第25話 ハイランド3

 街の外れの小高い丘の上。タケルとアルラは沈む夕日と湖を眺めていた。

 逃げる二人はとにかく人のいない所に行きたかった。アルラの指示に従って、街を駆け抜けてアルラがよく一人になりたい時に来るスポットにやって来たのだった。

 アルラはまだスレイプニルに初めて乗った興奮が冷めやらなかった。

「凄かったわ!あんな速度で街を駆け抜けたのは初めて!」

「スレイプニルは自動で障害物を避けてくれるからね。呼べば近くまで来てくれるのもその機能があるからだよ」

「用意周到ね。途中で黙っちゃってたのは、スレイプニルを呼んでたのね?」

「簡単に抜け出せなさそうだったから。丁度良いタイミングで着いてくれたよ」

 そのスレイプニルは這いつくばるような姿勢で、草地に座っている二人の背もたれになっている。

「どう?いい眺めでしょ?ここはギリギリ街の中だけど、外れの方だから巡回の衛兵ぐらいしか来ないのよ。勿体ないわよね」

 タケルはボーッとして答えない。ただ呆けたように景色を眺めている。

 アルラはタケルの耳を摘んで引っ張ると、口を近付けて大声で言う。

「無視はヒドイんじゃない?」

 タケルはビクッと反応して、アルラに謝る。

「ゴメン、綺麗だったから見惚れちゃってたよ」

「そういう台詞は景色じゃなくて私に言ってくれてもいいのよ?」

 冗談めかして言いむくれて見せる。

 だがタケルはキョトンとして素直に言う。

「アルラにはよく見惚れてるよ。さっきもパブで見惚れてたよ」

 口説き文句ではなく、本気で言ってるのが凄いなとアルラは思う。そして、そのくらいで機嫌が良くなる私も私だ。

「ホント?あそこには私以外にもいっぱいハイエルフの女の子が居たでしょ?」

「確かにハイエルフの女の子達は美人だったね。でも、あそこで人の命を救うために動けたのはアルラだけだったろ。ありがとう。決闘なんかしたら殺されちゃうからね」

「なんでタケルが殺される側なのよ。コリドールなんかに殺されるわけないでしょ」

「無茶言うなよ。剣や弓なんて使ったことないよ」

「いいのよ魔法で片付けちゃえば。あの火球ファイアーボールでイッパツよ」

 決闘で手榴弾投げるのは流石に反則だろう。


「それよりアルラは凄い声が出せるんだね」

「あら、ヴォイスに気付いたの?」

 アルラはタケルに声ヴォイスの説明をする。

 自分達の家伝であること。エルフ族には無視できない声で、聞いて即座の行動なら強制力があること。本能に反する命令は出来ないこと。アルラは人に強制するのが嫌いで、ちゃんと訓練していないので、一言二言くらいしか発声できないこと。

「アルラの先祖って砂漠の生まれとかじゃないよね?」

「砂漠ってなに?」

「そうか、森に住んでるんだから知らないよね。なんでもないんだ、気にしないで」


「タケルは時々突拍子もないこと言うわよね。さっきだって、コリドールを怒らせるし。アレはアレで面白かったけど」

「誰でも図星をつかれると怒るものだよね。言っていいって言うから言ったのに」

「あの男が私を好きな訳無いわ。あの男は支配欲が強すぎるだけよ」

「アルラは自分を基準に考えすぎだよ。世界は、人は、そんなに完璧じゃないんだ。確かに彼のは純粋な好意ではないかも知れない。彼自身良く分かっていないんじゃないかな。アルラへの一番強いのは憧れだろうね。これでアルラが男だったら嫉妬したんだろうけど、女だったからいろんな感情が混じってしまって、恋という結論に行き着いたんじゃないかな」

「そんなことをあの場で考えてたの?」

「私はね運命論者じゃないんだ。疑り深くて性格が悪いんだよ。だから、余りにもお膳立てが良すぎると疑ってしまうんだ。あんな劇的なシチュエーションなんて、まるで劇でも見てるようだったじゃないか。だからこれは誰かが仕組んでるんじゃないかってね」


 アルラは無言で先を促す。タケルがどういう思考を辿って結論を導いたか聞きたかった。面白そうだったし、何より好きな男の内面を知りたかった。


「あの店であんな騒ぎになったのは、ほとんどが偶然だ。これは疑いようがない。私とアルラがそれぞれの行動での因果だから。では、あそこに自分の意思で登場したのはコリドールしかいない。誰かが裏で操っていない限り、犯人当てフーダニットは簡単だ。あの対決を演出したのは彼だ。

 客の一人が学校に駆け込んで行っていた。だから校内でも噂が広がって、アルラと私を見るために客が押しかけた。ならば、騒ぎの原因が何なのかは、店に来るまえに生徒会長は知ってて当然だろう。なら、偶然店の騒ぎを見て収拾に訪れたわけではなく、彼の目的は最初からアルラと私だった事になる。

 ヒミコから聞いたけど、アルラは学校でトップの成績だったんだろ。生徒会長を務めているんだから彼も成績が良いんだろうけど、アルラには負けてるわけだ。そんな彼がわざわざ生徒たちの衆目を集めてる真っ只中の舞台に上がるなら、これは偶然などではなく、何かの計算、この場合は勝算と言っても良いが、それがあったと見るのが妥当だろう。

 関連してくるので先に動機当てホワイダニットになるけれど、では何故彼はここに登場する決意に至ったのかだけど、どうやら、お互い顔を合わせれば喧嘩になるのは理解しているようだった。だから、アルラはともかく、自分から登場した彼は臨戦態勢だったはずだ。登場の台詞や仕種、最初にアルラに投げかける台詞まで彼の中でリハーサルしたに違いないよ。にもかかわらず、彼は登場した時口ごもった。何故か。あの時彼の目の奥にあった感情は、店内の男性と同じ。嫉妬だったんだよ。アルラが見たこともないほどデレデレだったから。それでショックを受けてしまったんだ。彼の場合は特に喧嘩するアルラとしか接してないだろうからね。

 だから、彼の行動は形はどうあれ、アルラへの好意が根底にあるのはわかった。

 ここで方法当てハウダニットだ。どうやって勝負に勝つのか。勝てると思ったのか。

 彼が知り得ているアルラの普段と違う情報は何か。

 それは普段は敵わないアルラが私という弱点を連れていると知ったからだ。彼はハイエルフ至上主義のようだったから、脆弱な人間ごとき敵ではないと考えたのだろう。アルラに直接ではなく、私を攻める事でアルラに勝つという結果を残して、且つ、アルラを救うという地位を得ようとしたんだろうね。

 その証左として彼は一度もアルラに原因や責任を求めず、全て私に転嫁していたからね。将来自分が得るトロフィーに傷を付けないようにしていたとも見れるけどね。

 それに貴族の嗜みは知らないけれど、いくら森の中で他より涼しいとはいえ、夏場にポケットから取り出しやすく手袋を少し出して準備しているのは、最初からその気だったとしか思えないよね。

 そこまで考えが至って、つい手を叩いてしまったんだ」


 タケルの説明を聞いて、コリドールが登場のシーンの芝居がかった身振りや言い回しや、綺麗な手袋を探してポケットから抜き取りやすくセットして、それを綺麗に叩きつけるフォームなどをこっそり練習しているさまを思い浮かべると滑稽であり、なるほどやっていそうだなと、納得もいくものだった。言われてみれば彼の登場は騒ぎになってから遅かった気がする。観客が増えるのを待っていたというより、準備に時間をかけたと考える方がしっくりくる。

 そこまで考えて、ハッと気づく。

「じゃあ、タケルは彼が手袋を手にする前から、タケルと決闘を狙っていた事を知っていたの?」

「うん。手段の一つとして用意しているのは分かってたよ」

「ならなんで挑発したの?! 実は怒ってたとか?」

 だが、決闘になれば殺されるとタケルは思っていたはず。

 あの言葉は本心だったように思えたけれど。

「怒ったわけではないんだけどね。私のことはどうでもいいんだ。人の常識や考えにとやかく言うほど立派な人間じゃないから。ただ、彼はアルラが外に出ることを、自分の頭で考えもせず、自分の願望と旧来の価値観だけで否定した。それは許せなかったかな。あの時は彼が、アルラの自由を縛る全てのものを体現しているように思えたんだ。なら、手伝うって約束したんだから、否定するのは当然だろ?」

 さも自然体で言うが、当然な訳無い。

 知らなかったならともかく、自分の命が無くなる可能性が高いとわかっていながら、その対応は全く自然ではない。

 これがアルラへの愛ゆえに、と勘違いできれば、まだ幸せだったかもしれないが、アルラは頭も悪くなかった。

 なぜだか分からないが、タケルは自分の命を軽く扱っているのだ。

 危うい。それがアルラの抱いた感想だった。ヒミコのタケルへの構いっぷりが少し納得できた。ヒミコはタケルの世話をするためについて来ているという事だったが、わかる気がする。知ってしまえば放っておけないのだ。


 あれだけカッコイイこと言っておいて、その上母性本能も刺激するなんて反則じゃない?





 その夜のインファーシュ家の宴は盛大だった。

 豪勢な食事が並び、タケルとヒミコはインファーシュ家のテーブルに主賓として席を用意されていた。大広間に円形のテーブルが幾つも並べられ、その一番奥まった場所が彼らのテーブルだった。

 呼ばれた人数もかなりのもので、街の名士と思しき人は全員来ているようだった。中にはあのコリドールの姿もあった。

 アルラによると、ウトゥオ家は代々軍人の家系らしく、有力な貴族の一角だそうだ。以前アルラの父エンフェルムが勝ちを譲らずに内戦を起こしかけた相手がウトゥオ家だそうだ。かつての勝負で「作戦で文官に勝てぬ将軍に何の価値があるのか!」と吠えたそうだ。それまでの背景や状況を知らないが、明らかに喧嘩売りに行ってないかそれ?

 今日の出来事といい、ウトゥオ家はインファーシュ家にイジメられすぎてて、ちょっと同情したくなる。そんな背景があるなら、生徒会長の鼻息が荒くなるのもむべなるかな。


「皆様、集まっていただき感謝いたします。今宵は先日のミーム帝国の狼藉の際に、我が大森林を、そして、我が子達を守ってくれた人間の二人、ヤマトタケル君とヒミコ嬢が我が家に逗留してくれたので、ささやかな感謝の宴を開きたいと思いお集まり頂きました。存分に楽しんでいってください」


 主人として、エンフェルムが簡単に挨拶をすると、宴会の始まりだった。

 食事は既に各テーブルに並べられており、給仕のメイドが酒を切れないように運んでいた。

 意外だったのは並んでいる食事がさほど違和感がないことだった。魚が少なめではあるものの、日本で見知った食べ物が多く、主食はパンだけではなく米もあった。

 その戸惑いを伝えると、ヒミコが解説してくれた。

「日本の国土から考えると、西洋のように小麦を主体に農業を進めると人口を維持できないのよ。米は小麦に比べて作付面積当たり三倍の人口を維持できるわ。イメージ的に違和感あるかもしれないけど、おそらく主食は米の方がメインなんじゃないかしら。論理的には正しい選択よ。アルラが炊飯器を知ったらまた騒ぐかもね」

 ヒミコの予想は正しく、アルラは後日、基地でご飯を炊いた時に騒いだ。



 食事があらかた終わると、主人の座るテーブルには賓客が歓談のために引っ切りなしに訪れた。だが、タケルとヒミコは完全に蚊帳の外であった。ハイエルフにとって、人間が取るに足らない存在というのは、上流階級へいくほど共通認識としてあるもので、彼らにとって二人はこの宴席のお飾りだった。


 タケルは人見知りするので無視してもらった方が助かるし、この初めての雰囲気を観察する時間が欲しかったので願ったり叶ったりなのだが……圧倒された。

 どういう伝播をしたのか、それとも独自になのか、ハイエルフの正装は凄かった。

 男はまだいい。クラシックな19世紀風スーツっぽいもの、タキシードっぽいもの、若くなると流行りなのかビジュアル系っぽくなったものを着ているのもいる。むしろタケルの知っているパーティーに近い格好だ。タケルもエンフェルムから一着貰って着ているが、似合わないのを除けば違和感はなかった。

 凄いのは女性の服装だ。ヒラヒラしていた。基本ロリータかゴスロリファッションなのだ。こちらもいきすぎてビジュアル系っぽくなっているのもいるが、どこかしらレースが付いていてヒラヒラしている。着ているのは美人揃いのハイエルフだ。似合いすぎてて違和感がないのが困る。コスプレ会場にいる気分だが、違和感が一周回ってしまって、中世の宮廷ってこんな感じだったんじゃないかと納得してしまいそうだ。

 ヒミコもアルラに貰った白のゴスロリを着ている。タケルと違ってよく似合ってる。

 アルラは水色と白を基調にしたロリータドレスだ。不思議の国のアリスっぽい。

 どうやら、昼に着ていた絹のゆったりした服は民族衣装のような扱いで、普段着として使われているらしい。アルラに言わせれば、まだあっちの方が動きやすいそうだ。


 タケルとヒミコは話し掛けられる事こそなかったが、常に話題の中心ではあるらしく、無遠慮な視線には晒されていた。

 アルラの学校でもここでも感じたことだが、ハイエルフのレイシストっぷりはなかなか根深そうだった。一言で表すと平和的排他主義か。だが、学校の方では好意的な者も多かった。アルラの人気もあるのだろうが、やはり若いほど、文化や慣習に浸かっていないため考えも柔軟なのだろうか。という事は、種族的なものではなく、文化による後天的なものか。うん、性善説を採れる可能性があるのは良いことだ。

 相変わらず、タケルはまた自分の思考に沈溺していた。


 アルラはそれを見て、またか、と吐息をつく。主賓席に座らせながらその隙を与えてしまったのは、ホスト側の不手際だ。だが、タケルもその時間を望んでいるようだったので、敢えて邪魔しなかったのだが、こうして、彼が隔絶しているさまを見ると胸が苦しくなる。

 彼が自分達とはとても遠い彼岸にいる気がして、切なくなるのだ。

 ヒミコを盗み見る。彼女はタケルのいる彼岸に立てているのだろうか。もし、立てているのであれば、寄り添えているのであれば、悔しいがそれはタケルにとって良いことだ。だがもし、彼の立つ瀬に誰もいないのであれば、それは何という孤独だろう。

 彼はワインを結構な量飲んでいるようだが、酔った様子はない。かなり酒に強いのか、それとも酔えない気分なのか。

 私は、彼の立つ所へ行けるのだろうか。

 彼に寄り添える者になれるのだろうか。

 なりたい。

 なるのだ。

 私が私で決めたのだから、実現できないはずがない。

 決意を新たにワインを干した。



 宴も終わりに近付き、エンフェルムが締めの言葉を口にする。

「皆様。宴もたけなわではありますが、夜も更けました。このあたりで皆様との楽しいひと時も一旦終わりに致しましょう。本日はどうもありがとうございました」

 拍手が沸き起こり、閉会の宣言は成された。

 だが、エンフェルムの言葉は続けられた。

「ここで皆様に御報告があります。我が娘、アルラハーシアが成人の儀に挑む事と相成りました。本来であれば卒業まで待つつもりでありましたが、ヤマトタケル君が娘に婚姻を申し出、娘が受けたことによる成人の儀でございます」

 場がざわつく。おそらく噂としては広まっていただろうが、それが現実として宣言されると、やはり動揺が広がる。

 身の程知らず、無謀、愚か、といった囁きが聞こえる。

 だが、客たちのざわつきは不可解さも含まれている。

 なぜそのような者を遇しているのか。まさか易しい試練で認めるつもりなのかと。

 過去最も過酷だった成人の儀は体長4mを超える手負いの巨大熊を仕留めるというものだった。どの程度の試練を出すかでエンフェルムの心中が窺える。

「アルラハーシア、ヤマトタケル、こちらへ」

 エンフェルムが二人を呼ぶ。

 二人はエンフェルム。の前に並んで立つ。アルラハーシアは自然にタケルの手を取り、手をつなぐ。

「ヤマトタケル、汝はアルラハーシアの成人の儀を共に受ける事を望むか?」

「望みます」

「アルラハーシア、汝はヤマトタケルが己が成人の儀に助力する事を望むか?」

「望みます」

「ならば二人して成人の儀に臨むが良い。成した暁には、古くからの仕来りによりて、常に共に在る者として、汝らの婚姻を認めよう。この儀を二人の絆を深めるものとせよ」

「「はい」」

「では今度こたびの成人の儀だが、静かの森サイレントウッド内に禁忌の森が新しくできつつある。調査に出したウッドエルフの報告では傷付いたドラゴンがいたとの事だ。そのドラゴンをこの大森林から追い出して来るのだ」

 驚愕で客達がざわめく。


「試練はドラゴン退治だ」


 やっぱりバトルラインで負かしちゃいけなかったのかな?

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