第30話 成人の儀5

 お前かよ!

 話を聞いたタケルは思った。

 タケルが目覚めるキッカケ、ソーラーパネルを破壊したのはこのグレイヴだったのだ。


 ソーラーパネルは骨組みを組んで、浮かせてあるから確かにクッションにはなっただろう。

 高いところから落ちた人間が車の屋根やボンネットで衝撃を殺すのはよくテレビや映画で見たことがあったが、こんなスケールの大きいアクションは見たことなかった。


 まあ、そこは口をつぐんでおこう。感謝すべきか、文句を言うべきか分からないしな。


 今タケルとアルラは空になった荷馬車にグレイヴを乗せてハイランドに戻っている。

 その道中、グレイヴがどうしてあの状況に陥っていたのかを聞いていたのだ。

 生々しいミクリの町の陥落の様子は場を暗くさせた。

「あの日、森に逃げ込んで来た人達はエルフ総出で保護したわ。でも森は彼らにとっては危険なところだから、出来るだけ人間の町に近い街道へ誘導したけれど、森に逃げ込めなかった人達は悲惨だったみたいね。街道上にはまともな死体は一つもなかったわ。けどそこで死ねた人はまだ幸運だったかも。街道には明らかに死体の数より多い腕や脚が落ちていたわ」

 数日後、ウェルバサル王国の援軍が到着したときには、街道沿いの集落や村からは人が全て消えていたそうだ。逃げたのならまだ良いが、おそらく殆どは奴隷として連れ去られたのであろう。


「まるでイナゴね。進む先のものを片っ端から食い尽くしていく」

「ミーム帝国は奴隷制なんだっけ? 人間とかが最下層で奴隷にされるんだよな。異形のモンスターが上位にいるなら、ドラゴンが将軍とかやっててもおかしくはない……のか?」

「おかしいに決まっておろう。あれはテリコラがおかしいのだ。ミーム帝国には皇帝がいるのだろう。ドラゴンが何者かの下につくなどありえんし、蛇竜クロマティックを配下にするなど、皇帝の気が触れているとしか思えん。蛇竜クロマティックを制御できることなど有り得んし、奴がいる以上、全ての鉱竜メタリックは敵に回るぞ。今年の大会議は荒れるわい」

 なんでも、鉱竜メタリックは年に一度、各色の代表が集まって会議を行うらしい。代表以外にも参加は自由だが、特に理由のない者は呼ばれない限り行かないのだが……。

「当事者だからのう。我は今回参加は確定だな。最悪だ。行きたくないのう」

 不登校の生徒みたいなこと言ってる。

「良いじゃないか、参加は自由なんだろ? 何が嫌なんだ?」

 グレイヴは恨めしげにタケルを上目遣いで見る。


「いい機会だから説明しておこう。我らドラゴンが人間種を最も理解できぬ点はな、縄張りじゃ。

 自己を他者と区別するだけの認識、しかもかなりの多様性をもっておるにも関わらず、何故ああも大勢で寄り添って群体のように生活出来るのか理解できん。この姿の時にはそれも多少は抑制されるが、基本的に縄張り意識はなくならん。成獣の竜であれば山一つを縄張りにすることも珍しくない。その縄張りのものを奪う可能性のある者は敵じゃ。だから、同族といえど、同じ空間にいるとストレスが溜まる。それが各色の代表だけでも最低5匹はおるし護衛や他の報告者も含めればもっと来るだろう。竜同士の喧嘩もこの時が一番多い。

 その上、今回はこの我の無様な敗北の報告もせねばならん。更に、それをチクチクと弄る奴が確実に来る。我が喧嘩を真っ先に始めてしまうやも知れん」

「竜族も大変なんだな。グレイヴに苦手なものがあるなんて」

「奴は確実に今回の失態を知っておるだろうから、大会議を楽しみにしておろう」

「その苦手な竜の事か? なんでもう知ってるんだ?」

「奴もあの場におったからよ。最後に見た紫色の毒の霧はおそらく奴のブレスだ」

「じゃあ、あの場にはドラゴンが三匹もいたって事か? でもそれじゃ、さっきの話と矛盾しないか? ドラゴンは近くにドラゴンがいるとストレスを感じるんだろ? なのにそんなに近くに三匹がいたのに誰も気付かないなんて事があるのか?」

「理由はいくつかあるが、ドラゴン同士の相手の認識方法は畏怖すべき存在フライトフルプレゼンスだ。これはドラゴンが出している目に見えぬ波に生物が影響されているのだが、この波が個体によって微妙に違う。その干渉を察知して他のドラゴンがいると分かる。だから、人間の姿をしていると、その波の到達範囲が抑制されて感知されなくなるのだ。今でも、我のすぐ側20cm以内まで来れば恐怖に慄くことになるぞ。だから、あの場では人間の姿をしたテリコラの存在を我は感知できなかったが、テリコラは我の存在は簡単に掴めたであろう」

「その苦手な奴っていうのも人間の姿をしていたってことか?」

「奴は変わり者だからな。普通ドラゴンは自分の姿を最高だと思っておるから、安易に姿を変えたりせぬ。戦闘能力が落ちるからな。だが、奴は、キニーネは水銀竜マーキュリードラゴンの一族で、その一族はドラゴンの中で斥候役を務めている。そのため大会議には一番多く参加する。常に世界の最新情報を集め、我らに関わりの有りそうな事を収集している。その任務もあって、人間の姿でいることが多い。あの独特の濃い紫色はキニーネのブレスだ。なんて事だ、あの失態を一番見られたくない奴に見られてしまっていたとは!」

 グレイヴはまた思い出したのか悶絶する。


「大丈夫だよ。グレイヴはテリコラに対して戦ったんだから、何も恥じることはないじゃないか。次は万端の準備をして臨めば良いのさ」

「さっきの我の話を聞いて、どう考えれば恥じることがないなどという感想が出てくるのだ?」

 グレイヴが怪訝な顔で聞く。

 それに対してタケルは真顔で答える。

「だって、その隊長が言ってたんだろ。それが全てじゃないか。グレイヴのお陰で、暴力に晒されていた無辜の民が救われた。非業の死を遂げた人達の敵を討てた。更に私の考えを言えば、おそらくそれから犠牲になるはずだった避難民の相当数を救ったはずだ。最も機動力のある飛竜ワイバーンを全滅させていなければ、森に逃げ込めた避難民はもっと少なかったろうし、街道沿いの村落で逃げ出せた人達ももっと少なかっただろうからね。

 意図してやったことではないかも知れない。でも、その結果を残した。それは事実だよ。それに純粋に感謝をすること、されることまで否定しちゃダメだ。受け取ってあげなきゃ。

 人間はね、嘘や偽りで自分の命を投げ出すことは出来ない。グレイヴに本当に感謝していたからこそ、彼らは死地に飛び込めたんだ。勇者は勇者を知るのさ。グレイヴが認めた勇者がグレイヴを勇者と呼んだのなら、それは素直に受け取れば良い。自分がその言葉に足りていないと感じているなら、その言葉に恥じないようになれば良い。己を恥じて過ちを知ったグレイヴなら出来るはずさ」


 タケルの言葉を聞き、グレイヴはその言葉を咀嚼するように目を閉じた。

 暫しの静かな時間が流れた後、グレイヴは目を開いた。

「そうだな。我がこのまま恥じているだけなら、我は勇者足り得ないとあの隊長の遺志を汚す事になる。全く、人間という奴はたまに面白い奴がいるから困る。あの勇者達といい、お前達といい、理解できぬ。だが故に面白い。タケル、感謝する」

 そう言いつつも、彼の目には理解の光が浮かんでいた。


 会話が一段落したところでアルラが馬を操りながら問い掛ける。

「タケル、私も疑問があるのだけれど、良いかしら?」

「いいよ。なんだい?」

「どうしてタケルはグレイヴが敵じゃないって思ったの? 最初っから戦う気が全くなかったみたいだけど?」

 グレイヴが体を曲げてタケルを見る。興味深く見つめている。

「全くなかったわけじゃないよ。準備はしてたじゃないか」

「あれはただの保険でしょ。ヒミコが止めなかったら、使い魔使わずに最初っから自分で行くつもりだったでしょ。なんで?」

 タケルはバツが悪そうに頭をかきながら答える。

「この計画はキミのお父さんが立てたものだよアルラ。私はそれに乗ったんだ」

「お父様が? ウソよ、だってお父様とは話していないじゃない。もしかして、ゲームの時に話していたの?」

「違うよ。これはエンフェルム卿が立ててた作戦だろうって私が思っているだけの事さ。間違ってはいないだろうけど」

「なんだかタケルといると説明を求めてばかりな気がするわ。最初から教えて」

「そうだな。最初からというなら、時間は前後するけど昨夜の宴からかな。あの場でお父さんが言った内容を覚えてる?」

「ええ、ドラゴン退治でしょ?」

 グレイヴが面白そうに口だけで笑う。

 自分を退治する話を自分が聞くことに面白みを感じているのだろう。

「そう、そこに既にトリックがしかけてある。あの言葉は最初の部分が私達に、最後の部分が客達に向けてあったんだ」

「どういうこと?」

 アルラは悔しくて問わずにはいられなかった。ずっと一緒にいた。同じものを見て、同じものを聞いていたはずなのに、自分の親の事すらタケルと違う結論に行き着いていた。タケルと同じ場所に立って彼の支えになりたいのに、そこに立てていない自分への悔しさだった。


「今回のことは昨夜アルラに話した通り、キミのお父さんがフェアで私達の味方だという前提で考えはじめている。そう考えると、お父さんの目的はハイエルフの重鎮達、つまり昨日の宴に招いた客達に私達のことを認めさせる事だと仮定した。

 するとお父さんの台詞は別の意味を持ってくる。前半部分の試練の内容は「ドラゴンを大森林から追い出せ」だった。けれど、最後にそれを「ドラゴン退治だ」と言い換えた。うまく聞き取れなかったから自信ないんだけど、この最後の言葉の時、お父さんはエルフが無視できないというヴォイスを使ってたんじゃないかな。より印象付けるために。

 これはドラゴンを殺さなくてもいい。むしろ追い出すのなら殺してしまっては出来ないということだよね。それをドラゴン退治だと客に誤認させたんだ。帰ってきた私達が英雄として迎えられるように。

 ここで、昨日のアルラの言葉が重要になって来る。このドラゴン退治が「ハイエルフの近衛大隊総掛かりで当たっておかしくない問題」だと言ってたよね。にも関わらず、昨日の宴には軍人の名門も招かれていたのにそんな緊張した雰囲気は全くなかった。街にも軍が動員されているような緊迫した空気はなかった。五日前には報告が上がっていたのに。

 つまりお父さんはこの問題が軍を動員せずとも解決できると考えていたんだ。

 ウッドエルフの斥候スカウトのレポートを読んでお父さんの考えをなぞってみた。

 竜は時間的符合から考えてミクリ攻防戦に関係して現れている。竜が墜落するほどの怪我をするなら戦争以外は考えなくて良いだろう。ではこの竜はどちらかの軍に属していたのか? 答はノーだ。軍に属していたなら探しに来るだろう。では偶然行き合った戦争で怪我をした竜はどうする? 安全な場所へ戻るだろう。ミクリから西へ向かっていたならば、ミーム帝国の関係でないことは間違いない。であれば早く元気になって貰って出て行ってもらった方が良い。殺そうとすればこちらにも多大な犠牲が出るだろうし、下手に逃げられでもしたら、後日元気になってから復讐されたら一大事だ。

 というところだったんじゃないだろうか。

 思案していたのは、秘密裏にどのように誰にやらせるかだったんだろうね。畏怖すべき存在フライトフルプレゼンスがあるから、平和的に解決したいけど、近寄ったエルフが食われたら困るし、恐怖で近付けなくては困る。

 そこに丁度よく、大魔術師という触れ込みの私がやってきたから渡りに舟だったんだろう。

 その才覚の程度をゲームで試した。

 確認のためにアルラに食料と酒をお願いしてもらったら理由も聞かずに二つ返事だったから、最初からそのつもりなんだと確信した。もう結構遅い時間で、早朝に出ると言っているのに、あれだけの酒と食料を馬車に積み込む指示なんて出した風もなくチェスをしてたんだろ。最初から準備してあったのさ。私達が出掛けるときに必要だと分かっていたから」


 グレイヴが口を挟む。

「タケルの話は面白いな。我の退治の顛末にそのような事があったとは。しかしタケルの言葉は世界の理を紐解く学者か、神の言葉を説く司祭のようだな。違うところは聞いていて面白いところだ」

 それにはアルラも同意する。タケルは専門的な知識や小難しい理屈を使っている訳ではなく、同じ視点から語っている。だからすんなりと納得できる。

「幸い、畏怖すべき存在フライトフルプレゼンスが私に影響しないだろうというのはイリニアのところで確認できていたから、そういう意味では幸運だったかな。でも、この考えは答があるはずという前提に基づいていたから至れたのであって、エンフェルム卿の手柄だけど」

「謙遜はよせ。タケルだからこそ我の友となれたのだ。それと」

 グレイヴはアルラを見る。

「お前もだアルラ。我の前に己が意思で立ったお前は、同じく我の友よ。暗い顔をするな。竜に酒の酌をしたなど末代までの語り草に出来る出来事なのだぞ」


 タケルの説明を聞いて、まだまだだと思った。それが顔に出ていたのだろう。グレイヴに励まされてしまった。

 そうだ、まだタケルとの旅は始まってもいないのだ。今から成長するのだ。

「ええ、そのぐらい些事になってしまう位の経験をこれからするんだから。タケルといると凄いことばかり起こるんだからね」

「それは楽しみだ。タケル、よろしくな!」

 タケルは小首を傾げる。何だか今の言い方だと、一緒に生活するように取れる。

 それはアルラも同じだったのか、不思議そうな顔をしている。

「今のはどういう意味だ?」

「さっきの話の冒頭で言ったろう。我は新居を探しておってな。タケルは地下の遺跡に今住んでるのだろう。我もそこに住まわしてくれ」

「「えぇー!!!」」

 二人の驚愕の叫びが重なる。

「何を驚くことがある。魔術師がドラゴンと同じ洞窟にいて何の不思議がある。タケルに聞いた遺跡の中は我が住んでも十分な広さがありそうだし、そんな珍しい所に住んでいるドラゴンはおらん。地下ならば森の魔力マナを吸ってしまう事もないし、月に一度タケルの血も飲める。こんなよい物件中々ないぞ。我ほど頼りになる用心棒はおるまい」

 どうも血の部分が魅力としては高そうだな。

 借金取りと一緒に住んでるみたいだ。

 酒を飲んでたときに話したのを覚えていたのか。

「どちらにせよ、傷が癒えるまでは森を出れないし仕方ないか。いいよ、とりあえずお試しで住んでみて、後は怪我が治ったらどうするか決めてくれ」

「おお、さすがは我が友よ。感謝する」

 戦車の格納庫なら広さ的に十分かな?



 インファーシュ家に帰り着いたのは、まだ日も高い夕方にもならない時間だった。

 先にヒミコを通じて伝えてあったので、戻ると館の前庭には大量の食料と酒が積まれた馬車が用意されていた。狭いところを嫌うグレイヴは外に残るということだったので、念のためヒミコを付けて残した。

 ヒミコを紹介すると、グレイヴは少し驚いたようにヒミコを見ていた。


 アルラと一緒にエンフェルムの部屋を訪ねる。

 エンフェルムは満面の笑みで二人を迎えた。

「よく戻ったな。アルラ、タケル。これだけ首尾よく済むとは思っていなかったぞ。簡単過ぎたか?」

「あなたが全てお膳立てを済ませていましたからね。予定通りなのでしょう?」

「いや、流石に竜を連れて帰って来るとは思わなかったぞ。早く報告を聞かせてくれ」

 アルラに事の顛末を報告してもらい、所々でタケルが説明を入れた。ミクリの戦闘の報告も入ったので、手際よく話したが結構時間がかかった。

 報告を聞き終わるとエンフェルムは難しい顔をして言った。

「ご苦労だった。思った以上の働きだ。ミクリの情報も価値あるものだ。早速早馬で伝令をウェルバサルへと出そう。敵に竜が居ることを知らずに戦闘を仕掛ければ甚大な被害が出るだろう。

 それで、そのシルバーグレイヴ殿はタケルのところに住むのかね?」

「ええ、とりあえず怪我が癒えるまでは。その後どうするかは本人次第ですが、住み心地が良かったら居座るかもしれません。ただ、もう森の魔力マナを吸うことはないそうです。それで、私もこれは想定していなかったものですから、恐縮ですが暫くは食料の援助をお願いしたいと思いまして」

「そのことなら心配いらない。今回の対策で災害予備費から資金を押さえてあるので問題ないだけの食料を送れる。その後も森に居ることになれば、話し合って定期的に予算が付くよううにしよう。なに、ドラゴンがそのくらいで暴れないのであれば安いものだ。いざという時には防衛に手を貸してもらえば議会も納得するだろう」

「その程度の話なら問題ないと思います」

「今日はどうする? このまま英雄の帰還の宴でもするかね?」

 相好を崩して楽しそうに言う。

「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、グレイヴが人が多いのを嫌いますので、早々に遺跡に連れていこうと思います。もし政治的にセレモニーが必要であれば、後日改めてと言うことで」

「そうだな。分かった。もし必要ならアルラに伝えさせよう」


 それまで大人しかったアルラが反発する。

「ちょっと、それって私は残れって事? 私もタケルと一緒に行くわよ」

「お前は出るにしても準備がいるだろう。成人の儀を成就した報告もせねばならんし、各所への挨拶も廻らねばならん。今は我慢しなさい。三日くらいで終るだろう。そもそも追加の食料を送るのに、お前がいなければ場所が分からんではないか」

 ぶー、とむくれるアルラだが、納得はしたようだ。

「ドラゴンとは戦ってお互いを認め合い、友誼を得たと言うことにしておこう。そちらの方が民への受けも良いだろう。シルバーグレイヴ殿にもそのように伝えてもらえるかな」

 了承し、別れの挨拶を交わし外に出る。

 エンフェルムもアルラと見送りに出る。

 エンフェルムは荷台に乗ったままのシルバーグレイヴと儀礼的な挨拶を交わす。

 見るとシルバーグレイヴは包帯を巻き腕を吊っている。

 重傷の見た目なので荷台に座ったままでも失礼なようには見えない。

 どうやら重傷姿がヒミコの看護師魂に火を付けたらしい。

 だが人間の治療法がドラゴンに有効なのだろうか?


 エンフェルムはタケルを脇に呼んで二人で話す場を作る。

「外の世界では娘をよろしく頼む。たまに無事を知らせてくれれば安心する。それと、もし本気で結婚する気になったら、式はここで上げてくれ。親バカかもしれんが、娘の結婚式くらいは盛大にやりたいのでな」

「分かりました。お任せください」

 いつもの冗談かと思ったら、割と真剣マジな目だったので、タケルはうまく返せずに固い答になった。

 アルラが寄ってきて輪に加わる。

「タケル、三日したら行くから、それまでのお別れよ」

「ああ、お腹を空かせて待ってるよ」

「ええ、今度は手の込んだ料理を振る舞ってあげるわ」


 タケル、ヒミコ、グレイヴの三人はスレイプニルの引く馬車で森へと入って行った。


「タケルはやはり大魔術師だな」

 帰路の途中でグレイヴがそんなことを言い出した

「何のことだ?」

「ヒミコの事よ。こんな精巧なゴーレムを造るなど並大抵の事ではあるまい。最初はアンデッドかと思ったが、そうでもなさそうだしな、あっちのスレイプニルはアンデッドかゴーレムか分からんが、どちらにしても大したものだ」

「わかるのか?」

「当たり前だ。どちらも魔力マナがないではないか。ヒミコの方には僅かに感じなくもないが、生物としては有り得ない少なさだ。しかもヒミコは我に触ったにも関わらず恐怖しなかったしな」

「そうか、治療したんだから触れたんだよな」

「うむ、拒んだのだが、無理矢理手当されてしまった」

「確かにヒミコは肉の身体は持っていないが、魂は私の大切な家族だ。だからゴーレム扱いしないでくれると嬉しい」

「分かっている。ヒミコがいかにタケルを大事に思っているかも、少し話せばすぐ分かった。むしろ我の人間とゴーレムの境界の方が壊されそうになったぞ。ヒミコをゴーレム扱いしたら、全ての人間をゴーレム扱いせねばならん」

「ありがとう」

「まったく、つくづく変わった奴だなタケルは」

「ヒミコ、グレイヴに人間の治療って意味あるのか?」

「生物としての基本は変わらないわ。今は人間体なのでより有効でしょうね。ただし、さっき調べたら、鎧自体が外皮になってたから外科手術的な事は出来ないわ。自然治癒を促進するために骨を正しい位置に固定し、回復の障害となる古い組織を取り去るくらいしかできなかったわ。抗体が強力だから感染症の心配はなさそうだし薬も必要ないわね」

「怪我人を見るとヒミコは目の色が変わるな」

 冗談めかして言うと、ヒミコはキッパリと否定した。

「いえ、これはお礼よ。私の中では彼は人間の範疇に入っていないから、優先順位は低いわ。彼は私とタケルを逢わせてくれたわ。そのお礼よ」


 そうか、ヒミコから見るとそうなるんだな。

 真っ先に殺す計画立ててたけどな。


 シルバーグレイヴ。

 意図していないところで、いろんな人から感謝されてるじゃないか。

 実は本人が知らないだけで、もう伝説とか作ってるんじゃないだろうか?


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