが、まだ行政は機能していました。

 降着した放射性物質への恐怖もあり、人々は外出をしなくなります。避難所生活をする人達と、自宅に籠もる人達が殆どでした。この後、最大級の災害がアメリカで起こります。

 イエローストーンの噴火です。この噴火でアメリカも壊滅的な被害を受けます。

 また、火山の噴煙で地球は覆い尽くされます。

 イエローストーンの噴火は、この世界的な大災害の中、唯一まともに動くことのできていたアメリカが、一瞬でその機能を失うという事態を引き起こし、世界は大災害に対しての組織だった対処ができなくなります。


 一方、時を少し戻して、世界の各国は中国の爆発によって初めて事件を知るわけですが、当然アメリカ、ロシア、日本といった国々から救援の申し出と準備が行われましたが、受け入れの許可はなく情報も入ってきませんでした。しかも爆発は続いており手が出せない状況です。そのうちに三峡ダムが決壊し、上海から海へ逃げ出す人々を領海の外で待機していた米海軍と自衛隊が保護します。そしてようやく信じられないような情報が断片的に集まり始めます。同時期に、国境付近に難民キャンプを作り対処していた中東各国にも聴取した情報が整理され始め全容が見え始めます。しかし、この時点でアメリカでは噴火がおこり、対処能力を失っています。脱出した中国難民の一部はすでにヨーロッパに達していました。そして中東とヨーロッパでの爆発的感染パンデミックがおこります。


 一番の問題はこの時点でそもそもの原因がロシアでの爆発的感染パンデミックだと知らされていなかった事です。

 ロシア、中国、共に軍の力が強く、秘密主義の国でしたから危機に際して情報の共有が行われず、悲劇を招きました。ロシアは自国で爆発的感染パンデミックを抑え込んだ為、中国の混乱がその余波だと知りませんでした。

 中国は共産党の支配がなくなったとはいえ、それぞれの地域を掌握しているのは軍閥でしたから、情報の共有には否定的でした。また中国に至っては電子機器が使えなかったため、後方で実際の状況を把握している者はいなかったのかもしれません。

 こうして、ロシア発のウイルスはヨーロッパへと波及します。


 この時点で最早中国へ救援を送る余裕は各国ともなくなっていました。すでに中国難民は救うべき対象ではなく、自国への侵入をなんとしてでも防がなければならない対象となっていたのです。

 ヨーロッパでのウイルスの拡散は早く、皮肉なことに、ロシアは一度は防いだウイルスに反対方向から攻め込まれることになります。ロシア国内で発病者が現れるに至って、ようやくロシアからこのウイルスを開発したのがロシアの軍研究所であることが明かされ、開発の詳細なデータと引き換えに対策協力が先進国に持ちかけられます。

 ですが、アメリカはすでにCDC(米疾病管理予防センター)もUSAMRIID(米陸軍伝染病医学研究所)も機能していませんでしたので、実質協力できたのは日本、イギリス、カナダくらいのものでした。

 そして日本にもついに初の発病者が出現します。すでに社会システムは崩壊を始めており、雪崩を打って崩壊していきます。

 ここまでがサルベージした結果判明したことです。この後、富士駐屯地の部隊は命令により東京へと移動しますので記録はここまででした」




 ヒミコから淡々と語られる内容は現実感に乏しく、まさに歴史の勉強をしているようだった。

 だが、その言葉の中でおそらく億単位の人間の命が失われていることを考えると吐き気がしそうだった。

 しかも、天災ではなく人災がきっかけだったというのはやりきれない。

「これで大災害のおおまかな情報は手に入ったわけか」

「ええ、この後の大きな流れならかなりの精度で推測できますが聞きますか?」

「頼む」

「アジアは放射能汚染、中東・欧州はウイルスの蔓延、アメリカは噴火による被害、そして全世界的に日照不足による寒冷化、まず最初に起こったのは食糧不足でしょう。核、ウイルス、噴火、そのどれもが膨大な人命を奪ったと思われますが、最も多くの人の死因は栄養失調、つまり餓死だったと推測されます。日本は極端な例ですが、22世紀の世界では米中仏加豪を除く先進国、準先進国は貿易協定による国の分担に拍車がかかり、軒並み食料自給率が下がっていました。その中で米中仏がなくなれば、どうなるかは自明の理ですね」

 ヒミコは出来の悪い生徒に思考の訓練を施す教師のように答を促す。

「食料の争奪が起こる……か」

「その通りです。アメリカで無事だった人々はカナダを目指したでしょう。その他の国々はオーストラリアを目指したのではないでしょうか。ここまではほぼ間違っていないと思います。この後は2つのパターンが予測できます。一つは戦争が起こるパターン。もう一つは何らかの災害が更に起こったパターンです」

「これでも足りずに、まだ何か起こるのか?」

「はい。ここまでだと、いくら人口が減っていても、文明をここまで衰退させる断絶が起こっている理由になりません。人類という種から見た最善の方法は、残った先進国の人類を専門職から優先して、オーストラリアとカナダに移住させ、管理社会で食料などを統制管理することです。そうすれば、地球環境が回復するまで文明をつなぐ事はおそらく可能です。ですが現在、外洋航行できるだけの文明は残っていません。これは逆説的に何かが起こっているはずです。最も可能性の高いのは戦争でしょう。次点でウイルスですね。考え得る全て、かもしれませんが」


「そういえば、ウイルスって日本でも発病してたんだっけ。ロシア開発のウイルスってどんなのだったんだ? もう絶滅したのかな?」

 こういうウイルスパニックものでは大概はなんとかしてくれるCDCシーディーシーUSAMRIIDユーサムリッドがなくなってるとなると、対処してくれそうなのはカナダのNorBACノーバックくらいか。でも逆にこれでアメリカが壊滅してるとなるとその辺の技術者がカナダに逃げて本当にNorBACノーバックを作りそうな気もするな。

「おそらく絶滅はしていないでしょう。人獣共通感染ウイルスですので根絶はほぼ不可能でしょうから。ロシアが開発したウイルスですが、自衛隊のコンピュータには詳細なデータは残されていませんでした。しかし概要は掴めました。リッサウイルスをベースとしたキメラウイルスです。リッサウイルス、つまりは狂犬病です。発症まで5日以内という極めて罹患性の高いウイルスに進化しています。通称ゾンビウイルス。発症後の快復は不可能です。症状は頭痛、発熱、幻覚、興奮、躁動、瞳孔拡大、恐躁状態、恐水、過度の流涎などです。

 これを分かりやすく言うと、苦痛の呻きを上げ、服を脱ぎ捨て、正常な判断が出来ず会話も出来ず、光を嫌い、水を恐れ、涎を垂らしながら生物に襲い掛かってくる人間です。しかもウイルスは涎に入っているので、噛まれると感染します」

「それは……ゾンビだな。あれ? もしかして……」

「そうですね。帰る途中でグレイヴが言っていたアンデッドと言うのは、このウイルス罹患者の事なのではないでしょうか?」

「なるほど。治療法はないの?」

「ありません。元々リッサウイルスは発症後の死亡率は100%です。ただ、本来は発症までもう少し時間の猶予がある病気ですので、その間にワクチンを接種することで発症を抑えられます。ですがこのウイルスは新種ですのでワクチンがありません。狂犬病に使われるガンマグロブリン製剤が多少は有効だったようですが、この薬は日本では未認可だったため備蓄はありませんでした。ちなみに、タケルはこのウイルスの罹患は心配しなくていいですよ」

「へ? なんで?」

 間抜けな声が出た。

「もともと、タケルの免疫系はプラントで強化されてますが、このウイルスの情報が入った時点でプラントにガンマグロブリンの組成式をアップロードしておきました。体内にラッサウイルスを感知した時点でガンマグロブリンが生成されます」

「そうか……ありがと、なんだかズルしてる気分だな」

「なんであろうが構いません。タケルの命は地球より重いんです」


 そう言い切るヒミコの愛もたいがい重いぞ。



「次は何の授業にしますか?」

 ヒミコの聞き方はまるでクイズのジャンルを選ばせているようにも聞こえる。

「じゃあ次は宗教で。ハイランドでは教会みたいな建物がなかったから、なんでだろうと思ってたんだ。最初の説明を聞いても、宗教的な国家はないみたいだしどうなってるの?」

「これはアルラの家の図書室やアルラの教科書を借りて調べましたので、実際の観測結果ではありません。それをまず念頭においてください」

「エルフからの視点という事を考慮しろってことだね。わかったよ」

 宗教や歴史は立場で捕らえ方が変わるからな。それが原因で戦争にすら発展しかねない問題なだけに、中庸の視点で考えないとな。

「現在の日本列島に存在する6つの国家群は完全とは言い切れませんが、政教分離は為されています。この世界に伝統宗教としてのキリスト教とイスラム教は存在していません。これは日本という文化が基礎になっているためだと思われます。一神教は日本の文化に根ざしていませんでしたし、あれば紛争を起こす要因ですから。

 神道や仏教、道教的なものはツクシ鎮西国にあるようですが、国教と定まっている訳ではないようです。ギリシャ神話や北欧神話をベースにしたような多神教のパンテオン教がウェルバサル王国を中心にカムイ王国とフジ評議会でも信仰されているようです。ノルム蛮族国では原始宗教としての祖霊信仰らしいですが、部族ごとに様相が異なるので、まとまってはいないようです。ミーム帝国は力こそ全てのヒエラルキーですから、宗教はなく、強いて言えば皇帝の力への崇拝といったところです。

 エルフに関しては特にパンテオン教を熱心に信仰しているわけではなく、自然崇拝アニミズムの方が一般的なようです」

「少なくとも宗教が戦争の火種になる状況ではないと言う訳か」

「国内での政争ではどうか分かりませんが、今のところ対外戦争を仕掛ける要因にはならないようですね」

「頭を悩ませる厄介事が増えないのはいいことだな」

 ヒミコがクスリと笑う。何か可笑しい事でも言っただろうか?

「失礼。タケルの言葉がいかにも日本人らしいなと思いまして。宗教を厄介事と評するのは共産主義者コミュニストか無神論者でなければ日本人くらいでしょうね」

 20世紀以降の日本人は外国から見れば、異常なくらいに宗教に無関心かつ寛容だったもんな。

「歴史を見れば宗教なんて厄介事の塊だろ。逆に宗教で救われた人も大勢いるんだろうけど、残念ながら僕は産まれながらにして神様とは仲が悪くってね」

 生きてることが奇跡に近いからって、神様に感謝する気にはなれない。それなら最初っからそんなハンデを背負わせるなって話だ。それに、神様なんかに感謝したら、自分の為に手を尽くしてくれた人達に申し訳ない。神様のおかげではなく彼らの功績なのだから。

「タケルのその考え方は良いですね。タケルには将来この日本を背負って立ってもらうのですから、宗教に頼らないのは政教分離の観点からもいい事です」


 愛だけじゃない。期待も重かった。

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