第26話 成人の儀1

 ドラゴン。

 ファンタジー界最強として常に君臨し続ける存在。

 空を飛び、固い鱗で守られ、火炎ブレスを吐く。知能があり、言語を解し魔術すら操る。

 それはこの世界でも変わらないらしく、ドラゴンが現れるというのは、災害レベルの話らしい。ミーム帝国の帝都エドにはドラゴンのコロニーがあるらしいのだが、その証拠はないそうだ。ただ、ミーム帝国軍にドラゴンを見た者がいるので、根も葉も無い噂ではないそうだ。

 ドラゴンはその身体に見合った量の物を食べるが、それよりも摂取するものがある。魔力マナだ。今そのドラゴンは傷を癒すため、周囲の魔力マナを吸収し続けて樹木を枯らしつつある。そのために禁忌の森ができつつあるのだ。

 タケルは魔法を使うわけではないので、魔力マナが無くなると何が困るのか分からない。だが、それで森が枯れてしまうのであれば、森に住むエルフには一大事だろう。


「普通、娘の成人の儀をドラゴン退治にする? なんでお兄様が誕生会で、私がドラゴン退治なのよ!」


 アルラは自分が困難な成人の儀を望んでいたことを棚に上げて怒り狂っていた。

 アルラの部屋で、タケルとヒミコはアルラからドラゴンについて教えて貰っていた。

 アルラはウッドエルフの斥候スカウトが持ち帰った情報をレポートにしたものを読みながら、一般的なドラゴン知識を教えたところだった。一通り教えたところで、怒りが込み上げて来たのか、父親への不満を爆発させたのだった。

「最強の魔獣よ! 英雄譚のラスボスよ! 普通にコレ退治できたら英雄よ! それが成人の儀っておかしいでしょう? ハイエルフ近衛大隊総掛かりで当たっておかしくない問題なのよ! 成功させる気ないわよコレ。お父様はそんなに私のこと好きだったの? 出て行ってほしくないの?」

 タケルは落ち着いた声で、ヒートアップしてきたアルラを宥める。

「アルラ落ち着いて。アルラのお父さんは理性的な人だ……と思う。この成人の儀の狙いは私だからこんな試練になったんだと思う」

「なにそれ、タケルがお父様をゲームで負かしちゃったからってこと?」

「いや、それは……流石に関係してないと思いたい。いや、ある意味関係しているのか? お父さんは明言しなかったけど、あのゲームで簡単に負けるような見所のない男は、成人の儀を受けさせる気すら無かったと思うよ」

「じゃあ最初っから成人の儀を受けさせる時には、このドラゴン退治にする予定だったってこと?」

「私ではなくて、お父さんの認めたハイエルフの男なら、もう少しハードルは下がった気がするけどね。さっきアルラも言ってたじゃないか。ドラゴン退治できたら英雄だって。庶民でしかも人間がハイエルフのお姫様と結婚するなら、誰もが納得する英雄じゃないといけない。いや、そうでないと頭の固いハイエルフのお歴々を押し切れないって事なんだと思うよ」

 ハイランドのすぐ近くの森に現れたドラゴン。それを退治する勇者。たしかにこれほど分かりやすいエルフにとっての英雄は存在しないだろう。

「お父さんは昼にわざと聞こえるように私を怒鳴り付けた。そして大勢の前で無理難題を吹っ掛けた。これはお父さんが私を認めていないスタンスを取ることで、後から文句や難癖が付かないように援護してくれているんだよ、きっと。

 それに、お父さんは公平な人だ。賭け事でなくゲームをする人は、フェアにこだわる。だから、最初から無理なゲームは仕掛けない。おそらく私とアルラでもこの成人の儀を成功させる道筋をつけていると思う。最初に気になるのは傷付いているって所かな。アルラ、レポートの内容を教えてくれる?」


 さっきも思った事だったが、タケルは僅かな時間で、観察と論理によって本質を見抜く事に長けている。そして決断し行動することを躊躇わない。それは魔法などよりも、タケルの強力な武器なのかもしれない。その躊躇のなさにアルラは危うさを感じたのだが。

 そしてその能力故だろうが、アルラはタケルが自分よりも父親の内面に迫っている気がして、少し嫉妬していた。どちらに対しての嫉妬なのか分からないが、お互い相手を認めている様なのもその思いを加速させていた。

 たった一度ゲームしただけで、こんなに分かり合えるの? それとも同性だから? 私も真面目にゲームをしてみるべきかしら?

 アルラはそんなことを思いながらレポートの内容を説明した。


 二十日ほど前、ウッドエルフの巡回兵が静かの森サイレントウッド西側で、精霊の囁きが弱まっている事を報告していた。だが、その時には特に問題にはされなかった。なぜなら、ミクリ陥落によって東側と南側で避難民や帝国兵の侵入が相次ぎ、更には戦火によって延焼した森の消火、復旧作業に追われていたため、安全な西側の小さな異変などに割ける人員はいなかったのである。

 十日前にようやく新たな禁忌の森が発生している事に気付く。しかも最初にあった報告よりも拡大している。もしや、火事かと思ったが、火は発生していない。禁忌の森が小規模の内に調査をするべきだと、ウッドエルフの斥候スカウトによるチームが派遣された。

 彼らが見たものは、翼を損傷した体長5m程の銀色のドラゴンだった。脚も傷付き動けないようだったが、死ぬような傷ではなかった。森と地面の損傷具合から見て、東からこのドラゴンは物凄いスピードで墜落してきたと考えられた。地面に隕石が落下したような跡が残っていた。

 ドラゴンの周囲の森は魔力マナを吸い取られ、枯れ果てていた。

 ドラゴンは意識があり、近くにいる野生動物を食料として食べていた。

 チームは自分達では対処不可能と判断して、情報を持ち帰り、それがハイランドへともたらされたのが五日前だった。


「タケル、いいかしら?」

 それまで黙っていたヒミコが発言の許可を求める。それはアルラがいるこの場で言っても良いか? という意味でもあった。

「いいよ。アルラは仲間だからね。アルラ、後で時間のある時に説明するから、今はヒミコが訳の分からないことを言っても、魔法なんだと思ってくれてればいいよ」

 アルラは了解の意味で頷く。

「ターゲットを確認したわ。森が枯れているから上空から視認可能よ。病棟から西に1.5kmの場所ね。生体反応あり。地上の激突痕から推定してかなりの衝撃を受けたはずよ。大型トラックが100km/hで突っ込んできた以上の衝撃よ。それでも生きているのだから、大した生命力ね。『すさのお』から提案。動けない内に、アウトレンジから電磁投射砲での掃討が妥当ですって。『つくよみ』『あまてらす』も承認。ってことはコレがベストな選択だと出てるんだけど。上空から弾着観測もできるから、外す可能性もないし、計算ではドラゴンの外皮も貫通できるはずよ」

「アウトレンジって、相手の射程が分からないだろう」

「完璧を求めるなら富士山の中腹くらいから射撃したいわね。電磁投射砲は曲射できないから直線での射界の確保が必要だから。100km程度なら衛星観測できれば余裕で狙撃可能よ。流石にドラゴンブレスでもそこまでは届かないでしょう」

「現在ドラゴンの翼は回復していないのか?」

「分析中だけど、外見的にはしていないみたいよ。過去のデータがないから比較はできないわ。ただ、あの巨体を維持するだけでも食料は必要でしょうから、動けないなら、その確保はできていないんじゃないかしら。傷の治癒まで回せる余力がないのかも知れないわ」

「ふうん。アルラ、ドラゴンって5mだと大人なのかな?」

「見たことはないけど、この大きさなら成獣ではないかも。大きいものは10m以上あるらしいから。ねえ、さっきからヒミコが言ってる事は全く理解できないけど、タケルは魔法でこのドラゴンを一方的に殺すことができる方法を持ってるって事を言ってるの?冗談じゃなくて?」

「そうだね。多分できるんじゃないかな」

 そう言いながらも、タケルは何か考えている。


 サラリと言われて、アルラは驚くより呆れてしまった。

 成獣でないとはいえドラゴンを簡単に殺せるということは、それだけで英雄レベルの話だ。この成人の儀も簡単に終わるということを意味している。

 アルラにはタケルが何を悩んでいるのか分からなかった。それはヒミコも同じだったらしい。タケルに問い掛ける。

「ねえ、何を考えているのかしら? 最適な攻撃作戦は出来上がってるんだから、実行するだけじゃない?」

 アルラもそれを後押しする。タケルがドラゴンを容易く屠るという魔法を見たかったのだ。

「そうよ、早速ドラゴンを倒してお父様を驚かせてやりましょう!」

 二人の言葉を聞いてなおも考え込んでいたが、ようやく顔をあげるとアルラに尋ねた。

「ドラゴン退治に必要な物を頼んだら、アルラのお父さんは用意してくれるかな?」

「ええ、成人の儀は、それまで含めて試練でない限り、万全の状態で送り出す慣わしよ」

「そうか、じゃあ明日早朝に出発するから、普通の馬車一台とそれに積めるだけの食料と酒を用意してくれるようにお願いしてくれないかな?」

「えっ? 武器とか魔術の道具とかじゃなくて食料と酒でいいの?」

「ああ、とにかくそれだけお願いしてきてくれないかな?」

「何が何だか分からないけど、そう頼めばいいのね。わかったわ」

 アルラは半信半疑で父親の部屋へと伝言を伝えに出て行く。


「どうしてそんなものを用意するの? 射撃で片付ければいいじゃない?」

 ヒミコは疑問をぶつけた。

「伝統に従ってみようかなと思ってね。『すさのお』なら賛成してくれるんじゃないかな? 日本の竜退治には酒だろ?」

 タケルは冗談っぽく言うと笑って見せた。

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